「それでね、京都の後は大阪にも回ったんですけど、タコ焼き食べたんですよっ、タコ焼き♪」
「ほ〜お。ウワサには聞いてるけど、うまかった?」
「それがなんて言うか、ものすごくビミョーなの。あれを美味しかったと言っていいのかどうか...。美味しくないっていうわけじゃないんですけど、スシとか日本料理を美味しいと言うのとは全然違ってて、でもなぜか、後を引いちゃう味なんです」
「へえ」
「関西の人は特に好きで、ごはんのおかずにしちゃったりもするんですって。あれもやっぱり、日本の味なのかな?」
数日してデュアンが到着すると、シンプソン家の別荘は俄然にぎやかになった。ただいてもぱっと場を明るくするキャラなのに、今のデュアンは初の東洋旅行帰りとあって山ほど喋りたい話題を抱えていたからだ。ランドルフたちが聞き役に回ってくれているので、夕食後のサロンではまさに独演会たけなわである。
「タコ焼きの他にイカ焼きというのもあって、これがヘンなんですけど、なぜか京都のお祭りで食べたのと大阪で食べたのは違ってるんです」
「タコの代わりにイカが入ってるんじゃないのか?」
「大阪で食べたのはそうなんですけど、お祭りで食べたのはイカまるごと焼いてあるの。どっちかっていうとぼくは丸ごとの方が美味しかったと思うんだけど、お好み焼きタイプも捨てがたくて」
それへ、今度は横からファーンが尋ねた。
「お好み焼きって?」
「えっと、何て言ったらいいか、日本版キッシュみたいな?
キャベツとかシーフードとかを小麦粉を溶いたものと混ぜて焼くんだよ。普通、お好み焼きってこれくらいの大きさなんだけど、イカ焼きは小さくて、このくらいなのね。味はタコ焼きとよく似てて、卵入りとかもあったっけ」
「なんか、ちょっと味の想像がつかない。どっちも食べてみたいけど...」
「あ、じゃ、兄さん。今度、食べさせてあげる。ママがタコ焼き気に入っちゃって、タコ焼きメーカー買うっていうから、ぼくも一緒にうち用のを送ってもらったんだ。もうそろそろ着いてるんじゃないかな。ローデンに行く前にうち食べに来る?」
「行く!」
「タコ焼きって、メーカーがないと出来ないのか?」
「ワッフルとかと同じで、形が決まってるんです。まんまるくて、ゴルフボールくらいの大きさかな。でも、お好み焼きならできると思いますよ。ママがレシピ教わってたから、聞いてみましょうか?」
「よし、聞け聞け。明日にでも作ってみようぜ。材料はキャベツとシーフードと?」
「シーフードのだけじゃなくて、ポーク入れたやつとか、ネギ山盛りとか、広島焼きとか、いろんなのがあって、このネギ焼きっていうのがまた美味しいんですよ〜っ」
「へえ、そりゃ、ぜひ食ってみたいな」
「じゃ、ママにレシピ聞きますね。携帯取ってきます」
言ってデュアンは速攻で立ちあがり、自分の部屋に駆けて行った。
「面白そうだな、日本」
「ですね」
サロンに集まっているのはランドルフとファーン、ウィルの他にも二人いる。マーリンとレンといって、どちらかと言えばランドルフと仲のいい少年たちだが、寄宿舎暮らしということもあって特に同級なら満遍なく顔見知りのウィルとも知らない間柄ではない。素行はランディと似たようなものだが成績は悪くなく、ゆわえる"優等生不良"というタイプの奴らだ。だから、ウィルともよく口をきく方だろう。ファーンも顔くらい知っていたし、唯一、初対面なのはデュアンだったが、このコに限って人見知りはありえない。メリルのようによほど合わないタイプとデュアン自身が思わない限り、仲良くなるのにそんなに時間はかからないのだ。デュアンが戻ってくるのを待ちながら、ウィルが言っている。
「日本って不思議な国だって聞いてはいたけど、特に京都って行ってみたいね」
「やっぱり?
実はランディと来年行こうかって話してたんだ」
「え、ほんとに?」
「うん。デュアン、お父さんの知り合いに案内してもらったらしくって、その人が次はぼくも一緒にって言って下さってるそうだし。だから、ウィルにも聞こうと思ってたんだけど」
「へ〜え、いいじゃない。行くんなら、ぼくも参加させてよ」
そんな話をしているところへ、デュアンが部屋から戻って来た。既に、携帯で母と話している。
「うん、じゃ、メールで送って。待ってるから」
言って通話を切りながらソファにかけたデュアンにランディが尋ねた。
「どうだって?」
「メールでレシピ送ってくれるって」
「じゃ、来たら教えろよ。材料調達してもらうから」
「はい」
「よ〜し。明日は、"お好み焼き"パーティだぞ」
ランドルフに言われて、みんな期待顔で頷いている。
「そう言えば、マーリン。きみって、以前、日本に行ったことなかったかい?」
話の流れで思い出したらしくウィルが尋ねると、相手はちょっとびっくりした顔で答えた。
「うん。でも、よく覚えてるなあ。2、3年前の話なのに」
「お土産をもらった覚えがあるから」
「そうだっけ?
ただ、ぼくが行ったのは東京だよ。親父の取材にくっついてったんで」
マーリンはダークブロンドで丸顔に眼鏡をかけた愛嬌のある少年だ。彼の父はクランドルでも有名な作家でジャーナリストでもある。
「東京ってどう?」
「普通に都会って感じだったけど?
むしろ鎌倉とかの方が古い街で雰囲気あったかも。話聞いてると、京都とか大阪ってぼくも行ってみたいと思うよ」
「でしょ、でしょ?
そうそう、ママがね、今回はぼくも一緒だったんで、大阪でヨセに行けなくて残念だとか言ってました」
「なんだ?
ヨセって」
「クラシックなコメディのストーリーをメインに聞かせてくれる劇場なんですって。ラクゴとかいって、日本のトラディショナルなパフォーマンスらしいですよ。他に、何人かでやるトークショーもあるって」
「へえ」
「くやしいけど、ぼくまだ日本語ちょっとしか分からないじゃないですか。でも、来年行くなら、ぜひ挑戦してみたいと思って燃えてるんです」
デュアンが決意も新たな様子で言うものだから、ウィルは思わず笑って言った。
「すっかり、日本が気に入っちゃったんだねえ」
「本当に面白かったんですもん。食べ物も美味しいし、いろいろこっちと違ってて」
そんなわけで、その夜はそれからもデュアンの旅行体験を中心に話がはずむこととなった。パディントン夫妻の手前もあったので、今夜はみんなおとなしく食事の後はお茶やコーヒーにしているが、お菓子はデュアンが山盛り買いこんで来た和菓子や駄菓子で、それも折に触れて話のタネになっている。
「しかし、また買いこんだもんだよな、うまいけど。持って帰ってくるの大変だったんじゃないか?」
「すぐに配るお土産用だけ持って帰って来たんです。後は、家に送ってもらって...」
「この上、まだ送ってもらったのか?!」
「もちろんです。今どきは、こっちでも本格的な和菓子が買えたりするから行く前はそっちに期待してたわけじゃなかったんですけど、行ってみたら食べたことないものもいっぱいあって。でも、クズキリとかアンミツとか、夏のお菓子でめちゃ美味しいものもあったのに、それってナマモノだから送れなくて。ママと、こっちの和菓子屋さんに特別注文で作ってもらえないか聞いてみようって言ってたんです」
「もしかして、親子してけっこう食いしんぼか?
そのわりに、おまえ太らないよな」
「食いしんぼと酒豪は血筋なの。うち、ママだけじゃなくて、お父さんも食べるの好きですよ。最近のお気に入りはバッファローズのアイスクリームで、一度連れてったら気に入っちゃったらしくて、買ってこい、買ってこいって」
これにはファーンを除く全員から驚愕の声が上がった。
「おい、ちょっと待て。連れてったって、あの、モルガーナ伯爵をか?
バッファローズに?」
「あれ?
知りませんでした?
それ密かに写真撮られちゃったみたいで、一時期、ネットで大騒ぎされてたのに」
「そりゃ、するわなあ。"氷の王子さま"が子連れでアイスクリームじゃ」
「かもしれませんけど、以来、ちょっと連れてきにくくなっちゃってて。抗議のメールとか来ちゃうんですよお、もお、ファンから山ほど。イメージ崩れるからやめて〜とか、私のデュアンさまを取らないでとか。おかげでぼく、ブログで使ってたアドレス変えなきゃならないくらいだったんですから」
「アイドルだもんな。子持ちになったってだけでも、あの騒ぎだったし」
「お父さん自身は全然気にしてないんですけど、迂闊なことはもうできない雰囲気で」
「まあ、ぼくもお父さんと会う前だったら、びっくりしたと思いますね。母に言ったら、"ディらしいわね"って笑ってましたけど」
「そうなのか?
でもさあ、うちの学校には伝説があるんだよな。それによると、すっげえ美形だけど、めちゃ気難しくて気位高くて近寄りがたくて、対等につきあえたのはロウエル卿くらいだったって。だから、"氷の王子さま"なんだろ?
世間ではみんな、そう信じてるぞ」
「ぼくも信じてましたよ。ね、兄さん?」
「うん」
「芸術家としては、ある意味、今でもやっぱりそうなんですけど、おじいさまに言わせると、年取るにつれて人間が丸くなったとか、こなれてきたとか。だから、十代の頃なら、その伝説に近かったかもしれませんね。でも、おじいさまやアレクさんは、"ディはやっぱりディ"って言ってました。根のところは変わらないっていうか、そうすると子供の頃から今のキャラもあったってことじゃないかと。ただ、マーティアは彼ってそういうとこ"身内"にしか見せないって言ってたかな。だから、世間は知らなくて当然というか」
デュアンの話に、みんな興味深そうに頷いている。彼らにとってディは母校の大先輩にあたることでもあり、身近で話題になることもあって何かと気になる存在なのだろう。
「なんかでも、返ってそれカッコいいかも。もっとやたら気取った人かと思ってた」
言ったのはレンだ。さらっとしたブロンドにブルーの瞳を持つ繊細な感じのする少年で、日頃からディにはちょっとした憧れを感じているらしい。父を早くに亡くしているとはいえ貴族の家柄で、未亡人の母はアンナと親しい友人でもある。彼の言うのへ、ファーンが答えた。
「彼の場合、そもそも人からどう思われるかなんて気にしてないみたいで、ゴーイング・マイ・ウエイっていうか、そういう回りに無頓着なとこが気取って見えるのかもしれませんね」
「へえ、そうなんだ。けっこう意外」
「おい、今おれふと思ったんだけどさ、デュアン、あの華麗な豪邸の中でタコヤキするのか?
すっごいシュールじゃないか、それって。もしかして、モルガーナ伯爵も一緒に?」
ランドルフに言われて皆、想像してしまったらしく、デュアンも含めて大爆笑だ。
「しますよお、もちろん。お父さんも絶対、参加させちゃう」
「って言うか、自ら参加するよね、お父さんなら」
「するする。ぼくのお土産も喜んで食べてたし、日本贔屓だもん。自分も何回も行ってるくらいだから」
それでみんなしばらく笑い転げていたが、おさまってくるとランドルフが皆に尋ねた。
「ああ、そうだ。で、デュアンも来たことだし、明日はどうする?
やっとみんな揃ったから、ヨットでも出すか?
釣りやダイビングもできるぞ」
「あ、ぼくそれ賛成!」
「いいですね」
他のみんなも同意したので、翌日の予定はすんなり決まった。
「でも、ウィルはモーターボートの方がいいんじゃないの」
「いや。一日くらいみんなにつきあうよ。こっちに来てから、毎日乗ってたし」
「初心者のわりには、けっこううまく乗ってたけど、おまえ、ほんとに好きなんだな」
「うん。乗れば乗るほど好きになる感じで、先生も良かったからねえ。あのくらいのボートが一人で乗りまわすのにはちょうど良くて楽しいけど、パワー・ボートも夢なんだよ。ルーク博士とこのビースト、あれは凄い体験だったし」
「へえ、そんなに凄かったのか?」
「ド迫力。凄まじいパワーで、本気で"野獣"だったな。パワー・ボートにもいろいろなのがあるけど、あれは破格だったね。まさに"モンスター"」
「ウィルは、あれでハマっちゃったんだよね」
「そう。う〜ん、いいなあモーターボート。うち、ヨットはあるけどモーターボートはまだないし」
「ダドリー叔父さんと大じいさまが、船ならヨットだ!
だから」
「なんだよね。そりゃ、ヨットも悪くないけど」
「しかし、なんかおまえがパワー・ボートって意外な一面発見だな」
「そう?
言われてみると確かに、クルマでそんなにスピード出したいとは思わないんだけど、なんでだろうね、船は感覚がちょっと違う。道路に比べて海の方が解放感強いからかもしれないな」
既に十時も過ぎているが、夏休み真っ只中ということもあって、ただでさえ盛り上がりまくっている彼らのお喋りはまだまだ続きそうだ。
original
text : 2012.4.12.-4.29.
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