― ランディ!
メリッサから聞いたが、おまえ、ウィリアム・クロフォード氏と会うというのは本当のことなのか?!
家政婦のメリッサが叔父から電話だと言うので繋がせると、いきなり大声を出されてランドルフはうんざりしている。叔父のテンションが高いのは毎度のことだが、昨今はもう四六時中説教モードに入りっぱなしで、顔さえ見ればあれこれ難クセつけてくれるからだ。
「電話口でいきなり怒鳴るんじゃねえよ。ちゃんと、聞こえてんだから」
― そんなことはどうでもいい!
本当なのかっ?!
「何をそんなにあわててんだよ。会うよ、会っちゃいけねえのかよ」
― おまえなっ。ウィリアム・クロフォード氏がどういう方なのか、分かってて言ってるんだろうな
「どういう方って、ウィルのひいじいさんじゃないか。知ってんだろ?
おれのダチのウィリアム・クロフォード」
― だから!
そのウィリアムくんのひいおじいさまがウィリアム・クロフォード氏なんじゃないかっ!
「分かってるって言ってるだろ?
おじ貴、ちょっと落ち着いてくんないかな。何をパニクってんだか知らないけど」
― これがパニクらずにいられるか!
「だーかーらー。そのパニクってる理由をさっさと言えって」
ランドルフの叔父であるバーナード・シンプソンは、彼の父ジェラールが社長ということになっているシンプソン・テクノロジーの副社長をやっている。しかし、ジェラールは生粋の研究者で経済に疎いときていて、そのため実質的な業務は全て叔父が見ているのだ。あわてものでおっちょこちょいなところがあるとはいえ、シンプソン・テクノロジーを中心に様々な企業を回りに集め、今ではシンプソン・グループと呼ばれるまでの企業体を形成するほどに成長させたのだから、経営者としての手腕は大したものと言っていいだろう。この兄弟は両親を早くに亡くしていて、兄であるバーナードが年の離れた弟を育てたようなものだが、そのため兄弟仲は非常に良い。いや、むしろランドルフは叔父が弟の才能を過大に評価してあまやかしすぎたために、結果として父は技術畑一直線で社交性絶無の大きなコドモに育ってしまったのに違いないとすら思っていた。
ともあれ、そんな事情に加えて叔父には子供がいないから、シンプソン家唯一の跡取りとしての期待が全てランドルフにかかっているのも無理はなかった。中でも叔父は絶対に甥に後を継がせると昔から独り決めしていて、そのせいで日ごろからやたらめったらウルサイのである。その上、母方の実家にとってもランドルフは唯一の孫だ。そちらの祖父母も生まれた時から彼を猫っ可愛がりしていたのだが、娘が離婚して昔の恋人のところに走るなどという不祥事を引き起こしたものだから大激怒。孫であるランディが可哀想だと本人も引くほど嘆きまくった挙句、こちらも勝手に盛り上がって特に祖父は娘を勘当するやら、自らの伯爵位はランドルフに譲ると正式な遺言状まで立てるやらの騒ぎだった。
これら全て、本人には全くもって迷惑な話。ランドルフとしては、おれの将来勝手に決めるんじゃねえ、くらい開き直らないと押しつぶされかねない勢いだ。グレたきっかけは確かに母の家出だったが、シンプソン家のこの事情が少なくとも表向き、ランドルフが決して"優等生"に戻りたくない理由の一つになっていても不思議はないかもしれない。
― つまりだな。おまえは知らんのだろうが、ウィリアム・クロフォード氏と言えば、ご高齢になられた今でもクランドル政財界に絶大な影響力を持っておられる、我々にとっては神さまのような方なのだ
「知ってるよ。昔は"クランドル経済界のドン"とか言われてたんだろ?
んで、すっげえプレイボーイだったって聞いてるぜ」
― その通り。なにしろ今に至るも、その一言でそこそこの会社のひとつやふたつ、吹き飛ばすくらいわけはないというほどの力をお持ちだ。人脈ひとつとっても、我々など遠く及ばん。いくらうちが手広くやっているとは言っても、しょせんは新参者にすぎないんだからな
「上等じゃねえか。おれだって、面白そうなじーさんだから会ってもいいかなって思ったんだから」
― "会ってもいいかな"だとお?!?!
このっ、身の程知らずのバチあたりもんがっ!!!
「なあ、おじ貴。あんまりムキになってると血圧上がるぞ。もういいトシなんだからさ」
― とっくに上がってるわい!
おまえがいつまでたってもそんなだから...
そら来た、と思いながら、ランドルフは、へいへいと相変わらずの柳に風で受け流している。
― とにかくな、会うなら会うで仕方がないが、かまえて失礼のないようにな。私はおまえなんかをクロフォード氏のような方の前に出して、万が一にも何かご無礼をしでかさないかと心配で心配で
「あのなあ、まがりなりにも親友のひいおじいさまなんだからさあ。おれだって、いきなりケンカ売ったりはしねえよ。向こうだって、ウィルから聞いておれと会ってみたいって言ってくれてるんだし」
― 全く、なんであんな方がおまえのような者に興味をお持ちになるのか、それがそもそもの謎だ
「そんなの、おれが知るかよ。神さまなんだろ?
神さまには神さまのリクツがあるんだろうよ」
言われて叔父はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた時にはちょっと調子が変わっていた。
― かもしれんが、まあ、これはこれでいい機会かもしれんな。いくらおまえでも、さすがにあのような方の前に出れば自分の器の小ささを思い知ることになるだろう。この際、"器の違い"というものをしっかりと勉強させてもらって来い。だが、何があっても失礼な言動だけは一切控えるんだぞ。でなければ、うちあたり3日で吹き飛ぶことにすらなりかねんのだから
「へいへい。そんなに凄いじいさんなら、おれだって会うのが楽しみですよ」
― 怖れを知らんヤツだ。その強気が、後になっても続いていれば立派だがな
どうやら叔父には、ウィリアムが甥の根性を叩き直してくれるのではという儚い期待が芽生えたらしい。最初の勢いとは裏腹に、ランドルフにとっては不気味な含み笑いを残して、まあ、がんばって来いと言うと受話器を置いたが、その思惑は思いっきりハズレることを彼はまだ知らない。なにしろ、ランドルフが我知らず言った通り、やはり神さまには神さまのリクツがあったからである。
そして、叔父からそんな電話があった数日後、ランドルフはウィリアムと会うべく、クロフォード家からのお迎えの車に乗って屋敷に向かっていた。週末なのでウィルやファーンもそちらにいるから、今夜はお茶の後、ディナーも一緒にというスケジュールが立っている。そういう事情と、いかに長年の親友の家とはいえ初めて訪問するとあって、彼には珍しくスーツでビシっと決めていた。こういう格好をしていると、すんなり伸びた長身ともあいまって、なかなか魅力的だ。それにやはり、それなり品の良さが漂うあたりは元々の育ちというものなのだろう。なにしろ、ロールスのお迎えにもまるで動じるところがないあたり、さすがこちらも未来の伯爵さまである。屋敷に着くと、執事と一緒にウィルとファーンが揃って出迎えてくれた。
「よく来てくれたね、ランディ」
「いらっしゃい」
「よお。本日は、お招きに預かりまして、ってヤツだな」
「そんな堅苦しいのは抜きでいこうよ。今更じゃないか」
「まあ、おれはな。たださあ、おじ貴がうるさくって」
出迎えに出た二人に案内されて屋敷に入って行きながら、ランドルフは叔父との経緯を話した。
「ほんと、おまえんちのひいじいさんって凄いらしいな。うちのおじ貴って、ふだんはそんなに無闇やたらと地位身分に恐れ入るってタイプじゃないんだけど、今回ばかりはマジ入ってたぜ」
「ん〜、なんていうかねえ。ぼくが生まれた頃には、もう大じいさまは殆ど引退なさってたし、だから、ぼくらにとってはわりと普通に"優しくて頼りになるひいおじいさま"なんだけど、引退されたことで返って世間には伝説が残ったってことなんだろうね。今でも折に触れてやっぱり凄いなって思わせられるのは確かだけど、ぼくらは彼がまだ現役だった頃のことや、若かった頃のことなんて実際にはまるで知らないんだよ。回りから、聞かされるばかりで」
「どちらかっていうと、大じいさまはあんまり持ちあげられるのは好きじゃないみたいだよね」
「うん、それは言えてる。だから、きみもいつも通りでいてくれた方が」
「OK、OK。元々、そのつもりさ」
言っている間に三人は、ウィリアムの居間の前に着いていた。ドアをノックして、ウィルが言っている。
「大じいさま。ランディが来てくれましたよ」
「おお、そうか。待ってたよ、入りなさい」
ウィルはランドルフの方を見て頷き、それから扉を開けた。奥のソファには、いつものようにウィリアムが座っている。
「よく来てくれたね。座ったままで失礼するが、まあ、こちらに来てかけたまえ」
これまたいつものように、きわめてにこやかにウィリアムは言ったのだが、ランドルフはどうやらその一瞬で、このじーさん、タダもんじゃねえと悟ったようだ。殆ど、野生動物のカンである。ウィルとファーンが驚いたことには、それからの彼の態度は、それまで二人が見たことのなかったものになっていた。いや、ウィルには覚えがあったに違いない。ただ、それはあまりに昔のことだったので、彼の親友が今でもこんな態度を取れるとは夢にも思っていなかったのだ。
「初めてお目にかかります。ランドルフ・シンプソンです」
凛としてそう自己紹介したランドルフを見て、こちらも今なお衰えない野生のカンの持ち主であるウィリアムは、彼のことを見どころのありそうな若者だと思ったのだろう。嬉しそうに握手の手を差し出した。
「ウィリアム・クロフォードだ。よろしくな」
差し出された手をしっかりと握り、それからランドルフは示されたソファにかけた。ちょっと意外そうな顔をしながら、他の二人もその横に座っている。
「ウィルたちから聞いて、前々から会ってみたいと思っていたんだよ」
「光栄です。叔父から、あなたのことは散々聞かされてきましたから」
「ほお?」
「"器の違い"というものを、しっかり勉強させてもらって来い、と」
それでランドルフが言外に、どれほどの器かしかと見せてもらうぞと切り込んで来ているのに気づいて、ウィリアムは破顔した。前にもましてにこやかに言っている。
「いやいや、それはなかなか面白い叔父さんのようだな。確か、きみの叔父さんというと」
言って、曾祖父が自分の方を見たので、ウィルが答えた。
「シンプソン・テクノロジーのバーナード・シンプソン氏ですよ」
「そうそう、そうだった。辣腕と聞いてるよ。そうか、そうするときみがシンプソン・グループの後継者というわけだな」
「いえ。確かに父がテクノの社長ということにはなってますが、ぼくは後を継ぐかどうかまだ決めていないので」
彼が、"ぼく"などと言うので、横で聞いていてファーンは面喰らっている。ウィルも可笑しそうな顔をしているが、目の前の今のランドルフには少しもそれに違和感がなかった。それほど、いつもと違っていたのだ。しかしそれは、ウィリアムに媚びているようなものとは全く違って、むしろ、相手に最大限の敬意を払いながらも、自分というものは決して譲らない、気持ちの良い潔さが見て取れた。それは、ウィリアムの最も好きな種類のものだ。
「なるほど。それでは他に、何かやりたいことがあるわけだね」
「それも、これからです。なにしろまだまだ、この通りの若輩者ですから」
それへまたウィリアムは笑って頷いている。そうこうするところへ執事のディヴィスがワゴンに乗せてお茶の支度を運んで来てくれた。ウィリアムは執事がテーブルを整えてくれるのを眺めながら言った。
「聞くところによると、きみは相当の暴れん坊だそうだな」
「とんでもない。なにしろウィルには、ぼくのグレ方なんて"可愛いものだ"と笑われたくらいですからね」
「お?
そうなのか? ウィル」
「え、ああ、でも、それはルーク博士と比べてということですから、比較対象が不適当だったかも」
「そう言えばマーティアも一時期、荒れていたことがあったんだったな。つい先に会った時の印象が、思っていた通り実に穏やかな青年だったから、そんなことはすっかり忘れていたが...」
「ぼくの生まれたばかりの頃のことですから、ぼくだってウワサでしか知らないですけど凄かったんでしょう?」
「らしいな。まあ、天才には遅かれ早かれ、そういう時期があるものさ。むしろ、どこかで社会や周囲との間に抵抗を感じずにいられるとしたら、それはよほど恵まれているか、凡人かのどちらかだろう」
聞いていてランドルフは、やっぱりこのじいさん、タダもんじゃねえぜ、いいコト言いやがると思っている。
「ぼくが無茶するようになったキッカケはウィルから聞いてらっしゃると思いますが、最近では自分でもさすがに子供だったなとは思いますね、それは。でも、そのおかげでいろいろなことが分かるようになったのは確かです」
「例えば?」
「"世界は広い"とか」
言われてまたウィリアムは大笑いだ。
「なるほどな」
「その広い世界を見るというのは面白いものだと思うんですが、うちの叔父などにはどうもそのへんが分かってもらえないようで、顔を見るたび説教の嵐が吹き荒れてます」
「まあ、肉親にしてみれば心配もあるだろうし、気持ちは分からんでもないがな。だが、私も若い頃は散々回りに言われた方だから、きみの言うことも分かるよ」
これは意外だったらしく、ファーンが驚いた顔で尋ねた。
「え?
本当ですか、大じいさま」
「本当も本当、おまえのような放蕩者に家を継がせるわけにはゆかんと言って、あやうく父から廃嫡の憂き目を賜りかける場面まであったくらいだ」
聞いてよほど驚いたらしく、ファーンには珍しく、え〜っ、と叫んだ。ウィルも言っている。
「本当に、本当なんですか?
大じいさま。初耳ですよ、それ」
「大昔のことだからな。特に話題にすることでもないし、私もあまり言ったことはないからおまえたちが知らんでも当然だろう。まあ、若い時はやむにやまれぬということもあるものだ。若気の至りというやつかもしれないが、若い時でなければならんということもある。私はそれも長い人生のうちには、あるべきことだと思っているよ。きみが言ったように」
ランドルフの方を見て、ウィリアムは続けた。
「そこから学ぶものも大きいし。むしろ、もっと昔にはね、我々のような環境に生まれつくと、どうしても視野が狭くなりがちなものだから、モノの分かった親というのは子供にわざわざ世間を見せようとすらしたものだったんだ、若いうちにな。言うだろう?
"可愛い子には旅をさせろ"だ。しかし、今どきの親はいかんね。むやみと保守的で、過保護にばかりしようとする」
ウィリアムの言い分は普段からランドルフが考えている通りのことだったから、よほど嬉しかったらしく、きっぱりと同意を示した。
「おっしゃる通りです」
それへ、共感を抱く者どうしの微笑を交わしながらウィリアムが言った。
「まあ、叔父さんもそれだけきみが可愛いということなんだから、分かってやりなさい。説教なんぞというものは、馬耳東風と聞き流しておけばいいんだ。聞いたところで、害にはならん」
言われて、今度こそランドルフは、このじいさん、好きだぜ、と判断を下した。
「リチャードやダドリー、ウィルの父と叔父だがね、連中にも言ってるんだよ。もっと子供に苦労することを教えろ、世間を見せろとな。だから、うちの子たちは他に比べて比較的、視野は広いと思うが、しかし、まだまだだね。どうやらウィルもファーンもきみから学ぶべきことが、いろいろあるみたいだ」
ウィルにとってはそれこそがランドルフを好きな理由だったから、曽祖父がそう認めてくれて嬉しそうだったが、ファーンには、これも相当意外だったようだ。優等生であることに驕ったことは一度もないが、だからと言ってランドルフの規則破りや破天荒を手放しで認めていたわけでもない。その彼を、敬愛する曽祖父がこうもすんなり受け入れ、あまつさえ自分たちの方にこそ彼から学ぶことがあるなどと言ったことで、ファーンは自分の考えはもしかしたらまだまだ底が浅いのかもと深く自戒していた。それほど彼はウィリアムのことを尊敬しているし、また、そういう子なのでもある。
「ああ、そうだ。きみのことは、ウィルたちのようにランディと呼ばせてもらっていいかね?」
「もちろんです」
「では、私のことはウィリアムと呼んでくれればいい」
「分かりました」
ウィリアムは、すっかりこの新来の若者のことが気に入ったらしい。それで、デイヴィスが用意して行ってくれたお茶を飲みながら、四人の間で話がはずみ始めた。
「春の休暇に、きみはいろいろとアルバイトをしてたんだって?」
「ええ」
「どんなことをやっていたんだね?」
「いろいろです。カフェのウエイターやら、港で荷おろしや荷運びみたいな。ああ、夜中に道路工事なんかもやりました」
「それは、面白かったろう」
「はい」
それを言った時に予測される叔父の反応とは正反対のウィリアムの感想に、ランドルフはますます嬉しくなっている。
「叔父は、そんなことをやっている間に勉強しろの一点張りなんですけど、"勉強"というものは机上でのみするというものでもないでしょう?」
「その通りだな」
「ぼくは、さっきもおっしゃったように"シンプソン・グループの後継者"ということで、生まれた時から回りのみんなに期待されて育ったんです。それで、昔は回りの言う通り、一生懸命勉強して良い成績を修めることが、その期待に答えることだと思ってました。でも、いろいろあって、まあ、確かにキッカケはそんなようなわけで、ぼくもバカなコドモだったなと今では自分で思ってるんですが、ただ、"上流階級"というのは、非常に閉鎖的な社会だから」
「確かに、そうかもしれんね」
「でも、それ以外の世界ではいろんなことがこちらの尺度と違っていて、じゃ、仮にぼくが父の後を次いでテクノの、と言うか、グループ全体の会長職に納まったとして、その尺度の違いの実際を知らずに会社を運営してゆけると思いますか?
社員ばかりではなく、広く顧客の殆どが違う尺度を持っているというのに?」
それへウィリアムは大きく頷いた。思っていた通り、この子は非常に見どころがあると感心したのだろう。加えて、こういう子を親友に選ぶとは、ウィルもやるじゃないかと思っている。
「うん、きみの言いたいことはよく分かるよ」
それに力づけられて、ランドルフは続けた。
「もし、将来的に本当に人の上に立とうと思うなら、学ばなければならないのはそういう現実社会の実像のようなものじゃないかと。それって、教科書には書いてありませんからね」
ウィリアムは、そうだな、と言って笑っている。
「どうやら、きみのことは侮れんな。まだ、お父さんの後を継ぐかどうか決めていないと言ったが、私はきみのような人にこそ将来、経済界に入ってもらいたいと思うよ」
ランドルフはそれに、どうしたものかと首を傾げているが、横からウィルが口を挟んだ。
「大じいさまだって、そう思われるでしょう?
ぼくもいつも言ってるんです、彼のような人こそ経営者向きだって。問題児だなんだと言っても、これでけっこう学校でも人気があるし、根のところで面倒見がよくってリーダータイプだから」
「また、なにを言ってるんだか」
「いや、今日会ったばかりだが、私もそう思う。実際ね、きみの今言ったことは非常に重要だよ。経済人ばかりではなく、政治家にも必ず求められる認識だ。そうでなければ企業も国家も治められるものではない。まあ、帝王学の基本だな」
言われてランドルフも、それにウィルやファーンも頷いている。
「だからこそ、広く視野を持たなければいかんとうちの子供たちにも言うんだ。自分の回りだけが世界ではないと。こういう環境で育ってしまうと、その垣を超えるのは難しいものなんだが、きみは見事に蹴倒しているな。感心感心。これからも大いに頑張りたまえ」
これに至っては、淡い期待を抱いていたランドルフの叔父が聞いていたら卒倒したかもしれない。彼にとっては、これでは放蕩者が倍に増えたも同然で、甥に大手を振ってやりたい放題のお墨付きを与えられたようなものだ。一方、これまで回りから、問題児だのバカだの放蕩者だのと言われ続けていたランドルフの方にしてみれば、やっぱりおれは間違っていなかった、と確信できたことが非常に嬉しい。なにしろ、叔父の言を借りれば"神さま"のお達しなのだ。
そんなわけで、ウィリアムはランドルフも難なく自分のシンパに加えてしまった。四人の間で、今既に和気あいあいなおしゃべりは、まだまだ続きそうである。
original
text : 2012.2.6.-2.18.
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