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STORIES 2005-2007

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stories 2008〜

★記事の目次はこちらです★

Story Index

主要登場人物、用語等解説

     

 

     

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2004 * 1〜3 / 4〜6 / 7〜9 / 10〜12

2005 * 1〜3 / 4〜6 / 7〜9 / 10〜12

2006 * 1〜3 / 4〜6 / 7〜9 / 10〜12

2007 * 1〜3 / 4〜6 / 7〜9 / 10〜12

2008 * 1〜3 / 4〜6 / 7〜9 / 10〜12

2009 * 1〜3 / 4〜6 / 7〜9 / 10〜12

2010 * 1〜34〜6 / 7〜910〜12

2011 * 1〜3 / 4〜6 / 7〜9 / 10〜12

2012 * 1〜3 /

 

 

   

  

     

2007/12/21

★苦悩する少年★

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あやぼーはいつでもどこでも自分の小説世界に飛んでいってしまい、白昼堂々と起きたまま夢見てるような状態になることがよくあります。普通に言うとそれは「小説のストーリーを考えている」ということなんだと思いますが、私の場合「考える」と言うより「見える」という方が正しいので、映画見てるみたいに勝手に目の前でストーリーが進んでゆくという感じなんです。で、家にいるときは「見える」シーンに対してどう反応しても見てる人いないから全然かまわないんですが、たまに外でそういう状態になった時、いきなり笑ってしまうようなシーンが出てきちゃったりするとどうなるか。周囲はしーんとマジメに仕事してたりする中で、何か周りには全然関係ないことを勝手に想像して突如として笑い出しちゃったりしたら、それはもう「ヘン」を通り越してかなり「危ない」でしょう。実際にそこまで「ヘン」なのを暴露したことはありませんが、笑い出しそうになって困ったことは何回かあります。

それほどリアルにシーンを想像してしまう私なんですが、このところディの子供の頃のストーリーがいろいろ展開してまして、これは笑い出すようなシーンじゃなくてかなり深刻な場面が多い。

ディのセルフストーリーは、まーたちの話から見たら枝分かれしてった世界なんですが、本篇では一番深刻に苦悩してたりするのは主にまーだったりするんですけど、ディの話の方は当然彼が主人公なんで、あの、今はちゃらんぽらんでいーかげんなのを絵にしたようなディが、けっこう暗く悩んでたりする。究極的な美貌の、繊細な少年が深刻に苦悩してる図ってのは、いやー、見てるとさすがに迫力がありますね。

今のディは真剣に怒るなんてことは殆どないし、子供の頃からつきあってるアレクでさえ彼がマジ怒ったとこなんてそうは見たことない。これはディが基本的にクールで、醜い争いがキライなせいなんですけど、だからって他におもねるという性格でないことも明々白々。最近では、「人間にはそれぞれの考えがあるし、みんなが同じ考えを持つ必要はない」という確固たる信念があるので、意見が食い違ったりしてもそれはそれって受け流しちゃうからケンカにならない。それは子供の頃からそうなんですが、今ほど開き直って確信的に生きてたわけじゃないから、ほんっとーに、腹に据えかねるってことに対してはやっぱりぶち切れてたりするんですね。それはディをひどいめに合わせてる張本人である、ダニエルさんに対してで、また子供の頃のディってのは怒ると一段と美しかったりする。で、ダニエルさんはそれが見たくてわざと怒らせるようなことしたりとかするわけ。そう考えると、後にディがまーやアリに対してやってることは、師匠のやってたことをそのまま繰返してると言えなくもない。で、自分の言うことややることに一喜一憂して大騒ぎする幼いまーを眺めながら、自分もこんなだったよなーとか思うから、内心笑っちゃうって心境になるんでしょうね。なんで自分をひどいめに合わせた師匠とおんなじことして喜んでるかってのは、ま、そのへん美青年の複雑な心理ってもんでしょう。ちゃんと書いた話を読んでいただけるようになったら、納得してもらえるかもしれません。

ともかく、そんなこんなで師匠のせいで苦労させられながらいろいろまじめに考えたり悩んだりした過程があって、結果としてディはその間に人間的にすごく成長してて、それが十代前半の頃の絵と後半の絵に確実に表れてくるんですね。12〜13才頃までの作品というのは、技量はもちろんのこと、テーマ的にもそんなトシの少年とは思えないくらい深いものがあって、それが師匠の目に留まるんですけど、でもまだテーマを外側から眺めてるというか、理屈先行というか、まだちゃんと人生始めてない、生きてないってのがありありと分かるようなもの。キレイではあるけど、今の作品に比べたら迫力的にいまひとつ弱いんだね。それが16か17の頃に大きな賞を取る頃の作品になると、一段と鮮明に生き生きとして、ものすごい迫力で迫ってくるものになる。

この時ディの取った賞ってのも、そんな新人画家の、しかも十代の少年が取れるようなものではなくて、それまでの受賞者というともう立派にプロで活動していて、最年少でも三十代後半、ふつうは四十代で取れるかどうかみたいな賞だったんで、ディの才能を認める人は天才と絶賛するが、認めない人はバーンスタインの肩入れがあるからだと中傷する。実際、取ることそのものがそういう騒動を引き起こすような賞だったので、ディもノミネートされてると知って最初は辞退しようとしたんですけど、これもダニエルさんが裏で画策したことの結果で、もうディに取らせるということが決まっているような状態だった。ダニエルさんにしたら、可愛い弟子に取らせてやりたいという気持ちもなかったとは言わないけど、実はこれを取ることでディは一躍有名になる反面、否定的な攻撃にもさらされるという有難くない面も背負い込まされることになるのも分かっててやった。それはつまり「自分の力で跳ね返してみろ」とゆー、いぢわるな師匠のいじめの一環だったとも言えるな。もちろんディはそんなことで負けるようなやつじゃありませんけどね。そういうことがなくても、遅かれ早かれ、彼がこういう賞を取るのは時間の問題でしかなかったんだし、だからこそそんな騒動を引き起こすことはないと思って、この時点では辞退しようとしたわけだし。

そんなこんなあることを考えてくと、このダニエル・バーンスタインという師匠のキャラがまた面白いなあというか、今の興味はダニエルさんってどーゆーひと? ってことで、ま、このようにしてあやぼーの身内がどんどん増えてくってことなんですけどね。

ともあれこの、珍しく苦悩している少年のディを書くのはとっても楽しみだなあって思ってるんです。しかもこの話の方は内容が内容だけにすっごくいけないシーンとかもいっぱいあるし、ただ、今何を私が悩んでいるかというと、これを最初に英語で書くか日本語で書くかってことなんだな。いろいろと私も考えるところありまして、やはり今後は英語で書くべきか、とかね。日本語なんて日本以外じゃ通じないのがつまらん。それ考えると、思い切って英語に切り替えるべき時かもなあって。それは以前から考えてたんですけど、長年、日本語で書いてると当然なじみがあるし、特に会話部分って日本語でこう言うのがシャレてるよなー、とか、でもそれは英語でこういうのがシャレてるってのもあってどっちもどっち。どっちかで書いて、後は翻訳すればいーじゃんとは一概に言えないし。あやぼー的には、一番最初にだーーーっと書いてってる時が楽しいし大事なんで、同じテンションで翻訳できるかっていうとそうでもないような気がするし。ま、そんなこんなありまして、でも来年中にはディの話の方はなんとか書き上げたいと思うんだけどなー。悩むなー。

★ディの子供たち・その2★

       

2007/12/11

★アレクという存在★

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ディ、まー、アリ、アレクという4人のうちで、一番性格マトモなのはアレクなわけですが、こいつの場合、コドモの頃からディを目の当たりにして育ったので、よけい「自分は普通」というカン違いをしてしまっていたようです。

なにしろディってのは、10才やそこらで小さな賞はいくつも取ってたし、おじいさんがその方面ではよく知られた蒐集家でもあり、美術や芸術に造詣が深かったので、必然的に友人知人にも関係者が多く、結果として幼い頃から将来有望な天才少年って周りからめちゃくちゃ期待されてた。でも、本人の方は、まあこのへんがディのディたるゆえんなんですが、大人にそうやって騒がれるからといってべつだんそれを自慢に思うことすらなくて、ただ、絵を描くってことに取りつかれてるような少年だったんですね。で、そのうち当代随一の人気画家で画壇にも大きな影響力のあるダニエル・バーンスタインからまで、早々と才能を認められるようになる。

ダニエルさんって人はクランドルでは神格化されてるような芸術家なんですが、世界的にも有名で、まさかに10才のコドモに自分から声をかけてくるような存在ではないはず。それが、ある日、突然ディんちに電話かけてきて、作品ほめてくれて、ちょっと遊びに来なさいよみたいな話になること自体が奇跡のようなことなわけです。まあ、表向きの近寄りがたい大芸術家の顔とは反対に、ダニエルさんが本当は芸術至上主義の、だから逆に才能さえある相手なら熱狂的に肩入れしてつきあいたがるタイプのヒトだったってこともあるんですけどね。これに加えて、ディの場合、なにしろあの容姿がずいぶんポイント高かったのも事実のようです。ただ、ダニエルさんにしても最初からそういう興味で声かけてきたわけじゃなくて、もちろんディの才能の方が最初にあるんですが、つきあってくうちにますます気に入っちゃって...、ってことだったんでしょう。そもそも、いくらキレイでもダニエルさんにとっちゃ、芸術的才能のない者は同じ人間ですらないですから。

そういうごくごくコドモの頃からそんなふうに認められるってことはとても普通じゃないことで、アレクにしてみると、それに比べたら自分なんて取るとこないよなあ、みたいな感じだったのね。こいつにとっては「勉強ができる」とか「人望がある」なんてのはあまりにも当たり前なことなので、それを特に才能とすら思ってなかったらしい。まあ、アレクの性格では、そういう若くして認められる才能豊かな親友がいるということを誇りに思いこそすれ、嫉妬するなんてことは金輪際ないので、だからこそこのふたり、うまくいってるんでしょうけどね。

で、アレクにとっては「普通じゃない」というのはディみたいなことを言うのであって、それに比べれば自分は「全然普通」。しかも彼には、20才になっても「何になろう」という明確な希望がなかったわけだから、「できることをやって」みたいな感じで、でも経済も政治もめんどくさそうだから軍人かなー、みたいな、けっこうスロースターターというか、のんびりしてるというか、逆にそのへんが大物なのかもしれませんけど、そのあたりも彼が自分を「そんなに変わってない」と思い込んでた原因でしょう。

ただ、それはあくまで表面的なもので、潜在的には彼が物凄い力を持ってることは周りには明々白々だったので、この「眠れる獅子」とゆーか、「目覚めない太陽神」とゆーか、それがいつ本当に目を覚まして動き出すかっていうのが、ディを始めとして彼をよく知る周りの連中の密かに待つところでもあったようです。

アレクの最も親しい友人というのはディとその周りにいる、これが「社交界一のお騒がせ集団」と自他ともに認めるほど目立つ奴らなわけですが、アレク自身はおれみたいなふつーの人間が、こういう連中と一番親しくつきあってること自体が不思議だよなとか思ってたりする。しかも、彼は一年中殆ど仕事でそのへんにいないのに、ちょっと帰って来てるというウワサが流れればレイなどはすぐさま、「帰って来てるんなら挨拶にくらい来なさいよ」とかちょっかい出してくるほどで、彼らの方が常に「アレクの不在」を大きく感じているようなんですね。アレク自身の方は、そんなこととは夢にも思っちゃいませんが。

ちなみにレイとディのママのビーチェは仲が良かったって書きましたけど、これにアレクのママを合わせて3人娘が元々、アレクの母方の曾祖母(アレクから見てひいばーちゃん)のお気に入りだったみたいで、だからレイはディだけじゃなく、アレクのことも子供の頃からよく知ってて親しい。このへん、大体みんなどこかで縁続きだしね。

ともあれ、机上で学んだことを元に経済や政治に関わるのではなく、もっとずっと底辺で一軍人として世界の現状に直接接して来たことが、将来的に彼の動きに大きな影響を与えてゆくわけで、ある意味それはあるべきひとつのステップではあったってことでしょう。それに加えて彼の「人を動かす力」というのは正に太陽神のそれで、まーやアリがいくら天才でも、彼のこの「力」なくしては出来ないこと、っていうのがやっぱりありますね。また、同時にディの持ってる「力」というのも大きな要素なわけですけど。

今、この話の冒頭のところを書いてて、これでやっと役者が揃ったなあっていうか、中心人物の役割りがやっと全貌見えて来たって感じで、いったいこの話、書き出してから何年経ってんだって自分でも思いますけど、更に問題は本編で、まあ歴史に終わりはないんだから当然かもしれませんが(人類が滅亡すりゃ終わるか)、基本的に完結する日の絶対来ない話ってことになるんだろうな、きっと。単に終わりのない話ってことじゃなく、そもそものテーマが「必然的かつ運命的に未完」であらざるをえないってことですけどね、この場合。

★苦悩する少年★

       

2007/11/21

★あの性格★

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私の場合、自分の小説の登場人物って現実の人間と同じで、出会ってすぐの時にはあんまりそいつが分かってなかったり、仲良くなって来ないと本当の姿が見えてこなかったりするんですけど、最近のお気に入りであるディについてもやはりそうで、分かってるつもりで分かってなかったな、みたいなことが、つきあいが長くなるにつれて納得出来てきたりするのよね。

彼の性格がけっこう悪魔的ってゆーか、ずーずーしく開きなおって人生送ってるって感じなのはこれまで書いて来た通りなんですけど、十代の頃の彼は、ナナメに構えて見えててもまだずっと純粋な少年だったはずなのに、いかにしてああなったのか。

考えてみると、アレクの場合は兄弟両親どころか祖父母も父方、母方ともに健在、生まれてこのかた身内で亡くなったといえば、小さい頃のことで曾祖父のみ。これに比べてディの場合、まず初恋の美少女シベールに死なれ、それはまあ悲しかったけど、生きてるうちにできるだけのことはしてあげたという気持ちもあるから一応諦めはつけられた。この時点で既に、両親、特にあまり丈夫じゃない母親に心配かけまいとディはずいぶん無理してたんですけど、しかし、問題は師匠のダニエルさんに死なれた時で、いろいろあって疎遠になってたとこいきなり死なれたもんだから、しかもその最後に別れた時ってのが、ディはものすごく意地はってたので、「一生憎みます」とかたたきつけて別れてんだよね。そんなだったから、訃報を聞いた時は、あれほど今はずーずーしくて気丈なディがぶったおれかかったほどショックだったんだな。それほど師匠のことが本当は好きだったからなんだけど、その後でダニエルさんが書いてたディの絵を見せられることになって更に大ショック。

これは全て未発表で18枚もあるんですけど、それや素描やらをディに渡すようにって遺言があったので、弁護士と画商から連絡があって受け取ったはいいけど、これがとにかくすごい。二人が出会った頃というとディはまだ10才くらいだったんですけど、その頃からの彼の絵が、スケッチブックにもキャンバスにもこれ以上はないというくらい深い愛情を込めて描かれているんだね。ディ自身画家なので、それがどれほどのものかは見ただけで分かる。死なれてからそんな気持ちを見せられるなんて、しかもケンカ別れした相手からですから、もー、かなり「死にたい気持ち」にさせられちゃう。

でも、やっぱりビーチェ(ディのママ)のことを考えると、そんなにショックだったなんてのは表に出せない。そうこうするうちに今度は、優しかった祖父が亡くなる。ディの18才のバースディに爵位は譲られていたんですが、そんな年齢なのでまだまだ祖父にはいて欲しかったのに亡くなってしまったもんだから、自分よりはるかに年が上の人たちから「伯爵さま」扱いされるのに慣れないうちに、あれやこれやの問題を全部当主として処理しなきゃならない立場に立たされてしまう。まあ二十歳になるならずじゃ、これもかなり大変でしょう。そして、最後のとどめが最愛のお母様の死。しかしこれにも、手放しで落ち込めない事情があった。それはパパのロベールさんで、いつもやたら陽気で楽天的な父が、最愛の妻の死に落ち込みまくって見る影もないなんてことになってごらんなさい。息子としては元気づける立場に回らなきゃ仕方なくなるわけで、結局、立て続く不幸に対する自分の死にたい気持ちは棚上げの先送りするより他なかった。

十代〜二十才少し過ぎるくらいまでに、好きな人4人にも死なれてんですねえ、ディは。こんなことがあっちゃ、自殺するか悟り開くかのどっちかしかないじゃん、というのが今となっては私の感想ですね。ましてや、今は大丈夫でも、いずれ父に先立たれる日が来るのは火を見るよりも明らか。別にそのためにこういう設定作ったわけじゃないですが、自然とあのディのキャラクターにはこういう「人格形成の歴史」みたいなものがセットでくっついてくるもののようです。

そんなこんなで、沢山の死を若くして目の当たりにさせられた彼にとって、「自分もいつかは死ねる」と思うことだけが福音だったというか、多くの人が絶望させられる「無常」「全て土に還る」ということを、ディは肯定的に受け止めているってことなんでしょう。「死」の概念みたいなものを超えてるというか、超えられるということが彼が天才ってことでもあるんでしょうけど、ディは単に画家であるだけじゃなく、哲学的にも優れた資質を持ってます。だからこそ、まーと仲いいんですけどね。

ディがちゃらんぽらんで、不道徳で、いーかげんなのは、ま、こういう過程から生まれた人格によるものってことですな。そう考えると、なかなか深いなあと思ったりしますね、彼のその不道徳さとか、ちゃらんぽらんなとこも。そうなるべくしてなったというか、悟り開くと悩みがなくなる、みたいな? 

そういう、自分の人生は若くして半分は終わってる、みたいなところで生きてるから、まーやアレクが愛しくて苛めちゃうんだろうな、あの、筋金入りのシアワセなお坊ちゃまたちが。で、まーはそういうの全然気がつきませんが、アリはけっこうそういうの分かるコなのよね。だからよけい、ディはアリシアを欲しがるんですけど、アリはまーのなのよね、どこまでも。でも、アリにかまって気を紛らしてるディも、結局はアリだけのものではないんだな、いつまでも。たぶん、最後までって今のディは思ってるようですけど。

★アレクという存在★

        

2007/9/24

★ディとアリシア・その1★

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この前、いろいろあって結局ディとアリはその後ずっとつきあうことになるとか書いてましたけど、けっこうこの二人の関係って面白そうですね。そもそもアリはディにひどいめに合わされた当初、一生憎んでやる〜とかって怒りまくってたわけで、それがどこをどーやったらこういう関係になってくのか、その過程がなんか楽しそうなんです。

アレクが船を降りてビジネスの世界でやってくことになって、まーがそれを手伝うことになるわけですが、これはまじめな「お仕事」なので、アリもまーがそれに夢中になっても文句は言えない。まーはまーでわりと脳天気なところがあるから、アリが何も言わないのをいいことにしてアレクとあっちこっち飛び回ってる。アリはお仕事なんだから、と一生懸命我慢してずっと黙ってるんですけど、ある日、まーが帰ってくるはずの日に予定が変わって、またしばらく帰れないという電話が入る。こういうことがずっと続いているのでアリはとうとうキレちゃうんだけど、まーの負担になりたくないから面と向っては文句を言わない。でも、怒ると言うより、やっぱりマーティはぼくよりアレクさんの方がいいんだ、とかいじけて来て、しくしくしく。そんな時にディから電話がかかってくる。

それまでもディは何回もアリと話そうとして電話かけて来てるんですけど、アリの方が相手にしなくてすぐ切っちゃうということが続いてたんです。でも、この時ばかりはいじけてるし、半分怒ってるし、それでまーにあてつけるみたいにディと話して、話してるうちにちょっと会えないかなってことになってく。普通だったらもう絶対出かけてったりするはずのないアリなんですが、この時は自暴自棄になってたから、いいよって言ってとうとうディと会ってしまう。

ディはアリやまーを自分ちに招く時は、普段ならショーファー付きのリモを迎えによこすんですけど、その時は自分のマセラーティで自ら迎えにくる。アリと落ち着いて話したいと言うディに、アリはディがまた何か企んでるなと思いつつも、ぼくなんかもうどーなったっていいもんという気持ちに任せてついてっちゃう。ディは屋敷の方じゃなくて、バークレイ博士の家の近くにあるハイダウェイの方にアリを連れてくんですが、そこに落ち着いてディは開口一番、あんなことをして悪うごさいました、どうか許して下さいと、手はつきませんけどかなり低姿勢で謝るのよね。アリはちょっと意外。でもまーよりはるかにカンの鋭いアリには、これもディの手だなと直感的に分かってしまう。

この二人の関係って、アリが可愛い顔してまー並みに間が抜けていそうでいて、案外にシニカルで鋭い観察眼を持ってるってとこに成立するのよね。ディが意地悪いことを言ってもアリはそれ以上の意地悪で切り返すし、何か企んでいたりしても、一度ひどいめに合ってるアリにはそれが分かってしまう。でもアリに分かられてしまうということもディは分かっててやってる。ある意味、何をやっても単純にひっかかるまーに比べると、ディとしてはアリのこの懐疑的な反応が楽しいとも言えるかな。

で、許して下さいと言われてもアリの答えはやだ、許さないもん。でも、ディは今回はいたって紳士的で低姿勢。きみが嫌がるようなことはもうしないし、許してくれるなら何でもするからって感じで、ご機嫌とりに徹している。アリはなんでディみたいな、何でも好き放題に出来る恵まれた奴がこんなにぼくなんかに拘るのかなあと不思議に思いつつ、彼が低姿勢なのをいいことにして言いたい放題言ってるうちにちょっと気が晴れてくる。で、その日はお茶して、一緒に食事に出て、ディは言った通り、アリの嫌がるようなことは全くしないで紳士的に送り届けてくれる。でもアリは、ディと会ってきたということが、ちょっとまーに対してうしろめたいような気もしてるのよね。

そうこうするうちに二日ほどして予定より早くまーが帰って来た、のはいいんだけど、疲れ気味で熱っぽいとこ無理して海外から帰って来たもんだから、更に高い熱出してぶっ倒れる。アレクとの仕事のために、ここしばらく無理が続いてたせいらしく、まーの様子を心配して電話かけて来たアレクの話によると、アレクはまーとある取引を済ませたあと、別の仕事でアメリカに飛んでくことになってた。まーが熱あるとかゆーので、2〜3日こっちで休んでから帰れば? とか言ったのに、一人でホテルにいるのはイヤだとか言って、無理して帰って来たらしい。でも本当はアリとの約束を破って帰るのが遅れてたのを気にしてたようで、様子が様子だったから無事に帰り着いてるか心配になったんだとアレクは言う。それでアリは、自分が一時的に自暴自棄になってたのを反省して、やっぱりマーティはぼくのことも考えてくれてるんだと思うんですけど、そうするとディと会っちゃったのが更にうしろめたくなってくる。アレクは電話でアリに、まーが帰れなかったのは、おれがどうしてもマーティアの助言が必要で一緒に来て欲しいと頼んだからで、だから怒らないでやってよねとか言われて、アレクさんにまで気を使わせてるってことで、これまた反省。

でもまあ、とりあえずまだディとは「会っただけ」だから、まーを裏切ったというほどでもないと思い直しつつも、それからはまーのいない時に誘われると、またディと会うことになってゆく...。

この先、どこでどーなるんでしょーね。それはいずれまたそのうち。

★あの性格★

      

2007/8/20

★ディの子供たち★

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以前、ディには将来的に、全部母親が違う子供が三人くらい出来ても不思議はないなとか書いてたんですけど、どんなコドモたちになるのかなーとか考えてみました。

ディとまーが出会ったのは、ディが24〜25才の頃のことだから、その後いろいろあるわけだし、ディの子供なんてものがストーリーに登場するのは彼が40も過ぎてからのことじゃないかとは思うけど、考えてると面白いんだよね。

まず、めんどくさがりのディが、子供をネタに結婚を迫るようなデキの悪い女とつきあうわけがないから、そもそもディの子供と言っても、母親たちの方はただ彼の子供が欲しいというだけの理由で産んでるし、だからディの方はいるのは知ってても知らん顔じゃないかなという気がする。彼の方でも、自分の子供だと認めないとか、養育義務を果たさないとか、そういうつもりは全然ないんだけど、彼女たちの方でそういうの全くアテにしてないのね。従って、そのコたちが十代も半ばくらいになるまで、ロベールさんはその存在を知らないままじゃないかと思う。

自分の子供とは言っても、そんなふうだから会ったことすらないまま育ってて、でも子供たちの方は父親が誰かというのくらいは知ってる。そうすると、この無責任な父親に対する子供たちの反応も、三人三様に出てくるわけで、年齢的に一番上の一人はめちゃくちゃマジメ。だから、無責任な親父が許せない。でも、コイツが一番ディの才能を受け継いでて、将来的には美術の方に進むんじゃないかな。二番目のコは落ち着いた性格で、親父の生き方もそれなりに理解してやって、反抗的にまでなるってことはない。たぶん、このコがロベールさんの後を継いで経済方面に進むから、シャンタン家を継ぐのもこのコになるだろう。三番目はとにかく親父に心酔していて、その生き方そのものをカッコいいと思ってる。そもそもうんと小さい頃から画家としてのディの大ファンで、母親にねだってディと初めて会わせてもらった時も、実の父との対面と言うよりは、殆ど大ファンの画家に会うような舞い上がりぶりだった。このコも小さい頃から絵を描いてるから、将来的に美術の方に行くような気がする。一番上のコが、相当トシ取るまで親父を許せない状態が続くから、家も継ぐ気ないし、そうするとモルガーナ家の方はこの三番目が継ぐんじゃないかな。性格的に一番明るいのは三番目。ちなみに、三人とも全部男の子。

まだ、ちょっと考えてみたって程度のプロットだから、この後また変わるかもしれませんが、ディに子供が出来るのはまず間違いなさそうですね。まあ、40代くらいになってくるとディは、画壇での地位も安定して来て大画伯状態な上に、思想的にも芸術世界全般に大きな影響を与えてるから、子供たちにとっては「あまりにも偉大な父親」なわけで、しかもその頃になっても相変わらず遊んでるし、アリシアが彼の恋人だというのも、今更誰も取り沙汰しないほどの周知の事実になってるし(もちろん、アリがまーの恋人なのはずっと変わらないけど、結局いろいろあってディとも付き合ってる)、こういうめちゃくちゃな親父に子供としては怒るか心酔するか、それはやっぱりそのコの性格によるよね。

そのうちもっと子供たちのイメージ固まってくると思うけど、作者にとってこういう「未知のキャラクター」っていうのが出てくると、これからどんなお話を展開してくれるのかが楽しみになる。ただ、作者と親しくなってくれないと自分のこともあんまり話してくれないから、場合によっては親しくなるのに15年かかったりするキャラもあるんだけどね。このコたちは、どうかな?

★ディとアリシア・その1★

      

2007/6/3

★マジメなヤツほど恐い★

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今ちょうど、まーがアリを好きになって、アレクに別れ話をしにゆく所をプロットから本文起こしてるんですけど、なんかこれに対するアレクの反応がディとは全然違うとゆーか、ディの場合はまーがアレクを好きになってるのを見て面白がって、二人をくっつけちゃったらどうなるだろう、とか考えて実行してしまうわけですが、さすがにアレクはそうはなりませんね。とんでもない。

アレクは、まーの15才の誕生日に、まーと博士が出向いて行ってる田舎の研究所までわざわざ出かけてって、そこでアリシアにも会うんですが、まーがアレクと自分の関係をアリに知られてパニクってるのを見て、もしかするとと不安になると以前も書いてました。そこでいよいよ、まーが本格的にアレクに話しに行った時、「話がある」って言われてアレクはもう大体何の話か見当ついてるんですね。実際、彼によると、それまでの二か月、そういうコトを言い出されたら、どうすればいいんだろうと、かなりマジメに悩んでたらしいです。

「15も年上の恋人としては、もっともの分かりがよくなってやるべきだとか、この前きみが同じように二人の間を右往左往した時、きみを手放す方だったディの態度はおれよりはるかにおとなだったとか...」

そうやっていろいろ考え抜いた挙句の結論が、結局「きみとは絶対別れない」だったようで、面と向かってその話を持ち出された時、まーの言うことなんか聞く余地なしで最後通告として以下のように言い渡す。「きみがアリシアの側にいられる選択肢なんかない。きみが選べるのは、おれと別れるのをやめるか、そうでなければおれの無理心中につきあうか、二つにひとつだ。どっちでも好きな方を選びなさい。」

これが単なる脅しとかだったら、そんなに恐いもんでもないと思うんですが、アレクの場合は本気。そもそも、こういうことを脅しや冗談で口に出来るタイプじゃなのは、二年もつきあってるまーにはよく分かってる。しかも、アレクの言い方が、怒ってる感じなんか全然なくてむしろ淡々としてるので、「決心はついてる」みたいなのがよけい恐い。

まーはアレクとつきあうそもそもの始めから、彼のとても優しいという側面しか向けられて来なかったから、一旦壁を立てたら、とりつくシマもないという反対の顔って初めて見せられるんですけど、ま、そういう所もないとね。キャラとしてはふつー過ぎてつまんないじゃないですか。

ともあれ、アレク自身もこの結論に到達するまでには相当悩んだようで、しかし悩んだ挙句にコレかとゆーか、コレしか考えられなかったとゆーのが、ある意味根本的にマジメなやつは恐いなあと。

なにしろ、アレクにとってまーは唯一無二で代わりがないので、それを失ってまで生きてたくない。よし、あの子を殺しておれも死のうってなっちゃうらしいんですね。本人も、「そんな非生産的な結論しか出せないなんて、気が変だとしか思えない。」と分かってながら、他に考えられなかったらしいから、思いつめるタイプの恋人って危ないなあとも思う。

で、そもそも、まーは別れ話をしに来たくせに、アレクの顔見たとたんに、ああ、そんなこととてもできない、と既に逃げ腰ですから、アリシアの手前もあって話を持ち出したものの、さっさと選べ、みたいに詰め寄られると、あっさり降参。これにはアレクの方が内心驚く。でも、まーが本当にアレクのことが「絶対、別れられないほど好き」と分かってくると安心することもあって、今度は生来の優しい側面が前に出てきちゃって、まーのどうしていいか分かんなくなってパニクってるのを見るに見かねるって方に行く。

アレクはもう、わりと最初から、自分がまーに「アリシアのことは好きなようにしてよし」と言ってやればいいと分かってはいるんです。そもそも、最初の最初から分かってるから悩んでたわけで、今のシチュエーションだと、例えそう言い渡したとしても、まず95パーセントまではまーが自分から完全に離れることはないとも思える。でも、もしモノ分かりがいいふりして、そんなことを言ってしまって、アリシアに完全にまーを取られるということになったら、と、自分でも狭量だとは思いながら決心がつかない。

まーが一週間と言いながら、三週間も帰れなかったのは、まー自身のせいというより、アレクの方が引っ張ったっていうのが真相のようで、そもそもまーは自分では結論出せなくて、もうただただパニクってるだけだから、何も自分では決められない状態。アリシアのことを思い出しては泣き、アレクと別れられないと言っては泣き、いつもの明晰果断な天才児とは思えないほどボロボロになってるのが、かえってどんなにアレクを好きかってことの裏返しだから、アレクの方も悩む。

まあ、こういう時に寛大なことなんか言えないのがふつーの人間だと思いますけど、そこを自分は狭量だって自分の方を責めるってのがやっぱりアレクがそのへんの男と違うとこだな。それがあるから、最後には見るに見かねて、しかもマリオとも話してアリシアが相当まいってるということも聞いてるので、「帰りなさい」と、彼の方が折れるとゆー、あの展開にもなだれ込めるってことなんだなあと、今更ながら、けっこう自分で改めて納得してしまったな。そのへんをこう、いろいろ構成したりして、登場人物の気持ちの変化をどう「お話」にしてくかが、書いてて面白いとこでもあるんですけどね。

アレクはまーとつきあい始める前までは、本当に恋したことなんかないやつだったから、嫉妬とか、猜疑心とか、こういう種類の悩みなんてぜーんぜん知らなかったんだけど(ディから見たら、単に天真爛漫なコドモ状態)、そのへんいろいろ感情的にまーに振り回されるから、この先、人間的に更に大きくなるのかなあという気もする。やはり、苦労しないと大成しないってことなんだろうな。

★ディの子供たち★

       

2007/5/25

★それぞれの好み★

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人間にはそれぞれの好みというものがあると思うんですが、小説の登場人物たちにもそれはやはりあるわけで、でもうちの場合「設定」とかであらかじめそういうのを決めてあるわけじゃなく、書いてると自然と分かってくるんだな。

と言うのは、あやぼーは小説のスジってものを「考える」と言うよりは「見て」書くヒトなんで、言ってみれば極彩色パノラマ大画面、もしくは3D映像で映画見てるようなもんなんですね。つまり、ストーリーがヴィジュアルで目の前をぶっとんでゆく。従って、シーンごとに背景なんてのもおぼろげに見えてるわけで、それを書きつけてゆくと、その中には登場人物たちの私室とか家とかも当然出てくる。現実世界でも私室なんか見ると、そのヒトの基本的な好みってよく分かると思うんですけど、それと同じですね。ディとかアレクとかまーの私室を見てると、本人の性格とかとけっこう合致してるのも自分的に面白いなあと思う。当然、書いてる時はそういうの全然考えてないんですけどね。見えてるだけだから。

で、ディの部屋は前も書いてたかもしれないけど、元がサンルームのアトリエの隣にあって、4部屋続きくらいの豪華なスイートになってる。インテリアはわりとアンティックな雰囲気で、プライヴェート・リヴィングだとか寝室だとかではよくお香とか焚いてたりもする。洗練されたヨーロッパ調で、かつ東洋趣味なんかも混じってる感じね。西洋人から見た東洋っていうか、東洋を西洋のテイストでおシャレに取り入れてあるんだな。例えばプライヴェート・リヴィング。ここには、まーみたいなごくごく親しい人しか通さないので、わざと狭く作ってあって、落ち着ける雰囲気にしてある。重厚なドレープのかかったカーテンとか、同じ布で天井に天蓋を作ってあったり、大きなソファにたっぷりラグがかけてあったり、そういうので空間全体が埋まってますね。ちょっと抜粋すると...

「ディの居間は、広すぎない空間に洗練された調度を並べた、基本的にはヨーロッパ調なものだ。庭に面したフランス窓には厚いびろうどのカーテンが重々しく引かれ、同じ深いボルドーの布が壁面をも飾っている。彼はここによほど親しい人しか通さないが、そのためもあってわざと比較的狭いスペースしか取らず、中央にはベッドになりそうなほど大きなソファを置き、テーブルやサイドテーブル、ドロワー、フロアスタンドなどは繊細な金の細工を施したものを配している。その深い赤と金の空間へ、花器や時計といった小物は、リモージュの濃い藍が選ばれ、結果として全体の醸し出す雰囲気は、どこか東洋的なものがある。香炉に焚かれた神秘的な香りがその印象を強めているのかもしれない。」

この他に、街中に持ってるハイダウェイも、元々古い建物を買い取って手直ししたもので、塗りなおしてはあるけど古い壁とか床とか、ムリに新しくしようとせずに元の感じを生かしてあって、こちらもアンティックな雰囲気がある。それに、湖の近くに城も持ってるんですけど、そこもけっこう気に入ってて、自分の代表作である、まーの絵を7枚連作で回廊に飾って喜んでたりしますね。絵そのものが、見た目はすごくクラシックな感じなんで、古城にぴったりなんだな。で、こういう私室とかのインテリアの好みと、彼の書く絵ってやっぱりテイストがぴったり合うから面白い。

翻ってアレクですけど、街中には当然両親の大邸宅がありますが、ココは使用人も何十人もいて彼にとっては煩わしい上、帰るたんびに両親やにーちゃんたちが、テニスだ観劇だ遠乗りだ、パーティだショッピングだなんだかんだと、かわるがわるに連れ出そうとしてウルサイので、休暇中はちょこっと顔を見せる以外、あまり長居はしたくない。それに20才も過ぎて久しいので、そうそう親の家に転がりこむというのもなというんで、ヨットハーバーの近くにボートハウスと、街中にペントハウスを持ってます。これがどちらも超モダン。めちゃ、いい趣味。ディの好みがちょっと重めで暗めだとすると、アレクのは軽め明るめですね。

ボートハウスって言っても、ハーバーの近くにある別邸だからそう呼んでるだけで、ちゃんとした三階建ての家です。ちょっと引用してみると...

「 三階建てで純白の瀟洒な外装、一階部分にガレージを配し、二、三階部分を居住スペースとしている。二階は仕切らず広々としたワンフロアのダイニングとし、三階は寝室とゲストルームだ。

ガレージから屋上にかけては、ポリカーボネイトの半透明な踏み板を持った螺旋階段が吹き抜けを構成し、昼は天窓から建物全体に明るい太陽光が惜しみなく降り注ぐようになっている。夜はガレージのライトをつけると、トップまで月明かりを流したような幻想的な淡い光に包まれる。ガレージも含めて壁面は全てアイボリーに塗られ、それへ洒脱なモダンアートの額が彩りを添えていた。」

とゆーよーな、感じですね。三階のゲストルームと寝室はそれぞれ半円に出窓を作ってあって、眺めもすごくいいし、床のフロリングも白で貼ってあったりとかする。とにかくぱーっと光があふれているってゆーか、明るいのよね。これってアレクの性格だよなあと思う。

最初こっちの家の方が話に出てきて、次に出てきたのがペントハウスなんですけど、そっちのリヴィングはこんな風ね。

「モノトーンでまとめられた趣味の良い居間だ。大理石の床に、白と黒で幾何学模様を織り出した高価なラグ。しなやかな革の白い大きなソファとアームチェアのセットに抱かれて、透明なガラステーブルが置かれている。壁面には40型の巨大なディスプレイと、それを挟んでJBLが据えられ、大きなガラスの器にはカラーを中心にシンプルにまとめた、瑞々しい生花のアレンジメントが生けられていた。一面のピクチャー・ウィンドゥの向こうには、クランドルの首都の、近代的ではあるが、どこか古風な香りのする美しい街並みが箱庭のように見渡せる。」

このへん書いてて、アレクのシュミってこういうのなんだなと分かってきたんだな。そういえば、まーの部屋もけっこうモダンだから、そのへんもシュミ合うのかな。でも、まーはアンチックなものも好きみたいですけど、自室はけっこうミニマルモダン的にまとめてたりする。

まーの話によると、8才か9才の頃にインテリアの雑誌で見て気に入って、こういうのがいいとマリオにねだって改装してもらったんですってさ。なっまいき。

それまではけっこう普通の部屋だったんですけど、新しくしてからは、部屋の中にロフト(室内の一部に二階をつくってあるやつね)あったりとか、その下の床を一段低くして、そこに机とハイバックチェアを置いて書斎にしてたり、ミニマルモダン調とは言っても、まーによると「シンプルすぎて冷たい印象になるのはイヤだったので、調度を基本的に黒にしてグリーンも入れてある」んだそうです。もう完全にオトナの書斎ですね、これは。ロフトが子供っぽい茶目っけかなあ。日本的に言うと20畳くらいはあるけっこう広い部屋です。ロフトが四畳半から六畳ってとこか。ベッドはちゃんと置いてるので、ロフトは気分転換用というか、私室内リヴィングみたいに使ってる。本読んだり、お茶のんだり。

アリシアは、元住んでたのは後見人が用意してくれたけっこう豪華なアパート(西洋風に言っているのであって、日本的に言えば豪華マンションとか、オクションとかいうやつ。)だったんだけど、マリオんちに来てからは、まーの隣の部屋を用意してもらってあったにも関わらず、まーの部屋に住んでる。

アリ用に用意してあった部屋も、まーのと同じくらいの広さがあって、豪華に整えられてあったのに、とにかくまーといたいアリは、そんなのそっちのけで、朝も昼も夜もまーの部屋にいるのよね。まーの手伝いしたり、自分の勉強したりとかしながら。で、まーが資料とか欲しがってるなと思ったら、言われる前にだーーーーっと書庫に走ってって取ってきたりとか、お茶がのみたいなーと思ってそうだと思ったら、すぐにキチンに行って、お茶とお菓子用意して来たりとか。かいがいしいというか、可愛いというか、まーは「昔、ものすごく忙しい時、身体がふたつあったらと思ってたもんだけど、今はアリシアがいるから、身体がふたつになったみたいでものすごく助かる」とか言って喜んでる。こいつらの場合、同レベルの思考ユニットがひとつからふたつになったよーなもんだから、この表現はかなり的を射てると言えるでしょうね。実際、まーはけっこう神経質なので、他人が自分の部屋に四六時中いるのは本当なら耐えられないと思うんだけど、アリはいても全然苦にならないらしいのよね。いないと淋しいとか言ってるし。

そんななんで、アリはこれまで自分の好みで私室というものを持ったことがないんだけど、そのうちもっとトシ取ったら持つのかな。ずーーーーっと、まーと一緒にい続けそうだけどな。

そんなこんなで、うちの連中は、みんなオシャレな部屋に住んでんだけどなあ。作者本人はファビ、ハボと同居だからなー。でも、実際こんな凝った部屋なんて、ちらかし魔の私にはあったっておんなじなんだよな。維持するのが大変だし。やっぱり、お話の中で思う存分書いてる方がいいな。

★マジメなヤツほど恐い★

      

2007/4/28

★ディのフルネーム・その2★

この話題について始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

ディの名前について、名づけたパパのロベールさんに経緯を聞いてみました。すると、そもそもクランドルでは「デュアン」というのは普通に男の子の名前なんだそうで、スペルも「Duane」なんだそうです。これはディのひいおじいさんの名前でもあって、おじいさんがそれを付けたがったんだね。しかし、それをそのまま付けるのも芸がないと思ったロベールさんは、それではスペルを「Diane」にしたらどうかと提案した。まあ、ロベールさんにしてみると、「月の女神」というのは最愛の妻ビーチェのイメージでもあって、それを息子の名前に重ねるのもシャレてるんではないかと思ったんだってさ。

ディのおじいさんもこのアイデアを気に入ったらしく(ということは、このおじいさんも相当ロマンティストだったんだろうと思うが)、じゃあそうしましょうということになったらしい。そもそも、「Diane」はロベールさんの国では当然女の子の名前なんだが、例えば、「アンリ」っていうフランスの名前はそもそも男の子の名前で、英語読みすると「ヘンリー」になる。でもこれが日本に来ると一般に女の子の名前になったりするじゃないですか。「アン」からの連想で「アンリ」も女の子っぽいイメージがあるからなんでしょうね。ちなみに「ヘンリー」がフランスでは「アンリ」になるのは、フランス人にとって[h]の発音って難しいからで(日本人に[r]の発音が難しいのと同じ)、例えば「Hello」がフランスに行くと「アロー」になる事情と同じなんだろう。ま、そういうこともあるので、こういうことがあっても不思議ではないな。「ディアン」を「デュアン」と読ませるのも、日本で言う「当て字」みたいなもんだね。もともとクランドルではそういう発音をするという習慣もあるし。

とゆーふーに、私の頭の中では、現実と、お話の世界がごちゃごちゃになってるわけですが、ま、本人それで楽しいんだから、いいじゃないですか。

ともあれ、こういうロマンティストの親父とじーさんと、人間的に芯は強いけどあまり丈夫じゃない母親に囲まれて育ったコドモ(ディ)は、おかげでけっこう現実的な人間に成長したみたいだな。ディは後々おじいさんの後を継ぐということが最初から決まっていたので、生まれた時からクランドルで育ってるんですけど、ロベールさんの両親は既に亡くなってたこともあって、お母さんも一緒に自分の国にいて、ロベールさんの方がそっちに帰ってくるという生活をしてたそうです。でも、ロベールさんは仕事が忙しくて世界中駆け回ってるような状態だったから、息子にはママとおじいちゃんの言うことをちゃんと聞いて、しかも私の代わりにママのナイトでいるんだよと言い聞かせてたらしい。ま、そのへんがディの苦労というか、強情で意地っぱりに育ったのも、お坊ちゃまとはいえ甘えてばかりいられない環境のせいもあったでしょうな。おまけにあの美貌のおかげで、しなくてもいい苦労しょいこまされてるし。

ディのおじいさんはロベールさんと同じように実業家だったわけですが、モルガーナ家の事業そのものは現在もそのままディが受継いでいて、ただ傘下の企業の経営はロベールさんと相談して選んだ人たちに任せてるんだな。とはいえ、ディが全然経済に暗いというわけではなくて、パパもおじいちゃんも優れた経営者なわけだから、ディも知識だけは幼い頃から教え込まれてるし、もし今、そっち方面の仕事もしなきゃならなくなったら、できないってことはない。ま、性格が性格だけに自分でも向かないとは思ってるようですけどね。

ちなみに、今更言うのもなんですが、ディは当然アタマはすごくいいです。大学は行ってませんけど(十代半ばには画家になることが決まってたから、行く必要がなかった)、学校行ってた頃の成績はいつでもアレクと張り合ってたし、このふたりに元はアレクの友人で現在はインテリアデザイナーとして有名なジェイムズ・アルジーっていうのがいて、あとふたりほど今では政治とか経済方面に進んでるのがいるんですけど、この5人が当時彼らのいた学校でトップグループだったんだな。ジェイはアレクに輪をかけたようなお人よしで、すごく美術方面に進みたがってたこともあって、当時からディのことは神さまみたいに崇拝してましたね。ジェイ自身が大成した今でも、そのへんあんまり変わってません。

アホではあんな理屈っぽい絵を描くようにはならないでしょーが、それはそれとして、こういうふうにどんどんどんどん、どんどんどんどん、世界が広がってしまうので、ますます収拾がつかなくなってゆくあやぼーの小説世界なのでした。

★それぞれの好み★

      

2007/4/22

★ディのフルネーム★

この話題について始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

ところで、うちの性格破綻者代表と言えばディじゃないかと思いますが、彼も「好きなように生きるためなら全世界を敵に回してもかまわん」というヒトですね。やりたいことを邪魔するヤツは踏み潰してでも通るって性格だから。

そのディのフルネームですが、実はこれまで決まってなくって、いろいろ考えまくってたんです。出てきた始めからディって呼ばれてたから、あやぼー的にはものすごく凝ったフルネームにしたいなあといろいろ考えてました。だからファーストネームは「D」で始まる名前で、フランス的な発音の長い名前ってないかなあとかね。でも、イメージ的にずっと「デュアン」というのが候補に挙がってたんです。ただ、「凝った長い名前」という条件に合わないので決めかねてたんだな。

で、先日、なんとなくフランス語の辞書を眺めていて、「D」で始まる項目を見ていたら「diable」という単語があった。発音記号を見るとたぶん「ディアブル」と読むんだろうなと思うんですが、これはそのものズバリってゆーか、「悪魔」のことなんだって(♪)。きゃはははは、やっぱりそうだったか。ちなみに、ランボルギーニのディアブロってこれのイタリア語読みじゃないかと思いますが、それはともかく、[djabl]という発音記号なんで[j]は英語の[i]に近い音なんだそうですけど、半母音だから「ユ」に近く聴こえることもあるんだね。

しかも、「D」で始まる単語には「Diane」というのもあって、これは月の女神のことなんですってさ。ギリシア神話のアルテミスのことなんだけど、クランドルでは「ディアン(ディアヌ)」を「デュアン」と発音することもあるってことにしちゃえば、辻つまは一応あう。これはもうきっとロマンティストのロベールさんの命名だろうなと思いますが、そもそもは「月の女神」の方だったんだろうな。しかし「月」は「魔」にも通じるので、実際には「悪魔」も入ってきちゃったんだろう。更に「dieu」には「神」とか「神のごとき人物」という意味もある。ということで、ディの「Di」は、悪魔と神さまと月の女神の「Di」だったのだというお話ですね。うーん、そうだったのか。これが話のテーマにぴったり合ってるとこが凄いぞ。なにしろディって「光」と「闇」と「美」の象徴ですからね、この話では。「美」というのは当然、芸術的かつ哲学的な意味ですが、彼の美貌も多少は絡まってるかな。

とゆーことで、ファーストネームはこれで決まり。続いてセカンドネームですが、「月」からの透明感のあるイメージを重ねて「クリスタル」。これも決まり。これはダニエル・スティールのお話の主人公でそういう名前の女の子がいて、響きがキレイなのでいつか使おうと思ってたんだな。「デュアン」がわりと短い普通の響きになっちゃったんで、セカンドネームでちょっと凝ろうかと。で、この後に母方の姓が来て、最後が父方の姓ってことになりますね。お母さんの方の姓はまだちょっと決めかねてるので変わるかもしれませんが「モーガナ(モルガーナ)」、お父さんの方はもう決まってるから「シャンタン」。で、フルネームが「デュアン・クリスタル・モーガナ・ド・シャンタン」。おー、なかなか凝ってるではないですか。こういうの考えるのって楽しいんだよねーっ♪(でも、たいていは考える間もなく決まっちゃってるんで、こんなに名前決めるのを楽しむチャンスはあまりない。)

ただし、ディはこの大げさな名前、特に「デュアン・クリスタル」という美しすぎる名前があまり好きではないので、親しい人からは「ディ」と短く呼ばれるのを好んでるんだな。現在は母方の方の爵位を既に継いでるのでモーガナ伯ってことになります。ただ、以前も書いたように、クランドルでは爵位ってもう家柄だけのことになってるんですけどね。

あー、これでやっと主要登場人物のフルネームが決まったな。アレクは「アレクサンダー・フレデリック・ロウエル」でしょ。このフレデリックっていうセカンドネームはフェリーさんのお父さんの名前(「フレデリック・チャールズ・フェリー」)からもらいました。まーは「マーティア・メイ・ルーク」、アリはいずれバークレイ家に入るので将来的に「アリシア・バークレイ」になる。まーも当然一緒にマリオの養子になるんですけど、「バークレイ博士」が三人になっちゃややこしいというんで、もうそれで有名だし、表向きはその後もルークで通す。アリは一応孤児ということになってたので、それで意地になってそれまで姓をわざと付けてなかったんだな。だからみんな「アリシア博士」って呼んでた。でも、クランドルではそういう境遇の子は16才になるまでに自分で姓を決めなきゃいけないんで、丁度その頃、養子の話がまとまったこともあって、「バークレイ」という姓を名乗ることになります。

アリはずっと「マリオが本当のお父さんだったらいいのに」と思っていたので、養子になるって決まった時にマリオに「これからはお父さんって呼んでいい?」とか言うのね。これにはマリオの喜ぶまいことか。ま、そういう感じにまとまってゆくんだな。それと、この話のタイトルも大体決まったので、その話はそのうちしよう。ああ、これでやっと連載にできる目処が立ってきたぞ。

★ディのフルネーム・その2★

      

2007/2/24

★レイとビーチェ★

この話について始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

「信じられないわよね。どこをどう間違ったら、あのマジメで模範的な貴族のお姫さまの代名詞みたいだったビーチェからあなたみたいな息子が生まれるのか。ロベールだって立派な人なのに...」

「なに言ってんですか。ぼくがシベールに死なれて傷心だったとこ、つけこんで誘惑したのはあなたじゃないの。ぼくだってあの頃はマジメで純真な少年だったのに」

ま、ディとレイってのは、つまりそういう関係なんですが、ともあれ、ディのママのビーチェとレイは、子供の頃からとても仲良しな親友どうしだったので、ビーチェのことをよく知っているレイから、こんなこと言われてディはよく不思議がられるやら、苛められるやらなわけです。

ビーチェが内気でマジメで堅物だったのに対して、レイは前にもお話した通り、好き放題しまくりのワガママ娘。でもレイはビーチェのおとなしいけど芯のしっかりしたとこが気に入ってたし、ビーチェはビーチェで、自分にはとってもできないような生き方をしているレイのことをいつも羨ましがったりしてて、お互い自分にはない部分に美点を見出していたので、仲良しだったんでしょうね。ただ、それほど正反対だったので、回りからはよく比べられたりしていて、どちらかといえばレイの方が割りを食って悪く言われることしきりだったんで、彼女にしてみたら、けっこう愛憎ただならないようなとこもまじってはいたらしい。

なにしろビーチェはロベールさんと結婚する時でも、そのことを自分からはお父さんに言い出すことさえ出来なかったような人で、そんなだからよけい回りは彼女のことを思いやって良いようにしてやろうとするし、結局はロベールさんみたいなステキな旦那さまに恵まれて幸せな一生を送った。反面、レイは好き放題しているようでいて、一番好きだったバークレイ博士からは相手にしてもらえず、旦那のこともキライってわけじゃないし仲が悪いというのとも違うけど、やっぱりロベールさんみたいに手放しで熱愛してくれる、しかも相思相愛の旦那さまをみつけたビーチェが羨ましい。

考えてみるとこのへん、けっこうアレクとディの関係に似ているかもしれない。レイも自分でそんなこと言ってましたね。もちろん、アレクがビーチェの立場でしょう。アレクは全然内気じゃありませんが、なにはともあれみんなから「良い子」と評判なのに、反面ディは今やロベールさんからでさえ「ロクでもない不肖の息子」扱い。まーをひっかけて堕落させたという、ロベールさんにしてみたら言語道断なことをやってからは、相当マジで「どうしようもないやつ」とか「育て間違った」とか思われてますからね。ロベールさんにしてみたら、親友であるバークレイ博士があんなに大事に育ててきた子に、なんてことするんだってなもんですし、まーにディの絵のモデルの話を持ってったのは自分だっただけに、特に当時は博士には平謝り、息子には勘当もんの大激怒状態だったものです。

で、まあことほど左様に、好き勝手してると回りの風当たりは強いものってことですな。しかしそれでも、ディもレイも生き方変えないとこが、ご立派かもしれません。

★ディのフルネーム★

      

2007/2/10

★DIALOGUE★

4月くらいから連載にするつもりと言ってるその小説ですが、こちらはほぼ書き始めた頃からしっかり「Dialogue(ダイアローグ)」というタイトルが決まってました。このタイトルって、この話を書き付けてたノートの表紙に大したイミのない英文が書いてあって、その中に"dialogue"って単語が入ってたんですけど、それがなんとなく気に入ったというか気になったというか、だから自分でも付けた当初はなぜそのタイトルにしたかよく分かってなかったんです。でも、ずっと後になってプラトンの著書にそういうタイトルのがあると知って、ああなるほどねってゆーか、やっぱりこの作品にぴったりだったなと思って、結局それで決定ってことになった。なんでプラトンの著書なんて高尚なシロモノと関係があるかってゆーのは、いや、直接は何のカンケイもないんですけどね。そのへんは、あんまり気にしないで下さい。どうせ、あやぼーのやることですから、深く考えないよーに。

内容ですけど、いちおー、マトモなラヴ・ストーリー(のはず)、「はず」というのは主人公が女の子だから、まーちゃんたちのみたいな危ない方向には行かないで済むというだけのことですが、しかしその主人公が主人公なんで、やっぱりマトモな話にはならない...、かも(?)しれない。自分でも、そのへん分からないんだ。世間一般ではいったいどーゆーのだったらマトモなのかが、そもそも分からないんだ、私は。

以前、大実業家の愛娘で、自身も経営の天才、プライヴェート・ジェットで世界中かけまわってるのがいるってちょっと書いてましたけど、この話の主人公がそれです。でも、大富豪の令嬢とか、お嬢様とかいうコトバから連想されるどのようなイメージも、うちの綾ちゃんには当てはまらないでしょう。なにしろ作者は彼女のことを密かに「うちのダミアン」と呼んでいるくらいの悪魔っ子ですから。

あやぼーは、「美形と天才と富豪しか書きません」と宣言してますが、そういう点でも"Dialogue"って私の小説の真髄と言えるかもしれないな。それだけに道具立ては華やかで豪華ですから、そういうのが好きな方には受けるかもね。第一部は、その綾ちゃんが17才くらいの頃のお話が中心になってて、舞台は東京→ニューヨーク→パリ→バハマと飛び回ることになってます。実は今日、久しぶりに読み返してみてたんですけど、自画自賛と言って下さって構いませんが、一気に最後まで読んじゃうくらい面白かった。うちのサイトって、ハマるひとはハマって下さるみたいだから、シュミが合えば楽しんでもらえるんじゃないかな〜? 

       

      

 

     

2006/12/20

★その後の展開★

この話について始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

さて、例の物語ですが、ディにひどいめに合わされたアリシアとまーの、その後の展開がぼちぼち分かってき始めたので、マリオのことはちょっと置いといて今日はそちらの話をしましょう。

二人は別れるどころか、結局それまでより更に仲良くなっちゃうというところまでは既に書きました。ディのところに怒鳴り込んだ、ってゆーか、もうアリシアにちょっかい出すなとクギを刺しに行ったまーは、結局、例のごとくずーずーしいディに開き直られて、クギ刺すどころかアリシアに関して全面戦争を布告され、「半年あれば落として見せる」とまで豪語されて仕方なく引き上げて来る。これは、期間限定で公開した原文を読んで下さった方はご存知かと思います。

その後、まーは傷心のアリちゃんを連れて海の側にあるマリオの別荘に旅行しますが、アリがヨットに乗ったことなかったので、この旅行はアリに海を見せてやることとヨットを教えることも目的になってました。アリは内陸の育ちなので、これまで海を見たことが無かったのよね。まーはアレクとずっと付き合ってるから、ヨットに関しては彼に教わって既にすっかり詳しくなってます。

マリオの別荘は海のすぐ側にあるので、40フィート級くらいのわりと小ぶりなヨットとモーターボートが収納されているドックが付いてる。ここに入ってるのは小さいですけど、マリオは他に100フィート級のもひとつ持ってます。これはもともと、彼の両親が所有してたものですけどね。

街の家に来てからずっとマリオとかマジェスタとかが回りにいる所で暮らしてたので、ふたりっきりになるのは久しぶりだったんですが、まーがディにいろいろ言われてちょっと落ち込んでたこともあって、わりとマジメにいろいろ話し合って、ここにいる間にお互いに対する理解も進めることが出来た。それでまーはアリシアを以前よりかなり理解できるようになってくるし、日常から離れて毎日快晴の海で過ごすにつれて、アリも徐々に元気を取り戻してくるんです。

アリのことが分かってなかったなあというか、孤児として他人の中で育つっていうのは大変だろうなと漠然と分かったつもりになってたまーは、アリがずっと幼い頃の話をするのを聞いて、その中にちょっとショックなこともあったりしたので、本当に自分は幸せに育ってしまって、アリがどんな環境でどうやって育ってきたか、本当にはちっとも分かってなかったことに気づく。ディに「きみはアリシアのことが何も分かってない」と言われて落ち込んでたこともあって、「おれはきみのことをまだ十分に理解できてないよね。それで散々、守ってあげるとか偉そうなこと言ってきたんだから、」とか言って謝るまーに、アリは「ぼくだってマーティのことが全部分かってるわけじゃないし、でも分かりたいから側にいるんじゃない?」と、ちょっと大人びた発言とかしてまーを驚かせる。それで、もしかするとアリシアより自分の方がコドモかもしれないと、まーは密かに悟ったりするんですけどね。

で、アリがずいぶんこの別荘を気に入ったこともあって、1週間の予定を3週間にまで延ばして帰って来るころにはすっかり二人ともリフレッシュな気分。マリオもそれ見て、ひと安心。

一方、ディの方ですが、そもそもあの程度でアリとまーが別れるなんて夢さら思ってないから、思った通りまーがやってきて、あれこれ返り討ちみたいなコト言われて落ち込んで帰ってったのが楽しくて仕方ない。特に、アリシアがまーになついてるのは、親いなくて他人の間で育ったアリに、初めて優しくしてくれたのがまーだったからで、アリのトシから考えてもそれは恋じゃなくて単なる好意なんじゃないのとか指摘してやったこと。それに案の定まーがひっかかったのも、話をややこしくして楽しみたいディには思うツボなんだな。ディの方は、まーよかアリのことがけっこう理解できているので、自分で言っといてひどい話ですが、アリのまーへの気持ちが恋以外のものじゃないことくらいよく分かってる。ともあれ、面白くなってきたなーって、この後どうしてやろうとか考えてうきうき。

さて、この一連の話につんぼさじきだったアレクですが、休暇で帰って来たのに、まーが珍しく「今は会えない」とか言う。それで不思議に思ってたら、次に会った時に「ディとちょっとあって」、みたいな話をまーから聞いて、なるほどと納得。さすがに何があったかまで全部話すってことはアリのためにもまーは出来なかったんですけど、大体のとこディがアリにどーゆーちょっかい出してたか知ってるアレクには、事情はある程度飲み込めたんだな。で、何かのパーティで偶然ディと顔を合わせたアレクはそれとなく、マーティアをあんまり苛めないでやってよ、みたいな話をする。するとディは...

「おや、心外なことを言われるもんだね。」

「どうして」

「だって、ぼくとアリシアがうまく行ったら、マーティアを取り戻せて一番得するのはきみじゃない。」

「冗談じゃない。おれは、そこまで落ちたくない。自分のことは自分でなんとかするさ。第一、それどころかあの二人、きみがちょっかい出せば出すほど親密になるのは目に見えてるよ。どっちかって言うと、おれにはそっちの方が迷惑な話でね。」

そんなこんなで、お気に入りの親友であるアレクが、こうやって話に絡まってくるのもディには楽しいことなんだな。そもそも、それも目的にしてまーをアレクに譲ってんだから。で、その辺りの事情をよく知ってるレイなんかは、「男のこばっかり4人でつるんで何が楽しいのよ。女の立場ってものがないじゃない。アレクまで参加するなんて信じられないわよ。」とか、ディの顔みるたび怒ってんですけど、長いつきあいの彼女からしたら、これが全部ディの陰謀だってことくらいお見通しなのよね。

とゆーことで、酷いことしてアリに思いっきり嫌われたディは、果たして宣言した通り、アリを半年で手に入れることが出来るんでしょーか。更にお話は続きます。 

★レイとビーチェ★

       

2006/11/26

★バークレイ博士・その1★

この話について始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

そういえば、まーの育ての親のバークレイ博士のことは、まだあまり話してませんでしたね。博士と言うと結構おトシのように聞こえるかもしれませんが、実際にはまだ40代入ったとこくらい。まーくらいの息子がいても全然おかしくない感じです。これまでお話してきた通り名門の家柄の出で、しかもロベールさんが言ってましたが、IQ300を超えるアインシュタインなみの大天才なので、ものごころついた頃から沢山の家庭教師に囲まれて育ちました。家柄にうるさい堅い家庭だったこともあって両親もきびしい人たちで、自分の将来っていうのは彼自身が決めるより先に両親の方がかくあるべしみたいにきっちりレール引いてたような環境で育ったんですね。

両親と仲が悪かったというわけではないですけど、わりと疎遠というか、お父さんが実業家だったこともあって夫妻ともども海外暮らしが多かったから、幼い頃は家庭教師と使用人の間で育ってるし、どちらかといえば愛情深い暖かな家庭というわけではなかったようです。兄弟姉妹はナシ。ま、お金持ちの何不自由ないお坊ちゃまだけど、家庭環境は恵まれてるとはちょっといえないかもという、わりとありがちなパターンかもしれません。だからといって両親に愛されていなかったというわけではなく、そういうお堅い性格のご夫妻なりに、ずばぬけて出来のいい息子のことは誇りにもしていたし、愛情も持ってはいたようです。

まーを引き取った時には20代後半くらいでしたが、そのことでちょっと両親とモメて、というのは、そんなどこのウマの骨とも分かんない孤児を引き取るなんてとんでもない、おまえいったい何を考えてるんだいと言う両親に、この子はどうしても私が育てたいんですと言い張ってゆずらず、まーの出生についても両親を納得させる説明を出来る事態ではなかったので、結局同意を得ないままに、既に持っていた現在住んでる街中の自宅にまーを引き取って、両親のご機嫌は損じたままでずっと暮らしてきたわけです。この両親はまーがまだ小さい頃に飛行機事故で亡くなってしまうんですが、それもあってまーの件については最後まで両親の許しを得ることはできないままでした。まあ、両親にしてみれば、まーがマリオの血を引いてるならともかく、そうでもないらしいのに出来の良い自慢の息子が、いったいなんで親のいうことに逆らってまであんな子供をって感じで怒ってたから、当然彼らが亡くなるまでまーは会ったこともなかったし、バークレイ家の本宅にも事実上お出入り禁止で、まーが初めてこの本宅に行ったのはマリオの両親が亡くなってからのことでした。まーにしてみると事情はマリオから説明されてはいますけど、きみには何の責任もないことだから気にしないようにと言われているし、会ったこともないひとたちだっただけに、まー自身もどちらかといえば、あずかり知らない世界のこととしてバークレイ家そのものは概ね「ヨソのうち」と認識しています。

ただ、両親が亡くなったあとに博士がまーを本宅に連れて行ったのは、両親の財産や事業を受継ぐ手続きもあったんですが、いずれまーを自分の養子としてバークレイ家に入れるつもりもあるので、親類縁者をそれとなくマーティアの存在に慣らす目的もありました。...って、もっともらしいコトを書いてますけど、実は私、いまココでこのマリオの両親の話をつらつら書き始めるまで、このへんの事情については全然、「知りませんでした」♪ 作者なんだから自分で作ってんだろってなもんですが、そもそもはマリオの生い立ちを書こうとして、どんな両親でどんな家庭でとか書いてるうちに、おお、なるほどそんな事情があったのかって、話の流れとあんまりつじつま合うもんだから自分でも驚いた。以前から、マリオはなんでまーを引き取った時に自分の養子にしなかったんだろと疑問に思ってたんですけど、その理由のひとつとして、大人になってからの、まー自身の選択を尊重するつもりだったんじゃないかなって気はしてたんです。でも、それもあることはあるけど、確かに両親が「バークレイ家に入れることはまかりならん」と強行に反対してるものを、さすがに無理には押し通しかねたってのは、頷ける事情だなあと今更ながらに納得したというか感心したというか。

そういえば、ディと出会った頃のまーが、この本宅の話をちょっとディにしてたことがあったんですけど、ディの「今の家は、博士のもともとのご実家ではないんだよね」という質問に、「マリオがお父さんから継いだ家は、とんでもなく大きいんだ。昔どおりにマリオが管理してるから、その頃からのバトラーもいるし、何度か行ったことはあるけど、ぼくにはあんまり関係ないって感じね」って、けっこうそっけなく説明していた。なるほどそういうまーにとって愉快とは言いかねる事情があったんなら、こういう説明の仕方にもなるよな。ま、ことほど左様に、あやぼーには「小説作法」なんてものはクスリにしたくもないってことですかねえ。スジはただ出てくるだけなんだから。

さて、バークレイ博士の話に戻しますが、性格はいたって温厚でまじめ、ってゆーか、まじめすぎるって言ってもいいかもしれません。その業績や活動が素晴らしいので世界から尊敬される存在で、誰からも「立派なひと」っていうイメージを持たれてるというのは、これまでも書いてます。一般にイメージされる科学研究者って感じではなく、レイのような美人のワガママ娘が忘れられないくらい好きになってることからも分かるように、背も高くって、40代の今ではダークスーツの似合う紳士と形容するのが正しいでしょう。

事情があってまーを手元で育て始めてから、その成長を目の当たりにするにつけ、子供ってのはなんて可愛いものなんだろう、とすっかり子育てにハマりこみ、一人で父親と母親の二役こなしてなお飽きたりないってくらいまーに夢中になってました。たぶんこれは、当時20代後半ってこともあって、なにしろ天才な上に、当然ですが美形ですから、いろいろな思惑を持って近づいて来る計算高い世間や、彼の名声や容姿、家柄なんかに魅かれて群がってくる女性や、そういうのにウンザリし始めてたことも大きいでしょう。十代前半からそういう環境に囲まれてれば、そろそろそういうのにつきあうことに疲れてきて、まーとの純粋な交流に心洗われるって感じだったんじゃないかな。

お、だいぶ長くなってしまったので、続きものにしよう。近々「その2」を書きます。

★その後の展開★

      

2006/9/25-9/29

★ディの日常★

この話について始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

趣味で小説を書いてて、既に100人以上のキャラを抱えているなんてお話を以前していましたが、その中でも最近のお気に入りはやはりディです。まーたちを主人公にした話ばかりしてるので、その中でディはかなりヘンなお兄さんとゆーか、まーやアリのような10才〜13才くらいの男の子にしかキョーミないのかと思われてしまっているかもしれません。でもディは以前も書いてた通り、十代前半の頃に薄幸の美少女に恋して献身的に尽くし、挙句の果てにさっさと死なれてしまったとゆー可哀相な過去の持ち主でもあります。だから基本的には女の子の方がずっと好きだし、アリが出てくるまではまー以外の男の子には全然興味なかったくらいですから、そのへんは元々はそんなにヘンじゃない。

まーとかアリは子供とは言ってもなにしろ二人とも大天才児ですから、普通の意味での「子供」とはやはり言い難いでしょう。そもそもアタマの中身が全然違うし、そのへんはナミの大人以上の思考を持ってるわけですから、ディとしては、おつむてんてんな女の子と遊んでるより遥かに知的興味を満たしてくれる稀な存在だと思います。ディも相当エキセントリックな頭持ってますからね。あやぼーは個人主義者なので年齢や性別で人間を判断しないということはよく書いてると思いますが、ディにとってのまーとアリはあくまでマーティア・メイとアリシアという個人であって、男の子だとかトシがどうとかいうのはまるっきりどうでもいいってことですね。

だからディにとってはまーやアリのようなトシの子とつきあうのはかなり特殊なことだと言っていいと思います。他はテキトーに女の子をとっかえひっかえしてますが、中にはロクスター侯爵夫人のレイみたいに、長いことつかず離れずつきあい続けてる女性もいます。レイはマリオとかと同年代だから、ディとは15くらいは離れてますけど、まあ、これはいわゆる大人の関係というやつでしょう。

レイという女性は、もちろん美女ですが、性格がかなり歪んでます。そもそも十代の頃からデヴィッド・ロクスター候の婚約者だったんですけど、この婚約は親同士が決めたもので、彼女はそれが気に入らなかった。デヴィッドが嫌いだったというより、才女でもあるからそういうシチュエーションがイヤだったんですね。それで十代の頃から親にあてつけるみたいにけっこう遊んでた。結婚する前から芸術家の卵とか集めてサロンのようなものも主宰していたし、そこに出入りしてた画家や作家、詩人なんかとつきあっては別れるなんてことを平気でやってましたが、デヴィッドの方はレイにぞっこんで何が何でもヨメにもらいたいと思ってたから、そういうレイのプレイガールぶりも見てみないふりしてたんだな。挙句の果てに結婚する時にも「私は遊ぶわよ」と宣言されたにもかかわらず、それでもいいからと結婚する。

でも、レイがそこまでデヴィッドに冷たくあたったのは、実は彼女はバークレイ博士のことが好きだったからです。それは今でもそうなんですが、マリオにしてみたらレイは親友であるデヴィッドのフィアンセだし、嫌いというわけじゃなかったけどデヴィッドと取り合ってまでという争いを起こすほどじゃなかった。例えそうだったとしてもマリオの性格からするとまず騒動を起こす前に引くでしょうけどね。でもレイにしてみたら、そんな理由で自分が相手にしてもらえなかったことを未だにネに持ってて、けっこう自分の旦那には冷たい。ただ、デヴィッドの方もちょっと変わったヒトなんで、レイのような美人で才女、今では大家と言われるような芸術家と浮名を流すような女性を妻にしてるというのは自慢にしてたりする。ま、彼にしてみたら所詮女のやることではあるし、社交界には昔からそういう傾向はなきにしもあらず、他の男から見向きもされないような女を妻にしてるよりはずっと羨ましがられるようなとこもあるんで許容範囲内なんだな。そのへんもデヴッドにしてみたら「可愛い女」の域なんでしょう。

そういう屈折した性質のレイと、歪んでることにかけては人後に落ちないディとは性格もぴったり合うので、長いこと続いてるんでしょうね。実はディってけっこうマザコンの気もなきにしもあらずなんで。なにしろママのビーチェがたおやかで理想的な女性でしたから、もしかすると未だに彼女はディの理想像かもしれません。で、そんなこんなあるのでレイとは友人としても仲が良くって、マリオのことなんかも知ってたりする。マリオの方はまーを引き取るまではそれなりにつきあってる女性とかもいたんですけど、彼も相当アタマがぶっとんでるヒトなんで、それこそおつむてんてんな女どもに人生の貴重な時間を費やすよりも、まーのような子を育てることの方に夢中になっちゃった。それで家政婦さんのマジェスタが私がやりますからといくら言っても相手にしないで、まーのことは何もかも自分の手で世話して育ててきたんだな。

もうそれこそ引き取った当初は生まれたてですから、自分の寝室にゆりかごとか置いて、夜中のミルクとかまで自分で世話してましたから。挙句に少し大きくなってくるとゆりかごじゃあきたらず、3才くらいになって部屋を持たせるまでは自分のベッドで寝かせてた。それほど可愛かったんだな。まーがディに「あまえた」と言われてしまうのも、こんなに溺愛されて育ったからには仕方のないことかもしれません。おかげで、まーの方はこれは殆どファザコンですな。だからディとかアレクみたいな大人の男にコロっといかれちゃうのよね。もちろんマリオはあくまで父親代わりというスタンスで、まーのことを愛してきたわけですけどね。

さて、ディの話に戻りますが、彼はもちろん画家なので絵を描くのが仕事です。でも1〜2年に1回くらい個展は開くものの、殆ど絵を売ることはありません。欲しいというファンは引きもきらないし、いくらでも高額で売ることはできますが、資産家の伯爵さまですから売らなくても生活に困らない。例外はよほど熱心なファンか美術館のみ。師匠のバーンスタインがそもそもそういう人だったようなんですが、一枚の絵が高さ2mくらいあるのが常なので、年間の制作点数は極端に少ないし、とにかくとことん芸術家気質で注文で描いたりとか絶対せず、自分のイマジネーションでのみしか仕事をしない。正真正銘の「芸術家」ですね。逆にだからこそ、ディの絵を所有するためならいくらでもお金を積むって熱狂的ファンなんかもいっぱいいる。そういうのが、本当の芸術家にとっては理想的な環境じゃないかと私なんかは思いますけど。

それに加えて、もともとディの先代、更に遡って伯爵家そのものが絵画のコレクションで名高く、その上、美術のみならず芸術のあらゆる方面に渡ってパトロン的な家柄だったから、ディもそれを受け継いで様々な芸術団体や芸術家に援助の手を差し伸べてもいる。そこへ持ってきて自身が画家として天才的なわけですから、後々ディがそういう世界で帝王的な存在になってく素地は最初からあったと言えるでしょう。

で、画家としてはともかく、大伯爵家の主としてはあまりにもちゃらんぽらんなうえに若いディをサポートしてくれてるのが執事のアーネストです。彼は、お父さんがそもそも先々代の執事で、その後を継いでディんちにいてくれてるヒトなんですけど、先代からディがまだ当主としては全然若いし(当時、わずか18才)、画家としての仕事も優先させてやりたいので宜しく頼むと遺言されてて、ま、実直な人だしディのことも子供の頃からよく知ってて、自分の弟か息子のようにも思ってるのでよく勤めてくれてる。けっこうディはアーネストに偉そうなもの言いをしてますが、これはアーネストの方のリクエストで、家継ぐ前のディはお坊ちゃまとはいえアーネストともっと親しく口をきいてたんです。ディはそれこそ本モノのお坊ちゃまですから、親の躾が行き届いてて、元来は横柄な態度なんか自分が一番嫌いなことのひとつでもある。でも、だんなさまとなるとそれでは下の者にしめしがつきませんのでとアーネストにきつく言われ、それ以来ああいうもの言いをしてるんだな。それはまーも同じで、ディの家に来始めた頃、ずっと年上のアーネストを呼び捨てにするなんて出来なくて(こっちも親代わりのマリオの躾がキビしかったから)、でもアーネストにそうお呼びくださいと詰め寄られ、仕方なくそう呼ぶようになった。今ではもうつきあいも長いので、執事だからというより親しいからということですっかり慣れてますけどね。ということで、けっこうこのアーネストって執事さんも、自分の立場を守ることについてはウルサイひとみたいで面白いです。

だけどとにかく莫大な資産を祖父から受けついだディが、絵描くことにしかキョーミないようなぼんぼんなのにそれなりにやってられるのは、アーネストの協力もあるけど、パパのロベールさんがしっかりついてるってこともあるでしょう。そうじゃないと、資産管理だけでも相当大変なことになっちゃいますから。うーん、なかなかうまいことなってるな、特に考えて作ったわけでもないのに。しかし私もよくこんだけ細かく作り話を考えるよなと自分でも笑っちゃうけど、好きなんだなあ、こういうの考えてるのが。考えて作ってるというより、殆どもう現実世界より鮮明だもん、私にとっては。だからよけい、こっちで遊んでる方が退屈な現実とつきあうより楽しくなっちゃうんだろうな。よし、乗ってきたから続けるぞ。

ディはクランドル人標準のブロンドと青い瞳を持ってますが、特にこのママゆずりの瞳の色が珍しい。青というより紺碧というか、濃い陰影のある不思議な瞳の色で、まーにもそんな深い青の瞳は他で見たことないとか言われてましたね。で、その瞳の色とすっかり同じに特注したマセラーティを愛車にしてます。もちろん他に何台もクルマ持ってるし、家にはカスタムメイドのストレッチ・リモなんかもありますが、特に格式ばった目的じゃなしに一人で出かけるときはよくそれ使ってます。ちょっとメタリックかかってる深いブルーで、優雅な流線のクラシックなスポーツタイプね。

ちょっと郊外に入ったあたりにある広大な屋敷の他に、わりとバークレイ博士んちにも近い街中にある比較的小さな家も持ってて、それは夜中まで遊んでて屋敷まで帰るのがうざいとか、誰にも邪魔されずに一人でいたい時とかに使ってる。アトリエとして絵も描けるようになってるし。この家はハイダウェイと言っていいようなものなので、使用人でその存在を知ってるのはアーネストだけ。そのアーネストにしても、何があろうとここへは連絡してくるなと言われてるので、周りに誰もいなくて静かに過ごせる場所になってるわけね。そもそもディって、基本的に絵さえ描いてれば幸せというシンプルなとこがあるんで、親の事情で若くして家継がされたとはいえ、意外かもしれませんが沢山の使用人に傅かれてて楽しいってヒトじゃないんだな。あと、バーンスタインから譲られた彼のアトリエとか、伯爵家が遠い昔に本拠としていた湖のほとりの城とか(彼の代表作である、まーを描いた7枚の幻想的な連作はここに飾られている)、そういうのもいくつか所有してます。

さて、ディの朝ですが、たいてい夜中まで仕事してるか遊んでるかなので、午前中に起きてるというのは珍しい。昼近くか午後になってから優雅に起きだし、シャワーを浴びてから、アーネストが淹れてくれる薫り高いコーヒーを2〜3杯飲んで、やっとちょっと目が覚めてくるかなって感じ。(ちなみに作者が典型的な低血圧なので、うちの連中で早起きなのは殆どいないが、その中でもディは特に朝のんびりしてますね。うちにも美味しいコーヒーを淹れてくれる執事がいたらと思うが、残念ながら作者の日常はそれほど優雅ではない。哀しい...。)

その後は、予定がなければたいてい絵を描いてますが、自分の個人的なつきあいよりも伯爵家の当主としての社交が忙しく、パーティだのなんだので出かけることが多いので、一日絵を描いていられるというディにとって幸せな日の方が少ないかもしれない。そういうこともあるので、飛び入りで入ってくるお誘いなんかを回避するためにハイダウェイが必要だったりするんだな。まーやアリとかアレクみたいな大の気に入りや、ごくごく親しい友人といる時はけっこうよく喋りますが、外では「氷の王子さま」と形容されるくらい喋らない。この形容は、バーンスタインの描いたディの絵のタイトルから来てるんですが、ま、そのへん裏表が激しいやつです。

ああ、長くなってしまった。続きは、またそのうちってことにしとこう。ここまで読みきって下さった皆さま、ありがとうございます。いずれ遠からずまた続けますので、いましばらくお待ち下さいませ。

★バークレイ博士・その1★

     

2006/9/16

★ありがとうございました★

ディとまーのお話を読みに来て下さった皆さま、ありがとうございました。アリちゃんの絵は、なかなか可愛く描けていたのではないかと思いますが、如何でしたでしょうか。公開期間はつつがなく終了させて頂きましたが、そのうちストーリーを始めからちゃんと原文で読んでもらえるページを常設したいなどとも思っております。そちらはいましばらく、お待ち下さいませ。

     

2006/8/31

★こちらでどうぞ★

↓で言ってた「ディとまーの対決篇」をアップしました。アリちゃんのイメージ画も付いてます。加えて、ゴールデンウィークに公開していた「ディとまーの出会い篇」も同時公開中。それぞれのリンクよりお進み下さい。

公開期間は9/1〜9/15までとなっています。

ちなみに、ちょっと補足説明なんですが、このお話は設定がいくらか近未来になってますので、話の中に現在の科学では不可能だったり、実用化されてなかったりするようなことも出てきます。そのへんはそのうちこういうことも起こるかな、くらいに思って頂いて気にせずお読み下さいませ。

※公開期間は終了しました。

     

2006/8/27

★お待たせしました★

以前から引っぱってた例の話ですが、「ディとまーの対決篇」本文がやっと出来ましたので、9月1日より9月15日までの期間限定で公開したいと思います。その期間、このページに来て頂きますとリンクが貼られていると思いますので、おヒマな方、このテの話がお好きな方は、ぜひご来場下さいませ。アリちゃんのイメージ画も添えてみました。

ちなみに、この「ディとまーの対決篇」は、なんでそんなことになったのかを既に忘れてらっしゃる方とか、何のことか分からないとゆー方もあるかと思うので、そういう方は「ディの悪どいやり口その1その2その3」を予めお読み頂いておくと、本文の展開が飲み込みやすいのではないかと思います。それに遡るお話は、Story Index で、関連記事を追っかけて読むことが出来ます。

なお、ゴールデンウィークに公開していた、「ディとまーの出会い篇」も同時公開します。11才の純真なまーと、17才でかなりオトナになってきた(それともスレてきた)まーと、比べてみて頂くのも面白いかもしれません。では、公開まで、いましばらくお待ち下さいませ。

     

2006/8/3

★その後のアレク★

この話を始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

あやぼーはふだんは天使のよーに優しい女のコなんですが(ホントか?)、そちらを純真だった頃のマーティア・モードだすれば、ここしばらくの間に、極悪ディ・モードで対処しなければならない問題が勃発してしまい、なかなか落ち着いて例の小説本文を書いてるヒマがありません。それでまたプロットになってしまうんですが、前に書いてあったアレクのその後のお話の方をとりあえず先に出します。なんとかお盆までにはまーとディの対決篇を仕上げ、夏のひまつぶし企画にしたいと思ってるんですが、どうなることか...。

さて、その後のアレクですけど、まーがアリシアに恋しちゃって話がこんぐらがったために除隊しそびれてましたが、おかげで大佐まで昇進しちゃって、これ以上軍の上の方に行ったらヤメるにヤメられなくなっちゃう。今ですら上の方からもすっかり気に入られて将来を嘱望されてるってのに、ますますヤメづらくなってゆく。でもアレク自身は約10年間、軍人として世界の現実を見て来て、自分はやはり経済界に戻ってやりたいことがあるなって結論に達しつつあるんです。単に親の事業を継ぐっていうに留まらず、軍人としてあちこち回るうちに世界の貧困とか混沌とか、そういうものを目の当たりにして来た彼は、それをいくらかでも自分の力で改善してゆけないかと、もうかなり長いこと暗中模索してるようなとこがあったわけ。

で、にーちゃんたちからも、親父がいよいよ引退したがってるが、自分たち二人ではどうしてもロウエル家の傘下にある巨大な企業群を動かしてゆくには人手が足りない。しかも親父はおれたち三人が手を携えてロウエル家の事業を守っていってくれるってことが昔からの夢だ。おまえもこれだけ勝手しまくってきたんだから、いーかげん親父の夢をかなえてやろうって気にはならないのか、とずっと詰め寄られてる。アレクとしても今となっては、その意見を容れるにやぶさかではない。なにごとも実質的に改善してゆくためには、やはり金、金が回らなかったら、どんな理想もチリに等しい。現実的な観点から世の混沌に取り組むには、軍にいるより経済界にいる方がよほど役に立つ。そこでとうとう除隊して経済人としてやってゆこうという決心を固めます。

でももちろんそれまでアレクを可愛がってきた軍の上層部にはこれは裏切り行為に等しい。期待をかけてた分可愛さあまって状態で激怒されるわ、引き止められるわ、既にヤメるにヤメれない状況。でもアレクの親父さんが海軍元帥以下、軍の上層部に頭を下げて、除隊するとは言ってもこれで息子と軍の縁が切れると思わないで欲しい、アレクを通してロウエル家と軍との信頼関係がこれまで以上に強く結ばれると考えてもらえないかとお願いして、やっとなんとかことなきを得てアレクは船を降りることになる。

ま、将来的には彼はロウエル家そのものすら呑み込むような形で、一大コングロマリットの頂点に立つようになってくんですが、アレクの考えてる世界の現状改善プログラム(= 歴史の軌道修正)、実はこれは既にバークレイ博士が着手してることでもあって、もちろんそれにはマーティもずっと協力して来ている。バークレイ博士は十代前半には物理学博士号も持ってたし、だから元々の専門はそっちで物理学者として知られてますが、十代後半で思うところあって経済や政治を勉強しに別の大学入って2年ほどで卒業しちゃったひとで、現在では7つの分野で博士号持ってます。それら全ての知識を総合してクランドルの国益に著しく反しない範囲で、特に開発途上国の国家経営コンサルティングを手掛ける研究所もやってるんです。まーはそれも手伝ってるわけですが、まーにはまーなりの更に進んだ考えがあって、そのへんアレクとも意見が一致することから、アレクが独自の事業を打ち立ててゆく過程でものすごく強力なブレインになると同時に、その仕事に熱中していっちゃう。それがアリシアにはどう写るか。

ただでさえアレクが船を降りた以上、アリだってアレクがいないのをいいことにしてまーを一人占めってわけにはもうゆかなくなってくるのに、それに加えてまーがずっと温めてたアイデアを実現する機会がとうとうやって来た。もちろんアレクが何かやろうとしてれば、それでなくてもまーはいくらでも力を貸したでしょうけど、自分の長年の夢まで関わって来ちゃってるから、自分でも気づかないうちにそれに夢中になってっちゃうのね。まーも、そろそろ18歳だし、今までは若輩ゆえの経験値の不足を理由にバークレイ博士の陰に敢えてずっと隠れて来てましたけど、そもそもこのコは既に1ダース近い分野での博士号を認められててその気になれば明日からでもルーク博士(まーのフル・ネームはマーティア・メイ・ルーク)。あっちこっちの大学だの研究所からだって既に来てくれって申込みは山積してるのを、これまではずっと断わりつづけてたくらいですから。それほど用心深く周到に、自分のやりたいことを組み立てて来てたんですね。だからこそそれにはダース単位の博士号が取れるくらいの知識も必要だったわけですが、その全面的な実現の機会がアレクとの仕事ってことになるとこれはもう...。ってことで、アリとまーはアレクの除隊を機にどうなってゆくのでしょーか。当然これにディも絡まってくるわけですけど、ま、このへんからがやーっと、本筋ってことになるのか。しかし先は長い...。

で、除隊してからのアレクは、新しい自分の仕事に軍にいた時以上に没頭してくんですが、もちろん始めはフィールド・ワークでロウエル家の様々な事業を視察しに世界中を駆け回る。その後は新しい事業もどんどん打ち立ててってますます忙しくなってゆく。で、側にいるまーに、おれがきみに出会うまでつきあった女の子の誰とも落ち着こうと思わなかった理由がやっと分かったって言うのよね。

「おれはずっとディの生き方に憧れてたような気がするよ。これまでずっとディとは正反対の人間だと思ってきたし、彼に比べれば平凡な普通の人間だと、特にきみに出会うまではいずれは兄貴たちみたいに家庭を持って、それなりに落ち着くもんだと思ってたんだけど。でもどうやらおれは、これでけっこうディと同類のロクデナシだったんじゃないかって気が最近して来た。軍にいる時もそうだったけど、家庭を持ってうまくやってゆくには、自分のやってることに夢中になりすぎるんだ。今の状況で、もし結婚していて子供がいたりしたら、正直言ってそれは重荷にしかならないだろう。おれに必要なのは守るべき妻や家族じゃなくて、おれのやりたいことや理想を理解してくれる、そのために一緒に戦ってくれる誰かだったんだと思うよ。だから結局、おれ自身が無意識にであれ平凡に落ち着くことを避けていたんだろうな。今から思えば、どう考えてもきみ以外そんな存在はありえなかったって思えるね。」

この場合、まーが男のコか女のコかってのはあんまり関係ないですね。どっちだったにしても、アレクに必要なのはまーみたいな存在だったってことだから。あやぼーの世界では、雌雄なんてのはもーどーでもいーコトなんだな。そのへん、個人主義をこよなく信奉してるから言えることですけど。

とゆーことで、以前どうなるのかなとか書いてましたが、やっぱりアレクは船降りることになるみたいです。でも、いずれいろいろあって、今度はアリやまーの方が...。いやいや、それはまだバラせないことなのだ♪

2006.6.21.+ 8.3.

★ディの日常★

       

2006/7/15+7/16

★悪魔と神サマ★

この話を始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

このテーマってやっぱり永遠ですか。「善と悪」とか「光と闇」とか、いやいや、なかなかに文学的テーマですな。本当は以前から引っぱってるディとまーの対決シーンを書かなきゃいけないんですが、なかなか落ち着いて本文書いてるヒマなくって、それでツナギとゆーか、以前からちょっと書きたかったことの方をざっと先に書いてしまいます。

さて、アリシアはイジケっ子状態から完全に脱却はしていない、なんてことを前に書いてました。まだ親に捨てられたと信じてるし、それだけだったらまだしも、あまり人間的にデキの良くない人たちの間で育っちゃったから、人間の悪い面にばかり目がいくようにもなってる。これは将来的にちょっと危ない状態で、今のうちにそれまで培われた周囲に対する反感や不信と、それと表裏をなしてる劣等感や疎外感をなんとか修正しておかないと、その才能が世界に対して負の方向に出てしまう可能性もある。これはマーティアを育てるのにバークレイ博士が一番気にかけてたことで、まーの方はいろいろあって今ではその力は出来るだけ世界や歴史のために役立てると約束してくれてますが、アリシアはその点まだまだ安心できない。博士はそれを修正して、人間の良い面を見てくれるように、そしてできれば人類の未来のために貢献してくれるようにしてゆきたいと思ってる。アリの方も博士やまーと一緒に暮らすようになってからは、立派な人とか偉人とか大人(たいじん)とか、そういうのを絵にしたようなバークレイ博士を尊敬してもいるし、一時はグレてたとは言っても元々は躾の行き届いたお坊ちゃまなまーを殆ど崇拝してさえいるんで、二人のようにならなくちゃ、と、それでけっこう「よい子」らしくふるまおうと努力してる。しかし...。

ここでディが邪魔をする。ディは、アリシアに人間という生き物が好ましくない側面を持ってるということを忘れさせたくないんですね。そうなるとコレは一人の未だ定まらない人間を、神サマと悪魔が取りっこしてるようなもので、でも実はディは以前これと似たようなことをマーティアにしようとして、まーに手を出されたと知った博士の激怒を買い(いつも穏やかなマリオがこれほど怒ったのは誰も見たことがないとゆーくらいめちゃくちゃ怒ってた)、人間の善良性だの歴史だのに関して激論を交わした挙句の果てに、あろうことか博士の方が論破されちゃったという過去がある。

ディは人間を単に「元来は良いもの(性善)であり、救われるべき存在である」と規定することを「無責任な認識」と言い切り、この世のありとあらゆる混沌の原因は人間性にこそあるという現実を直視しなければ、何をも変革することは出来ないと考えていて、それが正しい現実認識であることは博士も始めから分かってるので、言い返しようが無かった。ただ、博士はそれも承知で自身そうしてきたように、自分の並外れた能力を他者のために役立てることの出来る人間にマーティアを育てようと努力してきてたわけで、それなのにディはマーティアに地獄巡りさせるようなことをした。おかげで一時はもう元に戻らないんじゃないかというところまでまーをめちゃくちゃにされたんだな(怒って当然かもしれない)。でもどちらかといえば博士は、まーを過保護にしすぎて人間の悪い面を見せないようにしてたところがあるから、ディがそういう暴挙に出たのも、まーがそのまま、必要以上に守られて世間知らずなまま成長するのが心配だったというのもある。

たとえ博士の思惑通り、将来的にまーが尊敬されるような人物になりえたとしても、どこかで現実とのギャップに遠からずぶち当たるだろうし、ヒトより優秀な頭脳を持っているというだけの理由で、単に一人の人間が負うべき以上の期待や責任を負わされ、社会に対する献身的な奉仕なんてものを当然と考えるような「聖者」なんてものになっちゃったら、それこそまーの不幸だろうとディは思ったんです。確かに「多くを持つ者は多くを要求される」ってのも事実なんですけど、ディにしてみたら、博士みたいに現実をよく知った上でなお、そういう世間の期待に自ら進んで応えようと、そういうことを喜びと感じることが出来る人格の基盤を持っていて自分の意志でそうするのと、現実に晒されないまま育って、自己犠牲の精神なんてものを躾られて、自分が何を望んでいるかもわからないでナシくずしにそういう立場に立たされるのとでは全然違う。だからこそ、もっと世の現実にじかに接して自分の将来を選択してゆく方がずっとまーにとっては良いことだろう、と、それがディの言い分だったわけです。ま、アレですね、「可愛いコには旅をさせろ。」 可愛くってしかたないからといって、過保護にしまくってたのを自分でも分かってた博士が、ぐっと詰まって言い返せなくなったのも仕方のないことだったでしょう。

結果的には、根本的にまーは愛されて育ってるし、アレクのおかげもあって良い資質というものが壊されてしまうということはなく乗り越えたわけで、しかもこの時期にもうひとつ、いずれはまーが知らなければならなかった過酷な事実ってものもありまして、そのへんセットで大変な時期でもあったんですが、今ではそういう一時期もあって良かったなってくらいのものになってて、だから博士もディの言い分はそれなりに認めてるところはある。で、アリシアの話に戻しますが、こちらはなにしろ生まれた時から誰も守ってくれないような環境で、現実の荒波を思い切りかぶらされて来てるじゃないですか。それを博士は修正しようとしてるんですけど、だからと言って、ディから見れば貴重な経験であるそれまでの記憶を忘れさせるようなことや、アリシアの元来持ってる生命力のようなものを相殺すべきじゃない。そこでディとしては、まーとは違うプログラムをアリに適用しようと画策してるんですが、今度はこれは博士が断固阻止の構えでヨコヤリを入れてくる。お分かりのように、バークレイ博士は「神サマ」の方で、ディは当然、言わずと知れた「悪魔」の方ですけど、ディの言い分を借りれば、「それでは、善と悪、神と悪魔を隔てているものはいったい何なのかな。」 ま、これには誰一人として明確に答えられる者なんてこの世にはいないでしょう。たとえどんな天才でもね。そのへんがディの偉大なとこかもしれません。

2006.6.30.+ 7.15-16.

★その後のアレク★

       

2006/6/30

★アリシア★

この話を始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

これまで、まーとかディとかアレクについてはいろいろ書いてたので、なんとなくイメージしてもらえているんではないか思いますが、アリシアについてはあまり書いてなかったように思うんで、ちょっとその「人物描写」とかゆーのをやってみましょう。

ま、本来なら小説なんてものはちゃんと順序立てて書かれた本編のみをお見せすべきもので、こういうプロットだけを延々と書き連ねるっていうのは正しい出し方ではないんですけど、ココでついつい書き始めてしまったもんで、既にネタのひとつになっちゃってるし続けてやっちゃいます。「人物描写」なんて絵で書いた方が早いんだが、しかしそれは「小説」である限りズルだしねえ。一応、コトバで説明する努力をしなければ。(文章力が足りなければイラストでというヨコシマな考えは、掟破りの力わざかもしれない...)

さて、アリシアですが、ブロンドで蒼い目というのくらいは書いたかもしれません。髪の毛は肩にかかる程度でサラっとしたキレイな亜麻色です。それに紫がかったブルーというかスミレ色というのか、ちょっと神秘的な変わった色のぱっちり大きな目をしてます。バークレイ博士に引き取られて街の家で暮らすようになる頃には、回りの大人が「ディの子供の頃を彷彿とさせる」とウワサするくらい可憐で美しい少年にバケ代わってますが、まーと出会った当時(11歳くらいの頃)は、髪はボサボサだし、自分では「女の子みたいな顔立ち」っていうのをコンプレックスにしてたんで、人目に立たないように大きなメガネかけてたし、どこからどうみても「美少年」なんて形容とは正反対のものでしたな。

10歳になるまでは後見人が何人もの家庭教師と身の回りの世話をする家政婦さんをつけていたので、それなりにちゃんと食事もしてたんですけど、アリシアは回りの人間をみんな嫌ってたので、10歳になって物理学博士号を取り、研究者として一人で生活出来るようになってからは回りに誰も置かず(部屋は後見人が用意してくれたものでけっこう豪華なものだった。広いので掃除とかしてくれる通いの家政婦さんはいましたが、基本的に一人で暮らしてた)、しかも自分の研究とか論文とかに没頭してしまうと食べるのも忘れるってタチなので、11歳になる頃には回りから「ヤセっぽちのチビ」と陰口たたかれてたくらい華奢で、そのくらいのトシの他の男の子と比べると背もずっと低かった。こういう状態のアリシアを見て、でもこのコはキレイになるって直感で気がついたのは、まーくらいのもんでしょう。まーはもともと美しいものには敏感な感性を持ってますが、ディの側に長くいたので、そのへん更に磨かれてましたからね。

10歳で物理学博士号って言っても、もともと知能が並外れて高い子供に、ものごころついてから何人もの家庭教師がよってたかって英才教育した結果なんだから当然だったんですが、バークレイ博士やまーから見るとそれは単なる「専門バカ」状態。アリシアのキャパシティをほんの一部しか引き出せてない状態で、しかもそういうバランスの取れてない学習体制は人格を歪める元にもなりかねないこともあって、博士はその存在を知ってからずっと心配してたんです。アリシアはもともと向学心は旺盛だし、後には博士やまーが教えたので、何年かすると今のまーみたいに博士の仕事をあらゆる方面に渡ってサポートするようになってくんですけどね。

バークレイ博士は7つの博士号を持ち(もっと取れたかもしれないけど、そのへんで増やすのに飽きたらしい)、専門分野以外にも歴史や文化、芸術など広い範囲に造詣が深いので、その博士に育てられたまーは彼の知る限りのあらゆる知識を教えられて、しかも愛情深く育てられている。これは自身が大天才であるバークレイ博士だからこそ出来たことで、アリシアを育てた人たちは特にその人格形成に影響するような部分にまるっきり無頓着だったので、ひねくれガキに育ってしまっていたんだな。

でも、まーや博士と出会って、気にかけて守ってくれる人が出来てからは、次第にそのひねくれたとこも影をひそめてくる。これはやっぱり二人が今の自分では到底かなわないほどの頭脳の持ち主だと、アリシアが認めたことも大きいでしょうね。なにしろ敵意に満ちた回りに対して、アリシアは「しょせんコイツらぼくよりずっとバカだ」と思うことで、自尊心保って強く生きてたわけですから。やなガキかもしれませんが、本当はアリシアだってそんな差別的なことを考えたくなんかなかったんです。でもまだ幼いし仕方なかったってとこはある。回りの大人にもおおいに問題あったわけだし。

そんなこんなで、まーが最初困ったのは、アリシアが一人ではマトモに食事しようとしないこと。でもまーが一緒だとわりとよく食べてくれるので、いつの間にか三度の食事を一緒にするようになって、その延長でまーはアリシアの部屋によく泊まるようになってくんですね。街の家に来てからも、家政婦さんのマジェスタが、「なんてまあ細いのかしら。その年頃ならマーティアだってもうちょっと体重がありましたよ」と驚くくらいで、彼女は使命感に燃えてアリシアに少しでも食べさせようと毎日の食事を工夫してくれるようになる。で、だいぶしっかり食べるようにはなるんですけど、伸び盛りなんでその栄養は背丈にばっかり行って、横幅にはあんまり影響しない。ともあれ14歳近くなると背もだいぶ伸びて、「ディの子供の頃を彷彿とさせる」と囁かれるくらいキレイな男のコになってる。でもまだ根本的に「ぼくなんか」とゆー、イジケっ子状態から完全に脱却はしていない。なまじアタマがいいもんだから、これまで周囲の人間と相容れないという疎外感が大きかったし、今でもまだ親に捨てられたと信じてるし、そういう素地がある上に、大好きなまーにはアレクがいて今の自分ではとてもアレクにかなわないとしか思えないし、それらを覆して自分に自信を持てるようになるまでにはまだもーちょっとかかるかなって感じですね。

ただ、そういう決して楽ではない環境で育って来てはいるものの、それを乗り越えてくる強さが明らかにアリシアにはあって、それがまーやディをことのほか惹きつけてるんじゃないですか。本人はそれとは知らず、まだ自分でもちっとも自分が分かってないようですけど、ディに酷いめに合わされた時なんかも、こんなことで言うなりになんかなるもんかぁぁぁぁ、と、力じゃどーしたってかなわないくせに、しかもそれでもっと酷いめに合わされるかもしれないのに、殆ど反射的に反抗してるしね。外見は可愛いけど、けっこう根性は据わってるな。強情だし。そのへんもディと似てるか。

うーん、難しいな。容姿とか生い立ちだけでは説明しきれないものってあるよねえ...。けっこう喋り方って人物像を浮き上がらせるのに有効な要素なんですけど、プロット書いてる時点ではそれも出しにくいし。ちょっとは分かってもらえたかなあ、不安だ...。やっぱりいずれ原文を読んでもらえるようにしなければなるまい。

★悪魔と神サマ★

       

2006/6/20-6/22

★アレクの言い分★

この話を始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

ディとまーの対決を楽しみにして下さってる方もないではないかと思いますが、それはちょっと置いといて(これはなんかすごそうなんで、また原文コーナーででも読んでもらおうかなと思ってる)、その前にアレクの話を少しさせて下さい。先にこっちの方を書いちゃったもんで。

さて、ディとアレクってのは性質正反対のようでいて、なぜかコドモの頃から長く長くずーーーっと親友であり続けるわけなんですが、その発端になったあの事件。まだ十代で学校にいる頃、ディが回りの反感買っちゃって半殺しのめにあわされるとゆー、あの事件ですね。ディの方は、アレクが身を呈して自分をかばってくれた、それでアレクってのは口先だけじゃなく、友人の危難にはそこまでしてでも信義を貫くという、ほんまもんの「いい子」なんだと悟って、その後本当の親友として大事にしてるって話はしましたが...。

実はこの話にはアレク側の言い分というのがあるようで、その話をディから聞いていたマーティが、後にアレクに「ディはアレクのことをその事件をキッカケにこんな風に思ってるんだよ」みたいな話をした時、「あいつそんなこと未だに覚えてるのか」と驚きつつも、当時を振り返ってアレクは思い出話をするんです。

それによると、アレクとしてはディを見つけたものの、先生を呼んでくるまで絶対飛び込んだりするなよっていう友人たちの忠告も聞かず、止められるのも振り切って後先見ずに飛び込んだ挙句、ディを助けるどころかケガなんかさせたら、それはもう一生後悔してもしきれない、そういう心境でかばったらしいんですね。つまりそんなことなったのは自分の軽率のせいだ、と思ってたわけです。まあ、確かにそんな状況の中へ、しかもディを苛めてる連中の中には普段からディばかりじゃなく、回りの信望厚いアレクにまで反感持ってる上級生だっているのに、そこへ飛び込んだりしたらもう乱闘になるのは目に見えてる。それなのにやっちゃった、自分でも飛び込んだ時点でバカなことをした、ああ、取り返しがつかない、と思ったらしいんですけど、それはもちろん当時のアレクから見たら自分よりずっとか弱いディ(書いてて自分でも笑ってしまいますが、)が、ひどいめに合わされてるのを見るに見かねてってのもあるにせよ、それだけじゃなかった。なぜなら、それはそもそも二人が学校に入る時にディのママが密かにアレクに、ディのことをお願いねって頼んだせいもあったらしい。つまり、ディのママは、幼い頃からのアレクの初恋の人だったとゆー、で、そのママ、ベアトリスっていうんですがみんなビーチェと呼んでいた、それはもう絶世の美女。あのディのママですからね。で、うんとコドモの頃からディんちに遊びに行くたびに、お手製のお菓子を出してくれたりお茶を入れてくれたり、ともかく「優しくて素敵なビーチェおばさん」は、アレクにとってそれはそれは女神のような存在だったんですってさ。

そのディのママに頼まれたからには、何が何でも自分がディを守らなくちゃって常日頃から思ってて、それであんまりアレクがディの後をついて回るもんだから、「あいつこそディに気があるんじゃないか」とかまで陰口叩かれてもヤメなかった。まあ、アレクのことですから、自分の友人の名誉には敏感ですけど、コトが自分の話となると何言われても怒るどころかたいてい笑い飛ばしちゃう。彼にとってはそんなウワサ、単にバカバカしいだけだから。

で、そんな背景もあって、どうなるか分かってながらその場の勢いで飛びこんで、挙句の果てにディに取り返しのつかない大ケガさせるなんて、そんなことになったらどんなにビーチェおばさんが悲しむか、それくらいならもういっそ「自分が死んだ方がマシ」な状況だったらしいです。でもマーティにディはそのことでアレクへの見方を変えたんだよと聞いて、彼としては自分の事情でやったことなのにそういう結果を招いたってのは、「なるほどそれは儲けたな」って感じらしいですけどね。彼の方はディのママに憧れてたってのもあるけど当時からディは友人として好きだったし、でももひとつディから本当に好かれてるかどうかは自信持てなかったようで、それがきっかけで自分のことを受け入れてくれたってことならそれはやっぱり彼にとって文字通りケガの功名ってヤツなんでしょう。

アレクも単にお人好しのいいコってわけじゃないというか、少なくとも自分では全然そう思ってないらしく、だからその後もそのことでディに恩着せがましくするような理由は彼としては何もなかった。ディから見たら「あいつは、おめでたいやつ」らしいですけど、アレクにはアレクの事情があったってお話ですね。そうなるとアレクから見たらディの方がおまぬけかもしれないが...。結局、こいつら似たものどうしか? あやぼーとしては、ディはわりとその性格破綻ぶりと極悪非道ぶりが自分に近いキャラなのに対して、アレクは憧れというか、人間的な理想像ってとこがあるんだけどな。でもだからこそ表裏一体なのかもしれないけど。

★アリシア★

      

2006/5/18-5/19+5/24

★ディの悪どいやり口・その3★

この話を始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

可愛くって仕方ないアリシアを思いっきり酷いメに合わされたまーですが、そりゃもちろんこのコのことなんで、そんなことがあったからってアリの不注意を責めるとか、キライになるとか、そんなことはありえない。それどころか、自分がアリをディに引き合わせたことがきっかけでこんなことなったとか、マリオもいないのに危ないと分かっててアリシアを一人にしたとか、守ってやれなかったとか、そういう方へ考えが行っちゃって自分を責める。そりゃもちろんディに対しては今すぐにでも怒鳴り込んで絶交を言い渡したいくらい腹立ててますけど、ディがそれを予期していて、思うツボな行動を自分が取った場合、彼は絶対喜ぶとか楽しむとか、そーゆーとんでもない性格なのもイヤというほど分かってる。だから怒鳴りこみじゃなく話し合いになるくらいには自分の気持ちが落ちつくまで、文句言いに行くにも行けない状況。それに、自分がどーとかこーとか言うより先に、アリシアがどん底キズついてて、熱まで出して寝込むもんだからもお、心配で心配で結局それどこじゃない。

この場合、別に病気とかでもないんだし、心因性の発熱だってのは医者呼ばなくても分かるわけで、それだけになんとかアリを慰めようとするんだけど、しくしくしくしく、しくしくしくしく、来る日も来る日も泣きくらす。ちっとも良くならないのでどうしていいか大パニック。

なにしろアリはまーに出会うまではずーっとマジメなふつーの少年だったし、まーには大事に大事にされてて乱暴な扱いなんて受けたことない。それだけにショックが大きいんだろうなとまーは思ってるんですけど、アリはそれ以上に、何よりまーに嫌われてしまうんじゃないかとか、そんなことになったら行くとこなんかないとか、もう生きてたくないとか、そんな心配で頭ん中ぐちゃぐちゃになってるのね。

このへん、後になってまーにも分かるんですけど、まーの方は育ちがいいから人を信頼することにも慣れてて(なにしろバークレイ博士とか、アレクとか立派な人たちに囲まれて育ってますから)、アリはもうすっかり自分たちの家族で、自分にもマリオにも甘えてくれてて、信頼もしてくれてると思い込んでる。もちろんアリシアもこれまでそれを疑ってたわけじゃないし、ディにも言ってましたけど、密かにまーとバークレイ博士は初めて出来た家族と思って慕ってるし大事に思ってる。だけど、心の奥の奥の方では、ずーっと不安だったのね、アリちゃんとしては。だってまーには今でもアレクとゆー恋人がちゃんといるわけだし、なんてったって「アレクさんみたいな素敵な人と、ぼくが張り合えるわけない」、「マーティにはアレクさんの方がずっと相応しい」、しかもまーがアリに手を出すまいと堅く誓って我慢してたとこ、無理に恋人にしてくださいってお願いしたのは自分だという負い目もある。つまりどっちかっていうとアリの方の認識としては、まーの好意をいいことにして自分の方が押しかけたって気持ちが強い。そこへもってきて、自分の意志じゃなかったにせよディとこんなことになって、ましてやディはまーの昔の恋人で今でも彼がまーを好きなのも分かってる。考えてみると自分が一番弱い立場で、すっごく惨めじゃないかーって、で、しくしくしく。もちろんディはアリに繰り返し繰り返し、今自分が好きなのはアリシアだし、マーティアと別れてくれるなら何でもしてあげる、とか言ってるんですけど、アリはそんなのウソと思い込んでるから、ってゆーか、アリとしては自分がまーを差し置いて、ディにそんなに愛されるわけないと思い込んでるから、彼の言うのなんて耳に入ってない。ま、アリはまだ自分の値打ちを全然知らないから無理もないんですけど。

そんなこんなで、しかも今は自分がキズついてるからマーティは優しくしてくれてるけど、少しでも元気になったら一番聞きたくないこと言われるんじゃないか。つまり別れるとか、出ていけとか。そのへんアリの気持ちとしては、「だってマーティはぼくがディのところから帰って来てから、ぼくに指一本触れようとしないんだもの」。まーの方はもちろんただただ心配なだけだし、高熱出して寝込んでるアリをどーこーなんて、とてもじゃないけどはなっから考えることすら出来ない。そのへん二人の間で認識がズレてるのよね。まーはまさかそんなことでアリが不安がってるなんて考えてもみないし、そもそも自分を信頼してくれてると思ってるから、別れるなんてコトバがいったいどこから出てくるの? って感じで思いもよらない。毎日毎日、食事や薬の心配したり、つきっきりで看病してるのにちっとも熱が下がらなくて、医者を呼ぼうかと言ってもアリは嫌がる。どーしたらいーのって困り果ててるまーと、嫌われちゃってるかもしれないと不安でたまらないアリと、ハタで見てるぶんには面白いだけですけど、本人たちにしてみたらそれこそこの世の終わりみたいな気分よね、これって。

で、アリに「だってマーティはぼくがディのところから帰って来てから、ぼくに指一本触れようとしないんだもの」、とうとうここまで言われてやっとまーはアリが不安がってて、その心配で熱が下がらなかったのかと理解する。そもそも以前も、まーは既に自分がアリシアを特別に思ってるってことは言ってあったから、アリが大事で手出ししないって分かってくれてると思ってたのに、アリの方はそうは言っててもちっともアプローチしようとしないまーが、本当はどのくらい自分を思っててくれるのか分からなくて不安がってたなんてこともあったので、根本的に自分はアリシアに比べて脳天気で、アリをまだ十分には理解してないし、自分より遥かにアリの方が性格が複雑だってことに気づく。それで、ああ、もっと分かってやれるようにならなくちゃ、ってつくづく思うのね。で、そう思えば思うほど、やっぱり自分はアリシアのことが好きなんだなあ、と、愛情ふつふつふつ。

アリはアリでまーが改めて、別れるなんてとんでもない、誰が出てけなんて言うもんかと、自分もマリオももうすっかりアリシアのことは家族だと思ってるし、だからアリがキズついたり悲しい思いしてるんなら、心配で心配で仕方ないだけなんだよって言ってくれたので、少し安心する。それに加えてまーは、自分やマリオをもっと信頼して、あまえてくれる方が嬉しいってゆーので、アリはこれまで密かに思ってた「家族」っていう気持ちが、自分だけの勝手な思い込みじゃないって分かる。それでもアリが自分の値打ちとか魅力とか、そういうのに気づいてディみたいに強くずーずーしい性格に変貌してくのは、まだもっとずっと先なんですけどね。でもまあ、とにかくいちおー安心して少しずつ快復してゆく。

実際、アリはディが伯爵家の一人息子で両親に溺愛されて育ったってまーからも聞いてるので、そんなディと自分は全く正反対だし似たトコなんかないと今は思ってますけど、ディはあれでけっこう子供の頃、人知れずいろいろ苦労してるから、その頃の自分と今のアリがオーバーラップしてたりするのね。特に十代の半ばってば、ディはシベールとダニエルさんの間で右往左往させられてたし、他にも学校でいろいろあったけど両親に心配かけるのがイヤで、アレクにもそういうこと全部、自分の親には話すなと口止めしたりして、自分一人で頑張ってた時ってある。ちゃらんぽらんなよーでいて、実は根が強情で意地っぱりだからな、ディも。

特にディのママは芯の強いヒトではあったけど丈夫な方じゃなかったんで、自分のことで心労かけたくなかったんだろうね。パパのロベールさんの方は、息子が助けを求めてるわけでもないのに過保護に走るってタイプじゃないし、少なくとも学校でいろいろあるのくらいは気づいてるけど、アレクも側にいることだしと静観してる。そのへん考えるとディは容姿はもろにママ似だけど、根本的に強くて腹の据わってるとこはロベールさんに似てるのかもしれない。アレクはそういうディをずっと見守ってきてて、ディの、彼なりにスジが通ったとこよく知ってるから、ずっと友達してるんだろうとゆー気がする。で、アリがディと自分がけっこう性格似てるんじゃないかって思い始めるのはまだしばらく先のことなんですけど、そうするとアリは20歳くらいになってどんな大人になってるか、ちょっとは想像つくかもしれない。

まーって、十代の頃は殆ど社交界のアイドル状態でめちゃ派手なのに、どーゆーわけか20代も半ば過ぎる頃には、わりと物静かな青年に成長する。で、この落差はなんなんだと自分でも思ってたんですけど、逆にその頃になるとアリが、今の自信なんてまるでないイジケっ子状態から、意地が悪くて酷薄で、キレイな顔して悪魔みたいな大人になってる。悪さと明るさが同居したみたいな感じで、アリの方が完全に「陽」なのよね、この頃になると。アリがそんなだからか、逆にまーが徐々に「陰」にまわってくのかもしれないけど、でもまーって基本的に資質が哲学者(賢者、隠者)なんで、それが本質ではある。「陽」を支える「陰」というか、アリ自身もまーなくして自分もないと分かってるような関係ですけどね。ともあれ、そこまでゆくのに、これから長い長い話がまだまだ続きます。何にもなくて、そんなに簡単に人間って変わらないもんね。

さて話を元に戻しますが、デイの手ひどい横ヤリも結局は二人が更に仲良くなるきっかけを与えたようなもので、まあそれはディも予測してましたけど、壊れるどころかずっと結びつきが強くなる。ひと月もするとアリもすっかり落ち着いて普通の生活が戻って来るので、まーはひと安心。でも、大きな問題が残ってる。だってディをこのまま野放しにしとくわけにいきませんよね、まーとしては。これでディがアリシアを諦めるなんて、長いつきあいだけに想像もできない。絶対、またちょっかい出して来るのに決まってるんだから、どーやってクギを刺そうか、いや、そもそもあのディ相手にクギを刺すなんてことが出来るのか。それに一番怖いのは、ディが本気になったらマジでアリシアを取られるんじゃないかってこと。アリがアレクにかないっこないって思ってるのと同じに、まーはディに比べれば今の自分が何も持ってない子供でしかないってこともよく知ってる。ましてや自分にはアレクがいて、不健全な三角関係を続けてるわけだから、ディがつけこむスキなんてありまくり。そもそもディは以前から、「きみにはアレクがいるじゃないか。欲張らないでアリシアはぼくにくれればいいのに」とか言ってたし。結局このままにしておくわけにもゆかないので、まーはディにクギを刺すべく彼の屋敷を訪れるんですが...。

長くなってしまったので、そのシーンはまたそのうち書きます。

★アレクの言い分★

      

2006/5/8

★つけ足し★

どーもー。終わってしまいましたね、ゴールデン・ウィーク。連日良いお天気に恵まれましたが、あやぼーは冬眠中にひっくり返っていたおうちの中を、あちこち片付けるのに全エネルギーを使い果たし昨日は一日寝て過ごしました。

ところで、あやぼーのオリジナルのお話のページにご来場頂きました皆さま、ありがとうございました。ま、あんな感じでですね、まーとかディとか、他に100人ほどが日夜あやぼーのアタマの中を駆け回って楽しませてくれているわけです。それはもう殆どひとつの世界が構成されてまして、私が猥雑でつまらない現実世界に降りてってるヒマがないというのも想像つくんじゃないかと思います。どー考えても、こっちにいる方が楽しいんだよな。自家製理想社会だもん。 

さて、なにしろ長い話の一部を抜粋してたんで、ちょっと付け足しで説明しといた方がいいかと思うんですが、ディはパパがちゃんと生きているのに、なんで自分が爵位を持ってるのか。それは文中でもマリオがちょっと言ってましたが、ママの方のおうちを継いでるからです。ディのパパのロベールさんは、自分が既に親の後継いでるのに一人娘のディのママを好きになっちゃうんですね。それも彼女が16歳、彼は30歳も過ぎてからのことです。でもどうしても彼女を妻にしたい。ま、ディを見てれば分かると思いますが、そりゃもう絶世の美少女で、しかもディと正反対(?)で気立てもいい(ちなみに、私は天才と富豪と美形しか書きませんと前にも言いました)。妻にするのは絶対彼女しかないとロベールさんは思い込んだんですが、いかんせん自分はもうシャンタン家の当主で他家に入ることは出来ない。この年まで結婚してなかったってのは、相当理想が高かったんだろうなと思いますが、それだけにやっと見つけた理想の少女、彼女に対するこの思い込みもひとかたならないものがあった。そこで彼は彼女のお父さん(ディのおじいさんに当たる)を拝み倒して二人の間に出来た子供のうちのひとりにそっちの家を継がせる条件で結婚を許してもらったわけです。それでディはおじいさんが亡くなった後、両親の約束通りそちらの家継いでるんですね。

そっちはそれで済んでるんですが、いかんせんディのママが早くに亡くなってしまったので二人の間の子供はディだけ。で、現在はロベールさんちを誰が継ぐかって問題が持ち上がってる。ロベールさんはこよなく妻を愛していたので再婚なんてまるっきりする気ないし、だからディの子供に継がせりゃいーや、とタカをくくってたんですが、なにしろ当のディがアレなんで、30も近くなっても遊ぶばかりでまるっきり結婚する気配がない。でも私思うに、たぶんディはこの後けっこう、いーかげんに子供の2、3人は作っちゃうんじゃないかな。結婚は面倒だからしないだろうけど、全部母親の違う息子が3人くらいはいても...。あの性格だから、アレクに比べてはるかにそのへんアバウトだしな。で、認知はするし養育費も出すけど、後は放ったらかしとかね。ありそう。問題はその母親がどんな女たちかってことで、これは考えてると面白い。しかもこんな親父の息子に生まれてしまった子供たちが、どんな育ち方をして、どんな大人になるのかって考えてるだけでも楽しいんだな、私は。

ところで、抜粋の中でもクランドルという国名が出てたと思いますけど、ここの王制、貴族制度っていうのは、この話そのものが現代から70〜80年くらい先の設定なので、例えば現在までのヨーロッパや英国の貴族制度とかとは全然違います。イメージとしてのモデルはイギリスですけど、そのへんから先はあやぼーの創作なんで、いろいろと。

現在、殆どの国で貴族っていうのは家柄だけのことになってて、昔みたいな社会制度の一部として成立してるのは確かイギリスくらいだったんじゃないかと記憶してますが、それも斜陽だという話もあるし、時代の流れとして封建制から民主制に移行してるわけですから、無くなってって当然の制度でしょうね。それをなんで100年近く経ったこの設定で復活させてるのか。それはもう単に作者のシュミ以外の何者でもありませんけど、でもいちおー、それなりに理由もあるんです。

あやぼーは民主主義とか社会主義が究極だなんてぜっんぜーん思ってないヒトなんですね。実際それは他のどの国でもない、戦後、民主主義の実験場として展開してきた「日本」という場所で生まれて育ったからこそ確信してることです。つまりバカはどこまで行ってもバカだという真理。現在の日本を見てて「衆愚」という言葉が思い浮かばないならそれはバカ組だからだと思う。そんなのは封建社会で下層階級やらせてよーが、民主国家で主権者と祀りあげられよーが、結局「愚」であることに変わりはない。民主主義ってのはそもそも理想が勝ちすぎて現実から激しく遊離し、全ての人間の能力を「1」と設定したところに成立してる。しかし人間の潜在能力は様々で千差万別。それはもう絶対にどうやっても変えられない現実ですよ。「平等」というのはひとつの概念であって、社会的差別を排除するための「設定」でしかないし、それをもって「人間が全て同じ」と考える無責任な現実からの遊離に対する言い訳には出来ない。「平等」という概念は、封建社会において身分制が不当に酷かったところへ、一旦各個人の価値をニュートラルに戻すために必要だったステップのひとつでしかない。つまり「平等の概念」とは、人間として生まれた者は皆、性別だとか家柄だとか、当の個人に由来しない事柄で社会的差別はしない、という「取り決め」でしかないんです。生まれた時は「0」起点であるとしても、生き方によってはプラスにもマイナスにもなるのが人間の「社会的価値」。

民主主義と教育がワンセットなのは、「代表者」を選出する立場にある限り、その代表者が問題の処理に対して有能であるか否かを判断するだけの教養が選出者の方にもなくてはならないからなんですが、いったいあの義務教育レベルで、どーやって、その教養を身に付けろってんですかね。しかもそこから先、専門分野に入ってくと複雑かつ難しすぎて、そこそこの知能レベルじゃ追っつきゃしない。こんな初歩的なところで既に問題がボロボロ出て来るのに、民主主義をあまりに有難がってそれに頼りすぎると、今の日本みたいになっちゃうのよね。つまり肩書きが欲しいだけの政治家が、有権者にしっぽふって票集めるのだけが目的になるとゆー、そこで無能で向上心もないくせに、権利意識ばっか強くて社会にぶらさがってるだけのバカ(こーゆーのに限って数が多いだけに始末が悪い)が、「あなたたちが主権者です」とご機嫌取られて身のほどもわきまえず自意識肥大で態度がデカくなる。実際、教養どころか行儀も礼儀もあったもんじゃないブタがのさばりかえってるじゃないですか。こういう愚かな民衆に、自国のみならず更には経済大国として国際社会を担う責任を果たせる教養なんて求めてもムダだし先天的にムリというもので、そもそもココからして民主主義の基本である「有権者」の定義から著しく逸脱しているんだな。結果として行き着く先が「衆愚」。以前も書いたかもしれませんが、社会というところは我々を養うためにあるんじゃなく、我々が養わなければ存続しえないものなのに、それに対して貢献もせずに権利ばっかり要求するバカが増えたら、制度そのものが崩壊してって当たり前なのよね。

ま、それはそれとしてクランドルの場合、王制、貴族制というのは一度はご多分に漏れず社会制度からは消えて単に家柄として残ってるだけになってるんですけど、この話の時代では自然発生的に復活してる。というのは、王制が廃止されてからクランドルでは体面を維持できずに絶えた家柄も少なくないけど、さすがにかつての王家とか、実力のある貴族とかは、例えばロウエル家とかディんちみたいに資産家として未だ国家の上層に君臨してる。その力を背景にして政治に関わる家ももちろんあったけど、旧王家だけは一時敢えて一切、政治からは手を引いていた。それはまあ、それまでの支配階級の筆頭なんだから、制度を変革した以上、そうするのが当然だったでしょうね。でもそうなってから何十年も経って、クランドルの議会が迷走して国政の安定を欠くところまで行っちゃうんです。で、それを憂えた旧王家の先代当主が、それまでの禁を破って政界に入り、民主制に従いながらも再び国家の中枢に立つとこまでなる。つまり、もう地位や肩書き目当ての成金どもにまかせちゃおけん、とより良い国政を目指して政治家になっちゃうんです。そうなると、その回りには上流階級の人脈ってのがありますから、その中からも倣う者が出て来て、現在ではかつての支配階級が国家の中枢を担うという様相を呈している。

もちろんバークレイ家のように、貴族ではないけれど血統的に優れた人物を輩出して社会貢献してきた家柄とか、家はそんなでもないけどずば抜けた才能を発揮して国政に関与するようになる人も存在するわけで、そのへんから言っても単に貴族だからって政治の世界で優遇されるってことは全然ないですけどね。つまりこれは身分を背景にしたものではなくて、政治家とか実業家としての実力を背景にし、なおかつ昔の貴族制の封建的不当さは排除されている状態なんです。だからかつての支配階級が政治的に事実上復活しているとはいえ、かつてのように圧迫されてるわけじゃないから民衆のウケも悪くない。むしろ、有権者の顔色伺うしか能がなかった有名無実の政治家連中が議会を占めていた頃よか、クランドル国民の生活はずっと向上してるしね。ヒトの上に立つ者が、誇りを取り戻した状態と言えるかもしれません。ま、そういう時代のそういう国だってゆー、設定です。

そんな背景もあって現在のクランドルの貴族っていうのは、血筋だけじゃなく実力を伴った血統ってゆーか、貴族制が廃止されていろいろ大変なとこ、なんとか生き残って来た人たちなわけですから、ある意味、それこそ本物の「貴族」ってことかもしれません。社会的意識も高く、教養も深いのが現在のクランドル貴族の絶対条件で、それゆえ国際的な救済、福祉活動や啓蒙活動も盛ん。莫大な資産も自分たちの実力で支えてるわけだし、しかも国の面倒まで見てるんだし、だから昔の貴族はバカでも血筋でなれたけど、クランドルでは通らないんですね、そーゆーの。きゃははは。いいねえ。だってあやぼー、バカがふんぞり返ってるのって耐えられないんだもん。

ま、要は全てにおいて、個人の実力と人間性、そこに価値の基準を求めるべし、というあやぼー流哲学の上に成り立ってる設定ですけどね。

★ディの悪どいやり口・その3★

      

2006/4/29

★こちらでどうぞ★

↓で言ってたゴールデンウィークひまつぶし企画・あやぼーの小説原文「ディとまーの出会い篇」は、こちらでどうぞ。ディのパパとバークレイ博士も出てます。まーのイメージ画も付けてみました。5分で描いたにしては、なかなかいい出来かも。

公開期間は4/29〜5/7までとなっています。

※公開期間は終了しました。

      

2006/4/26

★期間限定公開★

ゴールデンウィークひまつぶし企画といたしまして、例のあやぼーの小説原文の一部を4/29夕方頃から5/7まで、期間限定で公開させて頂きたいと思います。内容は「ディとまーの出会い篇」となっておりまして、どのようにしてまーがディのモデルをやるハメに陥ったかという一節でございます。この場面ではまだグレる前の純真なまーなんで、けっこう可愛いかも。

原稿用紙にすると60枚前後ではないかと思われますが、ふつーこのくらいだと短編一本の長さくらいはあるのかな。でもあやぼーんとこでは、ほんのワン・シーンくらいの長さです。4/29夕方以降に、このページをチェックして頂くと、リンクが出るようにしておきますので、おひまな方はこの機会にぜひ。期間限定ですので、お早めに♪

       

2006/4/8+4/26

★ディの悪どいやり口・その2★

この話を始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

「こうなったものは仕方がないんだから、もう諦めてぼくのものになりなさい。」と言われて、でもわんわん泣きまくってるくせにアリは思いっきりきっぱりはっきり「イヤ!!」。もちろんディはそんな答え予期してますから、機嫌を悪くするどころか面白がってる。それへアリは、「マーティに嫌われたら、ぼく行くとこなんかない。またひとりぼっちになっちゃうよぉ」、と更にいっそう泣きじゃくる。そのくせ言葉調子は悄然とかキズついてるとかいう様子ではなく怒りまくってるって感じで、そのへんアリの基本的な気の強さが出ていてディはますます面白がって聞いてる。

「ぼくがずっとひとりぼっちでどんなに淋しかったかなんて、ディになんかわかるもんか。こんなおっきなお屋敷で両親に愛されて育ったディになんか絶対分かんない! マーティは初めてぼくのこと気にかけてくれて、マリオ(バークレイ博士)とマーティはぼくの初めて出来た家族なのに。やっと幸せになれたのに。ディが全部壊しちゃったんだ!!」

「行くとこがなければ、ぼくのところに来ればいいだろ。きみがそうするなら何でも買ってあげるし、どこにでも連れてってあげるよ。」

「イヤ!!」

「どうしてそんなに強情なのかな。悪くない話だと思うけど? ぼくはきみを愛しているんだし、大事にするよ。」

「そんなのウソだ。ディは今だってマーティが好きなんじゃないか。知ってるもん。それにホントにぼくのこと好きなら、こんなひどいことするもんか! ぼくのことなんて、飽きたらすぐに放り出すのに決まってるんだ!!」

まあ、マーティアがどう思うかはともかくとして、バークレイ博士は引き取ったときから当然アリが成人するまでは面倒見るつもりでいるし、彼の人柄から言っても何があろうと追い出されたりなんかするわけはないんですが、冷たい他人の中で育ったからそう手放しで人を信じることに慣れてないアリシアは、縁もゆかりもないのに何の代償もなく面倒見てもらってるのは、マーティアが自分を好きでいてくれるからだという思いの方がまだ強い。

でも実は博士がそんなにアリのことを気にかけるのには、アリ自身も知らない事情がある(もちろん隠し子とかそんなんではなくて、背景はもっと複雑)。それ知ってるのはいちおう博士とマーティだけのはずなんですけど、いろいろあってアレクとディも本当はある程度知ってる。ただ、それを教えるとアリが大変キズつくかもしれない事実なんで、博士もまーもまだ言ってないし、アレクは当然としてディもまだバラすつもりはない。今の時点ではディはアリとまーをからかって遊んでるとゆーか、まーを苛めてた時と同じで、すっかりおさまるとこおさまって平穏無事にシアワセしている二人の間に波風立てて、どうなるか見てやろう、みたいな、可愛いからこそ今の幸福に安住したりせずにもっと人間的に成長して欲しいなあ、という愛の鞭というか。まあ、その方が自分が楽しいからやってんですけどね、このおにーさんは。

で、いくら言ってもアリが首をタテに振らないのでディは、「そんなに強情張るならもうマーティアのところに帰さないから。ぼくのものになるって約束しない限り、絶対ここから出て行けないと思うんだね。」

訴えられたら強姦、監禁、児童虐待で、立派に犯罪なんですけど、ディはそんなの全然気にしてない。で、バークレイ博士のところに電話をかけて家政婦長のマジェスタに、マーティアも博士もいないから、アリシアはしばらくここに泊まるって言ってる。だから心配しないで、と伝えてから、それとなく彼らが戻ってくる予定を聞き出し、さてそれでは少なくともそれまで時間はあるわけだ、と、更にアリを苛めにかかる。

バークレイ博士の家も大きいので、当然何人もお手伝いさんみたいな人がいるんですけど、その中でもマジェスタはまーが引き取られる前からいて、まーにとってはお母さんみたいな存在。ちなみに博士の実家であるところのバークレイ家の本宅は別にある。そちらはディの家にも引けを取らない大邸宅で、ちゃんと執事もいるけど、博士はまーをそういう環境ではなくもっと家庭的な雰囲気の中で、普通のコに近い状態で育ててやりたかったので、自分の仕事にも都合がいい街中の別邸にずっと住んでる。で、マジェスタは博士がちゃんと事前に話してあったので、アリとまーがちょっと特別な関係であることは知ってるけど(彼女もまーとディのことがあってから、博士と同じにそのテの話にずいぶん理解が進んだというタイプ。)、例えばディがアリにヨコシマな興味を持ってるとか、そういう複雑な背景なんて全然知らないし、ディがちょっと危ないヤツだってことはいろいろあったから知ってるけど、高名な画家で、しかも自身が伯爵さま、そのイメージがあるから根本的に彼に警戒心なんか持ってない。ましてや彼は基本的にバークレイ博士やマーティアの友人であるという認識も強い。それで、はいはい承知しました。それでは宜しくお願い致しますね、で、特に心配もせずに電話を切ってしまう。

さて、2〜3日して、家に帰って来たバークレイ博士は、その話を聞いて、いったいそれはどーいうことだとビックリ。まーがアリに自分が一緒じゃない限りディと会うなと言ってることは知ってますからね。ましてやまーに首っ丈のアリがあんなにダメと言われてて、ちょっとお茶しに行くくらいならともかく、ディのところに泊まるだなんてそれは絶対おかしい。そう思って、さっさと迎えをやるべきかと迷ってるところへまーも帰ってくる。まーの方はもう博士以上にディをよく知ってますから、その話聞いた時点でやられた、と、これはもう絶対とんでもないことになってると悟って大パニック。心配しまくって迎えに行くと飛び出そうとするのへ、博士はマーティアをやったら騒動になることは分かってますから、アリシアのためにもコトを荒立てずに取り戻す方がいいと言う。それでもめてるとこへ、これ以上アリシアを足止めしておいたらマーティアが怒鳴り込んでくるだろうというタイミングを測って、その直前にディはアリを自分ちのクルマで送らせて何食わない顔で返してくる。アリも出来れば何があったかなんて知られたくないから、黙ってようと決心して帰って来てるんですけど、その場の雰囲気がとても「何もありませんでした」で言い逃れられそうではないうえに、マーティアの顔見たとたんに自分を抑えとくことが出来なくなって、「ぼくのこと嫌いにならないで」と半狂乱でいきなり泣き出しちゃう。それでまーにしてみれば、思った通りこれはもう何があったか一目瞭然、とにかくアリを落ち着かせて話を聞かなきゃと自分たちの部屋に文字通りひきずってく。

事実を知って、ではマーティはどう出るでしょうか。この二人、壊れるのか壊れないのか、つづきはまたいずれそのうち♪

★つけ足し★ 

      

2006/3/31-4/3

★ディの悪どいやり口★

この話を始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

さて、例の話の続きです。アリシアにちょっかい出して楽しんでたディですが、一度ふられたことで彼がマジになってるってことに気づいてるまーは、何かされちゃ大変って思ってアリに自分が一緒でない限り、絶対会っちゃだめときつく言ってる。アリは自分はきっぱり断わってるんだし、そもそもはディってまーの恋人だったんだから、そこまで神経質になるほどの危険人物とは思えないけど、自分にまーがいるの分かってて危ないアプローチをされるのもちょっと困る。だからまーの言うコトを聞いて、一応ディを遠ざけてはいるんですけど、でも一人の時に電話かけて来られたりすると、電話で話すくらい害はないと思って切らずに相手してて、そうなるとディは外ではあまり喋らないくせに実は口うまいですから(まーもそれでひっかけられた)、次第にアリはディって紳士だしマーティが言うほど危ないヒトじゃないって思わせられてくのよね。

これはまだ書いてませんでしたけど、アリとまーが街の家に帰って来た直後に、ディは「天使が二人になったから」とかって今度は二人をモデルにしてまたいい絵を何枚も描いてるの。そういうこともあったからアリも彼の才能は認めてるし、友人としてならキライってわけでもない。

レイの別荘に招待された時も、"偶然"ディがいたことを、「実はきみに会いたくてね」とか素直に認めたり、「ちょっと強引すぎたかな」とか謝ってみたり、しかも特に何もしないで済ませてたもんだから(このへんディのテなんですが)、そうなるとますますアリは会っても全然大丈夫って気になってく。そしてある日。

例によってまーがアレクに会いに行ってて一人で淋しいなーとか思ってる時に、これも例によってディが電話かけて来て(ディはしっかりアレクのスケジュールにチェック入れてて、いつ休暇で帰ってくるかもよく知ってる)、「いつもいつも電話ばっかりというのもなんだから、たまにはちょっとうちにお茶しにおいでよ」、とかゆー。アリはディの屋敷には、まーと一緒にモデルやってたとき何回も行ってるので、執事とか、他に何人も使用人がいるのを知ってて、ディもそれをアピールするもんだから、いくらなんでもその環境でおかしなマネはされるまいと思い、お誘いに乗ってしまう。いつもならバークレイ博士がいるし、まーも彼にはディがアリに興味持ってるようだから気をつけてくれと頼んでるしするんで、博士が止めたかもしれないんですけど、間の悪いことに丁度彼も仕事で海外に出てる時(ディはそれも知ってたかもしれない)。で、アリはひとりだったので、深く考えもせずに自分の判断で出かけちゃう。ちょっと、ほんの数時間、お茶しに行くだけのつもりで...。

でも、ディは若輩とはいえ本人が伯爵さまで、一家の主のだんなさま。先代からの執事のアーネストにしても家政婦長のビバリー夫人にしても、まーにもアリにももちろんよくしてくれるとはいえ、だんなさまのご命令は絶対なんだな。特にディは絵を描いてる時は普段以上に神経質なんで、彼がアトリエにいる時は例え緊急の電話であれ来客であれ、絶対取り次ぐな、そして呼ばない限りアトリエに近づくなという至上命令が出ている。アトリエそのものも防音構造にしてあるもんだから(そもそもは内部の音が外にもれないためではなく、ディは外の物音に自分の気を散らされるのがイヤだからそうしてある)、そことそれに連なるディの私室(親しい来客用の控え室、プライヴェート・リヴィングと寝室などが連なった豪華なスイート)っていうのは実質上、完全な密室状態。そりゃ、悲鳴のひとつも聞こえればアーネストだって駆けつけるでしょうが、そもそもが中庭を抱いて左右に両翼を広げてるような広大な屋敷の上に、私室とはいってもスペースがある上、防音してあっちゃ、どうにもならない。まーは当然そんなこと百も承知ですが、アリはそこまでディんちに詳しくないから、何人も人がいるんだし、って思ってるのね。で、邪なディの罠とも知らずにのこのこと出かけてく。

まーの時もそうだったんですけど、っていうか、そもそもまーにクスリ教えたのはディで、彼自身も中毒になるようなことはしないけど十代の頃から遊ぶ程度には使ってる。麻薬もだけど、薬物全般に詳しいのも彼の始末が悪いところで、こんなワルいオトナにかかっちゃ、いくら天才児とはいえ14歳になるかならないかのアリが太刀打ちできるわけがない。今でこそまーはそこそこディと対等にやりあえるくらいには成長してますが(そろそろ16から17になりつつあるところ)、そのまーですら今のアリの年の頃にはいいように手玉にとられてたわけですからね。ましてやディとはつい最近知り合ったばかりのアリは、彼のそういう悪魔的なとこなんてまーほどよく知らないし、いいカモです。

というわけで、始めは機嫌よくふたりでお茶してるんですけど、そのうちアリは気分が悪くなってきて坐ってることも出来なくなっちゃう。もちろんディが、そういうクスリをお茶に入れて飲ませたからです。で、身体の自由も思考力も薬に奪われちゃったアリは、殆ど抵抗もできないでいいようにされてしまう。立派な犯罪なんですけどね、でもそんなこと気にするよーなディじゃありません。まあ、このくらい酷いメにあわせても、それでダメになるようなコじゃないと分かってるからってのもあるんですけど、文字通りの意味で遊ばれてますね、アリと、それにまーも。こんなことしてまーにバレないわけはないし、そうするとそれでこの二人の関係が壊れるか、それともより強くなるか。壊れれば壊れたでディはアリを自分のものにする気だし、壊れなければ壊れないで、それはそれでちょっとした純愛だしそれは見てて楽しい。それにその後もちょっかい出す楽しみが増える。...やっぱりディって、性格破綻者ね(作者と同じ。だから彼は私のお気に入り)。

さて、酷いメに合わされたアリの方はもう半狂乱になっちゃって、あれほどきつくまーに言われてながらのこのこ出かけてきてこの始末。こんなことマーティに知られたら絶対嫌われちゃう、とかってわんわん泣いてるのに(可愛い...♪)、ディは「だってこうでもしなきゃ、きみはぼくを振り向いてさえくれないんだもの」と、罪の意識なんかカケラもない。さっき、可愛いって書きましたけど、これは作者の感想であるとともに、ディの感想でもありますね。で、「こうなったものは仕方がないんだから、もう諦めてぼくのものになりなさい。」

これからどうなるんでしょうか。つづく...。

★ディの悪どいやり口・その2★

      

2006/3/15

★美青年の高雅な楽しみ★

この話を始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

自分の小説の話なんか始めるんじゃなかった。ヘンなひとなのがバレてしまうじゃないか...。でももう今更遅いな。いいや、続けよ。どうせ元々、ヘンと思われてるんだから。

さて昨日、クルマを運転しながら考えてたんですけど(危ないかも)...。ってゆーか、昨今歩いてても走ってても、まーちゃんくらいのトシの男のコを見かけると、可愛いコいないかなっ、とついつい物色してしまう自分が怖い。でも、考えてみるとディの「可愛い男のコをひっかけて、自分の好みに育てる」とゆー、それってけっこういいシュミかもな、と。ここで大切なポイントは、ディが絶世の美青年であるという点で、ナミ以下の男がやっても、それはちっとも美しくない。女性だったら論外。

いちおー、ディはコドモの頃、ダニエルさんに酷いメに合わされてるんで(他にも、自分は全然そんなシュミないのに、始終言い寄られてうんざりしていたらしい。)だから、まーに出会うまで遊んではいたけど、相手は全部女性だった。だから元々そんなヘンなシュミがあったわけではないんだが、まーがあんまり可愛いので苛めるのがよっぽど楽しかったんだな。で、それに味をしめたってゆーか、散々まーで遊んだ挙句とはいえ、一応アレクにあげちゃって退屈してるところにアリが現われたもんだから...。

始めは思い切りイヤがってたアリシアなんですが、なにしろまーはアレクと分かれる気配すらないし、そもそもアリ自身がアレクのことは気に入ってるので自分のせいでまーとアレクの関係が壊れるなんてのもちょっとイヤ。アリはまだアレクがまーの恋人だと知らない頃、ちょっと彼と話したことがあって、なにしろアレクの性格がああなんで優しい人だなあ、ステキなひとだなあ、と感動していたらしい。そこへもってきて、まーとアリのことを許してくれたというか、自分がまーの側にいるのを容認してくれているというところに感謝まで見出しているらしく、まーを一人占めしたくないとは言わないまでも、だからと言ってアレクがいなければいいのにとは思えない。そのへんけっこう複雑。...作者の好みで付け加えるなら、美しい少年などというものは、このくらい凡人には不可解な感情の動き方をするような繊細さがなくてはならないものなのだ。

アレクの方も、ディとまーを共有するなんてのはとんでもないけど、アリちゃんはまだコドモなぶん、それにマジで嫉妬するのも大人げないよなあ、みたいな、しかもアリがまーになつくのも考えてみれば不思議じゃないんで、そのうちま、こんなもんか、くらいの気持ちで現状に慣れてくる。なにより、まーが相変わらず絶対別れられないくらい自分を好きらしいというのは満足できる点らしいんだな。しかしこのへん...。たぶん長年に渡ってディと親友としてつきあい続けてしまった結果、さすがのアレクも知らず知らずのうちに常識を失わされているというのが客観的な見方で、ディはけっこうそれを喜んでいたりするかもしれない。

そういう複雑な関係が続いてるとこへ、それまでもアリにちょこちょこちょっかい出されてるんで、ディがこーゆーことに関してどれほど危険人物かということを知りつくしてるまーは自分のいない時に絶対ディと会うなってアリにきつく言ってあった。でもディはまーのいない時をみはからってちょっと淋しい思いをしてるだろうアリに電話かけてきたりとか、バークレイ博士やまーとも仲のいい侯爵夫人(レイ・ロクスター)を抱き込んで、自分がいるとは言わせないでまーの留守中にアリを別荘に招待させたりとかの強引なアプローチをやめない。あんまりしつこいんでしばらくはアリもまーの言うことを聞いてディを遠ざけてたんですけど、そのうち決定的な事件が...。

続きを読みたければ、このページをチェックしていればそのうち読めるでしょう、ということで(きゃはは♪)。しかしそれにしても、こんなに続けるならもう連載小説とかにして原文を読めるページを作ってしまおうかという気もするが。どうせまだまだ試作品段階の、しかも本編からしたら単なるグランド・プロローグの切れ端だけど、こーゆー話が好きなヒトのヒマつぶしくらいにはなるだろうし、そのへんも考えてみよう。

ところでさっきもちょっとアレクが常識を失いつつあるとか書いてましたが、いや、まーとつきあってるということ自体が既にすっかり常識に見放されてるとも言えるが、それだってもう当然親にバレてるし、アルフレッド・ロウエル(アレクのとーちゃん)は始めそんな世間のウワサを聞いてもまさかホントだとは思わず、以前からバークレイ博士の秘蔵っ子で利発なまーのことは自分も気に入ってるんで、そんなことで二人の将来にキズがついちゃいかん、とアレクを呼びつけ、そんなウワサがあるが、二人のつきあい方が誤解を招いてるんじゃないかね、気をつけなさい、みたいな忠告をする。でもアレクは、このヒトのことなんでねえ...、あっさり単なるウワサじゃありませんとまるっきり潔く事実を認めて、好きなもんは好き、こればっかりは譲れませんので、お気に召さないなら勘当して下さい、と切り返す。

そうなるとあわてるのは親の方、というか、とにかく一番の気に入りの末息子のご乱行なわけだから、しかもそうまであっさり認めて切り返されてしまったら怒るに怒れず、ましてや勘当なんてとんでもない。アレクは別にそのへんの親の心理を読んでこういう対応に出たというわけじゃなく(ディならそれくらいするでしょーが)、全く自分は悪いことしてると思ってないし、ただ家名にキズをつけるとかの不名誉に繋がるのはイヤなので、それなら家を離れるしかないじゃないかと結論してる。そこまで潔く出られたらとーちゃんも仕方がないので、いやまあちょっと待て、と言いつつも一応不問に附すと認めるしかない。それにバークレイ博士とアレクのとーちゃんは親しいので、こんなことになってるようだがきみは知ってるのか、と援軍を求めて博士に問いただすと、博士はディ以来、まーのことに関しては慣れたというか諦めてるというか(実はバークレイ博士までもディのせいで常識を狂わされつつある。既にこれはディの陰謀かもしれない)、そのへんは容認してるので、しかも今のまーにアレクが必要なことも分かってるので、しばらくの間だけでもアレクをまーに貸してやって欲しいと頼む。それで、こういう関係はたいてい一時の気の迷いだったりすることでもあるし(残念ながらこの思惑は思いっきりハズれるんですが)、知らん顔してればそのうち解消するかもってことで、とーちゃんも見てみないふりってことになってる。

そのへん考えてみると、アレクの不幸(?)はディに気に入られてるってことかもしれない。ディはとにかくお気に入りの人間を気持ち的に手放すのがイヤなヒトで(それ以外は視野にも入ってないが)、別にアレクに恋愛感情持ってるとか全然そういうのじゃないけど、コレクションの一部として彼の目録に登録されている。なのにもしアレクがヘンな女と結婚でもしてごらんなさい。やはり結婚して家庭なんか持たれたら、どうしてもこれまでよりいくらか疎遠にならざるをえないし、そんなどこの馬のホネとも分かんない女に取られるなんてとんでもないことで、だから気持ち的に自分に繋いでおきたい。で、まーとアレクがお互い惹かれあってるのをいいことにして、この関係を成立させておけばアレクが自分の手元から離れることはあるまい、と、ディが思わなかったという保証はどこにもない。確かにディはまーと別れはしましたが、それは恋人として別れたというだけのことで、ディも、それにまー自身も自分たちの関係が切れたとは全然思ってない。まーにしてみると、現在の自分はディが創ったと言ってもいいくらいなので、作品と作者みたいな繋がりを感じてて、だから「アレクをキズつけたくないからディとは別れる」と彼に宣言した時も、「だけど、おれとディは切れないよね?」とか言ってるしな。作品がどこにあっても、それが作者の手になるものであることは永遠不変だってのと同じですね。まーにしても、大好きなディと、たとえアレクのためとはいえ別れるってのは、かなり辛い決定だったみたいです。

アレクとつきあい始めた当初は彼が心配するので「アレクがいいって言わない限り」ディと会うこともしなかったまーなんですが、そのうちふたりの関係が安定してくるとディに言われたこともあってアレクは二人が友人としてなら会うくらいは許すと言ってる。さすがにディも、これでまたまーに手なんか出したら、今度こそアレクは絶対に許さないだろうという限界はよくよく知ってるので、それから後はちゃんと線は引いてますけどね。だからこそ今度はアリちゃんで遊ぼうってことになっちゃうのかもしれないが...。

そうやって自分の気に入りを回りに置いて眺めて楽しんでるディですけど、それじゃこのおにーさんは、ホントはいったい誰を一番好きなんでしょうか? 誰なんだろうなあ...(もちろん私は知ってるが)。ま、ともかくそのへん、ディのような超がつく美形にだけ許される、雅な楽しみなのかもしれませんねえ...(深いためいき)。

★ディの悪どいやり口★

      

2006/3/10

★黒髪の天使★

この話を始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

自分であんまり何も考えずに書いていて、後からなるほどなあ、と気がつくことがよくあるのが私の小説なんですが、そういえばマーティは黒髪なのにディは天使のモデルにしたんだなと、最近気づいたりしました。だって天使ってゆーとやっぱり西洋のものなんで、たいがいブロンドとか明るい色の髪だったりしませんか? まーは自分の生まれた国ではどちらかというと珍しい東洋系の容姿を持ってて、それでわりと金色の髪とか蒼い目にコンプックスがあるらしく、ディから始まってつきあってるのはアレクにしてもアリにしてもそう。元々、自分がバークレイ博士の実の子供じゃないってことがずっと悲しかったくらい博士のことが好きだったので、そのへんから始まってるんでしょうね、このコンプレックスってのは。

でも博士はまーのきれいな黒髪がすごく気に入ってて、子供の頃からずーっと伸ばさせてた。ディにしても、ことのほかまーのこの絹糸みたいな黒髪には惚れこんでたみたいです。自分が持ってないから、憧れるのかなあ、お互いに。

で、ディはもともとよくトルコとかアラビア半島とか、そういうとこが好きでよくそのへんに出かけてくし、そういう題材の絵もよく描いてるんですが、そのへんはバーンスタインが好きな素材だったことの影響らしい。そういう背景があるし、ディ流のひねりというか、ありきたりな宗教画的「天使」にはしたくなかったんだろうな。ひねくれてるからな。

そもそもキリスト教的な問題というのは、単に西洋にだけ存在してるもんじゃなく、全世界的なもんなんで、たぶん本当はバチカンが考えてる以上にグローバルな思想なんだろうと私なんかは思ってるんですが、ディの「黒髪の天使」っていうのもそのへんの詩的示唆というか、イメージ的な韜晦というか、それも含んでるんでしょう。どうもこのヒトのは、何も考えずに見てると単にめちゃキレイな絵って雰囲気なんですけど、本人アレなんで、わりと画面のあちこちにシカケがしてあるというか、クラシックな感じがするわりには近代美術の流れをしっかり取り込んでる。だから深読みしようと思うとどこまでもハマりこまされるって感じの絵ですね。うーん、自分にウデがあったら描いてみたいんだけどなあ、そういうの。

★美青年の高雅な楽しみ★

      

2006/2/12

★その後のまーちゃんたち★

この話を始めから読みたい方は、専用のSTORY INDEXをご参照下さい。

ちょっと前に以前、お話していた自分の小説の世界に浸りこんでるとか書いてましたが、あの話はあれからもどんどん進行していて、ますます不道徳な方向に走りつつあります。アカデミックなはずの本筋からはもー盛大に離れまくりで、いったいどうなるんだろうなあ、これから、と書いてる自分が途方にくれている。でも、そういうのが楽しいのー♪

これは昨年の9月にしてた話の続きなんですが、それをまだ読んでない方はこちらを先にお読みになってから、戻って頂けると宜しいかと思います。ただし、他に何もすることがないほど、おヒマな方だけにして下さい。

さて、まー(マーティア)がアリ(アリシア)ちゃんに恋してしまい、でもアレクとは別れられず、結局そのまま二人の寛大なお許しのもとに二人の恋人を持つことになってしまったという話は前にしました。で、しばらくまーはアリちゃんちに転がりこんで二人で暮らしてんですけど、バークレイ博士はそもそも忙しいヒトなんでそんなに長いこと田舎にひっこんでるわけにもいかない。もともと博士とまーがこんな田舎の研究所に来てたのは仕事のためとゆーよりアリちゃんのことを心配してのことだったので、いちおー、アリがまーになついた今となっては、こんな何もない田舎にいつまでもいなくっていーぞ、ってことになる。博士はともかくまーはやっぱり都会っ子なんで、夜遊びもできない環境は例えアリちゃんがいても淋しい。そんなこんなで二人はアリシアを連れて街の家に戻ることになるんですが...。

博士も田舎にいる時は二人で暮らさせててもそれほど心配じゃなかったんですけど、やっぱり都会に戻って来るとなるとあれこれ不安のタネが出て来るんで、アリシアを引き取るってことで自分ちのコにしちゃう。それでアリは生まれて始めて家族(みたいなもの)を持てることになります。思いやり深い紳士であるバークレイ博士にも、まーにも大事にされてってゆーこの環境は、非常にアリシアにとって好ましかったのか、いや、好ましすぎたのかもしれませんが、かつての意地っぱりなひねくれガキなとこはすっかり影をひそめてしまい、すっごい素直ないい子になっちゃうのよね。で、まーの友人たちからもすぐに気に入られてちやほやされ始める。なにしろまーがアレクにすっかりなついて別れそうもないってのはみんな残念がることしきりだったんで、アリシアのよーなかわいこちゃんが現われちゃうと、おお、これはってことになるのが当然。ともかくヘンな人たちですからね、ディを筆頭としてまーの友人ってのは殆ど。マトモなのはアレクくらいでしょう。もちろんアレクの体面があるのでまーもアリシアが自分のもう一人の恋人だってことは殆ど誰にも言わないですませてるから、みんなフリーだと思ってるし。ただ三人の関係について、さすがにディは言われなくてもとおに気がついてますけどね。

そこでそのディですが、このおにーさんは別れたあともまーのことが可愛くってしかたない。でもこのヒトの「可愛い」っていうのはけっこうハードな愛情というか、「可愛いから苛めたい」ってゆー、困ったとこがあるのは、以前もお話した通り。で、始めはまーの恋人だからってことで、アリシアにちょっかい出したらまーは怒るだろう。だからちょっかい出してやろう、くらいの気持ちでアリちゃんに手を出そうとする。だけどアリシアの方はまーに首っ丈なんで、そんなのとんでもない。そこでディは、思いっきり手ひどくふられちゃいます。ふつーのプレイボーイだったらプライド傷つけられてその後見向きもしなくなるかもしれないところを、ディははっきり言ってそれまでふられたことなんか一回もない。伯爵さまという地位と画家という名声に、美貌まで付いてんですから最強よね。まーでさえ、あれほどディにのめりこんで、苛められても好きで好きで仕方なかったくらいなんですから。それで手ひどく拒絶されたことで返っておや、これはこれは、って面白がるとゆーか、単に素直なよい子ってわけじゃなさそうだぞと気づき、これは案外おいしそーかも、と...、けっこうマジになっちゃう。これはアリシアにとってはひどい災難で、結局まーとの間に無理矢理割り込まれてとんでもないことになってく。

この話をし始めた頃、まーよりアリシアの方がどちらかと言えば悪魔っ子だというようなことを書いてましたが、基本的にまーの側にいると素直なよい子のアリちゃんが、どうして将来的にけっこう悪魔っ子に成長しちゃうのか。なんでかなー、と私も考えてたんですが、どうやらまたディが介入してアリシアの激烈な本質を引き出しちゃうということみたい。なにしろ、バークレイ博士のような紳士に溺愛されて育ったまーと違って(だからこいつは、どこか根本的にお坊ちゃまな甘いところがある)、同じように親のいないコでもアリは誰にも愛してもらえず、孤児という現実と最初から向き合わなくっちゃならなくて、始めからその才能にだけ期待されて冷たい他人の間で育った挙句、やっと一人前に他人の世話にならずにやってけるとこまでなったら、今度はかしこすぎるってことで影口たたかれて、意地悪されて、自分を守るために周囲を徹底的に否定して生きて来たコですから。だから余計、自分を初めて素直に見てくれたまーには頭が上がんないのかもしれないですけどね。しかもアリちゃんに匹敵する頭脳なんて持ってるの、まーくらいなんだから。バークレイ博士でさえ、この二人についてはキャパシティは自分を上回る、計り知れないって言ってるんだな。

で、ともかくアリはそういう育ちなんで、このコの本質の中にはけっこうキツいとこがある。そもそも弱いコだったら生き抜いて来れないようなとこ生き抜いても来てるわけだし。例えば、これはもう二人がもっとずーっとトシ取って、20代過ぎるくらいになってからの話ですけど、どちらもオールマイティな天才児ですから、ゆくゆく国際政治や経済の動向に介入するような立場に立ってくことになる(ホントはそっちの方が本筋なんだけどなあ...。そこまでいつになったら行くんだかなあ...。)。で、やっぱりそういう立場に立つと、そこはもう法の範疇なんかからはすっかり外れた世界ですから、仁義なき戦いってのが繰り広げられてるわけで、テロリストとか独裁者とか、歴史の流れを負の方向、暗い方向に向けかねない要素を排除する決定を下さなければならないような場面も出て来る。そういう時、アリシアはテロリストに対して私兵を差し向けるというような決定を下す時でも、「行って、皆殺しにしてこい」というよーな、命令を平気で言い渡すことが出来る。まーが、分かっててもどうかすると無責任なヒューマニズムに流れちゃいそうなところを、「真に善良な者を守るためには、ゴミは排除する以外にない」という信念(ちなみにこれは作者の信念でもある)で押し切るのがアリシアの本質です。それはやっぱり人間のどーしよーもない本質について、まーよりはるかに現実的に理解しているからでしょうね。単なる天才の傲慢じゃなくて、善良な無辜の民か、それに害をなす者か、どちらも救える場合もあるが、どちらかひとつ選ばなければならない場合もあるという苦い現実を、よくよく知り尽くしてるからこその決断なんですけどね。

後には、こういうアリシアの火のようなところにまーは頼ってるところがある反面、どうかすると行き過ぎになりかねないアリシアの言動に手綱を引けるのは、逆にまーしかいない。だからこの二人は結局二人でワン・セットなんだろうな、と思ったりもするんですが。

ま、それは将来的な話で、13歳くらいのアリは、すっかりまーに骨抜きにされて素直なよい子ちゃんに成り下がってる。ディはそのへんのアリシアの本質を見抜いてしまうと、今のそういう状態がどうにも気に入らない。しかもアリシアって子供の頃の自分とけっこう似てるよなあ、という気がしてよけい執着しちゃうんだね。それにまー、アリ、アレクというこのおもしろそーな関係を、側で傍観してるだけってのは楽しくないよなー、っていうか、それに参加したかったのかもしれません。ディの性格なら、ありうる。と、いうことで、長くなったのでどうやってこのダブル・トライアングルが成立してゆくかとゆー、過程については、またそのうちということにしておきましょう。

★黒髪の天使★

      

     

     

      

2005/12/29

★あぶないおねえさん★

以前、お話していた自分の小説の世界にあれからもどっぷりハマりこんだままのあやぼーは、最近マーティくらいの年頃の可愛い男の子(10歳くらい)を街でみかけると、おっ、かわいいじゃーん、と思ってついつい見てしまう。別にそれそのものは危なくもなんともないかもしれないが、あやぼーの場合、小説を書いてると登場人物に感情移入しちゃうというか、だからそういう時もついついディの視点で見てしまう...。これは危ない。

この前も、電車の中でハリー・ポッターみたいな雰囲気の、小生意気そうな可愛い男の子を見かけ、ついつい目が...。やっぱりヒトが見てたらヘンかもしれない...。気をつけなくちゃ。

      

2005/10/20-10/22

★なんてゆーか★

" I am passionately fond of him and he of me. There is nothing I would not do for him and if he dies before I do I shall not care to live any longer. Surely there is nothing but what is fine and beautiful in such a love as that of two people for one another, the love of the disciple and the philosopher."

自分の小説の話をし始めたあたりから、このページもなんかいつも以上に趣味に走りまくってるとゆーか、不穏な方向へ踏み込んでるよーな、気もしますが、面白いのでしばらく続けよう。で、この前の続きですが、上の引用は誰あろう、アルフレッド・ダグラス卿が、お母さんあての手紙の中でオスカーについて語った部分なんですってさ。日本語にしてダサくなるのがヤなんで、ま、皆さん分かんなかったら、辞書でも引いて読んでみてください。要するに、「ぼくはオスカーがすっごく好きで、彼も同じように思ってくれてる。彼のためなら何だってするし、もし彼がぼくより先に死んだりしたら、もう生きてはいられないよ。」ってな内容ですな。

なんてゆーか、私ね、初めてあの「獄中記」を読んだ頃から、アルフレッド・ダグラスって、なんか憎めないなあ、可愛いなあ、と思ってたんだ。気紛れでどーしよーもないロクデナシみたいな書かれかたしてるけど、それがなんか可愛いのよね。ちなみにフル・ネームはアルフレッド・ブルース・ダグラスで、そのミドルネームのせいか子供の頃からボシーって愛称で呼ばれてて、彼自身もそう呼ばれるのが気に入ってたんだそうです。この愛称の日本語表記にはいろいろあるみたいなんですけど、福田恆存さん翻訳による日本語版の「獄中記」の表記に従って、ここではボシーで行くことにします。

ともあれ、あのオスカーに対するワガママぶりも、愛されてるのがよく分かってるから甘えてるというか、"オスカーは何があろうと当然ぼくのもの"みたいなね、そういうのがあって、しかも彼自身も、ま、お母さんにこーゆー手紙を書くくらいだから、ともかく好きだったんだな、オスカーのことが。それにこの "the disciple and the philosopher(哲学者とその弟子)"っていうとこね、あ、やっぱりオスカーのこと分かってんなあ、みたいな、そういうとこちゃんと理解してて尊敬もしてたんだなって思えるわけ。それってだから、単にオスカーが有名な作家だからとか、成功とか名声とかそういうののためにくっついてたわけじゃなく(副産物的にはいくらかそれもあったにせよ)、第一にそういう資質的な共鳴があって離れられなかったんだなって思うのよね。だからこそオスカーの方も何があろうと結局、切り捨ててしまえなかったんだろうとも思うし。

この二人については、あんなとんでもないことになってるのに、どうも私は微笑ましい感じがしちゃうんだけど、なんでかってゆーと、愛があるじゃないですか。それがそういうスキャンダラスな出来事だったのに、100年以上経った今も特にオスカーのファンが二人の関係をロマンチックな印象をもって、思い起こしてしまう理由なんじゃないかって気もする。アルチュール・ランボーとヴェルレーヌよか、私はずっと好きだな、この二人の方が。

そもそもさ、あの「獄中記」にしてからが、ボシー宛てなんだよな。冒頭読んでくと分かるけど、単に恨みごと言ってるわけじゃなく、ことここに至ってなお、「きみにこれを分かって欲しいんだ」みたいな、これまでの素行を改めて、心を入れ替えて生き直して欲しい、そんな感じの冒頭ですよ。自分の破滅と転落の原因になったヤツに、よっぽど好きじゃなかったらここまで拘れないじゃない。もう顔も見たくないってなるよ、ふつー。それもあの代表作中の代表作で、哲学的にはたぶんオスカーの作品の中でも最高峰にある文章の宛名が To Lord Alfred Douglas なんだもの。

オスカー・ワイルドって言えば、やっぱり世紀末の退廃的ダンディって印象があるけど、でも書簡集なんか読むと、そもそも彼ってけっこう明るいし思いやり深くて、基本的に真面目なヒトなんですよ。本人も世間は自分のことをヘンリー・ウォットン卿のように見るかもしれないけど、ホントはバジル・ホールウォードの方だって書いてたしな。ただ、ボシーのことばっかりじゃなく他にもいろいろ遊んでたってのは、それはもう芸術家なんてそんなもんなんだし、それを理解できない世間の方が間違ってる。そんなの私から見れば当たり前よ。だからそれは私の言う「マジメ」さとはまた違う部分なんだな。

私があの裁判沙汰を「バカバカしい」とか書いてたのは、だいたい芸術家サマのやることに、なんだってふつーの人間ごときが僭越にも口出しするかって思うからなんだけど、本ものの芸術家の意識世界ってのは根本的に凡人とは違ってるのよね、サルと神サマほど。だから理解しろとは言わないけどさ、ってゆーか、そもそも理解出来る知能を期待しちゃいないけど、同じ人間だと思って欲しくないって気は大いにするよ。

ともあれオスカーって単に作家ってだけじゃなく、ボシーの書いてるとおり哲学的資質にも恵まれてたんだよね。哲学者は作家にもなれるけど、作家は必ずしも哲学的資質を内包してるとは限らないし、神々のコトバであるところの「詩句」を、その本来の意味で駆使できる作家なんてのもまた稀なのだ。そもそもココが私、例外もあるにはせよ、日本の「(自称)詩人」なんて連中の書いたものを見ると笑っちゃう理由なんだけど、「哲学的資質」ってのは視野の問題なのね、視野の。オスカーがそういう大局的な哲学的視野を持ってたヒトだってのは彼の作品を通してずっと感じられることだし、だからこそ「獄中記」で、ああいう境地まで行けたんだとも思う。

日本語版の「獄中記」を翻訳した福田恆存さんは、この作品の価値について否定的なコメントを残してらっしゃるんですけど、私はそれは全然違うなと思う。中盤からキリストがどーのこーのって話になってくんで、イエスとキリストということについての根本的な理解基盤が欠落しがちな日本人にはなかなかその真価が理解できないのも無理はないですけどね。ともあれ、それについてはいずれもっときっちり論理立てて書きたいとは思ってますが、あの作品はボシーに対する愛情と同時に、「人間」に対する深い愛情をも伴ってる名作ですよ。あれに至るまでのオスカーは、ずっと幸せで泣いたことなんかなくて、それゆえその作品も人界の混沌を一歩も二歩も引いた所から眺めて書かれたものだったし、それ以外、彼も書きようなかったよね。でもあの「獄中記」はまさに「深淵」に堕ちた者の、「心からの真実の言葉」で書かれている。この差が分かんない限り、芸術なんて理解できませんよ。例えば。

「これは数年前カーライルから母に贈られた本のなかに自筆で書き込まれたものたが、おそらく翻訳もまた彼の手によってなされたものだろう。

 

"哀しみのうちにパンを口にせざりしもの

あかつきをまちわびつ泣きぬれて

夜のときを過ごさざりしもの

かかるものは、主よ、爾を知らず" (注:ゲーテ「ウィルヘルム・マイスター」第23章より)

 

これは(中略)母が晩年の心労のさなかにあって、しばしば引用した句だ。

ぼくはそのなかに匿された大いなる真理を許容したり認めたりすることを断じて拒否した。ぼくには理解できなかった。ぼくは哀しみのうちにパンを食べたりなどしたくないし、泣きながらいっそう辛い朝を待って夜を過ごすなどは一晩だっていやだ、とたびたび母に言ったことをよく憶えている。

運命の女神がぼくのために特に用意しておいたものがこれであり、ぼくの一生のうち、まる一年のあいだ、事実これ以外には殆ど何もしないことになろうなどとは、思いもよらなかった。だが、これこそぼくに割り当てられた宿命だった。この数か月、恐ろしい困難と苦闘とのあげく、ぼくは苦痛の中心に匿されている教訓をいくらか理解することができるようになった。なんの聡明さもなしに言葉を操る牧師や世の人々は時には苦悩を神秘として物語るが、事実は苦悩は啓示だ、これによってひとはこれまで気づかなかったものに気づくようになる。」

―福田恆存訳・オスカー・ワイルド作「獄中記」p109-p110

       

ま、そういうことです。平たく言えば、「人間にはどん底見なかったら、分かんないこともある」ってことよね。私としてはこの作品を通して初めて芸術の何たるかを教えられたってゆー、そういう「個人主義者のバイブル」的な作品でもあるんで、否定的な評価には「そこんとこ、分かんないかなあ」ってナマイキかも知んないけと、思ったりしちゃうの。そんなこんなでそもそも私はオスカー・ワイルドってヒトを十代の頃から尊敬してるし(めったにヒトを尊敬したりしない傲慢不遜の権化みたいなこの私が)、だから彼がどーやっても切り捨てられなかったボシーのことも、その程度のヤツとは思えなかったんだ。

長くなっちゃったんで、とりあえず今日はこの話題ここまでにしときますけど、このネタもしばらく続きそうだな。それにしてもふと思ってたんですが、うちの王サマ(フェリーさん)ってのは、彼の20世紀末から現在に至る英国における位置が、19世紀末におけるオスカーのいた位置とすっごくよく似てるのも面白いなって。私がそういうヒトを好きだから目につくってのもあるかもしれませんけど、芸術的資質という点では当然、匹敵するものがあるし、それでいて退廃的ダンディってゆーか、クールでカッコいいと思われてる一方で、そういう所を揶揄されたり戯画化されたりしてるとことかも似てる。フェリーさんは正真正銘ストレートですけどね(多少、難はあるが...)。ともあれいろいろ考えてると、やっぱりイギリスって面白い国だよなーって思うぞ。

ところで私の小説ってけっこう非現実的でありそうもないと思われるような話だろうけど、こういう史実を見てると、決してああいうのもありえない話でもないと思うの。ってゆーか、私はそのテのありそうもない史実ってのが好きなんで、あれこれ小耳に挟んでは著書を読んだりして喜んでたってのがあるから、自分の話もそうなっちゃったのかもしれませんけどね。

      

2005/10/14-10/15

★ディのイメージ★

この話は その1*その2*その3*その4*その5*その6 から続いてます。まだお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。

自分の小説の世界にひたりこんで早やひと月半...。本編から完全に逸脱したプロローグは(この話の本編は、元々アシモフのファウンデーション・シリーズと同じ基本テーマだったはずなのだ。しかしいつそこに戻れるか、今となっては私にも全然分からない。)、それだけでたぶん原稿用紙にすると1000枚くらいにはなるだろうと思われ、それだけでも既にグランド・プロローグと化していたにも関わらず、今度はディのセルフ・ストーリーがどんどん勝手に進行している。

しかもそのグランド・プロローグは現在のお話をやってたはずなのに、いつの間にか過去の、ディとまーちゃんが出会った頃のお話に飛び、しかし現在ではアレクとまーちゃんの話が当然進行しており、そこへディの個人的なお話が乗っかってきてしまった。ということは、つまり3つのパートが同時に今、私のアタマの中では進行しているということなんだ。おかげで自分でも何がなんだか分からなくなりつつあったりする。

前にも書きましたけど、私のお話は基本に人物があって、ストーリーは現実と同じように次々と一見脈絡なくいろんなことが起こっていくことで展開するので、書いてる本人はやはり現実の日常と同じに、次に何が起こるのか全然知らないままに書き進んでいるわけです。それで出て来た登場人物も、主人公だけがいつまでも主役なわけじゃなく、脇役だったはずの人物が主役になって別の話が出来上がって行ったりもするのね。そのへんの流れは、限りなく現実に近いんじゃないかと思いますが、なにげなく自分の日常に入り込んで来た人物が、自分の人生において大きな役割を果たす人になったりとか、他人の人生で脇役な人も、それぞれ自分の人生があるとか、「現実」ってそういうもんでしょ?

で、この話も例によってそういう広がり方をしてるんです。特にディは以前から気になる人物だったんですが、どうもまだ細かいところまではよく分からなかった。でも例のコドモの頃の話、シベールとかダニエルさんが出て来たあたりですね、あのへんからなんかディを主人公にした話が進行し始めてしまった。それでなんとなくディのイメージってことを考えてたら、どうやらアルフレッド・ダグラスだったりするらしい。性格とかは全然ちがいますけどね。っていうか、一般に言われてるダグラスの性質とは、って言った方がいいかもしれませんが、それはともかく外見的なイメージはすっごい似てたりする。

アルフレッド・ダグラスと言われても、いったい誰だか分からない方もあるんじゃないかと思いますけど、彼はオスカー・ワイルドの「獄中記」に出て来る、というか、それを書かせた張本人です。そもそもこの「獄中記」はアルフレッド・ダクラス宛ての書簡の形式をとってて、実際に本人にも送られたんで、この作品の意義を誤解してるヒトたちも世の中にはいるようなんですが、ご存知ない方のためにちょっと説明します。ご存知の方も、しばらくおつきあい下さい。

オスカー・ワイルドっていうのは19世紀末の英国の作家で、厳密に言えばアイルランドの人なんですけど劇作家としても著名で、一番よく知られてるのは「サロメ」じゃないかと思います。この「サロメ」に付けられたオーブリー・ビアズレイのイラストも、そう言われれば「ああ、あれか」と思い出される方も多いでしょう。それに意外かもしれませんが、あまりにも有名なあの童話「幸福な王子」の作者でもあって、19世紀の作家の中では今でも広く親しまれているうちの一人です。特に当時はテレビも何もない時代ですから、娯楽の中心というと劇場なわけで、その中で劇作家といえばそれこそ注目の的。本人もエリート中のエリートで、お父さんは医者、お母さんは作家、どちらも当時著名な人物で、特にお父さんはあまりにも優秀なのでナイトの位を賜ったほどでした。で、出身はダブリン、トリニティ・カレッジからオクスフォードに進み、その後、若い頃から作家として脚光を浴びることになります。ま、要するに順風万帆で来てた苦労知らずのお坊ちゃま作家だったわけですね。

でもやっぱりワイルドというと一番有名なのは、例の大スキャンダル。実際、今から考えたらあまりにもバカバカしい話なんですが、まあ本人がけっこう革新的な人物でもあったんで、保守的な当時の世間の風当たりもキツかったのかもしれません。元々はワイルドの恋人だったアルフレッド・ダクラスと、父親のクイーンズベリー侯爵の確執に巻き込まれた結果ということみたいなんですけど、この親子はめちゃ仲が悪くて始終すったもんだしてた。で、このクイーンズベリー候というのは息子とつきあってるワイルドのことが気に入らなくて、ことあるごとに嫌がらせして来てたんだな。あまりに悩まされるので、一旦はワイルドの方がクイーンズベリー候を訴えたんですけど、結局そっちは無罪。今度は反対にワイルドの方が「青少年に悪影響を与える」って名目で訴えられて、歴史に残る同性愛スキャンダルに発展しちゃった。しかもこのダグラスってのは、巷間言われるところではとんでもないロクデナシだったので、オスカーの寵愛をいいことに、なんでもかんでも彼にねだるわ、厄介事は押し付けるわ、そのおかげでこの裁判に先んじて彼を破産の危機にまで追い詰めてたの。つまり経済的にも社会的にもオスカーの破滅ってのは、アルフレッド・ダグラスが齎したものだったので、今でも彼は傾国の美青年の代名詞みたいに言われる存在なんです。

写真見るとそれだけのことはあるっていうか、確かにキレイはキレイなんだけど、私はずっとこのアルフレッド・ダグラスって本当はどんなヤツだったのかに凄い興味があったの。単に容姿だけじゃ、オスカーだってああまでハマりこまなかったんじゃないかという気がするし、ましてや彼は当時ちゃんと結婚してて、可愛い息子が二人もいたんだから(ちなみに奥さんも、けっこう美人)。それで自分でも危ないと分かってるロクデナシときっちり縁を切れなかったばかりか(それで破産まで行くってとこが凄いけど)、そのスキャンダルの後に2年も投獄されたのに出獄してからも会ったりとかしてて、一緒に写ってる写真も残ってる。そりゃもう、よっぽど可愛かったんだなとしか思えないじゃないですか。そうすると、単にその程度のヤツだったのか? という気もしてくる。で、調べてると、実際は詩人として非凡な才能のあった人みたいで、確かにそれくらいのことはなきゃね、と私なんかは納得したりしてるんですが、あんまりにもあのスキャンダルが有名になりすぎちゃったんで、その本来の詩人としての仕事は、その後長いこと正統に評価されないままだったみたいです。

そのロクデナシってイメージは、特に「獄中記」からの影響が大きいと思うんですけど、この作品は(私は敢えて「作品」と言ってるんですが)、アルフレッド・ダグラス宛てに、特に冒頭の部分はそれまでの関係を振り返って清算する形になってて個人的な恨み言めいてるんで、そのせいでこの作品を高く評価しないヒトもいたりするんでしょうね。でも、私に言わせれば、これこそワイルドの最高傑作と言っても過言じゃない。特に哲学的にですけど、ただ、それはちゃんと中盤以降の内容を理解して読まないと見えてこないかもしれません。

「獄中記」はワイルドがレディング投獄中に書いたもので、ダグラスへの個人書簡の形式を取ってはいますが、実際には個人的に投函されたものではありません。ワイルドはこれを一旦ロバート・ロスに渡して写しを取らせた上で、ロスはその写しのうちの一通をダクラスに送ってるんですけど、ということはワイルド自身、これの価値をよく知っていて、世間が冷静な目で作品として評価することが可能なくらい時間が経ったら、世に出てしかるべきと思ってたんだろうなと思えるわけです。つまり始めから「作品」として書かれたんだろうな、と。

ロバート・ロスは1909年に原本を50年間封印するという条件付で大英博物館に渡し、その死後、彼が持ってた写しの方はオスカーの息子さんの一人であるヴィヴィアンに渡って、それが1949年(ワイルドの死後49年経ってから)ヴィヴィアンによって出版される。全文、原文のまま世に出たのはこれが初めてだったそうなんですけど、それより早くに著作権を確立するために、僅か16部が出版されてたそうです。目的がアメリカでの著作権確立にあったので、これは不完全な抜粋だったそうなんですけど、ま、どっちにしても、単なる個人書簡でロバート・ロスだってここまで大ゴトにはしないでしょうよ。

私はオスカーの作品の中では他のどれよりこの「獄中記」が好きで、実際、これが無かったらワイルドなんて単なるシアワセなお坊ちゃん作家で終わってたんじゃないかという気すらする。確かに、ここに至る思想的要素は、それまでの作品に当然見受けられるわけですけどね。だから以前も、アルフレッド・ダグラスってのは、オスカーにとって芸術的に必要悪だったんだろうな、とか書いてたの。

ってことで、うちのディはなんかイメージ的にこのアルフレッド・ダグラス卿と近いものがあるかなー、と思ったりしてるんです。↑の写真なんか、もー、ナマイキそうで、賢そうで、ディの子供の頃のイメージそのままなんだもん。

で、そのディのセルフ・ストーリーの方なんですが、シベールとダニエルさんとの三角関係(もちろんシベールはそんなことは知らないが)に引きずり込まれてしまったディの12〜15歳くらいまでの3年間を中心にした話になりそうで、当然その当時は学校に行ってますから、アレクとか、その後も交流が続いて後に本編の方に顔を出してる友人たちとかも出てくる。そういう健全な学校生活と、かなり危ない休暇中のお話が交互に進む中で、ディがどういうふうにその本来の才能を開花させてくか、ってゆーよーな、なんか、あらすじだけ書いてると格調高い話になりそうな気もするが、ならないだろうな、私の小説だからな。まあ、ともかくそんな感じのストーリーも、ぼちぼち進行しているというお話でした。

それはそれとして、アルフレッド・ダグラスについては以前からもっとよく知りたいと思ってたんですけど(実はそっちにもけっこう文学的野心があったりするので)、これまでなかなか資料が手に入れられなかった。でもネットで検索してるといろいろ研究書も出てるみたいなんで読みたいなとは思う。そういう時...。私は「なんで日本人なんかに生まれちゃったんだろう」とか「どうしてイギリスで生まれられなかったんだろう」とつくづく、つくづく思う。日本なんて所詮、あってあの程度の自己満足小市民(自称)文学で、芸術的には殆どクソの役にも立たないし、その意味では日本語なんて分かってもなんっっっの、メリットもないっっっ!!! やっぱりせめて英語圏に生まれたかったなと、神を恨みたい気持ちにもなるぞ。でも、いつかきっと、コトバのハンディを乗り越えてやる。いつかきっと...。

★その後のまーちゃんたち★

      

2005/9/12-9/13

★ディの事情★

この話は その1*その2*その3*その4*その5*その6 から続いてます。まだお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。

思うに、ディってもしかしたら子供の頃にものすごーく悲しかったり、辛かったりしたことがあったんじゃないかという気がしてきた。彼のマーティやアレクを見てる目とか、苛めて喜んでる様子とかに、ある種、悟りの境地のようなものを感じたんですね、私は。そう考えてたら、なんかやっぱりそうだったみたいで、それがまだ十代の始め頃、つまり今のマーティと同じ年頃くらいの頃の壮絶な純愛物語。なるほどなあ、そんなことがあったんじゃ、こうもなるよなあ、みたいな。

この話は全部ネタを割りたくないんで、ちょっとだけしかしませんが、ディはごく幼い頃から高名な画家(ダニエル・バーンスタイン)に師事してたんです。ディの方が元々ファンで画家として尊敬してた人なんですけど、師事するというより後にダニエルの方がディの才能を早くから認めてくれて親しくつきあい、絵の描き方を教わったわけじゃなく、芸術家としての姿勢に大きく影響を受けたってことで師匠なんですね。

で、すごく気に入られてたから、学校の休暇とかにダニエルの別邸に招かれたりとかして、絵を描いたり、尊敬する先生のお話を聞いたりなんてこともずっとしてた。その頃のディは、エキセントリックで人嫌いなとこはありましたけど今よりずっとマシで、まだまだ人の話を素直に受け止めたりする年頃だし、表向きナナメに見えてもかなり純真なとこが残ってたんでしょうね。

その避暑地に静養に来てたダニエルの親しい友人の娘、シベールっていうんですけど、これがディの初恋のお嬢さんです。まだ子供の頃とはいえ、あのディが好きになるんですから、それはもう美少女の上にも美少女、気立てもよくて、それこそ天使のよう。真直ぐなブルネットと濃い色の瞳、このへんがちょっとマーティに似てたりします。そういう少女だったのでディは夢中になっちゃうんですけど、でもでもでも、シベールはあまり丈夫じゃなくて、二十歳まで生きられれば奇跡じゃないかとか密かに宣告されてたりする(けっこうありがちなパターンかもしれない)。彼女はそんなこと全然知らないんですけど、身体が弱いってことは自覚してて、普通には学校にも行けないし、だから同じ年頃の友達もいない。そんな彼女にとってディは初めて出来た同じ年くらいの友達でもあるんですね。

シベールをずっと不憫に思ってた彼女の両親は、ディのような家柄もよくて、彼女がずっと夢みていた王子さまのような(ホントに王子さまなんですが)、そんな友達が優しくしてくれるのをとても喜んでる。それで避暑から帰っても、家もそれほど遠くないから、シベールのところに遊びに来てやって欲しいとディに頼むんです。その時の彼女の両親の言い方が妙だったんでディはその後ずっと気になってるんですけど、後に偶然彼女の身体のことを知ってしまい、その頃にはもう本当に好きになってるんでものすごく悲しむことになる。まあコレだけでもかなり大変だと思いますけど...(と言いながら、密かに笑ってしまう私)。

もちろんそれだけじゃないんですね、実は。これまでのお話の進行上、お分かりかと思いますが、これにダニエルさんが絡んで来ちゃう。だって、いくらなんでも私、単に病身の少女に恋して、献身的につくした挙句さっさと死なれちゃう、程度のストーリーで「壮絶な」なんて形容はつけませんよ。ディだって、そのくらいでああまでならないだろうし。

ってことで、あとは勝手に想像して下さい。ともかく私は、コトここに至ってやっと、ディという人格をパーフェクトに理解致しました。確かにああなっても仕方ない、というエピソードです。そのうち、本文が完成する日が来たら、読んで頂けるかもしれません。きゃはははは。

★ディのイメージ★

      

2005/9/5+9/18+9/25

★ロウエル家の事情★

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こんな話を始めてから、このお話の本文を既に原稿用紙にすると200枚以上書きまくってるんですけど、そうやって書いてるといろいろお話の中の、作者が知らなかった「事実」が分かってきて楽しい。

アレクの親父さん(アルフレッド・ロウエル)っていうのは、公爵位についてるのと同時に国際的な実業家でもあるってのは前にも書きました。にーちゃんが二人いて、どちらもアレクと性格よく似てるから兄弟仲もすごくいい。アレクは20歳当時、大学で国際政治学を学んでるんですが、十代では既に家庭教師について経済学も勉強していて(とーちゃんの意向で)、そちらはもうかなりエキスパートになっちゃってるから大学では政治やってたんだな。だから家族もふくめて一族みんな、アレクは将来にーちゃんたちと同じように父親の事業を手伝って財界に入るか、そうでなければ政治方面に進むであろうと決めてかかっていた。

単にそっち方面に進むってだけならアレクだってイヤじゃなかったんですけど、そうするともう自分の生まれた貴族という身分にどっぷりつかって一生送らなきゃならなくなる。それだけは、彼はどーやっても我慢できそうになかった。そこでアレクちゃんは、回りを納得させる範囲で、しかも彼の元々の身分が極力重要視されず実績の方が評価される、それから日常、堅苦しい貴族社会から離れていられる、これらの条件を満たす仕事として軍関係に進むってのはどうかと考えたらしいんですね。もちろん、自分の愛しているものを自分の力で守れる所にいたいというのもあったらしいんですが。

しかしこれは当然回りの猛反対に合うことは必至。案の定、母親は泣いて止めるし、にーちゃんたちには両親を悲しませるような選択はヤメてくれと泣きつかれ、さすがに父親は、親や身分に頼らず将来を切り開こうという愛息子の、しかも敢えて軍関係に進もうという立派な志を一蹴することもできないが、だからと言って手放しでいい顔はしない。

ロウエル家っていうのは、これまでも代々、政界、財界に逸材を輩出してきた家柄なので、そっち方面との繋がりはすごく強いんですけど、軍との関係はいまひとつ弱い。軍人ってのはまた政治家や経済人とは違ったものの考え方を持ってますから、けっこう排他性の強いソサエティを形成してる。もちろんロウエル家の威光にはそれなりに従ってますけど、それはあくまで政財界での権力をバックにしたもので内部的な信頼を基盤としたオールマイティなものとは言えない。そのへんの事情があったんで、アレクはせっかく三人も息子がいるんだから、全員を経済界に入れてしまうのはもったいなくはないか、せめて一人くらい軍にいれば、そちらとの結びつきも強くしてゆけると思わないか、と、とーちゃんをまるめこむ作戦に出たんです。

これにはさすがにアルフレッド・ロウエルも、なかなかよく考えたじゃないかと思うんですけど、それでも可愛い末息子を完全に手放してしまうのはあまりにも悲しい。そこで。彼はアレクにいくつか条件を出します。

まず当時アレクはまだ20歳そこそこで大学在学中のことですから、ともかくそれは卒業してしまいなさい。と言っても、十代の頃からの英才教育もあるし、元々アタマいいから大学も殆ど卒業できるところまで準備をしておいて、アレクはこの話を持ち出したんです。だからそれには彼も異存はない。それから軍に入るなら、将来的にそれなりの地位をしめることを目標とすること。つまり家名を辱めるな、と、これもアレクは当然そう思ってましたから問題なし。そしてもうひとつが、将来的に経済界に入る、ということは、にーちゃんたちに協力してロウエル家の事業を継ぐ、その選択もオープンにしておくこと。そのためには、いつ何時でも財界に戻れるよう、国際情勢や経済の動きには常に気を配っているように、軍に入ったからと言って、今浦島状態にはならんよーに、と、この3つの条件を出して、それなら認めようということになったわけです。

まあ、この3つめは軍の上層に登ろうとすれば、おのずと世界情勢には気を配ってなきゃならなくなるし、経済界に入るかどうかは将来の話なんで、どうなるかは成り行き次第だしってことでアレクはOKするんですが、父親にしてみるとまだせいぜい20歳という、彼にしてみたらまだまだコドモのことではあるし、しばらく広い世間に出て見聞を広めるのも宜しかろう、と、そうすれば先行き、軍という枠の中に彼がおさまっていられなくなり、政治も軍事も経済を基盤として動いているということに気付いた時に、そして世界を動かすということがどんなに面白いことか気付いた時に、本来彼の進むべき道に戻って来ることもまたあるだろう、と、しかもその時にはアレクが軍で築いた人脈が彼にとってもロウエル家にとっても有用なものにもなる。そのように深謀遠慮してこの条件をつけたってコトです。

そんなこんなで、アレクは28歳くらいになると、もともと経済、政治はエキスパートですけど、軍事にも知識を伸ばしてる。ディはマーティに哲学や芸術という文化的側面から、様々なことを教えてますが、アレクとおつきあいしてると自然と彼の世界に関する話も出てくるから、なんだかんだでそっち方面にもマーティはどんどん精通してくことになります。お忘れにならないように言っておきますと、マーティはもともとふつーの子供じゃなく、ほんまもんの天才なんです。だからわずか13歳とはいえ、基礎知識として科学に関する以外の教科もバークレイ博士がちゃんと教えてる。それだけにディやアレクってゆー、それぞれの方面でトップクラスの知識を持ってる大人と話してもちゃんと話は通じるし、そればかりじゃなくて二人がいろいろ教えて楽しいって思うくらい覚えが早い。ま、だからこそ二人ともマーティに夢中になるんですけどね。

実はこの話を書き始めた頃、一番最初で出て来たマーちゃんは26歳くらいにはなってたんです。で、こいつはどーやってこんな風に育ったんだろうって思ってたら、その後いろいろコドモの頃の話が出て来てた。その過程でディやアレクのことも分かって来たんですが、マーティのあの全人的天才の資質(これは今までここで書いた中ではそんなに出て来てないけど)、あれがどうやって伸ばされたものか、ここへきてやっとハッキリしてきたんですね。私はまあ漠然とアタマいいから自然とそうなったんだろうと考えてタカをくくってたんですが、そのへんにもアレクやディが介入してたらしいです。

それにしてもアレクですが、どうするのかなあ。いずれ除隊して財界に入るのかなあ...。私はけっこう「実業家」って好きで、うちのキャラにもわりと多い。それも親の跡継いで会社と家柄守ってるだけのような、とりすましてお行儀のいい感じじゃなく、表面的にはそうでも中身はけっこう海千山千っていうか、莫大な金額を賭けていつでも大博打うってるような、そういう冒険児的な実業家ね。中には23歳の女のコで(23歳っても少女みたいなとこがいまだにあって、すっごい元気なコですが)、養父の事業を手伝ってて世界中プライヴェート・ジェットで駆け回ってるってのもいます(彼女は私の一番の気に入りのうちのひとり)。

アレクって話の始めから海軍にいるってことになってたんで(私が決めたというより、出て来た時から決まってたとゆーか)、そのまま来てましたけど、どっちかっていうと軍人よかそっちの方が似合いそうなんだよな。うーん、そのうちまた成り行きで話進んでゆくと思うけど、どうなるのかなあ。楽しみだなあ。

★ディの事情★

      

2005/9/4+9/7+9/25

★考えてみた★

マーティを苛めて喜んだり、自分の恋人を自分の一番の気に入りの親友とくっつけて喜んだり、とゆー、ディの心理って謎だよなあ...、と考えて(作者がそんなこと言ってちゃミもフタも説得力もないが)、もし自分だったら、そういうことをするかなと考えてみた。

結論からまず先に言うと、たぶんするという気がしてきたんだな、これが。もちろんそれってマーティやアレクみたいな現実にはいそうもない上等のキャラだったらという条件付きですが、それだったらきっと楽しい。

そもそも私がなぜ、コドモの頃から自分の小説の世界にこんなに浸り込んでいるかとゆーと、現実がつまらんからに他ならないんですが、ほんとーに退屈で、現実って全然面白くない。それで架空の世界に自分の好きなキャラをいっぱい作って、そちらを自分の「現実」にしてしまって、下界には殆ど帰って来なくなっちゃったんだ、私は。それで大して不自由もないし、実際、自分にとってどーでもいー世間と関わってるよか、自分の一番好きな連中と遊んでる方がずっと楽しい、私ってそーゆーヒトなんです。ものすごいめんどくさがりだし。いーもん、どーせ性格破綻者だもん。でも、これで私の話が現実を投影したようなものには絶対なりえないってゆう、その根本のところが分かってもらえるかという気がする。本人、現実なんかどうでもいいんだから。

だから、現実世界でマーティやアレクみたいな、それとかディみたいな人間を見出すのはほぼ不可能だということも分かってるんですが、でも、もし、万一マーティみたいなコがどこかにいたら。そう考えるとディの心理ってのは私にはパーフェクトに理解出来ますね。そもそも自分の中にそういうキャラがあるから、こういうヤツが出てくるんでしょうけど、逆にそういう資質が自分の中にあるから、現実の限りなく退屈なのにウンザリしちゃうんだろうな。

誤解のないように付け加えておくと、その私の「現実逃避」っていうのは、世の中よくある「現実世界でキズつくのが怖いから自閉症になる」みたいな、そーゆーのとは全然違います。そういうのは精神的に弱くて、社会的闘争に耐えられないヒトがなるもんでしょ? 私の場合は、まあ見てれば分かると思いますが全く逆で、「強すぎる」。こういう危ない人間は、あんまりふつーの平和な世の中に関わらない方が世間サマのためって気もしますが、ともかくそんななんで「社会的生存競争」なんてものには、そもそも始めから大勝するように生まれついてんの。

だから私が「現実」とつきあいたくないってのは、やっぱりそれがあまりにバカバカしいからだと思う。だいたい人間がもーちょっとマシなイキモノなら、歴史はこんなふーになってないよ。それだけ考えても、いかに一般に「人間」ってのがバカなイキモノか、つくづくウンザリするもんな。私は徹底した個人主義者だからまだ少しは人界にいくばくかの希望くらいは残してられるけど、世の中には理想主義が過ぎるとそこで絶望しちゃって自殺に走るなんてやつもいるもん。生まれつき脳天気なおかげさまで、救われてるのよね。海外旅行とかにあんまり興味がないのも、"所詮、どこに行ってもいるのは人間よ"って考えるからどーでもよくなるんだし。ま、どっちにしても、私は自分のお話の世界で遊んでるのが一番楽しいなあ...。

      

2005/8/29+9/18

★イケナイ発想・その6★

この話は その1*その2*その3*その4*その5 から続いてます。まだお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。

では、お約束しておりましたディとアレクの話ですが、二人は親戚同士で、しかも殆どトシ同じなんで少年の頃も一緒に学校行ってます。やっぱり貴族の子弟が学ぶってば、名門の寄宿学校で決まりでしょう。ありがちなパターンですが。

アレクは当然あの性格ですから友達も多くて、活発で回りからすごく好かれてる。もちろん、あらゆる面で「優等生」。ディも一見もの静かな美人(え?)で、おまけにその頃から美術の才能がすごいってこともあって、そういうのに惹かれるタイプの崇拝者をいつも回りに取巻きとして従えてる。アレクは親戚ということもあるし、ごく幼い頃からお互いの家の行き来もあって一緒に遊んだりしててディのことが好き。ディはわりと生まれつきあんなナナメの性格で、しかもその頃はまだ「いい子ぶってる」アレクのことがキライなんですが、それでもアレクが何か気に触ることをしたってのでもないし、身内で波風たてることもあるまいと、オアイソで仲良くしてる。それは学校に行きだしてからも同じ。

でもともかく綺麗な子供なんで、ディがマーティに言ったところでは、「強姦されかかったことなんて、子供の頃なら何回もある」。アレクもそれ知ってますから学校行き出してからは特に心配してて、それとなく気を配りながら、できるだけ一人でいることがないようにと忠告はしてる。でもディはあんななんで、「行きたければ行きたい所に行くし、居たければ居たい所に好きなだけいる、誰の指図も受けない」と相手にしない。そもそもそれまでも誘拐されかかったりいろいろ危ないめに合ったりしてんのに、その調子。学校でそういうことがあっても、そうそうビビったりしない。そこがディのあっぱれなとこで、アレクとはまた違った意味で資質的に「貴族」なんでしょうね、彼も。アレクみたいにケンカ強いわけでも何でもないのに、力なんかには絶対に屈さないという極めて強い自負があるんです。

ただ、ディは剣を持たせたら強い。お父さんもお祖父さんも達人だったんで子供の頃から教わってたし、ま、貴族的なたしなみってやつですかね。他に馬にも乗れば、スキーやテニス、狩猟だってやるし、だから全くの書斎派ってのとは違いますけど、争いごとというのは何によらず好きじゃない人なんで、殴り合いなんかはやっぱりとんでもない。後にいろいろあって身を守るってことも少しは真剣に考えなきゃならないと悟ってからは、護身用にハンドガンなんかも使えるようになりますけど、「優雅じゃない」って理由で、そっちはライフルとかの方が好きみたいではある。剣の方も更に強くなってて、今ではアレクでさえ3本に1本勝てるかどうかくらいなってますけどね。

でも当時はまだそこまで行ってないから、なんだかんだと騒動にも巻き込まれるし、そのたびにおせっかいなアレクが割って入ってはことなきをえてる。絵の方でディがたて続けに賞を取ってるのも大きくて、そのことを快く思わない連中から「あいつはあの美貌で教授に取り入って気に入られてる」と陰口たたかれる。当然アレクはこれに激怒するんですけど、ディの方は「言いたいやつにはいわせておけ」状態。もちろん教授が彼を特に可愛がるのも、数々の入選もディの実力です。

そういうことに加えて決定的だったのは、本格的な画家への登竜門ともいわれてる大きな賞に、十代という最年少で、しかもトップで入選する。もう将来は決まったようなもの。ディは特にセンセーショナルな画風を好むこともあって、認める人は認めるが、悪く言うヤツは悪く言う。あの媚びない性格も災いしてて、けっこう敵が多い。しかもこれまで言い寄ってくる男なんか当然相手にもしないで、ことごとくこっぴどくふってる。つまりいつでもめちゃくちゃタカビーなんだな。ディにしてみるとそんなことしょっちゅうで、いい加減イヤけがさしてるもんだから、ついついキツい対応になるんですけど、それを知らない回りは「気位の高い王子さまだから」という印象を持って彼を見てる。アレクの友達なんかはよく彼に、「ディは潔癖症なのか?」とか尋ねるくらい応対が徹底してんですね。

アレクはディの事情を知ってますから、「そうじゃなくて」とか、かばってやってるんですけど、そういう対応が他人を不必要にキズつけるのも事実で、そのせいで反感持たれて騒ぎに巻き込まれることもあるのは気にしてる。だからちょっとは自分の身を守るってことくらい考えてモノを言えと、始終言ってるんですが、ディは聞く耳持たない。そんなこんなで逆恨みは既にいっぱい買ってるわけで、それがどーんと一気に押し寄せて来ちゃってとうとう誘拐された挙句、めちゃヤバいとこまで行っちゃう。それでも泣き喚くとかみっともないことを一切しないくらいディってのは誇り高い。

翻ってアレクですが、友達多いんでディ以上に彼を取巻く状況がマズいってことは知ってる。それで気は配ってるんですけど、気がついたらディがどこにもいない。時期が時期だし、これはもしかしたらってことで広い学校中を探し回る。なにしろ校内に小さな湖まであるような広大な土地に建ってるんで、友達にも頼んで探すんだけどなかなか見つからない。見つかった時にはディはもう半殺しくらい酷いめにあってる。それでアレクは後先見ずに飛び込んじゃうんですけど、それで大乱闘になっちゃってアレクはとうとう大ケガ。それもディの画家としての生命とも言える右手が傷つけられるのをかばってのことだったんで、コトここに至ってディは、アレクってのはホントの、本物の、正真正銘の、「大バカ」だって悟る。しかもそんな状態で意識不明一歩手前のくせにアレクの言うことには、「だからずっと忠告してたのに、きみはなんてバカなんだ」。

どっちがバカなんだー、とディは思うんですけど、これでとうとうアレクが「いい子ぶってる」わけじゃなく、類まれなくらいの本当の「いい子」だって分かる。それ以来、アレクの忠告を入れてディも少しは回りに気を使うようになりますが、その時もしアレクがかばってくれなかったらもう絵が描けなくなってたかもしれない。それもあって、そうと表には出しませんが、アレクのことは何によらず特別扱いするようになる。まあ、アレクの方は長い年月の間にはそういうエピソードも「そんなこともあったかな」程度にしか覚えておらず、そのことでディの恩人なんて態度はゆめゆめ見せないもんだから(そもそもそんなこと考えてないし)、ディとしてはお手上げ。何を言われても、どういう態度を取られても、アレクに対しては怒りもしないで仲良くしてる。それはいつでもアレクの言葉がディを本当に思いやってのことだと分かってるからなんですね。

とゆーのが、マーティが現れる頃には二人がホントの親友になってた発端ですな。この話始めて長かったですけど、やっとこれで一段落つきそうです。私はこれからこのプロットを元にして、本文作成に取り掛からせて頂きます(これだけでも何年かかるやら...)。ま、そのうちちょこっと本文の切れハシでもお目にかけるかもしれません。ここまでつきあってしまった皆さま、お疲れ様でした。アタマの方は大丈夫でしょうか。どうかつつがなく、現実の正常な世界にお戻りになられますように(合掌)。

★ロウエル家の事情★

      

2005/8/28-8/29+9/12

★イケナイ発想・その5★

この話は その1*その2*その3*その4 から続いてます。まだお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。

ということで、そもそもこんな話題を始めてしまった最初のところに話は舞い戻るわけです。

それなりにおさまってシアワセしているアレクとマーティですけど、しばらくしてバークレイ博士が田舎の研究所で進められてる極秘プロジェクトに加わるために、そちらに行かなければならなくなってしまいます。マーティは別にイヤだと言えば行かなくてもいいんですが、実はそこにアリシアがいまして、以前から自分と同じような立場にあるアリシアのことを気にしていたマーティは、どうせアレクも時々しか帰ってこないことなんだし、田舎もたまには気分転換になるだろうということで博士に同行することを承知します。まあ、このコがいるといないとでは博士も研究の捗りかたが違いますからね、なんだかんだ言ってもやっぱり一緒に来て欲しい。

それで今度は華やかな街中から緑豊かな田舎に舞台が移ります。あくまでイメージってことですが、以前も言ってた通りこのお話は背景イギリスをイメージにして書いてたので、街の設定は当然ロンドン、田舎ってばウェールズですか。このウェールズって設定は、これも殆ど最初からあったもので、グリーンの出身地と一緒だったってのは単なる偶然です。

さて、この研究所で誰もが認めるほど一番有能なのはアリシアなんですけど、ただ、親がいなくて孤児同然に育ったことが災いして、アタマはいいけど物凄くひねくれガキに成長している。ホントはキレイなコなのに、服装も髪型もまるっきりかまいつけないもんだからマーティに言わせると「悲惨」の一言。性格もネジ曲がっちゃってて、回りからは性格ブスと思われてるのと、あまりに異常なくらいアタマがいいことへのやっかみとで、仕事以外で近づいてくる者も殆どない。従って友達もいない。結果として一日中、ただひたすら研究所でコンピュータ相手に黙々と研究にいそしんでいる。

でもまあ本当は性格ブスと言うより、回りの心ない攻撃をかわすために予防線を張ってるって方が正しいんですね、このコの場合。マーティアと出会う頃には10〜12歳くらいになってると思うんですが、そのトシであまりにもあまりにもアタマが良すぎる。それこそもうバケモノとか、コンピュータとか、あいつは人間じゃないとか、いいだけ酷い陰口を叩かれてて、それも仕方ないほどの頭脳なんです。ただ存在しているだけで回りの劣等感を煽ってしまうというか、回りのオトナも科学研究に従事するくらいですから、それなりに自分の頭脳には自負がある。それをこともなげに蹴倒しちゃうんですから、回りは面白くないですよ。それもアリシアが何かしたとかじゃなく、そこにいるってだけでそうなっちゃうんです。まだこのコがせめて18歳とか20歳とか、それなりのトシになってりゃまだしもだったんでしょうが、そういう環境じゃ、とても素直でいいとこなんか出したくっても出て来ない。マーティの場合はこの点、バークレイ博士がついてましたから、彼の人柄や威光もあって、それほど酷いことにはならなかったんですけどね。だから天才の教育ってのは難しいんです。

こういう場合、そのコの基本的な資質がどんなに良くても回りが問題になるってこともあって、まあ人間ってのは自分より優れた者に対して本能的に反感を持ちますからね。劣等感持ったが最後、理性がふっとぶって人間は残念ながら現実でもよくいます。そういうのを避けたりうまくコントロール出来るほど、当然アリシアはオトナじゃないし。ま、結果として博士とマーティが研究所に現れる頃には、すっかり内向的で、どっぷり暗い少年になってしまってた、と。

アリシアがそういう状態だってのはマーティも以前から博士に聞いたりして知ってるんですけど、自分にもいろいろ他人事でない覚えのあるようなことなんで、それもあって心配して博士と同行する気になったんでしょうね。アレクのおかげもあって、この頃にはマーティもそのくらいには落ち着いて、成長しつつあったってことでしょう。そろそろ15歳にも近づく頃だったし。

こーしてっ、二人の天才少年は出会うことになりました。

マーティアはディのせいでドン底に落ち込んでた時こそ暗かったんですが、そんなことなる前は純真で明るい少年だったんです。博士は本当に可愛がってマーティを育てたので、親がいないとかそういう辺りのことでネジ曲がるようなことも全然なかった。回りは可愛いからちやほやするし、ただディのことがあったのと、丁度その頃、もうひとつショックなことが続いて、一時期あんなになってただけです。あるイミ、そういう時期が自分にもあったことがマーティをずーっと大きく成長させてるわけで、ディの「苦労しないと大成しない」というセオリーは、かなり正しいってことでしょうね。ディ自身のことを言えば、そりゃ経済的な苦労ってのはしてないかもしれないけど、やっぱり芸術家として優れてるってことで回りとの接点が取りにくいし、どうしてもある種の疎外感はつきまとってる。今のように大画家として認められてしまったら誰も何も言わないかもしれないけど、そこへ行くまではやっかみもあっていろいろ不愉快なめにも合わされてるし。彼にしても、そのへんでイヤってほど人間の愚かな部分は見てきてる。それが今の彼の芸術的大成のベースのひとつになってるってことを考えれば、彼がそれほど罪悪感もなしにマーティを苛めたり、アレクを苛めたり、するのもっ、理解できるな、私は。ディとしては悪いことしてるつもりはないぞ、あれは。

で、マーティはそういうコなんで、実際アリシアに会って可哀想で仕方なくなる。自分はもうアレクに可愛がられて、大事にされて、幸せいっぱいですからね。幸せな人間は寛大になるものです。それで同情心からなんとかしてやろうと思ってアリシアに近づくんですけど、始めは当然噛み付かれる。アリシアに反してマーティはもともとオシャレだし、数年前の落ち込んでる時の彼ならともかく、どこから見ても恵まれてて、愛されてて、綺麗で、そうなるとアリシアが見たとたんに、かっつんと来るのが当然のような極楽トンボにしか見えなくなってる。

それでもマーティはアレクがどれくらい根気よく自分の面倒を見てくれたかも、今のアリシアのような状態にあるコがどんな気持ちでいるかもよく知ってますから、全然諦めない。なんだかんだとかまわれてるうちにアリシアの方が折れてきて、どんどんなついてくる。そうなるとマーティもどんどん可愛くてしかたなくなる。アリシアの酷い外見も、マーティアの審美眼は本モノですから、ちょっと手入れすれば見違えるように美しくなることは始めから知ってる。適当に親しくなったところで、身だしなみもオシャレも教えて、アリシアはそのうちすっかりマーティの好み通りに変わっていく。

この場合、アレクは長いこと脳天気に海に出ていて、その間にマーティがどんなことなってるか想像もしなかったってのは迂闊でしたね。ディじゃないけど自分で手を入れて育てるってのがどんなに楽しいか知ってしまったマーティアは、アリシアに夢中になっちゃうんです。これこそ全くホントのマイ・フェア・レディ状態。

そんなこととは知らないアレクは、マーティの15歳の誕生日にディたちも連れて遊びにやってくる。「ディたち」ってのは、ディも含めてバークレイ博士と親しかったことから近くにいて、早くからマーティアをちやほやしてた連中です。こいつらのせいで酷いめにあってるマーティですが、彼らに悪気がなくて自分を好きでいてくれてるってことは知ってるので、今でもずっとつきあい続けてる。

でもその頃にはアリシアはマーティにとってかなり特別になってて、そこへアレクと顔を合わせたもんですから、忘れかけてたけどよくよく考えたらアレクがいたんだったってことを思い出す。アレクはそんなこと知りませんから、いつも通りに振舞う。(アレクに関しては、博士も公認ですからね。と言うか、あんな状態だったマーティを元に戻してくれたのはアレクだから、何も言えないって方が正しいかも。)でもマーティはアレクが自分の恋人だってアリシアに知られたくないと思ってるのに気がつく。気がついてまっさお。もしかしてこれは、どちらか選ばなければならないってことでは?

そりゃまあそうでしょうね、ふつー。そのままってわけにもいきますまい。この場合、前の時のディのように、どちらも「気にしない」なんて言ってくれっこないですからね。もちろん平気でそう言えるディの方がヘンなんですが...。

それで始めのうち隠してるんですけど、そのうちアリシアはアレクとマーティの本当の関係を知ってしまい、知られたことでパニクってるマーティを見てアレクの方もやっと、これは何かマズいことになってるんではと気付く。アレクの方はこんなに遠くに離れてるのがやっぱりイヤで、何とかマーティを連れて帰れないかとすら思ってて、以前から考えてはいたけどこの際もうずっと一緒にいられるように仕事をヤメてもいい、つまり何より大好きな海を捨ててもいい、それを言おうと思って出向いて来てるから、こちらも大パニック。ああ、大変。そうこうするうちにアレクも仕事があるし、話は宙に浮いたまま帰らざるをえない。

さて二人もパニックですけど、アリシアも当然落ち込んでる。と言うのは、この頃のアリシアのマーティアへの気持ちは恋愛感情でも何でもないけど、彼が現れたおかげでどんなに自分の日常が変化したか、それでもう、そのなつきかたってのはひとかたならないものがある。兄弟か家族のように思いつつあるのに、アレクや他の友人たちとマーティがどんなに仲がいいか。それだけ見てても「いつか帰っちゃう」んじゃないかと暗い気分でいたところへ、アレクはただの友達ですらないと分かる。そんなの絶対、マーティは彼のところに帰っちゃうじゃないか、そう思ってしくしくしく。それをマーティが放っとけるわけもなく、絶対帰らないからと約束する。それはつまり、少なくともマーティにとっては気持ちの上だけとはいえアレクに対する裏切りだし、結果として別れるってことですけど、アリシアの側にいる時はまだアレクと別れられると思ってる。まだ自分の本当の気持ち知りませんからね、マーティは。だから、これまでのこともあるし、アレクに何も言わずに済ませるわけにもいかないから、ちゃんと行って話してくる、一週間で帰るから、って約束して出かけていく。

ところがアレクの顔見ちゃったとたんに、ああ、とっても別れられない、こんなにアレクのことが好きだったのか、ってことで、マーティは身動き取れないくらいとっちかっちゃうんです。アレクも始め怒ってますから彼にはめずらしく辛辣なもの言いだし、「もうこのまま閉じ込めてでも絶対帰さない、帰さないためだったら、どんなことでもする。殺してでも側においておく。」とまで宣言する始末。ディがこれを見てたらさぞ楽しんだんでしょうけど、彼のことだからいち早くこの事態に気付いてるはずなのに、この件に関してはなぜだかディは沈黙を守ってて介入してこない。と言うより、その必要がなかったのかもしれませんけど、ともかくアレクとはとても別れられないし、かと言ってアリシアをこのまま悲しませるようなことになるのも我が身を切られるように辛い。選べるわけなんかなくて、マーティアは半狂乱になっちゃう。

決して優柔不断でも何でもないし、元来しっかりしたコなんですが、ディの時といい、どうも好きな人が絡んでくる問題になるとマトモな判断力が無くなってしまうみたい。それで答えが出せないままにそのままずるずると一週間が二週間になり、三週間になってもアレクの側を離れられない。言うコトも支離滅裂になってくるし、そうなると根が優しいアレクですから、マーティのことのみならずアリシアのことまで心配になってくる。アリシアはアリシアで、あまりに長いことマーティが帰ってこないので、博士に事情を話して何とか連絡がとれないかと泣きつく。博士はそらみたことかと思いながらもアレクのとこへ電話をかける。でもマーティは話もしないで切ってしまう。

絶対に帰さないとか言い切ってたアレクですけど、ここまでマーティがパニクっちゃってるのを見てて、かえって自分のことをそんなに想っててくれたのかと気付くんですね。ここでアレクの方が折れるって言ったら、ふつー読者は納得しないかもしれないとよくよく分かってんですけど、うるさい、うちではそういうことが起こるんだ。ご都合主義とかそんなんじゃありません。ここで自分を抑えてでも相手の幸せを優先する、それが純愛というものです(言い切るぞ!!)。実際ね、自分が絶対そうするって分かってるから、確信を持ってアレクもそうするって言えるんだ、 私は。ましてやこの場合、マーティはアレクのことが好きでこんなことなってるんだから。

私に言わせれば、そう出来ない方が狭量ってもんです。そこで引き止めたって、相手不幸にしてまるごと破滅に一直線じゃないですか。私は好きな人には絶対に幸せでいて欲しいです。それが自分の幸せだし。そもそも、それくらい想ってやれないような値打ちのないやつは、始めから好きにならん。

ってことで、作者権限で全ての異議は却下。実際、コレだからうちではどんな設定作っても、レディ・コミとかヘタな純文みたいなグロテスクな展開には、しようったってならない。残念ながら世の中、狭量な人間が多いから、そういうのの方が現実的なんでしょうけどね。ま、生き方は人それぞれです。私は他人の現実なんてどーでもいーもん。

さてマーティがどうしようもなくなってるのを見て、アレクはもう見るにしのびなくなってきて、しかも皮肉なことにそれがキッカケでこれまで謎だったマーティの本心がハッキリすることになった。それも考えて、とうとうアレクは折れるんです。「きみを全部失ってしまうよりは、半分でもおれのもののままな方がいい」。カッコいいですね、アレク。ほんとにほんとにマーティのことが好きなんですね。そう言えば、実はコレと同じよーな展開が、うちの話の中にもうひとつある。そっちの方が着想は先ですけど、これまた好きな展開なんだな、私の。

アレクはそれでいいから、ともかく先行きどうなるにしてもアリシアだって心配してるだろうし、一度帰ってやれって言う。アリシアの方はまだ恋愛感情絡んでないにしろ、問題はマーティの気持ちの方なのよね。アリシアは「恋人」っていうのがどういうイミか、ホントのとこまだちゃんと分かってないようなコドモだから。それはマーティもちゃんと分かってる。だからそもそもアリシアはそれなりに先行きの展開に任せて、アレクとはこれまで通りつきあう、これでホントはパニクる必要なんかなかったはずなんだ。少なくともこの時点ではアリシアにとってマーティは兄貴みたいなもんだから、側にいてくれさえすれば、にーちゃんに恋人がいても弟は気にしないよね、ふつー。

でもマーティは以前、ディとアレクの間でウロウロしてた時にアレクから、そういうことをしてはいけないんだ、どっちか選びなさい、と叱られてたから余計だったんでしょうけど、長いこと彼の側にいて必要以上に常識が戻って来ちゃってたのかこういうヘンなとこでスクエアになってて、一度に二人を同じように想ってちゃいけないって思いこんでしまってた(それが当然ってば当然なんですが)。それで「どっちか選ばなきゃ」でパニクってたの。ただ、前の時はマーティとしては自分の気持ちがディにあって、アレクのことは成り行きって状態だったから、それほど自分を責める必要もなかったんですけどね。ことにディはそれまでもマーティが誰とつきあおうが気にも止めませんでしたから。でも今回の場合、どっちも同じくらいのウエイトになってるのが問題だったんだと思う。それが直接にお怒りを買うはずのアレクから、よきにはからえというお達しが出たおかげでいくぶん落ちついて、マーティはアリシアのとこにやっと帰る。少なくともアレクを失わなくて済むと思うだけで、ずいぶん気持ちは軽くなってる。

アレクの方はとりあえずそういう結論を出しましたが、今度はアリシアの方です。マーティに結局別れられなかったという話を聞いて、でも今まで通り彼が自分の側にいてくれるってことだけは確かなようなんで、一応それで納得したように見えた。マーティにしても、そのことに関しては謝りながらも、アリシアが問題としてるのは自分が今まで通り側にいてくれるかどうかだということは分かってたから、ともかくしばらくはこれで静観ってことになる。でもヤバいはヤバいですわね、この状態は。まず、マーティの方がいつまでアリシアをそのままにしとけるか。アリシアの方は何も知らないんだから、そのまま兄弟みたいな顔して可愛がってれば済むかというと、それはマーティとしては無理でしょう。しばらくは、そういう三角関係に無理に引きずり込んで、昔の自分みたいな思いをさせるのは可哀想と思って手を出さないんですけど、どういうわけかアレクがそれを見ていて煽るようなことを言い出す。開きなおっちゃったというか、いつまでもそっちで純愛されてるのが気に入らなかっただけなのかもしれませんが、まるでディが乗り移ったように「なんだ、まだ手をだしてないのか、もしかしてふられてるの」みたいなことを会うたび言うの。アレクがこのくらい意地悪くなっちゃう気持ちも、私は分からないでもないが...。

ということで、ここで男のコ三人の三角関係が成立しちゃう、いったいこれからどうなるんでしょーね、というお話なのでした。まあ、あまり道徳的とは言えない発想なんで、「イケナイ発想」だなあと思ったりしてたんですが、その後、まだまだこんなもんじゃない方向に進んじゃってるんだよね。困った困った。

それにしても女のコの入った三角関係なんてのは(もしくは女々しい根性の男でも同じだけど)、たいてい不粋で陳腐な方向に行っちゃう気がしてヤなんです。それこそいったいどっちが本当に好きなの、とか、どっちと結婚してくれるの、とか、考えただけでウンザリする。もちろんこの話は背景に更に大きい展開を持ってるんで、この三人の関係はそれもあってずっと高い方向に行くっていうか、アリシアとアレクもマーティを間においてお互い実にノーブルなスタンスでつきあってゆくことになるし、たぶんこのバランスっていうのは、マーティが本当にどちらも寸分たがわず同じくらい好きだから成立すんでしょうね。もしそうじゃなかったら、崩壊して当然のバランスですから。

私けっこう好きなのは、昔、大きな商家とかの旦那さんにお妾さんがいて、それへ奥さんは「いつも主人がお世話になってます」と、盆暮れの付け届けをした、とゆー、そういう話。まあとんでもない飛躍的イメージですが、アレですね、アレ。浮気は男の甲斐性っていう、あれです。優雅だなあ、そういうの。その甲斐性ってのは経済的なものだけじゃなく、そういう状態に女二人を置いてもそれで通る人間的な甲斐性ですか。もちろん女性の方もどちらもよく出来てて、醜い争いなんか絶対しない。そういうよく出来た女にそうさせておけるだけの男の甲斐性っていうか、そういうもんです。それを成立させるだけの人間的魅力っていうか、私はそういうのに惹かれるんですね。同じようなシチュエーションでも、女同士が醜く争うようじゃダメです。それだけによっぽどの男でなきゃ出来ない贅沢でしょ、そういうの。あ、それって光源氏か。あれが代表的ってば代表的だな。やっぱ、それっくらい外側だけじゃなく中身もいい男でなきゃね。そういう男だったら、もうお側に置いて頂けるだけで幸せです、何でも許します、ってならない? 女のコとしても。

ってことで5回に渡って倒錯的な世界にひたりこんでしまいましたが、そういう話のベースになってる「純愛の美学」(おお!)っていうか、そういうのの話もいずれしたいぞ。いや、自分では私の話って基本的にすっごい健全だと思ってるんですけど、というのは絶対に破滅的とか醜い方向に行かないから。結局は、そういう危ない関係に巻き込まれてる全員が賤しい根性で動かず、それぞれ関係者の立場を思いやるってことが出来るキャラだからでしょうね。みんな人間としてデキがいいっていうか。私、そういうの以外好きじゃないもん。だから好きじゃないタイプはウチの世界に入れないんだ。そんなの入れると話がダサくしかならん。

とは言え、根本的に「偽善は最大の悪徳のひとつ」と考えてるので、「自己犠牲の精神に基づく、キレイすぎる感動巨編」みたいのにもならないけどね。心が伴った対応と、単なる口ばっかりの偽善とは全然違うんだよ。そのへんをキッチリ分けるのが「美学」ってもんなの。賢いつもりのバカの何がイヤと言って、口先ばっかりの偽善でも言ってる間は本人、本気でそのつもりでいるってことなんだよな。で、自分の美化されたセルフ・イメージに自己とーすいしてるから、誰もが自分の言うようにするべきだ、って簡単に狂信できるのね。おバカ。でもそういうのに限って、いざ何か自分に負担がかかってくるとなると、さっきまでご立派なこと言ってたのも忘れていきなり保身に走る。つまらん連中だ。

ま、その話はいずれするとして、その前にディの話ですが、そうだよな、コイツもそこそこ苦労してなきゃ、あれほど若くして芸術家としては大成しないよな、と考えたりしてて、ちょこちょこ彼の過去の話なんかも出て来てるんです。その中でも、なんでそんなにアレクを気に入るようになったのか。その話の方を次回は先にしようかな。だから、も一回つづく...。

その6

      

2005/8/26-8/27+9/3

★イケナイ発想・その4★

この話は その1*その2*その3 から続いてます。まだお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。

なんか私のアタマはここ数日、ますます「イケナイ発想」がエスカレートしているようで、もう昨日なんか、さすがにコレはこんなとこじゃ書けない、ってとこまで行っちゃいました。まあどんな発想だったかは、いつか出来上がった作品で読んでもらえればと思いますが(果たして、そんな日が本当に来るのか?)、ディがマーティアをモデルにして描いた絵があるって言ってたでしょ? これは7枚続きの連作で、しかも床から天井まであるような大きさの大作が続いてるんですけど、これを描いた時、ディがどうやって描いたか。そんなことやってたのか...、っていうか、もうさすがにコレはここでは書けません。だめ、それだけは許して...。

いや、ちゃんと書いたストーリーの流れてる中でエピソードとして出て来るんだったら、このシーン、すっごいキレイかもしれないんですけど、その部分だけ抜き出して書くと、あまりにも常軌を逸してしまうの。

ってことで、そういう絵があるんですけど、以前も書いたように私のストーリーっていうのは、目の前でヴィジュアルで展開してゆく、まんまシーンが見えて来ちゃうんですね(もちろん台詞入り)。私もディはマーティのどんな絵を描いたんだろうって、見たいなと思ってたんですけど、単純に肖像画なんて全然芸がないじゃないですか。それでどんなんだろうなー、と思ってたら、それはこんなふうだった。これはもし私、自分で描けたら描きたいですよ。コトバじゃ伝えきれないよーな絵なんで。でも、ウデがないのが悲しい...。

まずその中の一枚め、「ワルプルギスの夜」というタイトルがついてるんですけど、全体に墨を流したような、暗黒一歩手前みたいな闇に左上から右下にかけて亀裂が走ってるんです。で、その頂点に半透明の丸い月。その月の光が闇を分けてる部分がその亀裂になってるんですね。一見して暗い、向こうがよく見えないって感じの闇に一面覆われてるような絵なんですけど、よくよく見るとその亀裂を中心におびただしい数の魔物が描いてあるのが見えてくる。それはもう画布一面にベースとして描かれていて、その上に濃いグレーを流してあるんです。無数の魔物はじっとしてるんじゃなくそれぞれに動きがあって、まるで狂乱の宴って雰囲気で、しかもこの月の透明感が凄絶。冷たくて、禍々しくて、美しい。これを背景にして闇の向こうに描かれてるのが、十字架のようにも見える大きな剣を、今にも下にむけて突き刺すような形に掲げている大天使。ゆったりとしたトーガを着て、背中に大きな羽根を持ってはいるんですけど、ただし、この羽根が白なのか黒なのかは全体がそんな色なので分からない。だから、もしかしたら悪魔かもしれない。魔物を葬るために天から降りてきた天使か、それとも魔物の宴に加わるために天から堕ちた堕天使か。そう思ってみると、魔物は狂喜しているようにも、断末魔の苦しみに喘いでいるようにも見える。これはディの意図したところで、それがどちらに見えるかはたぶん、見る当人の資質に直結してくるんじゃないですか。

そういう幻想的な光景が、まあ分かると思いますけどディってヒトはああいう性格なんで、まずザッパい画風じゃないですわね。魔物一匹一匹でも丹念に描き込まれたような、それはもうレンブラントの如き精緻で、それでいてダイナミックな筆致です。それが床から天井まであるような画布に描かれてると言えば、少しは迫力が分かってもらえるでしょうか。素材的には油彩だと思うんですけど、現実問題、油彩だけでこういうことが出来るのかどうか、今のとこちょっと分かんないんで、それについては保留。

こんな調子で7枚続いてるわけなんですけど、もちろんこの天使のモデルがマーティアです。ディは元々それほどモデルを使う画家ではなくて、でもマーティと初めて会った時に何かピンとくるものがあったらしく、ぜひともアトリエに来てほしいと頼みこみます。その頃のマーティは、まだ全然すなおで純真で、とても後のグレ方なんか想像もつかないような、それこそ天使のような少年。ディはもうその頃から有名な画家だし、バークレイ博士とも顔見知りだし、そんなに惚れこまれてるんならってコトで博士も許可する。でもヨコシマなディは、ただ純真な天使のようなモデルが欲しかったわけではなかったのであった...。

まあ、この一枚めの雰囲気を見ても分かりますけど、そんな純真な少年をモデルにしてこんなの描けないよねえ...。さて、ディはこれらの絵を描いている間、マーティアに何をしたんでしょうか? きゃはははは。ないしょ。

ちなみにこの7枚の絵をディは個展で発表はしたけど、売らないで手元に置いている。郊外に彼が親から相続した古い城があるんですけど、その石造りの由緒ある城に7枚とも飾られてるんです。回廊の石壁に、ゆらめく蝋燭の光に浮かび上がるこの世のものとも思われない幻想的かつ詩的な光景。うー、想像してしまうな。

発表された時は、もうそれはそれはセンセーショナルで、それまでも鬼才とか言われてたディですけど、これで一気に天才の名をほしいままにするようになる。世界中の美術館やコレクターが、ディが売らないと言えば言うほど欲しがって、今や天文学的な値段が付いてるというシロモノです。それだけに「天使」のモデルになったマーティアへの世間の関心も通り一遍ではなく、なにしろコレ描いてる間いろいろあったんでマーティは自分がモデルだなんて知られたくないのに、ディはまだその頃すっごくやさしくしてくれてたのでマーティも気を許してたし、「ぼくの恋人をみんなに見せびらかしたい」とか言うもんですから、仕方なく個展にディと一緒に顔を出す。

ふつうの少年だったとしても、このシチュエーションじゃ有名にならざるを得ないでしょうけど、なにしろこの国きっての世界的な科学者バークレイ博士の秘蔵っ子で、しかも自身が数々の卓越した研究成果を上げている天才少年ともなれば、マスコミが騒ぐのなんの。そのおかげで、それまではせいぜいバークレイ博士の周辺でだけ可愛がられてたのが、特に画壇を中心にチヤホヤするやつが増え、それと前後してマーティにはすごくショックなことがあったこともあって、あんなとこまでグレちゃったわけです。やっぱり一番悪いのはディか...。当然だな。でもこの「ショックなこと」っていうのはディとの関係がこじれてたこととはまた別もので、つまりマーティにはダブルで負担になるようなことが一時期に起こっちゃったんですけどね。

でもなんか分かってきたのは、マーティがどうしてそんなにディが好きかってことで、この絵を描いてる一年くらいの間に、ディはマーティアにいろんなことをとりとめもなく話すんですけど、ディにしては珍しくそれで気を引こうとか、何かよからぬ企みがあるとか、そんなんじゃなく極めて素直に思ってることを滔々と話すんです。始めはマーティア、ちょっとディのことを恐がってるんですけど、一枚目の絵が完成するあたりからその才能に惹かれるようになって、どんどんどんどん彼のペースにハメられていく。で、ディの方も、彼がいろいろ話すのを聞いてたマーティアが「ディは(厳密な意味で)画家じゃないよね」とか、的を射たようなことを言うのでますます嬉しくなる。で、ますます調子にのってマーティアを可愛がる。まあ、このへんで出来た信頼関係(みたいなもの)があるということが分かると、後にマーティがアレクのことで簡単にディをたよったり、ヨリ戻そうと言われてコロっと言いなりになってしまったり、そういうのも理解出来る感じがする。マーティアの元々のキャラクターから言えば、よほどのことがなきゃホントはそうはならないはずだから。

マーティがディを「画家じゃない」と言うのは、この絵「ワルプルギスの夜」を見ても分かることなんですが、単なる視覚的美を追っているだけの絵画じゃなく、その構図には様々な哲学的示唆が含まれている。そしてそれが7枚並ぶ時には、ディの根本的に持っている思想性が目のある人間には理解できるようになっている。"bete comme un peintre(画家のように愚かな)"という形容は、少なくともディには縁がないですね。つまり絵画でありながら、「詩」なわけだから、突き詰めればデュシャン的な方法論は視覚的要素がクラシックな絵画であっても可能なんです。

私はよく「詩」というコトバを使いますけど、世の中にふつー出回ってるような、韻文、散文含めてたかだか卑小な人間の、小市民的感情をコトバを弄して書き連ねたような、つまらん哲学性のカケラもないタダの言葉の羅列はこの際忘れて下さい。本当の「詩」というのはそんなくだらない矮小なもんじゃない。それはまさに「神々の言葉」とも言っていいようなもので、そこに含まれているテーマは小市民の想像なんかはるかに及ばないような壮麗、壮大な思考です。そういう本モノの「詩人」というものを、同じ人間と思うこと自体が既に僭越。で、このディの「詩人」の資質はマーティアとも共通しているもので、マーティはそれまで回りに見出すことのなかった自分と同じ種類の、同じ視野を持った人間であるからこそ、ディのことがそんなに好きで好きでしかたなくなってしまったんだと思う。

ディは「背徳的なのは我々ではなく"彼ら"の方なんだ」と言い、だからこそ光を闇に、闇を光に(foul is fair, fair is foul)、それを絵画を通して表現しようとし、それゆえにこの7枚めなんですけど、この最後の7枚めに描かれるマーティアは、光も闇もどちらも足下に従えてなければならない。それこそがまさに全能ということで、しかもディは絵画のなかでだけその「天使」を存在させるだけでは飽きたらず、現実にマーティアという、人間でありながら光も闇も従える大天使を創造したかった。だからこの絵の7枚目の想像上の「大天使」は実際に存在しているし、それでやっとこの話は本篇のテーマに突入できる、と、ゆー、ながーいながーいプロローグが今書いてるよーな、話なわけですね。ああ。私、200歳まで生きても完成できないかもしんない、こんなの。

よし、ここまで来たらとりあえず次回くらいにはアリシアが出て来るくだりを書けるかもしれない。たぶん、書けるだろう。

その5

      

2005/8/25-8/26+9/3

★イケナイ発想・その3★ 

この話は その1*その2 から続いてます。まだお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。

ども! AYAPOOならではのヨタ話が続いてますが、皆さんまだおつきあい頂ける根性は残っておられますでしょうか。お客さんが減ると悲しいなーと思いつつ、それでも前回の続きです。今、私のアタマはこっちの世界にどっぷりハマりこんでいるので、他のことが考えられなくなっちゃってるんですね。そのうちまた地上に戻ってくると思いますけど、それまで呆れられても止まらないんだもん、仕方ない。

さて、ディにヨリを戻そーよと迫られたマーティはそれでもしばらく抵抗するんですが、まあ昔の恋人なんてものは、しかもキライで別れたわけでもなんでもない、今だって好きな相手からそう言われてごらんなさい。やーっぱり突き放しきれなくて、アレクのことで相談に来たつもりだったのにホントはディに会いたいってのもあったらしく、結局いいようにまるめこまれて彼の思惑通りになっちゃいます。

別れたと言っても、それはディがあんまりマーティを苛めるんで、苛めて楽しまれてることに気がついたマーティがそのことで怒って長いこと彼と合わなかったというだけで、そもそも二人の間でははっきり別れるということに決めたってわけでもなかった。しかもディは、どうしてそんなに苛めてたか、ひとつには彼を好きで仕方ないマーティが、意地悪されて怒ったり、泣いたり、喚いたり、するのが可愛かったというのもあるんですけど、それ以上にいっぺんどん底まで落として、立ち直れるかどうか見てやろうという意図もあったってことを話すんです。それはマーティも、もしかしたらそうかなと思わないでもなかったんで、そうするとやっぱりディは自分のことが一番好きだったのかと思って喜ぶ。ディの方はアレクのおかげもあったとはいえ、マーティが立派に立ち直って見せたことに喜んでて、「今は何でも、ご褒美をあげたい気分」だとか言って、めでたく復縁。

これがふつーの恋人同士なら、ココで二人がヨリ戻しておしまいってコトになるんでしょうけど、ディは始めからそんなつもりはない。アレクとマーティをくっつけちゃおうという目的はまだ当然捨ててませんから、じゃあアレクはどーするの、って話になるわけです。

マーティは大好きなディと元通りになれたんだから、それで満足できるはずなのにアレクのことはそれでも気になってる。それはもちろんディも知ってます。で、二人してどーしよー、という話になっていく。マーティはアレクの側にしばらくいたせいで少しは常識を取り戻してるし、それで「本当ならディとこうなったってちゃんと話すべきなんだろうけど...」、でもディは「今、ぼくとのことを話したりしたら、最悪アレクのことはそれで終わりだよ。ぼくは知っての通りそういうことはまるっきり気にしないし、別に悩まなくても欲しければ手に入れれば? いいじゃない、正直で。自分にウソついて、ご立派な偽善者になるより、よっぽど健全だよ。」

それでもまだマーティは、アレクが自分のことをどこまで想ってくれてるか分からないので、どうするか決めかねてる。そこでディは例の真相、つまりアレクがホントはマーティにご執心だという話をバクロ。それで少し自信を取り戻せたマーティは、そのことを今まで隠しておくなんてディはまた何か企んでるとは思いながらも、アレクにちょっかい出すことに決める。で、「本題なんだけど、どうやったらいい? アレクにさっさと本音を吐かせるには?」

アレクの性格をよくよく知ってるディには、彼がマーティに手を出さない理由なんてお見通しなのね。そりゃ、始めこそああいう事態で、しかもディに対してアタマに来ていることもあって、マーティを彼から取り上げようとマジで思い込んでたアレクですが、一旦マーティアが落ち着いて、しかも自分への信頼や好意を持ってくれるようになったと分かると、今度はそれを壊すような無理強いはしたくなくなる。自分のしたことの見返りでディにとって代わろうなんて考えは、アレクの健全な精神にはまるっきり不当なことだとしか思えない。たとえマーティの方がそれを当然だと思ってたとしてもです。ま、そうなるとアレクの自制心ってのは鋼鉄なんで、このままじゃどこまで行ってもどーにもなるまい。それもディにはお見通し。そんなとこへマーティがどんな小細工しようと、アレクの方は最悪の場合、気がつかないってこともありうる。

もうそうなるとヨコシマな画策をするより、ストレートに好きだって言っちゃいなさいと、ディは言うんです。アレクのような人間の心を動かすのは、本心からの言葉だけだって知ってますからね、彼は。ただ、その「好き」も、あんまりわざとらしく積極的じゃいけない。事実ありのままというか、アレクの気持ち次第だよみたいな、マーティの本心そのままの方がずっとアレクの気持ちを揺らすだろう。

ディは他にもアレクの性質や環境など、マーティに有用そうなことを教えて、はい、では頑張ってね、と送り出す。でも彼には実はもうひとつ、決定的にアレクがマーティアに手を出さざるを得ないように仕向ける、えげつないたくらみがあるんです。でも、それはめちゃくちゃ悪どいやり口なんで、まだマーティには教えない。そしてその後も二人を見守りつつ、折にふれてマーティを呼び出しては進展を報告させている。もちろん、その間も自分との関係は続けさせてる。...、こういう男に仕込まれたら、マーティも先行き強くならなきゃ仕方ない。二十才過ぎてからの彼は、簡単には自分の心の底を覗かせないような、ちょうど今のディのようなクールなところのある青年に成長するんですけど、そのへんもディの設計図通りってことかもしれません。それにしてもこのへん、これまた私の好きな映画、ジェラール・フィリップとジャンヌ・モローがやったあの、 そうです、「危険な関係」、あれっぽいですね。好きなんです、私、ああいう危ない話が。

そしてアレクの方ですが、マーティアが自分の気持ち、つまりアレクに感謝していること、アレクが少しは自分のことを特別に思ってくれているのかなと考えていたこと、でもアレクは少しもそんな様子を見せてくれないのでちょっとキズついてること、コレは全部ホントのことですけど、それと彼への自分の好意を素直に話すのを聞いて、かなり気持ちが動く。だーけーど、それでもまだ落ちない。まあディには始めから分かってることなんですけど、彼の決定的な計画を実行に移す前に、アレクがそれを聞いて動揺するようなところまで気持ちを持って行っておかないと効き目がない。それも分かっているから、マーティアの話を聞きながらディは爆弾落とすタイミングをずっと計ってるんです。

それも知らずにアレクは、マーティと会うたびに少しずつ抑えが効かなくなって来る。まあ、そりゃ、マーティの方がまるっきり無防備に自分にあまえてくるんですから、抑えている必要の方が本当はないんだし、ただ彼がひっかかっているのはマーティがまだ完全に彼にまいっているわけではない、どちらかと言えば彼への感謝の方が強くて彼の気持ちを受け入れてもいいと思っている程度だと、事実、殆どその通りなんですが、それを知ってるからなんですね。だから、まだ今のところはもう少し、と思って踏み切らない。それくらい彼にとってはマーティアは大事になっちゃってるんです。もちろんディとも、少なくとも恋人としては切れたとアレクは信じてるし、マーティアのことをまだ子供だと思ってるし、これまでがあまりにも年相応に行ってなかったんだから、このままもし背徳的な環境から抜け出せるなら、その方がいいんじゃないだろうかとも彼は考えてるわけです。今は自分が一番近いところにいるんだし、だからこのまま大事に見守って...。

ディが待っていたのは、実はコレ、アレクが一番頼られているという余裕で安心してしまうところまで二人の気持ちが近くなる、つまりアレクの気持ちがそこまでマーティアに寄っていて、抜き差しならなくなってること、もう自分から離すことが出来なくなってしまってる、そこまで行くのを待ってたんです。で、どっかん。そこで自分とマーティアの今の関係をアレクにリークすんですね。つまり、マーティアは今でもぼくのものなんだよ、と。そして、そうである限り、ぼくはこれまで通り扱うつもりだよ、と。その上、マーティアがアレクに興味を持っていて、どうやれば自分のものに出来るのかということについて、ディの指示を仰いでいる、これまで全部バクロしちゃいます。

あれだけ酷い目に合わされたディと節操もなくヨリを戻してる、それもショックですけど、ディは性懲りもなく、アレクがここまで健康にしたマーティをまた逆戻りさせる気でいる。しかも実際、ディとそういう関係を続けていながら、アレクにあんなにあまえて見せているマーティアは(しかもディの入れ知恵で)、まさにディの思惑通りに一切のモラルから切り離されたモンスターに成長しつつあるんじゃないのか。まあ、これも事実そうで、アレクの出方次第では、つまり彼が今ここで見捨てようものなら、マーティはディの望むままの美しい悪魔に成長するだろう。何が何でもディと切れさせないと、と言うのは、マーティにとってディはクスリ以上に厄介な麻薬になってしまっているので、必ずそうなってしまう。ことここに至って、アレクはディがマーティに対して持っている影響力そのもの、それを消滅させなかったらどうにもならないと悟る、というか思わされてしまうことになる。もちろんこれは全てディの計算通り。それでアレクは以前のような中途半端な気持ちではなく、今度こそ本当に、どんなことをしてもディからマーティを取り上げる、と決意。でも実はお分かりのように、それこそがディの目的だったわけです。

ま、そういうわけで、アリシアが登場してくる頃には、マーティとアレクはおさまるところにおさまってうまく行ってるんですけど、でもディの介入でナシくずしにそんなことなっちゃったんで、実はその頃に至ってもまだアレクは、どのくらいマーティアに愛されているのかについて自信は持ってない。マーティがディともきっちり別れて、それからは自分以外の誰にも興味を持ってないのは知ってるが、だからといって自分をどのくらいに思ってくれてるのかはずっと謎。それは当然で、マーティの方がそもそも自分がどのくらいアレクを想ってるか、よく分かってないからです。それを決定的に認識するのが、アリシアが現れてから。よし、そのお話は「その4」以降に持ち越すことにしよう。つづく...。

*****

つづく...、はいいんだけどさ、ちょっと考えてたコトがあるんで付け加えておこう。これ、もしマーティが女のコだったとしても成立はする話なんだよね。ただ女のコだったら別にいろいろ設定付け加えないと(特にキャラクター設定)、最後は結婚しておしまい、みたいな、極めて陳腐な話になりかねない。それだとつまらん。そんな話、他人のなら許せてもウチでは絶対許されない。

男女の関係というのは、結婚にしてもそうだけど、社会的な要素が簡単にからまって来ちゃうじゃないですか。そうすると結婚してれば世間体がどうとか、だから別れられないとか、捨てないでとか、逆に「奥さんと別れて私と結婚して」とか、もうそれって「純粋な愛情」からは全然離れちゃって、人間的な「欲」が絡んで来てるってことなんですよね。それがイヤ。ああいうのは「純愛の美学」に反する。世の中、そういう「欲」と「愛」とをカンちがいしてるヒトなんて掃いて捨てるほどいるけど、私はつくづくそういうのがウザい。考えてみればだからこそ、そんなつまらん現実を投影したような話が掃いて捨てるほどあるわけか...。

「背徳的」っていうことは、そもそも自分を取巻く社会なんてどーでもいい、ってトコにしか成立しないから逆に「純粋」なままにしておけるんだろうな。だから書きやすいって言えば書きやすいけど、でも書き方さえ間違わなければ、別に背徳的であることにこだわらなくてもいい。"Love Is The Drug"っていうか、「愛」ってそこにしか成立しないんだよね、ホントは。それはもう恋愛だろうが、親子愛だろうが、人類愛だろうが、そこにしか本当は成立しないものなんだ。でも、そこんとこが分かってないから、「大きい愛(unconditional love)」とか「小さい愛(conditional love)」とか、全世界的にちんぷんかんぷんな考えが行き渡っている。それはそもそも多くの人間が「欲」と「愛」とをカンちがいしてるってのと大きく関係してると思う。ともかく私が書きたいのは、どこまでいってもただひたすら「純愛」なのよね。私はそういうもんしか書きたくないの、というか、資質的にそういうもんしか書けないの。

逆に言えば、そのへん分かってれば男女だろうと女のコどうしだろうと、こういう話にすることは可能なわけで、そこが本当の「美学」ってやつですかね。実際、うちの場合どんな設定でもレディ・コミとか純文的な陳腐さってのとは無縁だし、そこが所謂「耽美小説」ってのとも全然ちがうとこじゃないかな。ともかくカテゴリーとかそんなん、どーでもいいヒトなんだ、私は。だからこれからも、書きたいものを書きたいよーに書くぞ♪

その4

      

2005/8/24

★イケナイ発想・その2★

この話は その1 から続いてます。まだお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。

前回のお話を書いてる間に自分の小説の中にどっぷりハマりこみ、気がついたら夜が明けていた...。小説を書き始めると夜昼なくなるのが困るところなんですが、ストーリーが流れ出すと時間なんかどーでもよくなるくらい楽しいんですね...。あのあと話の細かいところがどんどん出て来ちゃって、だからしばらくココの話題もそれが続くかもなあ。どうか、お客さんがなくなってしまいませんように。(合掌)

そもそもはその「イケナイ発想」っていうのはアリシアが登場して来てからのストーリー展開のことなんですが、しかし昨日から今日にかけて、立ち直ってからのマーティがそのあとどうなってくか、とか、アレクの細かい人格・背景設定、だとか、このふたりの関係に根性わるのディがどうちょっかいを出すか、とか、そういうのがどんどん続いて出てくるので止まりません。アリシアはいったいいつ出て来るんだ、って感じになってしまってますが、ともかく先に、その後のマーティとアレクとディの話を書きましょう。まだ前回の更新分をお読みでない方は、話が見えなくなっちゃうと思いますので、こちらから先にどうぞ。

マーティは彼を更生させようとあれだけ親身になってくれたアレクが、当然、自分のことを好き、それも特別な感情を持ってると、そりゃ思いますよね。で、アレクがその後もあれこれかまってくるので、それはまあそういうことかな、と、けっこう悪い気はしてない。

元々この話は場所としてはイギリスをイメージしてたんで(国名とかは変えてましたけど)、だからあのへんの有閑階級を連想してもらえればイメージ近いと思います。アレクはディによるとその中でも屈指の大公爵の三男坊なんだそうで(ディがマーティに教えるんだ)、上に兄が二人、お父さんは大実業家としても知られてて名門中の名門。お兄さん二人は事業を手伝ってるが、アレクは格式だの身分だのが堅苦しい貴族社会になじまず、海が好きで自由が好きで、しかもたいそうな愛国者なもんですから現在の職業についている。とはいえ、アレクの場合は家族から浮き上がってるというわけではなく、その明るくて聡明、曲がったことが大キライでまっすぐな性質、そんなののせいで兄弟三人の中でも一番両親に愛されている。お兄さん二人も、若くして既に海軍中佐の地位にある彼のことを誇りに思って溺愛している。海軍では中佐ですが、元々の正式な身分はアレク・ロウエル卿ですね。アレクサンダー・フレデリック・ロウエル卿。そういうわけで要するに曇りひとつないお育ちの、シアワセなお坊ちゃまなんだな。そういう育ちだから、あの性格だとも言えるが...。

アレクの最大の趣味はヨットと狩猟、軍人ということもありますけど、だからもともと名射手です。念のために言っときますが、当然、長身の美形ね。でなきゃ、絵にならないもーん。ってゆーか、あやぼーはあちこちでも書いてますが、人間の美しさっていうのは内面に由来すると考えるひとで、だからその「美しい」っていうのも、アレクの性質とかから考えたら当然でしょ? 例え造型がどうでも内面が伴ってこない人物を、ウチの世界では「美形」とは言いません。

だからまあ、もちろん部下からも慕われてるし、友達も多いし、へんくつで人ぎらいなディでさえアレクのことは気に入ってる。ディはお母さんがロウエル家の縁続きなので、アレクとは親戚にあたります。年もそんなにちがわないし、だからコドモの頃からお互いよく知ってるのね。ディはお母さんが外国の貴族と結婚して生まれた子供なので、半分は他の国の血がまじってます。イメージとしてはその半分がフランスってとこでしょうか。ディの方は、これはもう生まれつきの芸術家ですから、性格はエキセントリックだし、繊細な感じの麗人で、うんと子供の頃はけっこう苛められやすいタイプって感じですね。たやすく人になじまないし。別に回りに何言われようが、本人は凡俗のたわごとなんざ意に介するような神経持っちゃいませんが、アレクはあの性格だから、自分の親友が(ネコっかぶりのディがどう思ってたかは別として、アレクは既にその頃からそう信じてたらしい)不当に悪く言われたりするのは我慢ならない。それでよくディの代わりにケンカしたりとかするんですけど、でもディも始めはアレクのそういう「いい子ちゃん」なとこが鼻持ちならないって思って嫌ってたんだ(と、ディが言っていた)。だけどアレクのあのまっすぐさは本モノなんで、逆にそれが分かってくると、そういう稀な性質ってのが好きなヒトなんで、アレクの本質を認めて今では大事にしてる。

さて、マーティの方ですが、そういう誰でも友達にしたいようなアレクから、そんなに想われてるって思うのは気分がいい。いいはずなんですが、でも、その後いろいろな所に連れてってくれたり、一緒に旅行したりしてるのに、どういうわけかアレクはそれ以上のアプローチをしてこない。いったい、なぜ? マーティとしては、これはもしかしたら単に自分のカンちがいで、アレクのような正義漢には自分がああいう状態でいるのが可哀想で、あれはその同情心から出たことだったんじゃないのか、と思い始めるんです。もう既にアレクのことは相当好きなので、これは気に入らない。この状態は、断じて気に入らない。それで意地になってきて、絶対手に入れてやる、とヨコシマな決意をしたりしちゃいます。悪いコなマーティは、これまでも散々そのテのことはやってるんで、知ってる限りの方法で、でも表面的にはそれとなく、アレクの気を引こうとするんですがうまくいかない。それで、あろうことかディに相談しに行っちゃう。そのへんがマーティがまだコドモな所というか、当人もあとになって自分がどんなに、おマヌケだったか悟りますが、振り返って考えて自分があんなになったのは元々ディが、そう仕向けるように仕向けるようにしてたと気付いて怒ってるくせに、そんなこと忘れて頼っちゃうんだものな。まあ、ディが一番アレクをよく知ってるし、悪知恵にかけては並ぶものがないと思ってるせいもありましたが。

ディにしてみれば、これこそがアレクに最初にマーティのことで怒鳴り込まれた時から密かに意図してた展開だったんで、話を聞くなり面白くなってきたと喜ぶ。彼は自分のお気に入りのふたり、アレクとマーティをくっつけたいんです。なぜって、それはとても絵になるだろうなあ、と考えるだけで楽しくなってしまうから。それからアレクを道ならない恋に迷わせてやったら、どんなに面白いだろう、とか。なにしろこんなことでもなけりゃ、アレクはこの先も殆どまっすぐ波風立たない人生を歩んでいってしまうだろう。それでは、つまらないじゃないか。要するに、コイツは他人の人生狂わせて、波風立てんのが好きなわけ。だってその方が人間って成長するし悩まなかったら大成しないから、そうするとしょせんそこそこの人間で終わっちゃうじゃないですか。それがディは面白くないんです。ましてやマーティやアレクのように元々優れた資質を持ってるのに、平穏無事な人生を送って、退屈な人間になっちゃうなんてディには許せない。ディってのは画家です。でもキャンバスの平面上での創作だけで満足してられない、まあそのへんがこいつも天才なんですが、「造型を超えた芸術」、つまり「人間」という素材を通して、彼の理想とする美を創造し表現すると言いますか、他人の人格形成に影響してその美質を引き出し、彼にとって理想と思われる人間に作り変える。マイ・フェア・レディとか紫の上とかありますけど、ディのやりたいことはもっとある種、壮絶かもしれませんね。マーティにしたって彼の介入がなかったら、たぶん最終的にどこまで大成したかは、ちょっと疑問かも。

というわけで、この展開に喜んだ彼は、あれは実はこういういきさつだったんだよ、とコトの発端をマーティに教える。ただし、アレクが自分でも気付かずにマーティアが好きだったということを指摘したというくだりはハッキリ言わない。マーティにアレクの本当の気持ちを教えるのが得策か、そうじゃないかまだ判断しかねてるからです。だけどマーティはその話を聞いて、それどこじゃなくなる。なぜと言って、それはディがもう自分に執着を持ってないと、だから自分のことはアレクに任せたと思い込んじゃうからです。元々マーティがディの言いなりになってたのは彼が好きだったからで、だからこの事実を知って、アレクのことなんかすっかりそっちのけで落ち込むし、よけいディに対して怒る、というかすねる、というか...。

ちょっと話がとびますけど、私は人間の感情ってけっこう複合的なもので、単純には割り切れないものだと思ってんです。特に愛憎からむと嬉しいとか哀しいとか、一元的には表現できないような複合的なものになりませんか。そうならない単純なヒトも多いのかもしれませんが、私はそういう単純な感情しか持たない人間に興味がない。だから自分のお話の中のキャラも、おのずと錯綜した感情ってのを持つことになりますね。ま、だからマーティはアレクのことはアレクのこととして、この場合、ディのことの方がより大問題なわけ。その頃はまだ「好き」とは言っても、そんなに自分がアレクに執着してるとは思ってませんから、あれだけあつかましく自分の日常に踏み込んできて、あまつさえ自分が彼の言うことを聞きいれ、ましてやこんなに好意まで持ってやってるのに、そんなことにちっとも気付かず脳天気してるアレクが許せない、だ、か、ら、自分のものにして思い切り振り回してやろう。...ディのおしこみが良かったのか、元々そういう性格なのか、マーティはそういう結論に達してるんです。だからどちらかといえばまだその程度にしか思ってないアレクのことより、長いつきあいのディが自分にもう関心がないってことの方にキズついてんですね。

でもなかなかどーして、このディってのはそんなに単純じゃない。もちろんマーティアには今でも十分執着してるし、そもそもしてなきゃこんなに苛めない。マーティはもう自分が彼にとって何のイミもなくなってると思いこんで、元々どうして彼のところに来たのかもどうでもよくなって、めちゃくちゃ不機嫌になって帰ろうとする。でもディが引き止める。

「放してよ。あんたにとっては、おれはもう何の価値もないってことがよく分かったから。」

「アレクのことを聞きにきたんじゃなかったのか。」

「アレクはあんたみたいに酷いやつじゃないからね。あんたの悪知恵なんか借りようとしたおれがバカだった。」

「だけど、アレクが欲しいんだろう?」

「..... 」

「ぼくなら教えてやれるよ、どうすればアレクが落ちるか」

      

ふふふふふふふ。まあ、ココではダイジェストであらすじ書いてるだけですが、あやぼーの小説はねえ、まず一番のウリがダイアローグ部分なのだ。と言うのは、私はあんまり本なんか読まないコドモだったんだ。他人の考えよか自分の考えに執着するようなガキだったから、ヒトの書いたもんなんか読もうとしなかったの(ナマイキ...)。だから、お話を書くと言っても、お手本にするようなものをそもそも読んでない。純文なんてその頃からバカにしきってたしな。ましてや書き始めたのが7つとか8つの頃だし、土台、マネるような原型になるものすら知らない。だから、まず人物の会話を並べるってことを単純にやってたわけ。それはたぶん、その頃から私がストーリーを作るというより、好きな架空の人物と遊ぶのが好きだったからだと思う。後にはガードナーのメイスン・シリーズなんかよく読んでましたけど、あれも比較的、会話の多いミステリー小説だったし、もう少しするとマンガを描くようになったから、基本的にマンガで使うコトバって会話じゃないですか。だから長いこと、並行して書いてた小説も会話が中心で文章部分が殆どなかったの。まあ当然、特にそっちはヘタだったしね、当時は。そういう流れもあって、今でも会話書くのはすごい好きです。

でも会話部分だけじゃ、小説にならない。ましてやなにより後に、その「自分の考え」を小説のストーリーと合体させる必要が生じてきて、文章もおのずと書くようになりましたけど、私がマンガより小説に流れたのは何よりマンガじゃ、どうしてもその「自分の考え」を盛り込むのにきわめてスペース的限界がある。しかも前回書いたような理由でエピソードも多すぎる。そんなこんなで、結果として「マンガ」という枠組みでは入りきらなくなって来ちゃったんです。商用の小説でも普通は枠決まってるから、当然同じになっちゃいますね。でも小説では視覚的なディテールが表現できないというのもあるし、理想としてはイラストも自分で書いて、小説にくっつけるとかしたいんですけどね♪ 

さて話を戻しますが、それからいじわるディは、マーティアにアレクのことを教えてやるのと交換条件で、自分とヨリを戻しなさいと迫る。完全にイジメですね、このへん。マーティにしてみりゃ、じょーだんじゃないって申し出じゃないですか。だいたい自分があんなにディに執着して側にいたがった時は突き放しておいて、それもあって自分はああまでなって、それをなにを今更、ってなもんです。ましてや話が支離滅裂というか、だってアレクのことを教えるというのは、二人が出来上がるのに手をかすってことで、だけどウラじゃ自分とつきあえってことなんですから。始めはマーティア、あまりにもバカバカしいと言って怒るんですが、でもこれで今度はディがまだ自分に執着してるってことが分かる。よくよく考えてみるとアレクのことは知りたいし、ディのことも今だって好き。... 困りますね、このマーティアの性格。実は、この性格が後にまた災いすることになるんですが。

うーん、これからどうなるんでしょうねえ。それどころか、本編はいったいいつ始まるんでしょうか。だからこのへんは全部、背景設定の部分でしかないんですってば。しかし、ここまででも考えてみると十分、私のは「イケナイ発想」かも...。長くなっちゃったし、また続きは「その3」にしようかな。

その3

       

2005/8/23-8/24

★イケナイ発想★

こんなことを書くと、コイツいったい何考えて生きてんだとか思われそうですが、でもいいもん、書く。昨今、ココもわりと話題のパターンが決まっちゃってて同じようなことばっか書いてますから、たまには全然ちがう話もしないとね。

と、言うのはですね、以前からあやぼーがシュミで小説を書いているという話はたびたびしてると思います。でも、もうだいぶ長い間、まるっきり何も思い浮かばず、あらゆる書きかけのお話もストップしたままになってました。まあ、私はモノゴゴロついて字が書けるようになった頃から、お話をノートに書き付けるということをやってましたから、もちろんコドモの頃のは小説と言えるようなシロモノですらないですけど、ともかく「書く」ということに関するキャリアはやたら長いんです。で、その間に何度も、まるっきり何も書けねー、という時期がありまして、それでもいつもいつのまにかまた書き出す、ということの繰り返しで、そのたびにある程度は内容とか文章力のクオリティが徐々に上がっていって、いちおー、今では人前に出しても恥ずかしくはあるまい、というところにまではなってます。(どうせ、自画自賛の自己満足さ...。)

ともあれそういうコトを繰り返してるので、今回も長いこと何も思い浮かばないけどそれでヤメてしまったとかではなく、そのうち何か話が走り始めるだろー、という希望的観測のもとに、長いこと何も書かずにいたんです。その間は、ご覧のように、Ayapoo とか、その他のサイトのページなんかでダ文を書き散らしてたわけですが、いつもいつも「小説書きたいなー」とは思ってました。アレはもう、アイデアが出て話が走り始めると、書くのが面白くって仕方ないもんで。

まあ、そういうワガママなヤツなんで、とてもじゃないけどプロになって、いつまでに、こんな話を、何枚で書いて下さい、なんてコトに対応する才能は絶無。それで小説家になろうなんて、ユメユメ思わなかったのでした。だからあくまで、「シュミ」なんです。

で、それがつい一昨日くらい、昔のノートをひっぱり出して来て、いずれ設定を焼きなおして書き直したいなあと思ってた小説のひとつをつらつらつらと読んるでと、おや? 昨今珍しく書きかけの続きの話が走り出してしまった。おお、アレはこういう展開になるのか、なるほどなるほど面白いぞ、てなもんで、無責任な話ですが私の場合、小説ってのは考え考え書くもんじゃなく、ストーリーが勝手にヴィジュアルでぶっとんでく、それを文字に書き起こすってのが一番近いと思います。もう、それが始まると、殆ど自動書記状態ですね。

さてそのモンダイの、先が見え始めたお話ですが、これは記録によると書き出したのが1980年6月、かれこれ25年前とゆー、オソロシイほど大昔のことです。(当時私が何才だったかは、ご想像にお任せする。)

その後、例によって何年かごとにぼつぼつ話が進んで行ってたんですが、コレは、というかコレも、というか、設定があまりにも大掛かりだったので(私の話はそんなんばっかなんだ)、当時コドモの私の知識では手におえず(無謀と言った方が早い)、けっこういーかげんなとこがいっぱいあったために、今、多少は分別のあるオトナになった目で見れば、そのへんをクリアするまで完成することはとても不可能だったなとゆーシロモノなのであった。でも、この話、というより、登場人物がすっごい好きなんで、なんとかしなくちゃー、と思いつづけてはいたんですけど、設定面でどうしてもビシっと決まるバックグラウンドを用意できず、おのずと止まったままになっていた、と、まあそんな話です。それが一昨日、おお、どうやらコレでいけそうだぞ、みたいな背景が定まり(25年ぶりにか、やっぱりプロにはなれんな)、喜んでたらついでにストーリーまで流れ出した。ま、それはいいんですが...。実はココからが本題なんです。

私の小説って一見してエンタテイメントの他愛ないラヴ・ストーリーかなと、たぶんたいていのヒトはそう思って大して気にも止めないと思うんですけど、そのバックにもうひとつ、ヒト知れず動いている野心というものがありまして、それが設定に影響してくる、つまり話のフォーカスは通常の小説と同じように登場人物の動きに合っているようでいて、しかし!! 作者のヨコシマな意図はそのウラの設定の方と連動しているという、どうにもヤヤコシイ構造を持ってるんです。考えてみると、コレってけっこう誰かさんの音楽の作り方と似てるかもしんない...。

しかし今回の場合、設定はいいんです、設定は。そのへんはどうせ国際情勢がどーのこーの、哲学がどーのこーのって部分ですから、ふつー、あんまり読むヒトの気を引く部分ではない。やっぱり小説ってば、ストーリーと登場人物よね。ところがこのストーリーと登場人物ってのが私の場合、どうも不道徳な傾向にあるというか、それこそホントにマトモなラヴ・ストーリーなんて書けないのな♪

一番マトモなので30才の小説家と15才の少女、でもこの主人公の小説家の方が、実は美しい叔母さん(彼の父親の妹)と14歳の頃から危ない関係続いてたりとか、血のつながりはないけど長年育ててくれた養父と相思相愛の天才少女がいたりとか(もちろん、養父の方には奥さんがいる、つまり彼女にとって養母。でも彼女はこの養母のことも好き。おかげで道ならない恋だけならまだしも、家庭崩壊だけは絶対に回避したいもんだから、ひとりで苦労することになる。オマケにこの養父の方は根っから不道徳なんでもちろんアテにならない。ちなみに彼と彼女のトシの差は25才。)、ウチってわりとそんなんばっかりなんですね。だからそういう危ない不道徳な設定の好きな私が、しかもオスカー・ワイルドの信奉者である私が、そりゃ当然、書きますよ、昨今のコトバで言えば耽美小説系の話だって。ただ、私はそのコトバは全然好きじゃないし、そもそも私がそういう話を書き始めた頃にはそんなコトバ、影も形もなかったんだ。だから実際は、まるっきり別ものですけどね。

そのへん話すと、けっこう、だから栗本薫さんの影響があるのかなと思われちゃうかもしれませんけど、それは全然ちがってて、どちらかというと初期の頃の一条ゆかりさんの方がまだ影響されてると思います。最近の一条さんの話はきわめて健全になっちゃってますけど、昔はもうそれこそ近親相姦だの同性愛だの、そんなのアタリマエな世界で、ただ一条さんが書くとそういうドロドロしちゃいそうな話が、実にすいっとオシャレに仕上がっちゃうんで、そのへんがすっごい好きなとこでしたね。

まあだから、私の小説もそういう題材が入って来るわりには全然明るいというか、純文系の暗い愛憎ドロドロみたいな話にはまるっきりならないんです。これはもう私の生まれつきの、たいよーのように脳天気な性格のタマモノだと思います。後ろ向きなのも暗いのも大キライなんだもん。そしてこの設定に、こむずかしい背景が絡んでくるわけですから、それはもう世の中に似たモノなんてどこにもないってことだけはハッキリしてます。それが良いか悪いかは知りませんが。

で、ともあれ日常そういうヘンなことばっか考えて喜んでるんで、そういう話をすると健全な精神をお持ちの皆さまから、「コイツいったい何考えて生きてんだ」と思われてしまうかもしれないな、と言ってたわけです。私の名誉のためにつけ加えておきますが、本人はそういうことを考えて喜ぶ他は全くふつーです。(弱冠、逆ロリータ系の傾向が見受けられますが、そんなのダニエル・スティールだってそうだもん。大した問題ではない。)

しかし生まれつきの嗜好というものはいかんともしがたく、更にそのイケナイ発想が進み、それで今度考えついたのが、ってゆーか、そもそもこの話にはその傾向はあったんだ。うかつにも気付かなかっただけで。(以下、他に何もすることがないほどヒマか、興味がおありの方だけ、お読み下さい。)

この話の主人公っていうのはマーティア・メイとアリシアという二人の天才少年です(ちなみに私は「天才」と「美形」と「富豪」しか書かない)。女のコみたいな名前ですけど、二人ともまちがいなく男のコです。で、この話の始めの方では確かそれぞれ13才と10才だったはず(忘れてんだよ、なにしろ25年前に作ったんだ)。でも天才少年なので、どちらも科学者だったりします。

ウチの話ってのは殆ど全てがダブル・キャストで、主人公が二人いるみたいなものが多いです。この話の場合も、一見アリシアの方が主人公なのかなって感じなんですけど(それっぽいキャラだし)、実はマーティの方がわりとメイン。(私もアリシアが主人公かなと思って書いてたんですけど、脇役だったはずのマーティがいつのまにかシャシャり出て来た。このへんに、いきあたりばったりで何も考えていない作者のいい加減さが伺われる)。

話の展開上、マーティの方の卓越した哲学的資質がその背景とすごく絡んでて大事なとこなんで、このコがいないとそもそも話は成立しない。そうすると、やはりこっちが主人公なんだろうか? 未だによく分からないが...。しかし一方ではアリシアがいなかったら、マーティは動かない。動かないということは、話が先に進まない。だからやっぱりダブル・キャストってことになるんだろう。いや、もしかするとこの話は最終的にはトリプル・キャストってことになるかもしれないんですけど...。

さて、どんな少年たちかというと、さっきも書いたように私は「天才」と「美形」と「富豪」しか書きませんので、当然、私好みの美しい少年、ということになります。アリシアの方はブロンドの巻き毛にブルー・アイズ、マーティの方は素直な黒髪に黒い瞳(このへんがやっぱり定番でしょう、って、何の?)。

どちらかと言えばアリシアの方が明るい性格で、回りのみんなから順当に可愛がられるタイプです。だから「主人公」タイプだと思ったんだけどな、そもそもは。しかしけっこう根はしたたかで、小悪魔的なところがある。始めは純真を絵に書いたような少年なんだけど、どんどん自分でも知らなかったような面が出て来て、マーティに振り回されてるようでいて、実は振り回してるのはこっちの方。

マーティの方は決して暗い性格じゃないんですが、全人的天才(「賢者」ともゆー)の常で、ふつー常人が覗き込まないような不条理だの哲学的深遠だのと生まれつきおつきあいしているから、どうかすると理屈っぽい。科学者として天才的ってのは彼にとってはほんの一部で、メインは詩人(あやぼーワールドではコレははずせない)、哲学者、政治家、そういうのが全部混在した資質と、啓蒙の砦としての芸術全般に対する理解と深い造詣の基盤を生まれつき持ってるような、それこそもう大天才中の大天才なわけです。一見こっちの方が悪いコのようでいて実は一番のモラリスト。だからアリシアに振り回される。

こんなのをメイン・キャラにしてしまった場合、とてもじゃないけど話をワク組みが定まった現代に持ってきたんじゃ身動き出来なくなる。そもそも歴史をどうやって軌道修正するかってのがメイン・テーマの話なんだから、発想の発端で既にそんなことは考えもしてなくて、当然、SF的ですけど、ある程度未来か、まるっきりの想像上の世界を作って、そこに現代を詩的に重ねるという手法を取らざるをえませんね。もちろんそんなこと、書き始めた時の私が論理的に考えて選択したわけじゃありません(コドモにそんな知恵はない)。単に始めからそういう設定で書き始めてたんで、そのまま行ってるだけです。

話がこの二人だけで進むんだったら、まあせいぜい少なくともストーリー上は耽美系の話で済んだのかもしれないんですが、なにしろ二人とも天才なもんで、コドモなわりにはけっこう幼い頃からあれこれしなくていい苦労をさせられてる。ちなみに、どっちも両親はいません。マーティの方が生まれが早いですから、彼の方が先に苦労させられてて、そのおかげで一時期すっごいグレてたことがあったんです。グレてたって言ったって、しつこいようですが天才ですから、そのへんの不良少年のようなわけにはゆきません。

彼の育ての親っていうのも科学者(バークレイ博士)で、父親代わりにマーティを育てた優しいオジさまなんですけど、天才ってのはコレでけっこう育てるのが大変なんです。なにしろ認識世界が何もかも回りの人間とちがっちゃうわけでしょ? そこから来る疎外感ってのは凄いもんで、だから私は天才の教育っていうのは学問教育なんかどーでもいいから(どうせそんなの放っといたって勝手に覚える。教えないと覚えないのは凡人)、最初の人格育成の方を重視する必要があると思うんですよ。そうしないと、自分の周囲との接点の取り方を覚える前に、人格が捻じ曲がりかねない危険性がありますからね。そうなっちゃうと本人も可哀想だし、根性曲がった天才なんてそれこそ手におえんでしょう?

で、マーティの場合も、そういう周囲からの疎外感や、自分の認識体系や速度が一般的なものと合致しないこととか、その他にもいろいろあって自暴自棄になっちゃってた時期がある、と。バークレイ博士はもともと名士の家柄の出なので、彼のつきあいってのは上流の有閑階級が多い(このへん、ビンボー人なんか書いたって面白くもなんともないとゆー、単なる作者の好みにもとづいている。深いイミがあって作った設定ではないが、結局それでないと話が展開しないということが後になって分かった)。おのずとマーティもそういう人たちの間で育っていて、貴族だの芸術家だのって知り合いが多かったんだな。ゆえに、悪い遊びを教えたがるオトナが多かったってことだ(よし、つながったぞ)。なにしろ絶世の美少年ですからね。彼をモデルにしたがる画家だの、あちこち連れて歩きたがる有閑夫人だの、そういうのがいくらでも回りにいて、そこへ持って来て当人は親父代わりのバークレイ博士に反抗的になってた時で、彼を困らせるようなことばっかりしてやろうとしてたわけ。なんでそんなことになったかってのには、わりと決定的な原因ってあるんですけど、その話はちょっとおいとく。

この回りのオトナたちってのは悪気はないんだけど、マーティが可愛いのでかまいたがってんのよね、要するに。だから大人の世界に引っ張り込んで、コドモには悪いことばっかり無責任に教える。芸術家にとってはマーティの資質っていうのはミューズみたいなもんですから、ってゆーよか、まんまそうなんで、それはもういろんなイミで惚れこまれちゃうし、芸術家にモラルなんて期待してもそりゃ無理ってもんだ。そうなると当然タダでは済まない。そんなこんなで夜遊びはする、無節操に恋人、愛人は作る、浮名は流す、別れるの別れないので騒動は起こす、挙句の果てに危うくジャンキーにはなりかかる、とにかくもうバカなマネだけは13才までにひととおり、やりつくしちゃう。そこへ。

バークレイ博士の言うことなんか聞きゃしねーし、回りの大人はそもそも連中が悪いこと教えてんだからアテになんかなりゃしねーし、このまま放っときゃ遠からず破滅ってとこまでとことん行っちゃってるとこへ、現れるんですねえ、助けてくれるヒトが。やっぱり小説なんだし、そのまま破滅されちゃ、話終わっちゃいますからね。そうなっちゃ困るんで、この不道徳なオトナたちとつきあいはあるけど、そこまで背徳的じゃなく、わりとスクエアな性格の、しかもマーティのことが気にかかる程度には知り合い、みたいな人物。これも例によって何も考えてなかったんですが、書いてりゃそのうち成り行きで出て来るもんで、それがアレク・ロウエル、貴族の子息だけど海軍士官、普段は仕事で船に乗ってることが多いって青年です。この人物の背景設定も全然考えたもんじゃない。単に、出て来たんでそのまま使ったんですが、まあ貴族だからその周辺とつきあいはあるわね、でもって何も不自由がない有閑階級の身の上で、あえてそういう仕事をしてるってのがけっこうスクエアな性格を物語っている。普段は船に乗ってるから、マーティの回りの騒動とも、それほど直接的な関わりはない。ただ、マーティの恋人の一人である画家のディとは親友で、長いつきあいがあるので、彼のアトリエでマーティと会ったこともある、とまあそんな感じです。よしよし、不自然じゃないぞ(そもそも話を書いてる時に、そこまで考えてる余裕はないが...)。

誓ってアレクは元来至極マトモなキャラで、従って長いこと自分がどうしてマーティのことを気にかけてるのか自分でも気がついてない。ただ、良くないウワサを耳にするたびにどーにもこーにも気にかかって仕方がなく、ディの恋人だということは知ってるので、マーティがクスリづけになってんのを見かねて、いーかげんになんとかしてやれ、と詰め寄る。でもこのディってのもエキセントリックな性格してて、「堕ちるなら、どこまでも堕ちていい、そういうマーティアを美しいと思うし、愛していられるから」とのたまう。だいたいそもそもこの男がマーティの堕落の発端なんだ。コイツはマーティをモデルにしてセンセーショナルな作品を数多く生み出すんだが、自分が納得のいく絵を描くために純真な少年のままのマーティでは飽き足らず、誘惑して背徳の道に堕とす。ところがそれで愛情を注いで大事にしてやればいいものを、わざと突き放すようなことばっかり言ったりやったりして、ただでさえ自暴自棄になってるマーティをどんどん追い詰めるようなことをするんだな。なんでって、それは当然、そうなればなるほどマーティがキレイだからですよ、言ってる通り。うーん、このへん「ドリアン・グレイの肖像」だな。いや、全然ストーリーは違うんですけど、この話にヘンリー・ウォットン卿ってのが出て来て、敬虔で純真な青年であるドリアンを堕落させるって展開があるんです。この話は、後に確かオーガスト・ダーレスがパクって、所謂クトゥルー神話に応用した作品があったはず。「破風の窓」って作品じゃなかったかと思いますが、パクり方が見事で、私はラヴクラフト系は全然興味ないんですけど、この話はすごく面白かったという印象がありますね。ちなみに「ドリアン・グレイ」の原作は、言わずと知れたオスカー・ワイルド。

話を元に戻しますが、アレクってのはスクエアで実直な青年ですから、このディの答えはまるっきり理解出来ず、言われたことが信じられなくてくってかかる。根性わるのディには、当然アレクがここまでマジで怒る理由は始めから見えてるんで、まだ自分で気がついてないアレクに、にっこり笑って「きみはマーティアに恋しているんだよ」と意地悪く指摘する。いきなり言われてアレクは唖然として言葉もない。それへ「それならそれで構わない。取り合うつもりはまるでない。」

私はこのディってキャラもけっこう好きでね。こう言い放っちゃうからといって、マーティのことをなんとも思ってないってわけじゃないんですよ。単に、面白がってるだけ。彼はアレクもマーティも気に入ってるんで(こういう男は気に入らない者には声もかけない)、こうやるとどーなるかなー、みたいな、結果が見てみたいだけなのね。案の定、アレクってのは基本的に単細胞ですから、このディの態度にアタマに来て、「だったら、おれがマーティアにどう手を出しても、文句は言うなよ!」って、言うだけ言って怒りまくって退場。

で、ココからこの二人の関係が始まるんですが、とにかくマーティをとっつかまえて、クスリだけでもやめさせないと、とんでもないことになる。アレクは当然そう思ったんで、その通りマーティを捕まえてきて、自分の親父の別邸に閉じ込め、クスリが抜けるまで側にいてやる。でもそんなのマーティにとってはタダのおせっかいだから、喜ぶどころか、暴れるわ、わめくわ、罵るわ、オマケにクスリで気がおかしくなってるから、それこそれ正気の沙汰じゃない。マトモにやってちゃアレクの方がケガしますから、ひっぱたいてでも、殴ってでもおとなしくさせなきゃ仕方がないので、当然クスリが抜けるまでものすごい騒ぎ。それでやっと正気に戻ったと思ってホッとして放しても、アレクが仕事で出かけて、しばらくして休暇に戻って来る頃にはまた元に戻ってる。もうそれこそ戦争で、アレクが追いかければ追いかけるほどマーティは意地になって逃げ回る。それが延々、延々、繰り返されるわけ。それでもアレクは諦めないし、ヤメない。

まあ結局、彼のスクエアで誠実、こうと思ったらとことんやり通すって実直な性質が、マーティを正気に戻すんですよね。やっぱり、そういうことじゃないですか?

そこまで想われてるって分かったら、そりゃあマーティアもなつくでしょ。そして一旦なついたら、今度はアレクは特別ってことになる。ただ、マーティアは意地っぱりなので、もうすっかりなついてるくせに、そうとは言わない。内心、アレクにしか興味がなくなってるのに、面と向かっては全然そんなことないって顔してる。アレクの方はマーティが彼を避けなくなったので、それで満足とは言わないまでも、とりあえずはそれで良しとしておこう、みたいな感じで、「特別仲のいい友達」という状態がその後ずっとつづいている。そのへんからマーティは元々の明るさを取り戻すんですけどね。

書いてて疲れましたが、なんか、ここまでだけでもどうかすると小説ひとつ書けちゃいそうだな。でも実はこんなの本編に差し掛かってさえ、いないんだー。うー。だから、やたら長いんだって、私の小説は。あやぼーとしては、久しぶりに通しで話を振り返ってみたかっただけなんで書いてるんですが、もし、ここまで読み進んで来られた方が万一あったら、どうもお疲れさまでした。ありがとうございます。(合掌)

なんで長くなるかってゆーと、私のは人物が動くことでストーリーになっていくからだと思います。ふつう、小説というのはストーリーがあって、と言うより、小説を書こうとする時には、普通の方法ではストーリーを考える所から入るでしょう? そしてそれに適した人物が設定されるという方向で書かれるのが一般的だと思う。ミステリーなんか、わりとそうですよね。ウチは逆。ここまでのところは、単にマーティやアレクというキャラの人物設定をやってるだけで、それが出来るとあとは勝手にキャラ本人が動くからストーリーも動く。ひとりひとり、現実の人間と変わりがないので、中心的な本編とは何の関係もないエピソードも山ほど出て来る。私はお話に出て来る連中と遊んでたいだけなんで、そういうのも全部書く。おのずと長くなる、というわけです。とてもじゃないけど、スペース区切られてなんてやってらんないですよ。それに、そういう細かいエピソードの集積が、ひとつの「お話の世界」をより鮮明にしてくわけだし、その人物の、その人格を存在させしめるためには、過去における瑣末なエピソードが蓄積する必要もあるわけです。

それはそれとして、このへんまでだとまだ何が「イケナイ発想」なのか全然説明してないですね。まだまだ続きがあるんですが、今日は疲れたので「続く」ということにします。次回更新で、「その2」をやります。ここまで読んでしまわれた方、次回もおつきあい下さればうれしいです。

その2へ 

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