「なんかさあ、休暇明けからこっち、おれはバイトで疲れまくってんのに、ウィルのテンションが高くってさ。何をあんなにハリキリまくってんだよ、あいつは。そんなに休暇中、楽しいことがあったのか?」

休暇のあと、ファーンたちが学校に戻ってから数日が経っている。その日の授業も終えて、ファーンは以前ランドルフと話していた彼の友人たちの演劇公演のことを聞いておかなければと思い出したのだ。それで、彼がいつも昼寝場所にしている丘の上の大きな木の下まで来てみると、案の定、探すまでもなく見つけることが出来た。また自主休講を決め込んでいたらしい。

「楽しいことなら、いっぱいありましたよ」

「まあ、座れよ」

「ええ」

言われてファーンは、彼の側に腰を下ろした。

「で? あいつがいつにも増して勉学に燃えてるのは、やっぱりそのせいなのか?」

「そうでしょうね。それに関しては、ぼくもウィルと同じ気分なんで」

「面白そうだな。何があったのか聞かせろよ」

「いいですよ。休暇中、IGDのトップ三人と一緒に過ごすことが出来たんです。それも、1週間も。ぼくの父も一緒で、ウィルは誰とも会うのが初めてだったから、特にインパクトが大きかったんじゃないかな」

「へえ、ウィルのやつ、ルーク博士やアリシア博士と会えるとか言って初手から舞い上がってたけど、三人てことは、じゃ...」

「お二人に加えて、ロウエル卿まで」

「そりゃ、けっこう凄いな。その上、モルガーナ伯までとは豪気だね」

「あなたでも、そう思いますか」

「あなたでもって、それは誰だって思うと思うぜ。いまどき、あの四人が揃うなんてこと公の場でもそうはないっていうじゃないか」

「そうですね。みんな、忙しい人たちばかりだから」

ランドルフは納得した様子で、なるほどなあと言っている。

「それなら、休暇明けの試験週間をフイにしても、休みを延長するだけの値打ちは大アリだったってわけだ」

「ええ」

実は、今度の休暇では子供たち三人とも、通常の学校の休暇期間を延長する届けを出しておいて旅行に出かけたのである。大旅行になりそうなのは最初から分かっていたからだが、そのせいでファーンもウィルも、いつも大きな休み明けに行われることなっている全科目定期試験をパスする形となった。しかし、休暇を延長するためには学校が課外活動として有意義と認めた内容でなければならず、従って、試験を受けない代わりにその成果についてレポートを提出しなければならない。休み明けの定期試験がないデュアンの学校でも、休暇を延長するためにはこのレポート提出が義務付けられていて、総合成績に反映されることになっている。もちろん、三人ともトリプルAを獲得できる内容を提出できることについては、始めから十分な自信があった。

「最初、オーストラリアに行ったんだよな」

「そうです。そこで1週間ほど観光したんですけど、それからアーク号と合流してルーク博士たちの屋敷がある島に行きました」

「島って、どのへんの?」

「太平洋上にある島で、元々は無人島だから公の名前はないみたいです。IGDの所有になってて、そこにルーク博士たちの家のひとつがあるんですよ。他にも、いろんな所にあるそうですけど」

「おいおい、じゃあ、もしかして島ごと別荘なのかよ」

「そういうことになりますね。他に人は住んでないし」

「ひえ〜、おリッチ」

「驚くのはまだ早いですよ。個人の屋敷とはいえ、ハンパなリゾートホテルなんて足元にも寄れないような南欧風の素晴らしい建物で、道路は滑走路としても使えるんですって」

「滑走路って、なんだよ、まさか飛行機まで飛ぶんじゃないだろうな」

「飛ぶんです。事実、ロウエル卿のプライヴェート・ジェットが降りてきましたし」

「そりゃ、あるだろうけどさ、ロウエル卿なら自家用機くらい。しかし、滑走路まで自前かよ」

「それは、ぼくも聞いて驚きましたけどね。その上、いろいろな場合を想定して、ふだんから島に自家用機は2機常駐してるし、ものすごいモンスター・ボートだってあったんですよ。もちろん、ヨットや小型のモーターボートも」

その上、話すクルマまで、と言いたいところだったが、マーティアとの約束があるのでファーンはぐっと我慢した。

「何でもアリだな。全く、金持ちってのはキチガイと同じだってよく言うけど、本気でアタマどーかしてんじゃねえ? って疑いたくなるよ。それも、そこ一か所じゃないわけだろ?」

「ええ。でも、ロウエル卿たちの場合、単なる富豪の酔狂じゃありませんからね。仕事柄、どうしても必要なことのようで」

「ふうん...。まあなあ、そういうこともあるのかもしれないけど、とにかくスケール違うな」

「ぼくも、そう思いました。でも、ぼくやウィルには、そういうことよりもやっぱり、皆さんと親しくお話できたことが何より大きいんです」

「まあ、おまえらならそうだろうな」

「ぼくはビジネスの世界って元々面白そうだとは思ってましたけど、それって遠くから"いつかは"って感じの、まあ言えば憧れみたいなものだったんですよね。でもそれが、突然、現実的に見えて来たっていうか、今までと違って"もうすぐ本当に、この世界に入るんだ"って感じになったっていうのかな。そうなると、これはもうもっともっといろいろ勉強しておかなくちゃと思うじゃないですか。ウィルはクロフォード家の跡取りという立場でさえなかったら、どちらかというと学者志望だったようなんですけど、それがルーク博士と話してるうちに自分の立場を前向きに受け止めることができるようになったみたいで、結局、ぼくたちにとって何か決定的なものを感じさせる旅行になったことは確かなようですね」

ファーンの言うのへ、ランドルフは納得顔で頷いている。

「帰りはね、ロウエル卿が一緒に帰ろうって言って下さって、彼のプライヴェート・ジェットでクランドルまで一気に飛んだんです。もお、最高でした。その間にも、世界中からどんどん仕事が舞い込んで来ていて、皆さん、それをこともなげにさばいてらっしゃいましたけど、ちょっと聞いてるだけでも、どれほどIGDの活動範囲が広いか垣間見えましたね。あれを見ればウィルやぼくでなくたって、わくわくしてきても仕方ないんじゃないかなあ」

いつもは落ち着き払っているファーンがずいぶん嬉しそうに言うものだから、彼がウィル同様に舞い上がりぎみなことがランドルフにも分かったらしく可笑しそうに笑っている。コイツもホントのとこ、まだまだ年相応に可愛いもんだぜ、と思ったのだろう。

「島にいる間は弟と一緒にダイビングを習ったんですけど、これまた素晴らしくてすっかり病みつきになりました。今度はぜひ、オーストラリアでも潜ってみたいなと思ってるんですよ。ウィルは船舶免許に挑戦すると言って、モーターボートの操縦を習ってましたけどね」

「へえ。じゃ、夏にでもウィルと一緒におれんちの別荘に遊びに来いよ。海の近くだから、どっちも楽しめるぞ。そうだ、あのカワイコちゃんの弟も誘えよな」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんさ。まあ、別荘くらい、おまえんちだってあるだろうけど、場所が変わると気分も変わるだろ?」

「ええ。それは、楽しみだな。デュアンにも言っておきますね」

「ん」

「じゃ、あなたもダイビングやボートって詳しいんですか?」

「まだ、ちょっとかじったって程度だよ。おれはどっちかっていうと、今んとこバイクの方が面白いし」

「バイクか、いいなあ...。ぼくはライセンス取るだけでも、まだまだ先ですもんね」

「ライセンス無くっても、うちのテストコースだったら乗せてやれるけど」

「え」

「おれも、おまえくらいのトシにはもう乗ってたか。バイクだけじゃなくって、もちろん車やカートも走れるし。ちょっとしたレースくらいなら出来るんだぜ」

「それって、お父さんの会社のテストコースですよね?」

「そう。親父の研究室の一部になってる」

「ああ、それで無免許でも乗り回せるくらいだったのか」

「まあな。でも、もうちゃんと免許は取ったから、昔の話は時効にしとけ」

「そういう問題じゃないでしょう?」

「いいんだよ。現行犯で捕まったことねえから。ともかく、乗ってみたいんだったらそのうち行くか?」

「えー、乗ってみたいのはみたいけど、どうしよう。お母さんがなんて言うかな...」

たいていの場合、即断即決傾向のあるファーンが珍しく"お母さん"などと言うものだから、ランドルフはますます可笑しくなったらしく、くすくす笑っている。それへファーンは、不思議そうな顔をして尋ねた。

「ぼく、何か変なこと言いました?」

「いや。おまえでもそうやって迷うことあるんだなって」

「だって、やっぱりこれって自分だけで決めれることじゃないし」

「じゃ、おふくろさんに聞いて来いよ。おれの方はいつでもいいから」

「あ、ええ。じゃ、聞いてみて大丈夫なようだったらぜひ」

ファーンの答えにランドルフは頷いている。

「休みの間とか、バイクでどこか行ったりしました?」

「今回は、労働にいそしんでたからなあ。あんまり遠出はできなかったんだ」

「って、じゃ、本当に休み中ずっとバイトしてたってこと?」

「そういうことになるな」

「どんなことをやってたんですか?」

「ああ、定番のウエイターから、港の荷運びとかな。夜中のドカチンもやったし。けっこう、面白かったぜ。めちゃくちゃ疲れまくったけど、後のメシがうまくってさ」

彼の叔父あたりなら、それがシンプソン・グループ次期総帥のやることかと青筋立てて説教モードに入っただろうが、そこは曾祖父から帝王学の教えも豊かなファーンのこと。ランドルフが何故そんなことをやってみる気になったか分かったのだろう。それは、なかなか人生経験豊富になりそうなアルバイトですね、と言った。

「お、分かってるじゃん」

「大じいさまがよくおっしゃるんですけど、自分のいつもいる枠の中から出ないのでは、世の中というものは分からないし、枠から出たことがない者に限って独善的になりがちだって」

「へえ、"独善的"か。なかなかいいこと言うじゃないか。おまえんちの化石」

「もお。化石じゃありませんってば」

「おれも今度、おじ貴に何か言われたら、そう言ってやろうっと。説得力あるよな、そのセリフ。さすが、長生きしてるだけあるわ」

そんな話をしている所へ、丘を登って来る人影があることに二人は気がついた。少し近づいてくると、どちらにもそれがウィルだということが分かったようだ。ファーンが手を振って見せると、ウィルもにっこりして二人に手を振り、歩いて来た。

「なんだ、ファーンもここにいたんだね。ちょうど良かった」

「うん。ちょっとランディに聞きたいことがあったから」

「おい、気をきかせろよ。せっかく二人っきりでいいムードだってのに」

「ごめんごめん。でも、美味しいもの持って来てあげたんだけどな、きみの好きなミンスパイ。ちょうど入荷してたから、強奪してきた。飲み物もあるよ」

毎回の食事はもちろん朝、昼、夜とダイニングに用意されていて、バイキング形式で好きなものを食べられるようになっているが、周囲は環境が良すぎて適当な店ひとつないときている。そのため、寄宿舎住まいの子供たちのために、お菓子や飲み物などを買うことができるショップが構内にあるのだ。さすがに口の肥えた子たちばかりだから品ぞろえもおごっていて、特に市内でも人気の店、ラ・フィエスタのミンスパイは一番人気の売れっ子だ。いつもあるというわけではないから、入荷していればすぐに売り切れてしまう。ドライフルーツをスパイスと洋酒などで漬け込んだものを詰めてパイに焼いたもので、クランドルではクリスマスに家庭でもよく作られるが、ラ・フィエスタでは特製のレシピで通年作っている人気商品でもある。

「お、そりゃ、気が効いてるね。よし、じゃ、参加するのを許してつかわす。まあ、座れ」

ウィルはそれに笑って腰を降ろしながら言っている。

「他にもいろいろ買ってきたから、みんなで食べよう」

「ウィル、今ね。ランディが夏にぼくたちを別荘に招待してくれたんだよ」

「へえ、ほんと?」

言ってウィルはランドルフを見た。

「ああ。おまえ、休みの間にモーターボートの操縦習ってたんだって?」

「よくぞ聞いてくれました。そうなんだよ。しかも、ルーク博士とロウエル卿から直々にだよ」

「へえ。それは凄いな」

「だろ? ぼくもまさか、あんなに親しくしてもらえるとは思ってなかったからもう嬉しくてさ」

「そりゃ、舞い上がるわな」

「分かってくれる? それで、忘れないうちに免許取ろうと思ってるんだ」

「だったら、夏休みまでに十分間に合うだろ」

「うん。でも、本当におしかけていいのかい?」

「任せろ。海の側だからボートもヨットも置いてるし、ファーンはダイビングやるって言ってるから。そうだな、他にも何人か誘おうか」

「いいね、楽しくなりそうだ。あ、二人ともどうぞ、食べて」

「んじゃ、ごちになります」

「有難う、ウィル」

二人ともウィルの勧めに従って、彼が持ってきたお菓子に手を伸ばしている。

「相変わらずうまいよな、コレ」

「ぼくも昔から大好きだよ。ファーンもだよね」

「大好物。うちでもよく買ってるし」

「今、ファーンに聞いてたんだけどさ、なかなかいい旅行だったみたいじゃないか」

「そりゃもう、最高だったよ。何よりルーク博士たちと、あんなにいろいろお話できたなんて、今考えても夢だったんじゃないかと思うくらいだ。なんだかんだ言ったって、ぼくなんてまだモノ知らずの子供じゃないか。それなのにちゃんと一人前に扱って、いろんなことを教えて下さったんだもの。なんかね、やっぱりあれだけ未曾有なことをやる人たちって、根本的に考え方が違ってるんだなってつくづく思ったな。いつでも新しいことに挑戦して、それを楽しんでらして。だから、どんなに高い地位についても、そこに安住して胡坐をかくようなところがないんだね。そういうところ、うちの大じいさまともよく似てるよ。一流の人物って、そういうものなんだろうけど」

「ベタほめだな」

「当然当然。思ってた以上に素晴らしい人たちだったんだから。ね、ファーン」

「うん。ぼくもますます頑張らなくちゃって思いましたよ」

「なにしろ、ぼくらには次世代の期待がかかってるとまで言われたらさ。これまでにも増して、しっかりしなくちゃと思うよね?」

「思う思う。ぼくも、早くロベールおじいさまに安心して後を任せてもらえるくらい実力つけなくちゃと改めて決心して帰って来たんだもの」

「それは、ぼくもだよ。これまではクロフォード家の跡取りっていう立場が重いなあと思ってたし、なんとか逃げられないものかといろいろ考えてたんだけど、今は潔く受け止めて全力で頑張ろうという決意が出来たしね。そうなればなったで、ルーク博士やアリシア博士のように本質的に学者という立場からでも、経済や経営に関わってゆけるという方法論もあるわけだし」

言ってウィルは決意も新たな様子で、ぼくは、やるよ、と締めくくった。しかし、その様子があまりに大マジメなのが可笑しかったのか、ランドルフがからかうように言っている。

「へいへい。頑張っておくんなさいまし」

「また、他人ごとみたいに。ぼくは、きみこそビジネスの世界に向いてると思ってるんだけどなあ。目端がきくし面倒見もよくって頼りになる、ホントはけっこうリーダータイプだからさ」

「な〜に言ってるんだか。おだてたって、そのテには乗らないよ」

「でも、今度の定期試験も何科目か、いいセン行ってるってドルトン教授が喜んでらしたよ。調子戻ってきてるんじゃないの?」

「じーさん連中なんてカンケイないね。おれはファーンに褒めてもらおうと思ってやってんだから。な? 褒めてくれるだろ?」

「はいはい。ここのとこ、あなたのことますます見直し中ですよ」

「おー、やったね」

「ぼくも、褒めてあげようか?」

「いらねーよ」

「なんで、そんなに冷たいこと言うわけ? こんなに激励している長年の親友に向かってさ」

「だっておまえ、いいなずけいるんだろ? おれというものがありながら」

「いいなずけ?!」

「ファーンが言ってたぞ」

「もしかして、ベッツィのこと言ってるの?」

「名前はまだ聞いてなかったな、そうなのか?」

「ええ。あ、ごめん、ウィル。言っちゃいけなかった?」

「いや、別に構わないけどさ、内緒でも何でもないから。でもまだ、正式に婚約してるわけじゃないし...」

「でも、してもいいなとは思ってんだろ?」

「まだ、分からないよ。ぼくは、まあ、そのうちそういう話も出るかなとは思ってるけど、でも、彼女がどう思ってるか、まだ聞いてみたことはないし」

「ぼくは、お似合いだって思ってるんだけどな」

「そお?」

嬉しそうに言ったウィルに、ランドルフが茶化すように言った。

「なんだよー、やっぱりおまえ、その子のこと好きなんじゃないか」

「いや、なんていうか、うんと小さい頃から長いつきあいで、まあ言えば幼なじみみたいなものかな。バーンズ卿のお嬢さんなんだけど大じいさまの代から家どうしが親しいし、妹のイヴの同級生だから、いろいろな集まりで顔合わせることも多くて。でも、なんてったって、ぼくらなんてまだこんなトシなんだから、どうなるにしてもずっと先の話だよ」

そう言いながらも、ウィルはまんざらでもない様子だ。なにはともあれ、三人ともまだまだ全てはこれからの十代である。自分たちの未来に雲ひとつの翳りもなく邁進しているウィルやファーンはもちろんだが、ランドルフにしても、いよいよ本格化してくる大学進学を控えて、どうやら本来の秀才らしい調子を取り戻しつつあるようだ。

それからも三人は、日が暮れてくるまでしばらくの間、お菓子をほおばりながらとりとめのない話に興じていた。今の彼らにとっては日常と言っていいこんな時間も、しかし数年すれば懐かしい思い出になるのかもしれない。

original text : 2011.9.4.- 9.23.

  

© 2011 Ayako Tachibana