「今日はまた、こんな大勢でおしかけてしまいまして」

「いやいや、マリオ。久々にきみの顔が見れて私は嬉しい限りなんだよ。しかも、常々会いたいと思っていたIGDのお歴々まで一同に会してくれたんだからな。本当に、よく来てくれた。忙しいだろうに、有難う」

いつもの居間のソファにかけて嬉しそうに言うウィリアムの前には、確かにマリオの言う通り、総勢6人の団体客が居並んでいる。マリオ夫妻にリデル、それからリデルの兄にあたるマーティアやアリシアまではバークレイファミリーということになるのだろうが、それにアレクが加わっていても何の違和感もないところがウィリアムには面白く見えているようだ。マーティアのみならず、この一家がいかにアレクと近しくつきあっているかということだろう。

ウィリアムにすすめられて皆がそれぞれソファにかけると、アレクが言った。

「本当にお久しぶりです、公爵。お会いするという話をしたら、うちの父からも、ぜひよろしくお伝えして欲しいと」

「おお、そうか。アルフレッドも相変わらず活躍しとるようだな。私からも、よろしく伝えておくれ。ヒマがあったら、遊びに来てくれるようにとも」

「はい、伝えます」

「それから、爵位は遠い昔に息子に譲ってしまって、今は一介の隠居の身の上でな。親しい者にはウィリアムで通しているのさ。皆もそうしてくれると嬉しいんだが」

一堂を見まわして言うウィリアムに、客たちはそれぞれに頷いて見せている。マリオも頷いて、では、ウィリアム、と言って続けた。

「アレクのことはもうご存知ですが、他は一応、私から紹介させて頂きます。そちらから長男のマーティア、次男のアリシア、そして妻のセオドラと娘のリデルです」

実際、マリオはこうやって家族を紹介することが、この機に限らず嬉しくて仕方ないらしいのだ。大事に育てて来たマーティアとアリシアが自分の養子として息子になってくれ、その上に知的で美しい妻と実の娘まで加えてこの一家を築くことができたのが、彼にとっては他のどのような業績や名声にも増して誇りなのである。ウィリアムにもそれはマリオの表情から感じられたようで、その微笑ましさに笑って、皆、よろしくな、と言っている。

「ねえ、ウィリアムおじいさま」

そこでそれまでおとなしくしていた爆弾娘のリデルが第一声を発したので、何を言い出すのかとマリオとセオドラには一瞬緊張が走ったようだ。一方でマーティアたちは慣れたものだから、おや? という顔でそちらに注意を向けた。

「なんだね、リデル」

「あのね、ファーンはおじいさまのこと"大じいさま"って呼んでいるでしょう?」

「ああ、きみはファーンともこの前会っているんだね」

「はい。それで、私も大じいさまって呼んでもいいかなって」

これは、"ファーンを狙う"と言っていたリデルにしてみると、後々までを考えた遠大な計画の第一歩なのだが、こんな幼い子がまさかそんなに深い考えを持っていようとは思わないものだから、さすがのウィリアムもその可愛らしさにすっかり騙されたらしい。はきはきしたリデルの様子も気に入ったようで、嬉しそうに答えている。

「もちろんさ。また曾孫が増えたようで嬉しいぞ」

「じゃ、リデルのひいおじいさまになってくれる?」

「喜んでならせてもらおう」

言われてリデルは無邪気に手をたたいて喜んでいるが、内心では、いずれ必ず、本当のひいおじいさまになってもらうわ! と堅く誓っていた。リデルにとって今日のこの日は将来的に家族、親戚になるであろう人々の ― 彼女の計画ではだが ― 視察、偵察にうってつけの機会だったのである。しかし、そのへんの目論見は置くとしても、これでけっこう人を見るリデルのことだから、本当に嬉しそうなのはウィリアムのおおらかな人柄を直感的に感じて、彼女の方でも気に入ったということなのだろう。リデルの発言が割りとマトモだったばかりではなく、返ってウィリアムを上機嫌にするようなものだったことにマリオ夫妻はほっとしている。

「ウィルたちから聞いてはいたが、マリオ、さすがにきみの娘だな。はきはきしていて、実によろしい」

「いや、これがなかなかオテンバでしてね。何かと手を焼かされているんですよ」

「もお、パパったら」

「そう言いながら、きみも可愛くてしかたないんだろう? 顔に出とるよ」

言われてマリオは、珍しく照れている。それでまた一段と座が和んだところで、ウィリアムは今度はアレクの方を向いて行った。

「それはそうと、アレク。先だってはうちの子たちがいろいろと世話になったようで、礼を言わなければと思っていたんだ。あれたちにとっては非常に有意義な旅行になったらしくてな。帰ってきてから前にも増して勉学に励んでおる」

「それはそれは。あれは我々にとっても楽しい休暇でしたよ」

「あの子たちも言っていたが、オーストラリアに新しい都市建設を進めているらしいね」

「ええ。完成すればシドニーやメルボルンに次ぐ大きな街になるでしょう」

「なるほど、本当にきみたちは地球を変えてゆくな。さぞ、面白かろう。私もあと三十年若ければ参加させてもらうところなんだが」

「おっしゃるとおり確かに、面白い仕事です。でもやはり、私たちが今在る地盤は、あなたのような方が築いて下さったものと思っていますから。本来でしたら、もっと早くにこうして伺わなければならなかったところなのに」

「いやいや、そう考えてくれているだけで十分だ」

「こういうご縁もあったことですし、これからは何かとご助言賜れれば」

「この老体で役に立つならば、何でも言ってくれ。ぜひ、協力させてもらいたいものだ」

「有難うございます」

そんな話をしているところへ、アンナと一緒にウィルとファーンが姿を見せた。

「おお、来たな」

ウィリアムは言って、三人に自分の脇のソファにかけるよう促しながらアンナに尋ねた。

「リチャードたちは帰って来たかね」

「いえ、まだですけれど、もうすぐ戻ると思いますわ。ディナーの時間に間に合うように、何としても帰ると言っていましたから」

「そうか」

今夜は未曾有の賓客たちを招いてとあって、クロフォード家総出でディナーの予定があるのだ。ファーンやウィルばかりではなく、リデルに紹介しなければということで寄宿学校に行っている子供たちは皆すでに帰ってきているし、アンナの父や兄たちも仕事を早く切り上げて参加することになっている。その中でも女の子たちは特にはしゃいでいて、今この時でさえ、各自の部屋でおめかしに大忙しだ。

ウィルとファーンはアレクたちと再会の挨拶を交わし、初対面のマリオ夫妻にも紹介された。それからウィリアムが皆にアンナを引き会わせると、アンナも常々、彼らと会ってみたいと思っていたのだろう。嬉しそうに歓迎の辞を述べた後で、早くもリデルに目を留めて言っている。

「じゃ、あなたがリデルちゃんなのね。本当になんて可愛らしいのかしら。ファーンから聞いて、会えるのを楽しみにしていたのよ」

言われて彼女を未来の母と認識しているリデルは、ここ一番の好印象を与えようと飛びきり上等の笑顔で答えた。

「はじめまして。私もファーンから聞いて、お会いしてみたいと思っていました。アンナおばさまって、お呼びしてもいい?」

「あら、嬉しいわ。じゃ、私もリデルと呼ばせてね」

「はい」

それへ横からウィリアムが、おしゃまなリデルの様子に笑いながら口を挟んだ。

「な? お人形さんみたいだろう? 実は私も今、ひいおじいちゃんにしてもらったところなのさ」

「ま、素早いですわね、おじいさま」

それからウィリアムはマリオたちに注意を戻し、とりあえず今はこれで揃ったわけだな、と言った。

「あとは、ディナーの席で紹介させてもらうよ」

「皆さん、お忙しいのに我々のために時間を取らせまして」

「なんの。うちの皆もきみたちが来てくれるというので非常に楽しみにしていてな。ゆっくりして行ってくれると嬉しい。しかし、マリオ。きみたちこそ、よく時間を作ってくれたものだ」

「いえ、マーティアとアリシアのおかげで、私はもうそろそろ楽隠居を決め込みつつありましてね。こちらはどうにでもなったんですが、さすがにアレクが捕まりませんで今日になってしまいました」

「さもあろうな。だが、アレク。今は、忙しくて大変だろうが、実際、身体が利くうちが花だぞ」

ウィリアムの冗談に、アレクも笑って答えている。

「肝に銘じます。実は、さすがに私も昨今、トシかなあと感じることがないでもなくて」

「な〜にを言っておるか。アルフレッドやロベールでさえ、あの通りピンシャンしておるというのに」

「それはそうなんですが」

「ただし、健康にだけは気をつけるようにな。きみたち三人は今や、世界経済においても歴史においてもいろいろな意味でキーパーソン的存在だ。きみたちだけの身体ではないのだから」

言われた皆もそれは自覚しているらしく、それぞれに頷いている。

「それにマリオ、きみもまだまだ"楽隠居"などと言ってもらっては困るぞ」

それにマリオは笑って答えた。

「あなたには、敵いませんね、ウィリアム。それでは私も、肝に銘じるとしましょう」

「うん。そして、みんなぜひ長生きしたまえ。長く生きるほど、面白いことがあるものだよ」

ウィリアムのこの言葉はマリオたちばかりではなく、アンナやファーン、ウィルにも改めて大きなインパクトを与えたようだ。なにしろ、95年間を鮮やかに生きて来た人の言葉である。皆、どうせ年を取るのなら、やはり彼のようになりたいと思うのは同じに違いない。

それからディナーの時間になるまで、皆はお茶を飲みながら様々な話に花を咲かせていた。特にウィリアムの興味がIGDの活動やマーティアを軸とするその思想的背景にあったこともあって、話の内容は高度を極めるレベルにまで達することになったが、このメンバーではリデルも含んで誰一人としてそれを退屈と感じる者はいなかった。マーティアたちの方でも、ディから聞いていた通り、ウィリアムがこの年齢になっても幅広い世事に通じていることに驚きながら、その熱心さに釣りこまれてついつい普段は踏み込まないようなところまで語らせられてしまったほどだ。さすがにウィリアムは話し上手、聞き上手、結局、アレクたちの尊敬を難なく勝ち得ている。

さて、ディナーの席では、いよいよリデルがファーンの従兄弟たちにも紹介されたわけだが、モンダイの双子たちは思い切りヨソゆき顔で澄ましていたので、まだ双方真正面からぶつかるというところまではゆかない。ましてやウィルの妹イヴは皆が認める正真正銘の淑女で裏表なく人当たりが良いし、他の子たちもおおむね躾の行き届いた良い子たちだったから、リデルの方でもずいぶんこの一族のことが気に入ったと見えた。この後、彼女が肝心のファーンを手に入れることができるまでには、本人の予測を遥かに上回る長い長い道のりが待ち構えていたのではあったが、そんなこととは思わないリデルにしてみれば、これでとりあえず家族ぐるみのおつきあいにまでは漕ぎつけたというところだろう。

original text : 2011.12.21.-2012.1.13.

       

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