その夜、ディが屋敷に戻ってみると、ロベールも少し前に帰ったばかりらしく、エントランスでは大騒ぎが繰り広げられていた。なにしろ、街でクルマのトランクに収まりきらないほど買って来たプレゼントの山を、アーネストとショーファーのスチュアートが二人がかりで家に運び込んでいる最中だったのだ。それを見て、ディがびっくりした顔で言っている。
「これはいったい、なんなんです?」
「決まってるじゃないか。孫たちに土産だよ」
「土産って、これ全部?」
この日のことを考えて、ロベールは先日会った時にマゴたちの好きなものやシュミについては抜け目なくリサーチ済みだったらしい。
「そうだ。あ、そっちのマウンテンバイクと、ああ、それはクリスタルのチェスセットだからファーンのだな。で、その小さい包みはパームトップか?
じゃあ、それはデュアンのだ。そこの大きい犬のぬいぐるみもだよ。あっちのとまとめて、ちゃんとふたつに分けて置いておいてくれ。混ざってしまうと後で区別がつかなくなるからな」
ロベールの指図に、アーネストが、かしこまりましたと答えている。
「ちょっと待って下さいよ、こんな山盛りてんこもり。あんまりあまやかすと母親たちから苦情が来ちゃいますよ?」
「モノでつられて態度が変わるような子たちでもあるまい」
「それはそうでしょうけど...」
「私は今、あちこち見て回るのが楽しくてたまらんのだ。だから、子供たちにはしばらく私の楽しみにつきあってもらわんとな。ああそうだ。今度、お母さんたちにあの子らの服やクツのサイズを正確に聞いておいてくれ。今日はそれが分からなくてな。いや、待てよ、どうせならあの子たちを連れて行って、自分で選ばせた方がいいかな?」
ロベールは楽しい計画にうきうきしながら言っている。
「もお...」
息子の言うことなんて何も聞いていない様子の父にディは呆れて溜め息をつき、それからふとプレゼントの山はふたつで、メリルのぶんがなさそうなのに気づいた。
「メリルには、ないんですか?」
「あの子にはさっき、例の時計を渡して来たところだ。それでマイラさんに、あまりあまやかすなとクギを刺されてしまったから、せめてしばらくは間を空けなければならん」
「渡して来たって、まさか行ったんじゃないでしょうね」
「いかんか?」
ロベールは息子に止められる前に既成事実を作ってしまった後だから、あっさりそれについて認めた。
「なんでそんな勝手なことするんですか。ぼくに通してからにして下さいよ」
「おまえを通したりしたら、会ってくれるものもくれなくなるじゃないか。それに"私の"孫だぞ。会いに行くのにおまえの許可がいるとは思えんが?」
ロベールは"私の"というところで自分を指差して強く言った。
「それはそうですけど、まだ、こんな時期なんですから」
「いいじゃないか。メリルの答えはもうはっきりしているんだし、今からこじれようもないだろう?
あの子も私のことは好いてくれているようだし、マイラさんも必ずまた来てほしいと言ってくれた。今度は彼女の手料理をごちそうしてくれるそうだぞ。そんなわけだから、ま、おまえはおまえで失地回復に頑張るんだな」
「それはちょっとひどいですよ。ぼくが苦労して走り回ってる横で自分ばっかり美味しいとこ持ってって。
どうせならついでに少しはぼくのフォローをしてくれるとか」
「この期に及んでどういうフォローの仕方があると言うんだ、どういう。あまえるな。それに、お前の肩を持って、あの子に嫌われてはたまらんからな」
実のところ、ロベールとしてはメリルとの良好な関係を保っておいて、おいおいに息子の掩護に回ってやろうとは思っているのだが、今は意地悪くそうは言わない。
しかし、父がそんなふうに考えているとは思ってもみないディの方は、マゴに夢中で息子のことなんてもうどうでもよくなってるんだなと再び呆れながら、お返しにちょっとからかってみたい気分になった。それで彼は、これはファーン、これはデュアン、とプレゼントの山に間違いがないか楽しそうに点検しているロベールに水を差すように声をかけた。
「お父さん」
「なんだ?」
「ぼくには、ないんでしょうか?」
「何が?」
「おみやげ」
言われてロベールは一瞬押し黙り、それから息子の冗談に笑って、バカもの、そのトシでまだ土産が欲しいのかと言った。それへ、ディも笑って答えている。
「ちょっと、いじけてみただけですよ」
「ほお、いじけとるのか。まだ可愛いところも残ってたんだな。じゃ、あんまり無視してもかわいそうだから、今度は何か買ってきてやろう」
「いいですよ、もう。冗談なんですから」
ロベールはプレゼントの点検を終えると、アーネストたちにそれを自分の部屋に運び込むように指示してから、息子を促して奥の方へ歩き出した。
「ま、とにかくな、あれを渡さなけりゃならんし、週末にでもデュアンを呼んでくれないか。私が会いたがっていると言って。もちろん、あの子の都合さえ良ければ、私は週末と言わず明日でも明後日でも構わんぞ」
「分かりました。電話してみましょう」
「それと、ファーンは寄宿学校にいるんだったな」
「そうだと思います」
「だったらあの子のぶんは家の方へ届けさせておくか。出来れば顔が見たいんだが、学校では仕方がないからな」
「アンナが言ってましたけど、休みあけから、いきなり試験週間らしいですよ。あの学校はそのへん、けっこう容赦がありませんからね」
「ああ、そうか、そうだった。じゃあ、ファーンのぶんは届けておくことにしよう」
「ええ」
二人は長い廊下を部屋に向かって歩いていたのだが、歩きながらふいにロベールが思い出したように言った。
「そうそう、それでな。今日はメリルの絵を見せてもらうことが出来たんだが...」
「へえ。どうでした?」
ロベールは嬉しそうに含み笑いして、何か大きな秘密を明かす様子で内緒話らしく息子に小声で言った。
「あの子はな、"天才"だ」
ディは父の冗談だと思ったらしく、本気にせずに笑っている。
「またまた。お父さんが目利きだってことは知ってますけど、でもそれは身内の欲目ってもんですよ。なんと言ってもまだあの子は十二才なんですから」
「おまえ、十二の時、どんな絵描いてた?」
「それはぼくは...」
言われてディはふと、父がメリルの才能についてかなり本気で"天才"と言っているらしいと気づいた。そうなると話は違ってくる。
「将来おまえがあの子にクランドル画壇最高峰の地位から追い落とされるのを見るのが楽しみだ。こりゃ、長生きせんとな」
「ひどいこと言いますね。でも、絵はぼくの唯一の取り柄なんですから、そう簡単に追い落とされはしませんよ。自分ではまだまだこれからと思ってるんですから」
「あの子の若さには勝てんよ」
「なに言ってるんですか。あの子が成長する頃にはこちらはいよいよトシの功ですからね。みごとに迎撃してみせます。こっちこそ楽しみなくらいですよ」
ロベールは、こいつはふだんのらりくらりとつかみどころのないヤツだが、絵に関することについてだけは反応が本気になるなと内心笑いながら言った。
「おまえとメリルの一騎打ちか。これはますます見ものだ。何が何でも、長生きしなけりゃならなくなったな」
「それはもう、長生きして下さるに越したことはありませんけどね。ぼくが負けるところはご覧になれませんよ」
「そうかな?」
ロベールの確信的な様子にディはますます興味を引かれたようだ。
「ちょっとその話、詳しく聞きたくなったな。お父さん、お食事は?」
「そう言えば、買い物に夢中で忘れとった。かなり腹が減ってる」
「ぼくはつきあいで少し食べてきたんですけど、じゃ、何か作らせますから、一杯やりながら今日のことを聞かせてくれませんか?」
「おお、いいぞ。話してやりたいことは山ほどある。着替えたら、私の部屋に来るか?」
「ええ」
ちょうどそれぞれの部屋へ向かう分岐点に来たところだったので、ロベールは、じゃ、後でな、と言って廊下を曲がって行った。ディは頷いて自分の部屋に歩きながら、メリルの才能について、これは父から面白い話が聞けそうだと微笑している。
*****
ディとロベールがそんな話をしている頃、くだんのスティーヴンス家では夕食が終わり、マイラとメリルは居間のソファにくつろいで、食後のお茶を楽しんでいた。
「あなたの言っていた通り、ディのお父さまって素敵な方ね」
「うん。すごくおおらかで優しい感じでしょう?
だからぼくも...、お父さんのことはともかくさ。あのおじいさまに冷たくするなんて出来ないよ」
「そうね」
言ってふと、マイラは昼間に息子がもらった時計のことを思い出したようだ。
「そうそう、あの時計」
「え?」
「大事にするのよ」
「もちろんだよ。おじいさまがくださったんだもの」
そう言ってはいるが、マイラには息子がその真価を分かっているとはとうてい思えなかったので、ちょっと心配になって話しておくことにした。
「あなたもどういうものかは知っておいた方がいいと思うから言うけど、あれにはモルガーナ家とシャンタン家の紋章が入っていたでしょう?」
「ああ、あの模様は紋章なのか」
「そう。と、いうことは、あれはシャンタン伯が特注なさったものだと思うわ」
「そういえば、おじいさま、あの時計は弟たちとおそろいだって」
「なるほど。じゃ、たぶん、一族である証の品っていう意味合いもあるんじゃないかしら。とにかく、世の中には出回っていないものだってことは確かね。そうすると、どう少なく見積もっても数十万ドルはくだらないわよ」
言われてメリルは一瞬絶句してまじまじと母を見、続いてこの子には珍しく、えーーーっと大絶叫で驚いている。
「そ、そんな値段の時計ってあるの?!」
「あるのよ」
「かっ、かえしてきます」
メリルの声はすでにひっくりかえっていて、今にも立ち上がって飛び出して行きそうな勢いだ。しかし、値段を聞いて"返してくる"とはまさにメリルらしい反応だと笑いながら、マイラは息子を引き止めて言った。
「いいわよ、いまさら。それに伯爵もおっしゃっていたけど、値段ではなく、それほどあなたのことを思ってくださっているお心と思って大事になさい」
それでもメリルはショックが大きかったらしく、しばらくどうしたものかと悩んでいるようだったが、返したりしたらおじいさまを傷つけてしまうかなと考えて、やっとやっぱりもらっておこうと思えたようだ。
「...はい」
それへ微笑してマイラが言っている。
「でも、良かったわ。ディのお父さまがああいう、ものの分かる方で。なにしろ、モルガーナ家のようなところの跡継ぎをお断りしたわけだから気を悪くなさっていても無理はないと思うのに、あなたのこと、芯のある少年だと思うと言ってくださって」
「ほんと?」
「ええ」
それを聞いてメリルはにっこりしている。やっぱり、あのおじいさまとは気が合いそうだと思ったからだ。
「それから、お披露目のこと何かあなたに言ってらしたかしら?」
「ああ、うん。跡取りのことが決まりそうだから、今度はお披露目するんだって」
マイラは頷くと、少し真面目な表情になって言った。
「その話ね。私はちょっと心配なことがあったのよ」
言われてメリルには何のことか分かったようだ。
「ぼくのことでしょう?」
「そう」
「おじいさまが、ぼくも一緒にお披露目することについて母さんが心配していて、それでぼくはそれをどう思うか知りたいって仰ったから、少なくとも今は出来れば外してもらった方がいいんじゃないかと言っておいたんだけど。ぼく自身はそれで何も変わらなくても、ぼくがお父さんの息子で、しかも画家を目指してるってことになると、いろいろヘンに取り沙汰されたりとかさ、ありそうだから。母さんも、そういうことを心配してくれてたんでしょう?」
「ええ、じゃ、やっぱりあなたもその方がいいってことなのね」
「うん。それにさ、ぼくはまだ、お父さんのこと全面的に認めたわけじゃないし、どう考えればいいのかも全然分かってないんだよ?
それで、お披露目と言われても...」
「なんだ、まだそんなこと言ってるの?」
「あたりまえじゃないか。お父さんが画家として社会的にどういう存在なのかは再認識したけど、でもだからってぼくは全く何も納得してないよ。しかも、まだ一度会っただけなんだし。ぼくが自分の意志とか気持ちが動くのより先に、ものごとを決められるのがキライって母さんはよく知ってるじゃない」
「それはそうだけど...」
言って溜め息をつき、マイラは、あなたも相変わらず頑固よねと言った。
「それは、母さん譲りです」
メリルの答えに彼の母は苦笑している。確かに自分も我が強い方だが、メリルのこの"ロバのように頑固"なところはやはり彼女とディ、両方の血筋をダブルで受継いでいるせいだろう。ああ見えてディも、ココというところでは絶対に意志を曲げないことにかけて人後に落ちない。
「まあ、とにかく、あなたがそう思うならそれはそれでいいと思うわ。伯爵も、私の心配はもっともだと思って下さったようだし、ディはたぶん、あなたを一緒にお披露目するかどうかということについては特に拘らないでしょうから」
「そう?」
「ええ。彼はあなたのことを隠しておいて欲しいなんて一度も言ったことすらないし、それはそもそも世間に"隠している"という意識がなかったからじゃないかしら。彼が結婚していたらまた別だったんでしょうけど、そうでもないのに隠す理由もなかったんだしね。単に、なりゆきでこれまで誰も知らなかったっていうだけなんだから、改めてお披露目というのは、どちらかというと跡取りをはっきりさせておくという意味の方が強いんでしょうし」
「う〜ん」
「なに?」
「やっぱり、お父さんって分からない」
「何で?」
「って言うか、隠す必要がなかったってそれは分かるんだけど...。でも、身内のおじいさままでずっと知らないままだったわけでしょう?
普通、自分の子供をそこまで完璧に無視できるものだろうかと...」
それを聞いて、マイラは首を傾げながら言った。
「無視というのとも違うと思うわよ?
まあ、今度のことでも分かると思うけど、今考えると、あなたが生まれた時にシャンタン伯爵がそのことをご存知だったら、たぶん、私はあなたを手元に置いておけなかったんじゃないかと思うの」
「え?
どうして?」
「だから、跡取りのことよ。今でこそ、あなたの下に二人も弟に当たる子供たちがいるわけだけど、当時はあなたひとりだったし、しかも、ディがちゃんと結婚して産まれた子じゃないとはいえ、おじいさまにとってあなたは初孫にあたるでしょ?
ディはあの頃も今と同じで、いつ結婚するのかすら分からないような状態だったから、そうなるとやっぱりその時点で引き取りたいという話が出てきていたとしても不思議はなかったわ」
「ああ...」
「ディはたぶん、そういうことや他のいろんなことを考え合わせて、時が来るまでそのままにしておく方を選んだんじゃないかしら」
マイラに言われて、メリルは本当にそうだろうかと半信半疑ながらも、もしそうなら、ぼくはかなりお父さんを誤解してるのかなという気もして来ないではなかった。
「まあ、その方が彼にも都合が良かったのは確かだろうけど、だから、ディが一方的に何も考えないであなたを無視していたっていうのは、ちょっと違うんじゃないかな?」
母の言うのを聞いていて、ふとメリルは弟のファーンが父のことを"複雑な人のよう"と言っていたのを思い出した。言われた時はあまりピンと来なかったが、今思い出してみるとあれはこういうことなのかとなんとなく納得がゆくような気はする。しかし、メリルには知れば知るほど自分の父という人が分からなくなってくるように思えるのも事実なのだ。それは確かに先入観を持っていたせいもあるのだろうが、しかしだからこそ、その認識を変えるにはまだまだ時間が必要なのだろう。
「ともあれ、跡取りのことは、これでなんとか解決がつきそうね」
「うん...」
メリルはまだ少し複雑な表情をしていたが、マイラの方はこれでとりあえず一段落つくだろうと思ったようで、今度は息子に発破をかけるようにきびしく言った。
「でも、これだけワガママを言ったからには、頑張って一流の画家を目指すのよ?
分かってるでしょうけど」
それでメリルは気分が変わったらしく、母を見るときっぱり答えた。
「もちろんですよ、言われなくても。それに、今となっては、おじいさまを失望させるわけにもゆかなくなったからね」
メリルが生意気に言うのを聞いて、会う前は"突然、おじいさまなんて言われたって"と戸惑っていたわりには、今ではすっかりなつきつつあるようねとマイラは笑っている。しかし彼女は、シャンタン伯の人柄を考えるとそれも無理はないという気がした。何より、マイラ自身が彼の人柄には感じるところがあって、既に好意を持っていたからだ。その上、"ファン第一号"の名乗りを上げてくれた祖父は、まだ自負を持つには程遠い迷える芸術家の卵であるメリルにとって、母以外に初めて得た理解者と言っても良かったのに違いない。
これまで親子二人で暮して来て、それは幸せで何も不満のない毎日ではあったが、数年前にマイラの母が亡くなってからは本当に二人きりになってしまっていたから、その日常に頼もしい祖父が登場してくれたことは、メリルばかりではなくマイラにとっても嬉しいことのようだった。
original
text : 2009.3.27.〜.4.16
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