快晴の秋の日がそろそろと暮れなずむ時刻を迎える頃、いつもは平穏と静寂に包まれたモルガーナ伯爵家も、しかし今宵ばかりは、庭のそこここをキャンドルの光が彩り、灯りという灯りが灯されて、邸宅の威容を夕闇の中に美しく際立たせている。次々と乗りつけ始めた車は日の暮れるに従ってその数を増し、それにつれて華やかな喧騒が次第に満ちて来つつあった。

貴顕紳士、淑女を乗せて到着する車はどれも流麗なスタイリングを持つクラシック-ヴィンテージ・カーばかりで、ロールスロイス、ベントレー、モーガン、パッカード、デイムラー、イスパノスイザなど、それも20世紀初頭に名を馳せた数々の名車に混じって、時折り60年代までのヒストリック・フェラリやランボルギーニなどの瀟洒なスポーツタイプも見受けられる。典雅な社交を好んだ先代の時代にはよく行われた催しであるが、それに倣って今夜は表向き"秋の夜を楽しむ会"とされ、招待状には"20世紀初期から中期のスタイルで"と定められていたから、それらに乗って訪れ、エントランスに降り立つ客たちもまた車に劣らず古き良き時代の正装を身に纏っていた。そのせいで今夜はいつにも増して贅を尽くした感のある集まりとなっている。

もちろん、どの車もそれぞれ持ち主のコレクションの中の一台であろうし、衣装やアクセサリーでさえどうかするとその時代から受け継がれた遺産であったかもしれない。それも不思議ではないほど、今夜ここに集まったのはクランドルを代表する名家の血を今に伝える人々が大半を占めていると言えた。

彼らが降りた後の車は屋敷の西に流れ、俗に"西の車寄せ"と呼ばれる広大な駐車場で主を待つことになるのだったが、周囲を巨木に囲まれ、いつもはがらんとしたその空間が今夜はさながらオートショーか、コンクール・ド・エレガンスの様相を呈している。オールド・カーのファンならば、その光景を眺めるためだけにでも、是非この集まりに出席したいものと熱望したことだろう。内も外も、今夜のモルガーナ家はまるで前世紀にタイムスリップしたかの如くだったが、その様子は20世紀前半に実際にこの場所で繰り広げられたはずの絢爛たる社交、まさにその再現でもあったのに違いない。

こうして三々五々集まった出席者たちの大半が邸内に飲み込まれ、そのさんざめきが庭にも楽しげに響き始めた頃、エントランスに粛々と乗りつけたのは見事にレストアされ、クリームとホワイトのデュオ・トーンに塗り分けられたSS1だった。ジャガー・カーズLtd. の前身、未だスワロー・コーチビルディング・カンパニーと名乗られていた時代に、そのオリジナル第1弾として発表されたものだ。1931年の話である。

客の到着の嵐がおさまり、比較的静かになったエントランスにSS1が停まると、既に宴さなかで忙しい盛りだというのにアーネストとアドリアンが揃って客人を出迎えた。それだけでも最重要の客であることが伺えたが、果たして、そのクラシカルで優美な車から降り立ったのはアレク、マーティア、そしてアリシアの三人で、もちろん正装だった。

「ロウエル卿、ルーク博士、バークレイ博士、ようこそおいで下さいました」

「やあ、アーネスト。盛会みたいだね」

恭しく出迎えるアーネストたちに、アレクが気さくに声をかけた。

「はい、ご招待差し上げた殆どの方がご出席下さいまして」

「まあ、それはハズせないよね、今夜ばかりは」

横から言ったのはマーティアだ。それへアーネストは嬉しそうに、にこやかな笑顔を向けた。ほんの子供の頃からよく知っているマーティアとアリシアは、アレクともどもモルガーナ家を訪れる客の中でも昔から彼の一番のお気に入りだからだ。

「皆さまやはり、そのようにお考え下さったようでございます」

言ってアーネストは三人を促し、先に立って客たちが集まっている屋敷中央のボール・ルームに案内した。そこここで歓談する人々の間を、既にロベールとディがさりげなく二人の少年たちを連れて挨拶に回っている。特に親しい人たちにはディやロベール自らが事前に事情を伝えてあったし、その中には"放送局"レイチェル・ロクスター侯爵夫人も含まれていたから、出席者の殆どは今夜の集まりの本来の主旨を理解していて子供たちの存在に驚く様子は少ない。皆、順に紹介されるのを待つともなく待ちながらも、顔見知りどうし近況を伝え合うようなありふれた会話に興じているように見えた。

しかし、しばらくして入って来た三人の姿には、さすがにそのお喋りの喧騒も一段低くなるほどのインパクトがあったようだ。アレクはいつも通りで大仰な様子はまるでなかったし、マーティアやアリシアにしてもそれは同じだ。それでも、この三人が連れ立っている様子というのはもう、今や決してIGDの過去十年に渡る様々な功績、偉業と切り離して見ることは誰にも出来なかったことだろう。ましてや、今ここに集まっているのは多かれ少なかれ、その事業と何らかの関りを持っている者ばかりなのである。

マーティアが何がなんでもアリシアを一緒に引っぱって来たかった理由はまさにこれだった。今夜の出席者の大半と彼らは個人的な知り合いであるし、中にはマーティアがうんと幼い頃から仲良くしていて過去の経緯をよくよく知っている人たちも少なくない。そんな中にアレクと二人で出てくるとなれば、どうしたってアレクがマーティアをエスコートしているという格好にならざるを得ないのだ。事実、もっとラフな集まりではそういうこともよくあるし、昔からアレクがプライヴェートでマーティアを連れていれば下へも置かない気の使いようなのは、ちょっと親しければ誰でも知っていることである。それをいいことにして、子供の頃はマーティアの方がいいようにアレクを引き回していたのだからますます始末が悪い。

今どきのことではあるし、これはディやアリシアにしてもそうなのだが、二人とも自分たちの関係を隠そうなどとは少しも考えていないから、他の場合ならむしろそれで通して誰憚ることもなかった。ましてや、昔から彼らを好きな周りの連中は気にしないどころか、フィディウスのようにこの美しい恋人たちを大歓迎で迎えてくれるのが常ですらあるのだ。とは言え、今回のようにロウエル侯爵やシャンタン伯爵など社交界の古株、重鎮が集まる場ともなれば、おのずから事情が違って来るのは仕方のないところで、それこれの過去の経緯や事実を見た目帳消しにするには、どうしても現在に相応しく表向きの体裁を整える必要があるわけだ。アリシアが一緒ならアレクはIGDの代表として美貌の賢人二人を参謀として従えていると見えるし、それはまさに、キングの両脇にルークが2本控えている様子とも見えた。そうなればIGDの威光のもと、その威風あたりをはらうがごとき光景は、一切の個人的な取り沙汰を無効化する効力が十分にあったのである。

もっともそれは、もう一歩つっこんだ裏の事情を知らない大半の人々に対してのことであって、ディのように、― と言うよりも、彼自身がその一部ですらあったのだが ― この三人の本当の関係を知っている者から見れば、これは相当危ぶまれても仕方のない取り合わせだったかもしれない。マーティアとアリシアのことはディ以外に殆ど知る者はいないながら、本来この三人の間には実に優雅な三角関係が成立しているからである。いや、ディも含めればもっと複雑になるだろうが、彼ら四人に限ってはその知性の高さゆえか泥沼化することもなく、今となってはその複雑な関りを皆が余裕で楽しんでいるフシさえ見受けられた。特にディについて言えば、明らかに楽しんでいるのは間違いのないところだ。

三人が入って来たのを見つけると、ディは父にその場を任せて彼らのところに歩いて行って出迎えた。

「やあ、アレク、それにマーティアもアリシアも、忙しいのによく来てくれたね」

「それはもう、今夜ばかりは何を置いても」

アレクが答える横でマーティアはディに、お久しぶりと言ってから、ロベールと子供たちがいる方向を見て続けた。

「で? あれがその噂の子供たちなの?」

ディは頷いて、そういうこと、と答えた。

そのやりとりを聞いていてもアリシアは完全にビジネス・モードのお澄まし顔で、マーティアに説得されて無理矢理連れて来られたという不機嫌な様子などおクビにも出していない。公的な席にこうして三人そろって出席する時はいつでもコレで、めんどくさい受け答えはアレクとマーティアに任せて見た目おとなしくしているから、彼をよく知らない者は未だにアリシアのことをその容姿に相応しく美しくて控えめな青年だと信じ込んでいたりする。しかし、実態については既にご存知の通りだ。

ともあれ、マーティアも久しぶりと言ったように、こうして四人が一同に会するなどというのは昨今では一年に一度あるかないかの出来事である。一人づつでも見ごたえ大アリの超美形が四人揃っている様子というものはさすがに迫力で、さりげに周囲の視線が集まるのも無理はなかった。

そうこうするうちにしばらくして、ロベールが子供たちを引き連れて彼らの方にやって来た。もちろん彼はアリシアが息子の現在の恋人で、マーティアが昔の恋人だったこともよくよく知っている。その昔、ディがまだ十歳そこそこのマーティアに手を出したと知った時には、それが古くからの友であるマリオ・バークレイ博士の目に入れても痛くないほど可愛がっている秘蔵っ子であることを知っていただけに、大激怒だったものだ。おかげでディは危うく勘当されかかったほどだったのだが、懲りもせずにその後もご乱行は相変わらずである。もっとも、ディは遊びはするがそれが致命的なスキャンダルに発展するようなことは決してないのも確かだ。それに、マーティアの件にしてもいろいろ事情があったらしく、マリオからはディの言い分にも一理あるので気にしないで欲しいと言われていた。

そんなわけで、放蕩息子のやることなどいちいち気に病んでいては世間が狭くなって仕方ないと開き直ったのか、以来、ディには好きにさせ、ずっと幼い頃から可愛がっていたマーティアや、基本的にいい子だということをよく知っているアリシアには、息子のこととは関係なく"私は私で"というスタンスで対応することにしているようだ。

「おお、忙しいだろうに、よく来てくれたな、アレク、マーティア、アリシアも」

「お久しぶりですね、ロベール」

「ああ、本当にな、アレク」

祖父の横で二人の子供たちも既に顔見知りのアレクに、こんばんわ、ようこそ、と挨拶した。そうしながらデュアンはアレクの側に立っているマーティアとアリシアに思わず目を奪われている。写真ではよく見るし、アリシアのことは以前遠巻きに見かけたことさえあったが、こうして実物をナマで間近にするとそのインパクトは限りなく大きい。二人ともなんてキレイなんだろうと、それはまさに父の描いた神話の中の一場面ですらあるかのように思われて、ちょっとぼーっとなってしまったのだ。どうやらこの子も、筋金入りに美しいものに目がないタイプらしい。しかし、まさかそのアリシアが将来、自分の宿命のライバルに ― それはデュアンの一方的な独り決めなのだが ― なろうとは未だ想像することもできなかったとしても不思議はなかったろう。

デュアンの様子を見てロベールは笑い、すまないな、マーティア、アリシアと言ってから続けた。

「どうやらデュアンは、きみたちに見とれてしまっているようだ」

「あ、ごめんなさい、おじいさま。失礼してしまって...」

「ん。じゃ、紹介しよう。アレクはもう前に会っていると思うが、私にもとうとう念願の孫が出来たんだよ。こっちがファーンで、こっちがデュアン。よろしくな」

それから、彼は子供たちに向けて言った。

「マーティアとアリシアのことは知っての通りだ。改めて紹介するまでもあるまい」

初めて引き合わされたマーティアたちは二人の少年と握手を交わしたが、アリシアは相変わらずのお澄ましモードで、彼がその子供たちの父親と特別な関係だなどとは知らないで見ていれば誰も気がつかなかったに違いない。そもそもアリシアがディに怒っていたのは長いこと子供がいるという事実を知らされていなかったからだけのことで、子供たち本人に不穏な感情を持つような狭量なところは彼には全くない。

横でその様子を眺めていたアレクが言っている。

「こうやって見ると、デュアンはますますディの子供の頃に似てますね、ロベール」

「ああ、もう私も会うなりびっくりしてな」

「おれだってですよ。初めて会った時は、ディが縮んだのかとマジで思いましたから」

「ふうん。ディの子供の頃ってこうだったわけ?」

マーティアが感心したように尋ねるのへ、アレクが答えた。

「もう、そのまま。うりふたつ。あれ? マーティアきみ、写真見たことなかった?」

「見せてもらったことはあると思うけど、それってもう大昔の話だもの」

「ああ、そうか」

言っているところへアドリアンが飲み物を運んで来てくれたので、皆はとりあえずグラスを挙げて久々の再会を祝し、乾杯した。

「で、どう? ファーン、学校の方は。頑張ってる?」

アレクに気安く尋ねられて、ファーンがにっこりと答えている。

「もちろんですよ。期待して下さっているおじいさまを失望させるわけにはゆきませんから」

「おれも期待してるよ?」

アレクの、"もうすっかり身内"という扱いが、ファーンには戸惑うながらも非常に嬉しかったようだ。

「あ...、有難うごさいます」

その様子に笑って、マーティアが横から言った。

「ね、ファーン」

「あ、はい」

「アレクに聞いたけど、きみには勉強熱心な従兄がいるんだって?」

「ええ。主に経済学や国際政治に興味を持っていて、ぼくもそうですが、ルーク博士のこともアリシア博士のこともそれはもう尊敬しています。特にウィルは...、その従兄ですけど、お二人の書かれた論文は殆ど読破しているくらいですから」

少々緊張ぎみのファーンの答えに頷きながら、マーティアはちょっとアリシアと目を見交わした。はきはきしていて好感の持てる少年に"尊敬している"とまで言われてはアリシアだって悪い気のするわけもなく、つんと澄ましてはいるもののまんざらでもない様子でマーティアに小さく頷いて見せた。アリシアが了解してくれたようなのでマーティアはファーンに向き直り、それは光栄だな、と言って続けた。

「アレクに話を聞いておれも会ってみたかったんだよ。良かったらそのうちその子も連れて遊びにおいで」

アレクからも言われていたことではあるが、ついにルーク博士本人からのお誘いともなれば、さしもいつも落ち着いているファーンをして舞い上がった気持ちになるのも仕方がなかった。

「それはもう、喜んで。ウィルも大喜びすると思います。ぜひ」

その答えにマーティアは笑って頷き、それから今度はデュアンの方を向いた。

「で、デュアンはコンピュータ・フリークなんだそうじゃない」

「あ、はい。大好きです」

「じゃ、うちにはきみが喜びそうなオモチャもあることだし、一緒においでよね」

「いいんですか? え、オモチャって?」

「それは見てのお楽しみ」

ロベールは話のなりゆきににこにこして、二人の孫たちに、良かったなと言った。子供たちも嬉しそうに頷いている。ファーンやデュアンにしてみればマーティア・メイと言えば、アリシアと二人ながらこの若さで今既に伝説的な大天才だ。ウワサではアレク同様、プライヴェートではけっこう気さくな人らしいと聞いてはいても、現実に自分たちのような子供にもこんなに気軽に声をかけてくれるなんて、それそのものが感動的だったとしても当然だった。

そうやって彼らが和気あいあいと話に花を咲かせている周りで、他の出席者の多くもアレクたちが到着したのに気づいてはいたが、ディやロベールの出迎えが一段落するまではと遠巻きにしていたのだろう。そのうちどうやら頃合いと見て、少しずつそちらに注目が集まり始めた。子供たちの紹介は始めたばかりだったから引き合わせなければならない人たちがたくさん残っていることでもあり、それでロベールはロクスター侯爵夫妻がアレクたちに声をかけようとやって来たのをしおに、じゃ、後でな、と言って、誰もが話したがっている今夜の賓客たちを皆に解放することにしたようだ。三人はそれに頷き、お互いに顔を見合わせてから、人気者の義務を果たすべくまず古馴染みのレイとデヴィッド夫妻を迎えた。

秋の夜が深まるにつれて楽しげな人々の喧騒は高まり、そのうち生の管弦楽の音色も響き始めて、宴は古き良き時代さながらによりいっそう盛り上がってゆく。雲ひとつない夜空には丸い月が姿を見せ、広大な庭にも月明かりが煌々と降り注いでいた。夜はまだまだ長い。

original text : 2010.5.10.〜5.15.

 

  

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