マーティアたちを乗せたヘリがクリフたちとの合流点であるオーランド製鉄のヴィラに降りたのは、彼らがディの屋敷を発ってから約3時間後のことだった。一足先にこちらに向った実行部隊はもう到着していて、その半数はクリフの指示で既に別荘地に向けて発っている。そこで皆が一旦落ち着くつもりのオーソン邸の持ち主は、調査の結果、現在孫たちとアフリカに旅行中。従って、ちょっと拝借するのに不都合はなさそうだった。

「1時間後に我々も出発しますので、皆さんは適当に時間を置いて後を追って下さい。通信管制中ですので、念のため」

「了解」

クリフの報告にアレクは頷きながら答えると、じゃ、それまでにざっと打ち合わせておこうか、と言った。

「そうですね」

「建物の見取り図は見ただろう?」

「ええ」

「どう思う?」

「落としにくい構造だとは思いませんが、やはり問題は子供たちですね。ヘタに正面きってやりあうことになれば当然危険にさらすことになりますし、なんとか敵に気づかれずに脱出させるのがベストなんですが、そうそう手の届きやすいところには置かれてないでしょう」

「だろうな」

「スキャナを使えば、だいたいどのあたりにいそうかは分かります。ただ、それが分かっても脱出ルートが確保できるかどうか。子供たちにあまり危険なことはさせられませんし」

「先に出た連中は誰がまとめてる?」

「ケンです。可能と判断できれば、建物内部と周辺の状況について情報を集めるようには言ってあります」

アレクは頷いて側で聞いていたマーティアを見た。

「最終的にどういう方法で片付けるかはともかくとして、子供たちを取り戻すことが先決ってことだな」

「それはもう、そうだと思うよ、おれも。ただ、やっぱり後のことを考えると、アリシアの言う通りそれで済ませるというわけにもいかないよね」

「どちらにしてもまずはやはり状況を把握することでしょう。もし、子供たちの脱出ルートが確保できるようであれば何人かを別働隊としてその任務に当たらせ、タイミングを見て我々が表から陽動作戦をしかけるという方法もあると思います」

「なるほど」

それからクリフたちが出発する時間になるまで、皆で幾通りかのプランを詳細に打ち合わせた。これで現場に着いてからは、状況に応じて迅速に行動が可能になる。

クリフは筋金入りの軍人であるため、あまり余計なことに気を回すタイプではないし、特に今のような場合は総司令官としてアレクがいるわけだから、あくまで部下としての位置に徹したことしか言わない。しかし、その彼をして、見るからにこんな場所には似つかわしくないディの存在はかなり気になるようで、出発の段になってから、伯爵も一緒に来られるのですかと心配そうにアレクに尋ねていた。人質にされている子供の父親とはいえ、こんな危険な所に迷い込ませて万一のことでもあったらという様子だ。ディはその外見も評判も、どこからどう見ても銃ひとつ扱えそうにないお貴族さまにしか見えていないのだから、この反応も当然だったろう。それを横で聞いていてもディは何も言わなかったが、アレクもクリフの質問に意味ありげな微笑を返し、まあねと答えただけだった。

第二隊が出てから更に1時間ほど置いてアレクたちもヴィラを後にした。ディはもともと動きやすい格好をしていたが、他の4人も出かける前に目立たないラフな服に着替えている。先発の2台とは別のルートを取り、一旦現場からは離れた建物に車をつけてから、様子を見て合流する段取りだ。この広い別荘地に、敵もそれほど広範囲に偵察隊を送り出す余力はないだろうし、そもそもこれほど早く自分たちの居場所が特定されるとまでは予測していないだろうが、用心するに越したことはない。なにしろルイはともかくとして、アレクたち4人はあまりにも世間に顔が知れ渡っていすぎる。ちょっとでもその姿を見られたら即座に勘づかれてしまうだろう。

しかし、その用心も有難いことに杞憂に終わり、予定していたオーソン邸に5人が到着する頃には、先発の二隊が既に様々な情報を収集し、まとめ終えてくれていた。零時を回ろうとしている空に星はあまりなく、ただ、ほんの時おり、雲間から月が顔を見せるような夜だ。情報収集が完了し、最終的な打ち合わせに入る頃には、クリフ以下のメンバーは皆が実戦に適した服装に替えて集合していた。

「20人は軽くいますね。こちらの動きが勘付かれたとは思えませんが、もともとこういう事態も予測していたんでしょう。彼らにとっても相手が相手ですから」

ちょっと笑って報告したクリフに、アレクも微笑を返している。

「ま、敵もバカではないってことだな」

「どんなバカでも、誰を相手にケンカを売ってるかくらいは理解していると思いますよ」

「そうするとやっぱり人数的に8人ではちょっとしんどいか」

「子供たちがいなければ、しょせん素人相手のケンカですから楽勝なんですがね。子供たちの安全確保に最低3人、できれば4人は割きたいですから、さすがにちょっと...」

言いながら、しかしクリフはそれについてあまり心配している様子でもない。

「だからやっぱりぼくたちが来てて良かったでしょう?」

言ったのはアリシアだ。クリフが笑って答えている。

「お二人が参加して下さるなら軽く五分ですからね」

IGDの指揮下に入って既に5年にはなるクリフは、アリシアやマーティアが見えている通りの無害な王子さまたちではないことくらいよくよく思い知らされている。

彼らがIGDの仕事を請け負うようになったごく初期の頃、もともとみんなアレクを慕って集まってきたような連中だったから彼に対する尊敬と忠誠は相当なものだったが、ディ同様、見るからにお坊ちゃまなアリシアやマーティアのことは丁重に扱いはしても、荒仕事には使いモノにならないだろうと、その点いくらか甘く見ているところがあった。もともと二人とも軍隊経験などあろうはずもないし、ごく若い頃から軍人としての経験を積んできているクリフたちから見れば、「お嬢さん」と言ってもいいような存在に見えていたのだ。

しかしそれでは後々何かと面倒だろうと思ったマーティアは、ある日、当時からメンバーだったクリフを含む6人に、自分とアリシアを殺す気でかかって来いと命じたのである。クリフも最初はなんとまた身のほど知らずなと笑う気持ちになったものだが、案に相違して自分たちの方が全員、ほんの短時間でねじ伏せられてしまうという信じられない事実を目の当たりにしてからは、すっかり心を入れ替えて二人に対してもアレクに対すると同様の忠誠を誓っている。クリフのような人間にとっては、強い者こそが神という単純なリクツである。しかしそれだけではなく、後に二人が頭脳ばかりではなくて性質的にも優れていることをよく知るようになったクリフは、そういう意味でも今では二人の発言と存在に重きを置くようになっていた。そしてそれは彼の部下たちも同じだ。

確かに力そのものや持久力の点からすれば、百戦錬磨の傭兵6人は二人にとってなかなか抗し難い相手と言わざるをえない。しかし、まず敵の動きを見切る目が異常なまでに鋭いことと、攻撃に出る時のスピードと的確さ、相手の力を利用する巧妙さ、そういったものが総合して一撃で相手に与えるダメージが相当なものになるため、必然的に短時間で決着がつくことになる。それなら、持久力はさほど問題にならない。それに加えてその時、クリフたちがかなり油断していたことも確かではあるだろう。

マーティアもアリシアも当然もともとそんなに強かったわけではないが、まずマーティアがアレクとつきあい始めた頃に護身術として習い始めたのがきっかけだった。アレクはロウエル家の男子たるもの、文武両道ともに修めなければならないという父の方針で、ごく幼いころから空手や拳法など、実戦的な武道を父や兄から教わっていて、その頃には既に相当の使い手だったのだ。マーティアはバークレイ博士の秘蔵っ子、しかも不世出の天才児であることが世間に知れ渡ってしまってからというもの、今回のデュアンのように誘拐などの危険にさらされることも予測できたし、自分の身は自分で守れるようになっておくに越したことはないと思って習ったのである。

その後、アリシアが側にいるようになってから、二人が街にショッピングに出かけた時に案の定、二人ながら誘拐されかかるという災難に見舞われた。当時のアリシアはただもうパニクって、きゃあきゃあきゃあ状態だったものだが、自分と同じくらい力なんかありそうもないマーティアが、目の前で彼自身よりはるかに上背のある男たち数人を軽くのして自分を守ってくれたのを見て彼に対する尊敬の度合いをイヤが上にも深めてしまい、それをディに「マーティアって凄いんだから」と自慢げに吹聴しまくったのである。あんまり騒ぐものだから耳タコになってきたディは、それならきみも強くなれば? とまず銃の扱いを教え、それから武道の手ほどきも与えたのだった。後にはいつも側にいることもあって、当然マーティアからも教わっている。

さてそのディはと言えば、そもそも彼は父も祖父も細剣の名手であったので、そちらは教えられて幼い頃から鍛錬を積んでいたが、アレクのように友達どうしのケンカ騒ぎに喜んで飛び込んでゆくというような性質ではないから、元は体術などとは縁がなかった。しかし、18才になってアレクは大学、ディは伯爵位を継ぐと同時に画家としての活動を始めるという具合に道が分かれることになった時、アレクに「これからはおれがいつも側にいてやれないんだから、自分の身くらい自分で守れるようになってくれ。でないとおれは、安心してのんびり大学になんて行っていられない」とひざ詰め談判されてしまったのである。その少し前にディをめぐって学校でひと騒動あったことが原因で、自分を守ってくれたためにアレクに大ケガをされていた彼は、それもあって断れず、自分でもそういうことが必要かなとも思わせられたので習っておくことにしたのだ。おかげで後にはこのキレイな顔で治安の悪い地域をウロウロ旅行などしても、災難に合わずに済むので重宝している。アレクがさっき、クリフの心配に意味ありげに笑っていたのはこういうワケだ。

「それから子供たちの位置ですが、やはり3階に反応がありますね。敵の大半は1階に集中しているんですが、3階のこの部屋に二人、しかもこの二人は部屋を移動する気配が全くありません。従って、子供たちが閉じ込められているとすればここでしょう。」

「2階は?」

「殆ど無人です。ここからなら侵入が可能かもしれません。二人行かせて、サポートを裏に二人伏せましょう。うまくいけばそれで子供たちを取り戻せる可能性は高いと思います。我々は不測の事態に備えて、可能な限り近づいて待機ということでは?」

戦力的にも十分互角に張り合えることが判明した以上、あとは行動あるのみである。先の打ち合わせ通り、子供たちの救出を最優先に4人を送り出し、アレクたちを含む残りはいつでも飛び込める位置に待機するため、間を置かずに動き始めていた。

original text : 2008.3.7.+3.15.-3.16.+3.24.

 

   

© 2008 Ayako Tachibana