そろそろ春めいて来た庭では、樹々がちらほらと小さなつぼみをつけ始めている。デュアンの最近のマイ・ブームは、休日の遅い朝食を部屋で終えると、ゆっくり広い庭を散策して回るのことなのだ。どうせのことにこの時間、ディは白河夜船で起こしたって起きないのは分かりきっていたし、父にかまってもらうために彼の生活習慣に干渉する勇気は、まだこの頃のデュアンになかったのも無理はない。
それは置くとしても朝の散歩はそれだけでいい気分だし、これまで自宅に庭がない環境で育ってきているから、なにかと新発見があって楽しいらしい。しかも、よく手入れの行き届いた庭園なので、それが自分ちのものともなるとリッチ感覚だってバツグンだ。今や彼もクランドル名門中の名門、モルガーナ伯爵家の誰もが認める跡取りご令息なのだが、貴族的な暮らしに慣れきって飽きるにはまだまだ時間が必要ということだろう。
そんなわけで今日も散歩に出たわけだが、歩いているとなんとなく予測していた通りチャールズの姿を見つけることができた。もうこの庭師ともすっかり仲良くなっているので、お互い楽しげに挨拶を交わし、それからデュアンは花壇のレンガに腰掛けて、植木を剪定している彼のハサミさばきに感心しながらしばらくその手際を見物していた。もうすっかり白いものが目立つようになった庭師の髪は短く刈り込まれ、頭には古びた日よけの麦藁帽子をかぶっている。着古した作業着に肩にはタオルといういでたちと、どちらかと言えばずんぐりした背格好は、お世辞にも良い見栄えとは言い難かったが、年季の入った職人というものはそれだけでカッコいいものなのだとデュアンは最近知るようになっていた。
「ねえ、チャールズ。あなたは有名な造園家なのに、どうして今もここにいるの?
普通だったら、もっと外でお仕事したいって思うものなんじゃないかしら」
見ているうちにデュアンは、ふいに以前から疑問に思っていたことを聞いてみたい気分になったようだ。その質問を受けて、チャールズはにっこりすると手を止めてデュアンを見た。
「私は本来、ただの庭師なのですよ。祖父の代にはこちらで庭師としてお世話になるようになっておりましたし、そんなご縁もありまして、モルガーナ家の傘下にある、例えばホテル・ソレイユですとか、ああいった大きな施設に付属する庭園の設計をいくつか承ったりしたことがございます。それで、皆さま、私のことをそのようにお呼び下さるようになったのですが、そのうちに個人のお宅で庭の設計を任せたいと言って下さる方も現れたりいたしまして。有難いことですし、先代も、それから今の旦那さまもお喜びくださるので、私でお役に立つならとその後もそういったお仕事をさせて頂いている次第です」
ここしばらく、よくデュアンが庭に遊びに来ることもあってぼつぼつと話をするようになり、今ではチャールズにもデュアンはすっかり気に入りとなっているようだ。もともとあまり喋るのが得意ではないのだが、孫のような年齢の可愛らしい少年相手なら、彼も話すのが楽しいらしい。その説明にデュアンがマジメな顔で頷いているのを見て庭師はまた微笑を浮かべ、それから今剪定している木に愛しそうな目を向けて続けた。
「ですが、私には幼い頃から面倒を見てきたこの庭が何より一番可愛いのです。出来ることなら、生涯、この庭の面倒を見て静かに過ごしたいと思っておりますよ」
その表情から彼が心底そう思っていることが分かったので、デュアンはまた大きく頷いた。デュアンの質問に対して、それは明確な答えとなっていたからだ。
昨年秋のお披露目の後そろそろ4ヵ月が経とうとしているから、デュアンもこうして新しい環境にかなり馴染み、関係する他の皆にとっても落ち着いた暮らしが戻って来つつある。しかし、お披露目以後の騒動は予測された通り大変なものだったことも確かだ。なにしろディの久々の個展の直後だったこともあって、メディアの大お祭り騒ぎは際限ないがごとく3ヶ月は続いたのである。
びっくり仰天されるのはもちろんだったが、女性軍からは"女の敵"と非難されるやら、逆に男性軍からは羨ましがられるやら妬まれるやら、ありとあらゆる反応がメディアを賑わしたし、そもそもこの隠し子騒動の顛末さえ載せておけばどんなつまらない雑誌でも飛ぶように売れたのだから、ゴシップ業界の連中にとっては笑いの止まらない上ネタだったことも確かだろう。しかしディもしたたかだから、メディアの騒動には適当に乗ってやりながらもウマい具合に情報を操作して、結局のところ世の中にとってはある種の笑い話、好意的に受け取れる話題にしてしまうのに成功していた。
そんな騒動が展開されている中で、12月にデュアンとファーンは再びラファイエットを訪れ、今度はそちらの社交界へのお披露目が行われたわけだが、クリスマス・パーティも兼ねたローデンでの集まりはクランドルの時以上に壮麗な催しになったことは想像に難くないだろう。なにしろロベールも執事のクロードも、まさにココ一番の意気込みでハリキリまくっていたし、従ってヨーロッパ中の名士が招かれたのも当然のことだ。しかも、既にクランドルを発信源として、"デュアン・モルガーナに隠し子発覚"というニュースはヨーロッパ全土にも轟き渡っていたのだから、話題の少年たちを一目でも見るべく、運良く招待された人たちがこぞってこのイベントに参加したのは言うまでもない。
こうして子供たちの話題が世界を席捲している間、カトリーヌは結局2ヵ月近くをラファイエットのロベールの別荘にかくまわれて過ごさなければならなかった。しかし、ふだん殺人的に忙しいスケジュールを抱えている彼女のことで、普通ならそんなに長期間の休暇を取れることは全くと言っていいほどない。それでこれはこれでいい機会と思ったらしく、その間を充電期間としてアーティストらしくのんびり創作活動にいそしんでいたようだ。一方、アンナはと言えば、そこはさすがにクロフォード公爵家のご令嬢。ましてやクランドルでは伝説的人物ともされる先代公爵一のお気に入りである彼女をゴシップ騒動に巻き込むなどということは、さしも貪欲なマスコミ関係者にも出来かねたことのようで、結果として我関せずの日常を送っていた。もちろん、お披露目に参加しなかったメリルとマイラは、カヤの外に避難した形で大した影響は受けていない。
そして今は春も近いこの季節。デュアンは快晴の空の下、その後も淡々と作業を続けるチャールズとしばらくとりとめなく話してから、また散歩を続けることにしたようだ。お昼になれば、さすがにディも起きてくるだろう。
original text :
2010.10.21.-11.17.
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