「美味しいですっ、スシって何回も食べたことあるし大好きなんですけど、でも比べ物になりませんよ、これ!!
ワインとも絶妙のカップリングじゃないですかっ♪ぼく、もう断然サシミの方が好き!!」
本日のディナーはスシ&サシミパーティだよ、とマーティアが予告していた通り、テーブルの上には器に並べられた各種お寿司と豪華タイの活け造り、アワビやマグロなどの刺身が山盛りてんこもりに並べられている。大トロの刺身を一切れ口に入れるなり叫んだのは、もちろんデュアンだ。母もヘルシーな和食好きだけあって、ハシの使い方も堂に入ったものである。
「だろ?
きみたちはみんな、どうせありきたりなコース料理なんて食べ飽きてるだろうと思ってさ。好き嫌いはないって聞いてたし、日ごろあまり口に入らないものの方が楽しいかと思って取り寄せておいたんだ」
マーティアが言うのへ、ファーンやウィルたちも大喜びだ。
「ぼくは寿司バーでサシミも何回か食べたことありますけど、今日のは確かに一段と美味しいですよ」
ウィルが言うと、マーティアは本場モノだからね、と答えた。
「じゃ、日本から?」
「そう。朝に魚市場に上がったばかりのものを空輸させたから、新鮮さも抜群だと思うよ。まだまだあるし、思いっきり食べてよね」
それへデュアンから、有難うございます!
と気合いの入った答えが飛んで来たので、マーティアは笑って続けた。
「ちなみに、明日のブランチは飲茶の予定なんだけど、みんなどう?」
それにも、もちろん皆が盛り上がって口々に歓声を上げている。
「他にも準備してるから、楽しみにしててよね。あ、口に合うかどうか分からないけど、サシミならやっぱりサケかなと思って日本酒もいろいろ一緒に送らせておいたんだ。良かったら試してみて」
そんなわけで、今夜のテーブルはディナーと言うより宴会の様相を呈しているようだ。リデルも参加していて、魚は大好きらしくマーティアに取り分けてもらっては旺盛な食欲を発揮している。あっと言う間に大きな皿が次々と空になっても、間をおかずにチャールズやメイドたちが代わりを持って来てくれるので、しばらくはみんな食べるのに忙しい様子だったが、一段落ついたあたりでウィルがマーティアに言った。
「全くの別世界ですよね、ここって。港からここに来るまでも、まるっきり他の車を見かけなかったし、聞いていた通り、本当に以前から無人島だったんだなあと思って...」
「うん。この家にいる人間以外、ここに人はいないよ。動物はいろいろいるらしいけど、危険なのがいないのは一応確認してあるし」
「この家の皆さんは、ずっとここに?
って言うのは、どんなに快適でも、こういう所に長期間住むとなると...」
「ああ、退屈かもってこと?
まあ、普通ならそうだろうね。ただ、ここには物好きが揃ってるというか、みんな来たくて来た連中ばかりだから、それは気にならないみたい。特にこいつなんて...」
ちょうど代わりの皿を運んで来たチャールズを指して、マーティアが言った。
「シャバに出られない身だからね」
「言わないで下さいよ、マーティア。皆さん、びっくりなさるじゃないですか」
「いいじゃない。とりあえずのとこ、今はカタギなんだから」
話の成り行きに、興味津々の様子でデュアンが横から尋ねた。
「え、カタギって?」
「チャーリーは、元・詐欺師なんだ」
「ヤメて下さい、そんな品のない言い方は」
「はいはい。だから、いわゆるコン・アーティストってやつで、扱う額がハンパじゃなくてさ。おれはチャーリーの名前を聞けば逆上する金持ちを、両手の指じゃ数え切れないくらい知ってるよ」
「昔の話です」
それへファーンが不思議そうに言っている。
「それが、どうしてここに?」
「実は、大失敗をしでかしまして」
「よせばいいのに、身の程知らずにもIGD相手にひと仕事企んだというわけ」
「おかげで、この始末です。こちらの方がカモにされて全財産まきあげられました」
それに客たちがみんな、え〜っと叫ぶ横で、チャーリーはマーティアを指さして言った。
「極悪なのはこの人の方ですよ。殆ど最初から分かっていて私にやりたいようにやらせた挙句、最後でカードをオープンにするんですから。その上、インターポールに引き渡されたくなかったら、IGDに協力しろと脅すんです」
「自業自得だろ?」
「最初から成功しないだろうと分かってはいたんですが、若気の至りというやつで私も退屈してましたしね。なにしろそれまで失敗したことがありませんでしたから。ハンパな金持ちというのは尊大に構えているわりに頭が悪くて、コロコロひっかかるもので面白くもなくなっていて」
「お互い、退屈しのぎにはなったよな?」
「私の方は非常に高くつきましたけどね」
内容のわりには、どちらもさほど重大なことではないという様子で話している。チャールズもマーティアのことを名前で呼んでいるし、どうやらこの二人は今では主従と言うより、むしろ親しい友人どうしと言う方が正しい間柄のように思われた。ウィルが言っている。
「じゃ、ここにいる方が安全だということで?」
「そういうこと。それにチャーリーは商売柄、世界中の法律に精通してるんだ。他にもいろいろ余技があってさ。それで側に置いとくと重宝なんだよ。こういうヤツはうちで首に縄つけとく方が、野放しにしとくより世の中の役に立つしね」
「この通り、言われ放題ですよ。でも、全財産握られてるから文句も言えません」
「だから、真面目に働いててくれれば、そのうち返してやるって言ってるじゃない」
「はいはい」
「あの...」
遠慮がちに口を挟んだのはデュアンだ。マーティアがそちらを向いて、何?と言うと、デュアンはおそるおそる続けた。
「全財産って、どのくらい...、あ、好奇心強くてすみません!」
マーティアはそれに笑って、その好奇心を満たしてやった。
「ざっと見積もって、数億ドルってとこかな」
これには、さすがに皆がぶっ飛んだ様子だ。
「それだけ稼げば、退屈もするよね。当然、そのぶん執念深く追いかけられてもいるわけさ。でも、たいていのところブラック・マネーに等しいようなものばかりだから、情状酌量の余地ありってことで。今更八つ裂きにされるのも可哀想だし」
「確かに、ここは私にとって天国ですよ」
「不便に見えるけど、ハンガーには足の長い...、つまり航続距離の長いジェットも2機は常駐させてあって、それチャーリーが操縦できるからね。見た目ほど身動きとれない絶海の孤島ってわけでもないんだよ」
「ジェットですか?
でも、滑走路は...」
ファーンの質問に、チャールズが答えた。
「ここの道路はドイツのアウトバーンのように、滑走路としても使えるんですよ」
それにはみんな、つくづく感心している。何から何までここは、と言うよりもIGDという組織そのものが彼らの想像をさえ遥かに超えるスケールだということを、改めて見せつけられた気がしたからだろう。チャールズのことにしても、ちょっと他では聞けないようなエピソードだ。
「ウィルの言う通り、本当に別世界ですよねえ、ここって。ぼく、お父さんの家に初めて行った時も思ったもんですけど、なんか、こういう世界があるんだなあって感じで...」
デュアンが言うのへ、ファーンも頷いている。
「うん。環境だけじゃなくて、アシュバにも驚かされたし」
「そうそう。あんな凄いクルマが実在してるなんて、この目で見てても未だに信じきれませんよ。でも、十年くらい前には...って、もーしかしてぼくが生まれる前?
には、もう存在してたんでしょ?」
「そのくらいにはなるね。いろいろあってボディは最初の頃と変わってるし、性能もかなり向上してるけど、基本的には、おれが十六の時に作ったんだからかれこれ...」
マーティアは何気ない様子で言いかけたのだが、これには皆から壮絶な反応が返ってきた。
「十六ですか?!」
「それって、今のウィルと同じくらいですよね?!」
「言わないでよ、デュアン。元々、よくよく分かってはいるけど、最初にアシュバの話を聞いた時から、ぼくは思いっきり落ち込んでるんだから」
「あ、ごめんなさい」
「でも、大丈夫だよ、ウィル。同じことができる人なんて、この世に絶対、他には存在してないから」
「慰めになってないよ〜、ファーン」
マーティアにとって、このテの反応は大して珍しいことではないので笑いながら言っている。
「だから、おれ一人で作ったわけじゃないってば。その頃もう、ヒューマノイド用のプログラム開発のために研究室は持ってたし、それをちょっと流用して...」
「でも、それって当時、研究してらしたことのほんの一部だったんでしょう?」
「まあ、そうなんだけど。思いつくといろいろやり始めちゃって、中にはザセツして放りっぱなしってのも山ほどあるしさ。そんなもんだよ、科学者なんて。そのうちで成功したものがいくつかあれば僥倖ってもので」
言われても、皆それで納得できるわけはなかっただろうが、同時に天才の思考の一部を垣間見たような気もして妙に感心してもいる。
「何だって完成するまではトライアル・アンド・エラーの繰り返しなわけでね。ひとつふたつ成功すれば世間は天才だの何だの言ってくれるけど、本人がそんなのマに受けてたらそれこそバカって話だよ」
「それはそうかもしれませけど」
「"やってみよう"ってとこで既に楽しいんであって、ダメもとっていうかさ。そういうのがないと、生きててもつまんないだろ?」
皆がそれになんとなく納得しつつ頷く横で、リデルがひょいと口を挟んだ。
「お勉強って、楽しいもんね?」
ウィルから"天才少女"と聞かされていただけに彼女のこの発言には思い切りインパクトがあったらしく、ファーンもデュアンも、おおっと、という顔で言っている。
「仰る通りです」
「これは一本、取られましたね」
二人の反応に、ウィルも笑って言った。
「うん、原点ですよね、それって」
「そういうこと。で、やってるとたまにアシュバみたいなのが生まれてきたりするわけさ。十何年もつきあってるから、おれにとって今ではあいつは"クルマ"って言うより家族だけどね」
「いいなあ、あんな家族ならぼくだって欲しいです〜」
「ぼくだってですよ。ライセンスを取れる年になったら欲しいと思ってた車はいろいろあったのに、アシュバを見た後では...。一般化するには、いろいろ問題が伴うって聞きましたけど、今でも無理なんですか?」
ファーンの問いに、マーティアは頷きながら答えた。
「技術の一部を流用することは出来ても、全部はダメだな。技術的な問題ではなくて、主に社会的な状況の方が難しいから。だから、あいつのことはきみたちも内緒にしといてよね」
皆はそれに口々に秘密厳守を誓いつつも、IGDのトップシークレットのひとつをマーティアが特別に自分たちには見せてくれたことが、とても嬉しかったようだ。その後、話はアシュバのことからアークのことになり、更には子供たちのオーストラリア体験、お披露目騒動の話題などにも及んで、美味なサカナと酒を楽しみながら際限なく続いてゆきそうな気配だった。マーティアが皆の質問に気軽に答えてくれることや、リデルが折りにふれてタイムリーなコメントで笑わせたこともあって、いつの間にか最初の緊張感は薄れてゆき、一日めにして早くも和気あいあいなムードが漂い始めている。
しかし、そうこうするうちに九時を回るとリデルが眠そうに目をこするようになってきた。どうやら起きているのが無理な時間になってしまったらしい。マーティアはそれに気付いてチャールズを呼ぶと、彼女を部屋に連れて行って寝かせてくれるように頼んだ。リデルは皆といるのが楽しいらしく、自分だけベッドに追いやられることが不満そうだったが、さすがにこの年のコにこれ以上の夜更かしはキツすぎるのだろう。マーティアに明日からもしばらくみんないるんだからと宥められると仕方なく椅子を立ち、客たちに可愛らしくおやすみなさいの挨拶をして、チャールズと一緒にダイニングから出て行った。
食事はあらかた済んでいたものの、話はまだまだこれから盛り上がるといった風情だったから、マーティアはリデルの退場をしおに座をサロンに移すことにしたようで、皆へそちらに移るよう促した。屋敷の外では南海の孤島の夜が静かに更けつつあったが、サロンではしばらくして運ばれてきたブランディと様々なチョコレートや、ちょっとしたオードブルを楽しみながらのお喋りが続いている。マーティアは子供たちが思っていた通りに勉強熱心で聡明であることを確認して個人的に気に入ったのはもちろんのこと、彼らがそれぞれの家を継ぐことで今後のクランドルを担う存在であることにまずは満足した様子だった。
original
text : 2011.5.18.-5.22.
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