All of us start the moon and stars above *** 誰が世界を作ったか ***
UMMの最後には「I wrote you a letter, it said: You was dead」という一節がありますが、この曲はグリーンをトラブルから引き戻そうとする何者かと、それを強情に振り払って行こうとするグリーンとのやりとりで構成されています。曲想も始めの部分は何だか混沌としていて、地の底から響いて来るようなラッパーの語りで始まりますね。 今まで書いて来たことを読んで下さった皆さんには、もうこう言っただけでもこの曲の「you」、つまりグリーンが「You was dead(きみは死んだんだ)」と言う相手が何者か、おわかりになるかもしれません。言ってみればIntermission1でも書いたような天使とか聖人とかの「良き者」、若しくは「常識的な(理想とされる)人間の在り方」です。この曲が始め混沌とした曲想で始まるのも、人の精神の内側で様々な考えが交錯する様子を表現しているのかもしれません。 けれども、この歌詞の中で最も重要なのは、「All of us start the moon and stars above, Oh all that hurt, girl, I got to stay in love(我々が月も星も始めた、その全てが傷つける、ぼくは愛に留まらなければ)」という一節です。これは端的に言ってしまえば、「諸行無常、唯我独尊」をポップの言葉を使って詩的に表現したものだと少なくとも私は思っています。 説明しなければ何のことだか分からないと思いますが、この「諸行無常、唯我独尊」というのは究極の最終哲学とも言うべき概念の重要な要素で、簡単に言えば「この世のありとあらゆるものは移り変わる。しかしそれ故に自我のみが実在であり唯一尊ぶべきものである」というような意味です。 そこで先の「All of us〜」という一節に戻りますが、このusは何を意味しているのでしょうか。この歌詞で出て来ているのはグリーンとそれに対応する何者かの二人だけです。けれども all という単語は通常三者以上に対して用いるもので、この歌詞に登場する二人を指すのなら all of us とは言いません。少なくともグリーンの歌詞は、どれほど単なる言葉の羅列に見えようとも、始めから終わりまで必ず意味が通る内容を持っています。ここで何の関係もないusが出てくるわけはないんですが、それでは月や星を始めた「我々」というのは何者なのでしょうか。それはグリーンも含んだ我々「人間」です。 「人間」が「月や星を始める」というのは、かなり可笑しな表現だと感じられるのが当然だと思いますが、そもそも月や星のみならず、あらゆる存在物はただこの世にあらかじめ存在するだけで、それだけでは何の意味も持たない「モノ」に過ぎません。それではいったい誰が月を月と呼び、星を星と名付けたのか、それは「人間」でしょう? 哲学的にはこれは「概念づけ」と言っていい作業だと思いますが、「天地創造」というのは「天」を「天」と呼び、「地」を「地」と呼ぶ、その概念づけそのもののことを言うのだと私は思います。もともと地球は宇宙の中に存在していた物体の一つでしかありませんが、人間がそこに住まわった時に、「天」という概念も「地」という概念も、そして「月」という概念も「星」という概念も生まれたのです。"人変わり名変われど、「それ」は「それ」"、つまり月を「月」と呼ぼうと「moon」と呼ぼうと、ただ「それ」はその場に存在するのみ、ということでしょうか。言ってみればあらゆる概念は人間の自我から生まれたもので、だからこそその自我を尊ぶべし、ということなのですね。 このように人間は身の回りのあらゆる物を概念づけすることによって共通の認識を持つようになりました。それは月や星ばかりではなく、「男女」だとか「民族」だとかも同じように「人間によって作られた」概念です。 それが「All that hurt」なのは何故だと思いますか? もともと天地開闢以来存在したわけでもない、しかも所詮は我々現代人と同じ人間の作った「概念」によって、今までの歴史がどうなって来たか思い出して下さい。ありもしない「民族」だの「国」だののために、多くの人が血を流して来たのではありませんか? 所詮は「諸行無常」、悠久の時の中で攻防を繰り返し、現れては消える泡のような「概念」のために、人間は苦しみの歴史を刻んで来たとも言えるでしょう。だからこそ、「それらすべて」つまり「概念づけされたもの全て」が苦しみのモトになっているということです。歌詞の作者がそのような歴史観、世界観を持っているということは、この歌詞の最後の「In a sick land(病んだ土地の中で)」という表現からも伺えます。 そこで「I got to stay in love」は、そうして概念に支配され傷つけられることから逃れるには、Love、つまり「自己の内面から来る素直な声」にこだわらなくてはならない、と落ち着くわけです。 またこの部分のこうした解釈は歌詞全体の、彼に道を踏み外させまいとする何者かに対してグリーンのヴォーカル部分が、「You was dead」とはっきり否定して分かれを告げるという内容にも合致してくるものだと思います。なぜなら既成概念にこだわって、いつまでも彼を留めておこうとするのがグリーンの中の「you(きみ)」だからです。 この歌詞の場合、これだけの骨子を押さえておけば全体の流れを損なわずに訳すことが出来るでしょう。瑣末な部分には例えば「cut out」とか「shut down」とか、熟語の意味が多すぎて、この歌詞からだけではどうしても真意を判断しかねるものもあるからです。 ちなみに「cut out」には「消す、除外する、出し抜く、取って代わる、計画する、工夫する、逃げ出す、やめる」、shut downには「おおいかぶさる、たれこめる、仕事をやめる、休業する、押さえる、抑制する」などの意味があり、全体の流れからある程度を特定することは出来ますが、どれでも当てはまりそうで判断はなかなか難しいと思います。 どちらにせよ、それではこの曲は何を歌った曲なのかを端的に言うなら、「グリーンの中の良識や既成概念に左右される要素に対して、現在の彼が手にしている真理にこだわり、決別を宣言する曲」ということになるのでしょうか。UMMは歌詞の中にも「Too much 'umm' drives a man insane(あまりに多い「UMM」は人を狂気に陥れる)」とある通り、グリーンの頭の中でともすれば過多になりがちで、彼を混乱させる結果を招く何かでしょう。また曲想も、お説教部分(ラッパーの語り)は混沌として暗く、グリーンの歌う部分は「未来」を手にした者らしく元気でリズムのある表現になり、コーラスで更に元気良く繰り返されるのが例の「All of us start〜」です。そして最後にはそれらが混乱し錯綜して、最終的に「You was dead」と宣言されますが、曲想も歌詞に呼応した表現がなされているということなのでしょう。 以下に訳を記しますが、何度も言うように、これはあくまで私個人の以上のような解釈をモトにしたものです。詳細に関しては、最後で説明します。
さて、そういうわけで細部の補足説明をさせて下さい。 まずラッパーが警告を発するのに対して、 「太陽が輝いてるってことも知らなかった、夜か昼かも分からなかった、暗い雲が垂れ込めていようと気にしなかった」 という部分は過去形で、以前は彼が何かに夢中で回りを気にしていなかったことを表現しています。しかし今は現在進行形で「サロメを見ている」。サロメは預言者ヨハネの首を切り取らせて我が物とした女性ですが、個人主義者としても有名なオスカー・ワイルドがその戯曲で描いたことからもわかるように「自我に忠実な人間像」の象徴でもあります。 そのあと例のコーラス部分が入り、またラッパーの反論部分の後にグリーンがそれを否定するという流れになります。 そして「少女に永遠の忠誠を誓ったのはぼくだから、彼女に罪はない」、この「my world(ぼくの世界)」を約束した少女というのは彼の現在持っている哲学そのものでしょう。グリーンが自分のなかで喚いている者を否定する、その背景である彼自身の哲学に忠誠を誓っているからこそ、いくら警告されようとも「You was dead」なのです。次の「太陽の照る土地へ行くべきだった、グリーンは今電話に出られません」ですが、これは太陽が輝いてることも知らずにいた彼ですから、「太陽」=「真理」の照らす場所にいるべきだったと過去を後悔し、「電話に出られない」というのは、「きみ」の相手はもうしない、ということなのでしょう。そしてこの節の最後「暗い星のように輝くはずだった、許されない彼女のように」で、ややこしいのが「Like baby won't allow」を、どう受け取るかです。これは前行から続いている部分で、「I could have shone a dark star like baby (that no one) won't allow」と目的格関係代名詞を補って考えるのが妥当でしょう。Likeとあるからには何かbabyと似たものが一文の中に入っているはずで、「baby」と同格に扱われなければならないのがこの「a dark star」です。「won't allow」は「baby」を修飾しており、「baby won't allow」を単純に「ベイビーが許さないだろう」とbabyを主語にして訳してしまっては、Likeが入っている意味がありません。このbabyはグリーンが「世界を約束した」少女と同じもので、常識的な考えと対極にある彼の発見した真理、哲学といったものでしょう。しかしそれは一般的に許されていないからこそ「a dark star(暗く輝く星)」と同格であり、「won't allow(決して許されないもの)」なのです。言ってみればこの歌詞の中でグリーンが「I got to stay in love」と歌う「Love」と「Promised my world to a girl forever」の「a girl」、そして暗く輝く星のような「baby」は全てイコールされる存在ということになります。 次にラッパーがまた未練がましいことを歌いますが、その後の部分ではグリーンは「困難に耐えて進め(walk through)」という常識的なアドヴァイスにはウンザリしているので「気分が悪くなる」、けれども彼自身は今でも世界が混沌としていることに疑問と怒りを捨てきれず、この「病んだ土地(世界)」で彼自身も病んでいるが、それに対して具体的に何か出来るという見込み「plan」もない。最後の2節は曲としての構成も考慮された結果だと考えられますが、別のラッパーによって歌われ、内容的には世界が同じ混沌を繰り返す中で変わりばえのしない泥沼に引きずられて、あれこれ考えに悩まされ堂々巡りしながらも何か閃くものもある、という彼の頭の中の混乱を表現しているものでしょう。 そして最後、「I can't let it go to my head」、これは直訳すれば「それをぼくの頭に行かせることは出来ない」で、つまり「ぼくはそれを受け入れられない」ということです。では「それ = 彼が受け入れられないもの」とは何か。もちろんこの後に「So I wrote you a letter 〜(だからぼくはきみに手紙を書いた)」と続くのですから、「それ」は「きみ」、つまり彼に常識的な人の道を説こうとする存在であり、突き詰めて言えば「常識的な考え方」そのものなんですね。だからこそ最後で「You was dead」と宣言されて終わることになります。否定され受け入れられないのが「きみ」だからこそ、グリーンは当の「きみ」に手紙を書いて、その死を宣告するのでしょう。 彼の作品のバックグラウンドには、このように大きな歴史に対する認識がありますが、それはこのアルバム2曲目の「Tinseltown to the Boogiedown」にも表れており、この曲で繰り返される「timetable」もタイトルである「Tinseltown to the Boogiedown」も歴史のことを指しています。 では、この章はこのくらいにしておきましょう。 2003.7.13.改稿
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