サロンでひとしきり話した後、客たちはそれぞれの部屋に通されてディナーの時間になるまでひとやすみということになったが、子供たちはここに来てから見聞きしたいろいろな出来事について語り合わずにはいられない気分になっていたようだ。そこで誰からともなくファーンの部屋に集まって、今や盛大に盛り上がっている。

「ほんっとーに、一目見てよく出来た人形か何かだと思ったんですよね、最初。だから、びっくりしちゃって」

「うん、ぼくも一瞬、判断がつかなかった」

「何? リデルのこと?」

「そうです。ぼくたちウィルより先に車から降りたじゃないですか。で、最初に見たのがルーク博士...っと、マーティアがリデルを抱っこしてるところだったの。みとれちゃいましたよ、はっきり言って」

「ちょっと他にない美形兄妹だよね」

「ですよねーっ。あの二人の美しさを絵に留めておけたらと思いますけど、ぼくの今の技量ではとても...。ああ! ここにお父さんがいたらいいのに! どんなに素敵な絵になるだろう...」

それにウィルが笑って言った。

「うん、確かにキレイなお嬢さんだけど、それだけじゃないんだよ、あの子は」

「え? 他に何かあるんですか?」

「DIQ161以上、旧来の測定法では軽く180を超えてるらしいね。つまり、"天才少女"なんだ」

これにはデュアンのみならず、さすがにファーンもぶっ飛んだらしく、二人して、えーーーっと、叫んだ。ウィルはその驚きに満足した様子だったが、話を続けようとして"ルーク博士が..."と言いかけ、ふとマーティアに名前で呼べと言われていたことを思い出したらしい。

「...ああ、言えない。とても呼べないよ、お名前でなんて」

結局ウィルは続けられずに、つっぷしてしまっている。それを見てデュアンがファーンに尋ねた。

「"ルーク博士を尊敬してる"とは聞いてましたけど、もしかして熱狂的ファンだったりします?」

「うん。ぼくも名前で呼べと言われてもかなり畏れ多いという感じが去らないんだけど、ウィルは更に無理だろうなあと思うよ」

「それは大変ですね。でも、気持ちは分かりますけど、ご本人のリクエストなんだしやっぱり応えてさしあげないと」

「分かってる、それは分かってるよ。でも、きみはぼくが長年、どれほど彼を敬愛してきたか知らないからそう言えるんだ。ぼくにとってはルーク博士やアリシア博士は神さまみたいな存在なんだから。いや、それ以上かもしれない」

「う〜ん、でもまあ、とりあえず...」

言ってデュアンは腕を組み、考え考え言っている。

「最初から面と向かっては無理だとしても、まずはここで練習してみては?」

促されてウィルはやっと顔を上げ、そうだね、と言って話を続けようとした。

「だから、ま...、ま...」

「もう一息!」

「マーティアが!」

「ほら、言えたじゃないですか」

「か、かなり抵抗が...」

「頑張って続けてれば、そのうち慣れますよ」

「...うん」

言ってウィルはしばらく呼吸を整えていたが、やがて落ち着いたらしく続けた。

「よし。だから、とにかく彼がリデルは同い年くらいの子に馴染まないって言ってらしただろ? それって彼女の知能レベルを考えれば当然のことなんだよ。なにしろあのマリオ・バークレイ博士のお嬢さんというだけでも大変なのに、お母さんも有能な研究者で、おまけに環境が環境だから」

「お兄さんが、あの二人ではね」

「そういうこと。だからいずれ遠からず、彼女もIGDの中枢に入ることになるんじゃないかな。少なくともル...、マーティアはそのつもりみたいなことを何かで読んだ記憶があるよ」

ファーンはそれに頷きながら尋ねた。

「じゃ、それもあって彼女がここにいるってこと?」

「たぶんね。側に置いて、いろいろ教えてらっしゃるんじゃない?」

ウィルの言うのへ、二人は納得顔で頷いている。彼の言う通り、確かにリデルは既にその類まれな知性の片鱗を発揮し始めており、マーティアが彼女をいずれ円卓会に入れようと目論んでいるのも本当のことだ。しかし、今ここにいるのはそのせいばかりでもない。

知能レベルの異常な高さが災いして、マーティアが言っていた通りリデルは同い年くらいの子供にまるっき馴染まないのだが、それに加えて父のマリオ・バークレイ博士が激甘に甘やかすものだから、ワガママ&タカビーな、手に負えないチビッ子に成長しつつあるのだ。これを憂えているのが母のセオドラで、彼女がことあるごとに躾ようとすることに娘の方は思い切り反発しており、ここにこの母子の大冷戦状態が勃発することになったのである。

美しいが同時に聡明で芯のあるセオドラと、その血をきっちり引いた強い意志の持ち主であるリデルが敵対しているのだからハンパではない。この状態を前にしても、父親のマリオはトシを取ってから思いがけなく授かった実の娘が可愛くて仕方ないらしく、パパ〜♪とジャレつかれるだけで顔がゆるんで言いなり状態。まるっきり使いものにも何もなりはしない。それをマーティアが見かねてセオドラに、少し離れてみたら? と提案し、同時にしばらく自分が妹を預かろうかと申し出たのだった。ちょうどデュアンやファーンたちが遊びに来ることにもなっていたし、マーティアは少し年上で知的レベルも高そうな彼らならリデルも馴染むのではないかと考えて呼び寄せたというわけだ。これにマリオは不満そうだったが、当のリデルはマーティアやアリシアには懐いていて日ごろから側にいたがり、ここしばらく世間の話題の中心となっていたディの息子たちにも興味津々だったようで喜んで遊びに来た。

「それにしても、ぼくは驚いたよ。きみたちに聞いてはいたけど、ルー...じゃなくて、マーティアって本当にああいう人なんだね。ぼくたちのような子供相手でも、あんなふうに親しく口をきいて下さるなんて、それだけでなんかもう感動しちゃって」

「ホント、素敵なヒトですよね。見とれちゃうくらいキレイだし。アレクさんが夢中なのも分かるなあ...」

デュアンがつくづく言うのへ、ウィルはちょっと驚いた顔をしている。

「デュ、デュアン...」

「え?」

「いや。...その話はもう、風化してるくらい誰でも知ってることだから驚くには当たらないんだろうけど、きみくらいのトシの子の口から出るとそれってちょっとおマセだなあって気もして」

それへデュアンは意外そうに答えた。

「そうですかぁ? こんなもんですよ、いまどきの子供は」

「そっ、そうなの?」

言いながらウィルは、もしかして齢十六歳で既にぼくは"今どきの子供"ではないんだろうかとマジで悩んでしまったらしい。その横で、ファーンが笑って言った。

「デュアンは美学専攻だものね。ぼくたちとは見るところがまたちょっと違うのかもしれないな」

「あ、ああ、そうか。きみは、イラストレーターになるんだよね、お母さんみたいに」

「なれたら、ですよ。道はまだまだ遠いです」

自分の才能や技量について"自惚れ厳禁"という母の教えを忠実に守っているデュアンは、このテの質問には謙虚に答えることにしているらしい。

「でもさ、この前のヴォーグに載ったのって凄く好評だったそうじゃないか。ファーンやランディからも聞いてるし、ぼくも見せてもらったけど、うまいなあって思ったもの」

「有難うございます。そう言ってもらえて嬉しいけど、反面、"うまい"だけでは"まだまだ"ということで...。ぼくの究極の目標は、お父さんですからね。母のことも、もちろん尊敬してますけど」

大真面目に言うデュアンを微笑ましく思いながら、同時にウィルはそれに納得もしている様子で頷きながら言った。

「確かに偉大だよね、モルガーナ伯爵って。さっき、サロンに飾ってあったあの絵にしても...」

「そう! そうなんですよ、ウィルなら分かりますよね? アレなんですっ、お父さんの作品の真髄は!」

「うん。マーティアやアリシア博士も、ずいぶん彼から影響を受けてるって話も有名だし、ぼくも尊敬に値する芸術家だと思うよ」

デュアンはそれへにっこりして、嬉しそうに言っている。

「ウィルって、兄さんの従兄なだけありますよねえ。やっぱりそういうことが、ちゃんと分かるんだ」

そのちょっとナマイキな言い分にも、他の二人は可笑しそうに笑っている。彼らのはしゃいだお喋りはまだまだ続きそうだが、そろそろ窓の外は陽が暮れ始め、ディナーの時間が近づいて来ようとしていた。

original text : 2011.5.4.-5.16.

  

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