ロベールに会いに来て週末にかけてお泊りし、その間中、話したり遊んだりで更に祖父との親交を深めたデュアンは、週明けに学校があるからということで名残り惜しそうに帰って行った。しかし、その前にロベールとはそう遠くない夏の休暇に、ヨーロッパを見物がてら彼の城に遊びに行くという約束を確認して、堅くその時の再会を誓い合っている。

ロベールはチェスでデュアンと対戦してこの子がけっこう強いことに驚いたり、ビリヤードやダーツを教えてやって一緒に遊んだり、逆に子供向けミニゲームのやり方を教えてもらったはいいが、孫に大敗して悲鳴を上げたり、一緒に庭園を散策したり、美術品のコレクションを鑑賞したりと、デュアンがいる間中、側から放さない勢いで可愛がりまくっていた。彼にとってこれはまさに、ずっと夢見ていた通りの孫との時間だったからである。一方、デュアンはデュアンで祖父の後をくっついて回るほどもうすっかり懐いてしまっている。しかも、夏にロベールのところに行ったら今度は乗馬や釣りを教えてもらうという話にもなって、この二人もますます仲良し度を増してゆきそうだ。

そうしてデュアンが帰って行ったあと、ディはあのプレゼントの山を見てカトリーヌがどう反応するかなとちょっと心配していたのだが、翌日、予測していた通り彼女から電話がかかって来た。執事の取次ぎを受けて電話に出ると、カトリーヌの声が受話器の向こうから聞こえて来る。

― ディ?

「うん、ぼくだよ」

― 週末はどうもうちの息子がお世話になりまして。

カトリーヌのわざとらしく他人行儀な言い方にディは笑って答えた。

「どういたしまして。またいつでもどうぞ」

彼が調子を合わせると、カトリーヌも笑っている。

― もう、びっくりしちゃったわよ。あの子、誕生日とクリスマスが一緒に押し寄せて来たようなプレゼントの山を担いで帰ってくるんだもの。一人じゃ運びきれなくて、そちらのショーファーに手伝ってもらって運び込んで来るのよ。私はもう、唖然とするしかなかったわ。

「いや、あれはうちの父がね...」

― デュアンから聞きました。それで、母親としてはやはりお礼を申し上げておかなければと思って電話したのよ。あなたのお父さま、いらっしゃる?

「ああ、せっかくなんだけど、今日はちょっと、知人と会食ということで出かけてるんだ」

― そう。じゃ、仕方がないわね。とにかく、私が有難うございますって言っていたって伝えておいてもらえるかしら。

「いいよ」

― でもよ、もうひとつ。お願いですから、どうかあの子を...

「みなまでおっしゃるな、分かってますよ。あんまり甘やかすなって言うんだろ?」

― そう。私だってこれでも母親なんですからね。子供の躾ってことが...

「分かってます、分かってます。きみの立場があるってことだよね?」

― そうなのよ。

「でもあれは、父がぼくの知らない間に勝手に買いまくって来ちゃったんだよ。だからぼくも言ったんだけどさ。ふだんは若向けの店であんまり買い物なんて出来ないから、マゴを口実にもう盛り上がっちゃってて楽しくてしかたないらしいんだ。ぼくが、甘やかしすぎると母親たちから苦情が出ると言って止めたくらいでは聞きゃしないんだから。それでなくても、もともとあの人はプレゼント魔だし」

― そうなの?

「うん。ぼくが小さかった頃から母が亡くなるまで、仕事で遠出するたびに持って帰ってくるだけじゃ飽きたらず、あちこちから毎日のように何か送って来るんだもの。母はよく、使いきれないとか、食べきれないとか、プレゼントに埋もれて悲鳴上げてたくらいなんだから」

それを聞いて、カトリーヌが笑いながら言っている。

― なんか、分かるわ、あなたのお父さま。デュアンが一も二もなくなつくわけね。

「そう?」

― ええ。あの子、あれでけっこうヒトを見るのよ。気に入らないと丁重に無視するタイプ。そのへんは、あなたによく似てるわ。でもだから逆に、自分と同じストレート直球でウソのないタイプの相手とはすごく仲良くなるの。あの子の友だちって、そういう子ばかりよ。いい子たちだけどね。

「へえ」

― でも、それにしてもあれには驚いたわ。特に、あの時計。とんでもないわね。

「だと思います、ぼくも。でも、あれはさ。まあ父としては、デュアンにもうちの一族だということの自覚を持っていてもらいたいという意味もあってね」

― 私もそうなんだろうなとは思ったけど。いいのかしら、本当に。

「うん。それはそういうことなんで、ぼくや父とお揃いということもあるし、ぼくからもデュアンに持たせておいてもらえるようお願いするよ」

カトリーヌはそれでも少し考えているようだったが、しばらくして分かりました、と言った。

「それと、しばらくああいうプレゼントが続くかもしれないけど、そこはトシヨリの楽しみってことでつきあってやってもらえると助かるんだけどな」

― そうねえ。...デュアンも喜んでるし、まあ、ああいう子だから、それでワガママになるってこともないと思うけど。それにしても、なんか心配になっちゃうわ。今ですらこれだと、あの子をモルガーナ家に行かせたりしたらどんなことになるんだ? って感じで。

ディはカトリーヌのその心配はもっともだと思ったが、なにしろ跡取り問題進行中の微妙な時期だ。それで、これが彼女の決定にマイナスの影響を及ぼすようでは困ると思ったらしく、フォローするように言った。

「大丈夫だよ。父はいつもこっちにいるというわけじゃないし、ぼくが気をつけるようにするから」

― 思い出したけど、あなただってプレゼントするの好きだったわよね?

カトリーヌの言う通り、ディもつきあっている相手にはけっこうあれこれ買ってやりたくなるタイプだ。子供たちに対しては、彼がそこまで思いつく前に父に先を越されてしまったので止める側に回っているが、本来ならロベールほどではないまでも、息子たちにプレゼントくらいは自分で考えていたのに違いない。

― 私もいろいろもらったもの。指輪に香水、ネックレス、着るもの、持つもの、果てはお菓子にお花まで。

この際は彼にとって都合の悪いことなので、ディはまだ覚えていたかと内心ひやっとしながら、そうでしたっけ? と、トボけておくしかなかった。しかし、カトリーヌは覚えているどころか、そのプレゼントの大半を今でも大事に持っているのだ。もちろん、彼女の方は意地でも彼にそんなことを言う気はなかったにしてもである。

― そうでしたわよ?

「なにしろ古い話なんで」

― 大丈夫かなあ...。

「ねえ、カトリーヌ。そう言うってことは例の件、けっこう前向きに考えてもらってるってことなんだよね?」

ディが控えめな調子で聞くので、カトリーヌはちょっと笑って、それはまあね、と答えた。

― 考えてはいます。考えている最中なんですけどね。

「カトリーヌってば」

― でも、まだよ。

話を切り出すうまいキッカケとディは思ったのだが、この答えを聞いてちょっとがくっときたらしく、肩を落として言っている。

「ねえ、お願いだから」

― だから、今考えてるって言ってるじゃない。ただねぇ...。そっちに行っちゃうとなにしろ環境が環境だから。改めてそれを再認識しちゃったのよ、あのプレゼントの山を見て。せっかく、私があの子を出来るだけ地に足がつくようにと思って育てて来てるのに、末は伯爵さまなんてことになるとね。しかも、あなたの素行もあるしねえ。母親としては教育上...。

「いや、ですからね、」

― 私だって甘やかしたいのは山々八百。でも、いけないと思って心を鬼にして我慢してるのよ。

「だからそのへんは気をつけるって言ってるじゃない。ぼくだってこれでも一応、父親の自覚は持ちつつあるんだもの」

― あら、あなたでも?

「あたりまえでしょう。いつの間にか三児の父になっちゃってるんだから」

― ふうん。それじゃ、やっとちょっとは現実を認識してきたってことなのね。

「まあね」

― とにかく、それについてはまだ考えてるところだから、もう少し待って頂戴。

「はい」

― 素直だこと。

「立場はちゃんと、分かってますから」

それにカトリーヌはまた笑って、じゃ、とにかくあなたのお父さまに宜しく言っておいてねと言った。

「うん、伝えておくよ」

― デュアンのこと、あんなふうに思って下さっていることには感謝してるの。あの子も、おじいちゃんが出来たこと物凄く喜んでるし、夏休みにも招待してもらったって今から楽しみにしてるわ。

「そう」

― とにかく、跡取りの件はもうちょっと待って。

「うん」

ディの答えに、カトリーヌは、じゃ、と言って受話器を置いた。ディも受話器を置きながら、今、その話を切り出した時の彼女の反応が最初ほど否定的ではなくなっていることにちょっとほっとしている。デュアンも気持ちの整理はついてきているようだと言っていたし、どうやらなんとかなりそうな手応えだ。

しかし、この話が落ち着いたら本格的にデュアンを引き取ることになる。もちろん、彼にしてもあの子のことは可愛いので側に置くことそのものには何も問題があるわけではない。ただ、これまではそれほど深刻に考えてはいなかったのだが、さっきカトリーヌがちょっと言っていたように自分の素行が教育上好ましい父親のものではないということは事実だから、話が現実的になってくるとどうしたものかなあという気はして来ざるをえない。それを考えている間に彼はアリシアのことを思い出したらしく、あっ、という顔をしてこれはマズいと相当困った表情になった。跡取り問題が片付いたら片付いたで、今度は自分に子供がいることをアリシアに話さないですますわけにはゆかないからだ。これは、まったくもってディには都合が悪い。なにしろ、父にバレたことそのものが不測の事態だったので、そこまで気を回しているゆとりが彼にもなかったのだ。

ディにしてみれば特に隠していたつもりはなく、話す機会がないまま来ていたというだけのことだし、そもそも彼自身が自分に子供がいるなんてことはたいていの場合、忘れて日常を送っていた。だから二人の間でそれが話題に登らなかったのも無理はない話だったが、向こうはまずそうは思わないだろう。いろいろな経緯があってタダでさえアリシアは日頃からディにキツいというのに、これは相当お怒りを買うこと間違いなしの大黒星だ。ヘタをすると今度こそ、別れるの別れないのという話になりかねない。

アリシアはもうずっと長いことディにとって最も大切な恋人だったから、これはどうしたらいいかなと本気で心配になり、彼は受話器を置いた後もその場に立ち尽くして珍しく真面目な顔で考え込んでしまっていた。

original text : 2009.5.9.+5.12.

  

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