「お久しぶりです、ランディさん! その節は、お世話になりました♪」

「おー、久しぶりだな、カワイコちゃん、元気だったか?」

「もちろんで〜す。今日は差し入れ、山ほど持ってきましたからね」

待ち合わせ場所に顔を見せたランドルフに、デュアンはいたってアイソがいい。例の取材の時に何度も会っていて、自分が彼に気に入られていることを知っているせいもあるだろうが、デュアン的にもランディは好きなタイプだ。それで"カワイコちゃん"などと、いささか失礼に聞こえかねないコトを言われても特に苦にはならないのだろう。以前、カトリーヌが言っていた通り、デュアンは気に入らないタイプは"丁重に無視"するが、いったん気に入って懐くと相手をとても大事にする。

今日はランドルフの友人たちがやっている劇団の公演初日なのだが、前々からの約束通り、デュアンは楽屋へ持ってゆく差し入れを沢山用意していたので、ここまでスチュアートに送ってもらって来たのだ。しかし、ピカピカのショーファー付おベンツでプロレタリアなワカモノの集まる小劇場に乗りつけるのはいまひとつどうかと思ったらしい。兄やウィルが一緒に運んであげると言ってくれたこともあって、今はそれらを車から降ろし、待ち合わせていたオープンカフェのテーブルに置いていた。ところが、その量が凄い。

「なんだよ、もしかして、それ全部か?」

「はい! でも、足りるでしょうか?」

デュアンの問いにランディは笑って、そりゃ、足りるだろ、それだけあれば、と言った。

「今日は公演の後、内輪で集まるらしくて都合が合えば稽古場に来いって言われてるんだけど、行くか? それだけ食うものがあったら、盛大にやれるし」

「ホントですか?! 行きた〜い! いいよね、いいよね? 兄さんも、ウィルも」

パーティ大好き、お祭り少年なところもあるデュアンは、すっかりはしゃいで兄たちに同意を求めた。ウィルが言っている。

「ぼくたちはかまわないけど、きみはスチュアートが迎えに来るって言ってたんじゃない?」

「それは大丈夫。すぐ電話入れとくから」

それで話は決まり、一行は劇場に向かうことになった。ここから歩いても、それほど遠くはない。

「しっかし、すごい量だな。いったい何持って来たんだ?」

運ぶのを手伝ってくれながら、ランドルフが聞いている。

「いろいろですよ。ケーキにクッキー、ミニ・タルト、キッシュに各種サンドウィッチ、それから和菓子に巻き寿司とか」

「多国籍だな」

「和モノはブームですからね。それに差し入れだから、簡単に食べれるものがいいかと思って。喜んでもらえるかな」

「もちろんさ。ああ、そうだ、ウィル。おまえ、双子の従妹も来たがるかもって言ってなかった?」

「言ったよ。でも、なんとか阻止した」

「なんで? どうせなら多い方がいいのに」

「きみは、あの子たちの実態を知らないから、そんな気楽なことが言えるんだ。ね? ファーン」

「ええ。なにしろ、今日は楽屋にもお邪魔するわけでしょう? 女優さんとか、俳優さんとか、見た目の際立った方も多いんだし、そうなるとあの二人、絶対にっ、騒ぎますから。連れてきたりしたら、収拾がつきませんよ。公演の後ならともかく、公演前は何かと取りこんでるだろうし、ご迷惑なのに決まってますからね」

ふだん落ち着いていて穏やかに話すファーンが、双子たちのことに限ってはかなり強い調子で否定的なので、ランドルフにもその"実態"とやらがいくらか把握できたようだ。

「そんなに凄いのか?」

その問いにはウィルが会えば、きみにも分かるよ、と答えた。

「見た目は美少女の部類なんだけどね。だから、黙ってればそれなり"お嬢さま"だよ。ただねえ、あのけたたましさが双子でダブル展開されるわけだからさ。しかも大じいさまが、それがあの娘たちの面白いところだとかなんとか言って甘やかすんもんで天下無敵。ぼくらがちょっと言ったくらいでは、聞きやしないんだ」

「へえ、じゃじゃ馬お嬢なわけだな」

「そういうこと」

「とにかくね、女の子は可愛いくて控えめなのが一番です!」

ファーンが決めつけるように言うので、ランドルフはさすがに呆れた様子で言った。

「おまえ、トシのわりには女に古風な理想を持ってるな。だけど、いまどきいないぞ、そんな女」

三人のやりとりを横で聞いていて、双子とも会ったことのあるデュアンは兄やウィルの言うのも何がなし頷ける気がしないでもなかったが、まだ彼女たちのヨソユキ顔しか見ていないので、どちらかと言えば好意の方を持っている。それで、ちょっと同情的に口を挟んだ。

「でも、少なくともぼくが会った感じでは"憎めない"っていうのかな。一緒に育ってたらまた違うのかもしれないけど、ぼくもお調子ノリな所がありますからね。似たものを感じるというか」

「いや、きみのは"明るくて快活"という部類だよ。だから誰からも好意的に受け入れられるんだけど、ユージーとロゼッタのは、ハタ迷惑にけたたましい、やかましいという類のものだから、ぼくはハッキリ言ってうっとおしいわけ」

「おまえがそこまで言うとはな。そりゃ相当、実害被ってるってことか?」

「実害っていうか...」

ファーンがどう説明しようかと考える様子になったので、ウィルが横から言った。

「ファーンが双子にキビシイのには、それなりの理由があってね」

「理由?」

「そう。ダドリーおじさんとこには双子の他にもう一人、ショーンっていう男の子がいるんだけど、この子がうちの従兄弟連の中じゃ一番下なんだ。で、ユージーたちとはけっこう年が離れてるもんだから、いつもいつもあの子たちにミソっかす扱いでからかわれちゃっててさ。ところが、ショーンは双子とは似ても似つかないくらいおとなしい子なんで、言い返すなんてことが全然できないんだね。それで、いじめられるたんびにぼくやファーンのところに逃げ込んで来ちゃうんだよ。ファーンはショーンのこと、弟みたいに可愛がってるから、そのことについて怒ってて...」

「それもあるけど、それだけじゃなくて。あの二人はぼくよりほんの数か月先に生まれたってだけなのに、いつもいつも姉貴ヅラして偉そうだし、ぼくがちょっと意見でもしようものなら"こじゅうと"って」

ファーンの言うのを聞いてランドルフは思わず吹き出し、大笑いしながら言っている。

「"こじゅうと"か。そりゃあ名言だ」

「なんでですか?」

ファーンは怒ったように尋ねたが、ランドルフはまだ可笑しそうに笑っている。

「いや、だってさ、おまえって確かにそういうとこあるぞ。おれだって、何度説教されたことか」

「そうでしたっけ?」

「自覚なしかよ。たまんねえな。とにかくさ、おまえはそのトシで言うことが堅いのよ。だから、"大じいさま"のせいで化石化してんのかと思ってたんだけどな」

「だから、うちの大じいさまは化石じゃありませんってば」

「兄さんちの大じいさまだったら、ぼく大ファンですよ。すっごく素敵な方なんです」

「へえ、そうなのか?」

「ええ。少なくとも"化石"なんて全く当たってませんね」

「ほら。前から、言ってるでしょう? 会ってみればわかるって」

それを聞いて何か思い出したらしく、ウィルが言った。

「ああ、それなんだけどさ。実は、大じいさまもきみに会ってみたいって言ってるんだよ。ぼくやファーンがよく話題にするから」

「おーっと、どういう話題にされてるんだかね」

「有りのまま言ってるつもりだけど? 」

「んじゃ、ロクなこと言われてねーな」

「そんなことないよ。なにしろ、会ってみたいって言ってるくらいなんだから、まあアピールしてるんじゃない? 彼って、あれでけっこう昔は破天荒でどちらかっていうと無茶やるヒトだったらしいからね。それで双子のことも気に入ってるんだと思うけど、ぼくやファーンもハッパかけられる方だし」

「若い頃は、うちのお父さんとどっちこっちっていうくらいのプレイボーイだったんですって。ね? 兄さん」

デュアンの言うのへファーンは頷いている。それまではファーンやウィルに"会えば分かる"と言われても本気に取らなかったランドルフなのだが、さすがに今の話には興味を引かれたように見えた。

「そりゃ、なんか面白そうだな。タダのじーさんじゃない、ってか?」

「あれ? 聞いたことありません? うちのおじいさまが言ってましたけど、先代クロフォード公爵と言えば、未だに語り伝えられるクランドル経済界のドンとまで呼ばれた方で、それはもう当時の若い女性のアコガレの的だったとか」

「ほ〜お」

「絶対、一度会ってみるべきですよ」

デュアンの太鼓判を受けて、ウィルはここぞとばかりにもうひと押しした。

「きみがその気になってくれるんだったら、大じいさまに話すよ。別にそんな怖いヒトってわけじゃないから、気楽に会ってあげてくれない?」

「そうまで言うなら、おれの方は構わないけど?」

「よし! じゃ、うちに遊びにくるね?」

ウィルには、どうやらそっちの方がメインだったらしい。要するに、やっと昔通りつきあえるようになった親友を家に招待したいのだ。その目論見はランドルフにも分かったようで、乗せられた気もするが、とは思いつつも頷いた。"大じいさま"に対する興味の方が勝ったのだろう。もし、これが社交界や経済界にいくらかでも知識のある者だったら、"ウィリアム・クロフォード氏にお目通りがかなう"ということの意味をもう少し重く受け止めていたかもしれないが、ランドルフにとっては"ウィルんちのじーさんに会う"程度のことだから気軽なものだ。しかし、彼の家柄だの身分だのをまるっきり意に介さず、自分の価値観で我が道をゆくようなところが、ウィルの最も気に入っているところのひとつでもある。ウィルのような環境にいると、日常どうしても彼が大公爵家の子息であるだの、跡取りであるだのが重要視されてしまって、学校でもなかなかそれを無視したつきあいはできにくいものだからだ。一方で、ランドルフは最初の最初から、そんなことには全く興味を持っていなかった。今でもそれはまるで変わっていない。

はしゃいでお喋りしている間に、四人はいつの間にか劇場に到着していた。以前の公演もここでやったので、ウィル以外は見知った場所だ。開場までまだしばらくあるのに、エントランスのあたりには既にかなりの客が集まってきている。小さな劇団とはいえ、演劇関係のメディアでは実力派として何度も取り上げられているし、一部で人気を集め始めている俳優や女優も在籍しているから、注目度はそれなり高いのだろう。

ランドルフに促されて一行は正面玄関をやり過ごし、劇場の裏手に回って行った。楽屋口では部外者が立ち入らないように一応ガードが立ってはいたが、チェックはそれほど厳しいものではなく、ランドルフが来意を告げるとすんなり通してくれた。彼らが抱えている差し入れの包みの多さを見れば、言われなくても関係者と見えたには違いない。

大道具や小道具などが雑然と積み上がっている天井の高い通路を奥に進んでゆくと、楽屋の扉が近づくにつれて中の騒ぎが聞こえてきた。いよいよ初日の開演近しということで、みんなてんやわんやというところだ。

「お〜い、頑張ってるか? 差し入れ持って来たぞ」

入り口でランドルフが言うと中にいる皆の視線がそちらに向いて、口々に反応が返ってくる中で何人もが出迎えてくれた。それには、この劇団の主宰者で脚本、演出を手がけるルーカス・マキシミリアンも混じっている。丸い眼鏡をかけた真面目そうな青年で、まだ二十代後半に入ったばかりという若さだがテレビなどにも脚本を提供する傍ら、自ら俳優もこなすなかなかの才人だ。ディの長年の大ファンでもあって、それで以前、デュアンとファーンが取材に訪れた時には大感激状態で大変だったものである。その様子を見て二人は改めて自分たちの父が、世の中にこのテの熱狂的ファンを数限りなく抱えているということを目の当たりにした気分だった。

「よく来てくれましたね、デュアンくん、ファーンくん。ランディ、そちらは?」

「おれのダチでウィルってんだ。ファーンの従兄」

「へえ、そうなんですか。それは、ようこそ」

「で、ウィル、こっちはここの座長でルーカスな」

「こんにちわ」

紹介されて二人が挨拶を交わす横で、ランドルフが言っている。

「でさあ、この荷物。どこ置けばいい? 差し入れなんだけどなーっ」

言われたルーカスは、そちらを向いて驚いた顔をしている。

「え? まさか、それ全部?」

「そう。この前、いろいろ協力してもらったから、デュアンの感謝の気持ちだってさ」

それを聞いて、回りでは大きな歓声が沸いた。その差し入れの山は、ただでさえ本番を前にして上がっているテンションを更に盛り上げるのに大いに役立ったようだ。

「いやあ、嬉しいなあ。有難う。そうそう、見せてもらいましたよ、きみのイラスト。もう、びっくりしてしまって。ふつう、きみくらいの年齢で描けるとは思えない絵だったな。こんな風に言っていいのかどうかと思うけど、やっぱりお父さんゆずりの才能なんだなあって思って」

最初の時より少し落ち着いた様子ではあるが、未だにルーカスには"モルガーナ伯爵のご子息たち"は、いやが上にも神聖な存在のようだ。一方で、デュアン自身も父の熱狂的ファンであることにおいては人後に落ちないから、ルーカスの言うのへ、いたって調子よく答えている。

「ありがとうこざいます。父の名を辱めることがないよう、精魂こめて描かせてもらいました」

「おお、それは、素晴らしい心がけですね」

わりとお坊ちゃん育ちで、ヌケたというか、ズレたところもあるルーカスは、本気でつくづく感心したように言っている。その横では、座長の指示を待たずに差し入れの山が皆の手で中に運びこまれ、ランディの采配で次々と包みが開けられていた。

「とにかく皆さん、今日はゆっくり見て行って下さい。なかなかの出来に仕上がってますから、楽しんでもらえると思いますよ」

意欲満々で言うルーカスに、皆も期待顔で頷いている。三人とも、ランディから今回の演目はシェイクスピアの"真夏の夜の夢"だと聞いていた。この劇団では、前にそれを現代風にアレンジした作品を上演したことがあるそうだが、今回は正真正銘、原作に忠実なシェイクスピアをやるらしい。こういった古典回帰現象は、かつてまず美術界で亡きダニエル・バーンスタインが出現したことによって始まったものだ。それ以前のクランドル画壇では、彼のような古典的ですらある画風やテーマというものはいささか退屈と看做されるきらいがあって、なかなか一家言ある評論家の認めるところとはなりにくかったのである。しかし、当時ですら誰かがいみじくも評したように、"退屈な前衛"という種類のものが大手を振って蔓延る中に、完璧なまでの古典的手法と近代美術が到達しえなかった高い哲学性を融合させたバーンスタインの作品は、見る目の在る者にこそ度肝を抜くような存在であったことは間違いない。

以来、特に美術界では多方面に古典回帰の傾向が強くなっていたが、それが美術のみならず、あらゆる芸術世界に波及した背景には、言うまでもなくディの存在が大きい。ディが彼自身の意志とは全く関係なく、バーンスタインを後継する形で画壇にデヴューする格好になったのは当のダニエルの図った結果だったのだが、十七才という若さとあの美貌は、その天分を抜きにしてさえ注目を浴びるに十分だった。そのせいで当初、ディはいろいろとしなくてもいい苦労をさせられるハメに陥ったわけだ。しかし、彼の才能が師をすら凌ぐということは単なる事実だったから、それが明らかになるにつれて最初に出来上がっていた知名度が、今度は芸術世界全般を激震させる作用を果たすことになったのである。

そんなこんなで引き起こされた流れは、ルーカスのように早くも十代でその洗礼を受け、今では自らが表現者として立つ年齢になった者の間でも非常に顕著で、そのため、特にクランドルでは昨今、若い世代においても古典回帰がひとつの現象として現れていると思われた。ただ今回、彼が真正面から古典に、ただし独自のスタンスから取り組む覚悟が出来たのには、どうやらデュアンたちと会ったことが大きいようだ。ディ本人ではないまでもその血を引く子供たちに会い、あまつさえそのうちの一人は十才そこそこの年齢であれほどまでの才能を見せつけてくれたのである。芸術家の偏狂な思い込みと言われてしまえばそれまでだが、いくらかなりとも自負を持つルーカスのような人物にとっては、これこそ神の啓示、ここで自分がこれをやらずば誰がやる、という気持ちにさせられても当然と言えたかもしれない。

この種のノリで調子づいている芸術家などというものは全く無敵。煽りをくらって役者たちも相当その気にさせられていたから、この日の公演ではデュアンたちは後々まで語り草になるような"シェイクスピア"を目撃することになったのである。もちろん、公演は大成功だった。

original text : 2011.11.23.-12.3.

  

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