首都からローデンへは、通常、列車で3時間ほどの距離だ。しかし、ロベールは孫たちのために小型機を回してやってあったので、空港からローデンの小さな飛行場までも快適な空の旅が続いた。その後は、そこまで出迎えに来ていたリモに乗り換えて約三十分、ファーンとデュアンの視界に優美な城の全貌が見え始めている。街にある屋敷は人の出入りがここより遥かに多いし、なにしろまだ子供たちのことは秘密だから用心するに越したことはない。それに、やはり本拠の方を先に見せておきたいということもあって、ロベールは孫たちをまずここに招待することに決めたようだ。夏休みを過ごすには最適な場所なのも確かだろう。

巨大なリモが両側に大きく開かれた門を粛々と通り過ぎ、城へのアプローチを進んで行くにつれてエントランスが見えてくる。そこには出迎えの用意を万端整えて、クロードを筆頭とする五十人は下らない家の者が並んでいた。

メリルの時は、念願の坊ちゃまをお迎えするともなればこのくらいはと意気込むクロードに、あの子はそういう仰々しいことが苦手だからとロベールが止めたので最小限に抑えられたのだが、何と言っても今度は正真正銘、世継ぎのプリンスの入城である。

最近は貴族社会も年々簡略化が進み、執事の裁量の見せどころとなるここ一番の大きな集まりも少なくなったと日頃からクロードが嘆いているのをロベールは知っている。それで、ここでまた差し止めたのでは一生恨まれそうだと笑って、今回は彼の好きなようにさせることにしたのだ。もっとも、デュアン一人だったら多少心配にならないこともなかったが、ファーンが一緒ならこのくらいの場面、難なくこなすだろうという目算もあってのことだった。

制服に身を整えた一隊が、一糸乱れず整列する様子は見ている分にはいっそ壮観ですらあるが、この一団に出迎えられる方は相当根性が据わっていないとビビりそうなくらい威圧的な光景でもある。案の定、リモの窓からその様子が見えたとたん、デュアンが心配そうな表情で兄に声をかけた。

「兄さん...」

「え?」

「なんか、すごいですね」

「ああ、うん。有難いことだね。あんなに歓迎して下さっているんだよ、ぼくたちのこと」

にっこりしてあっさり言う兄に、デュアンはやっぱり兄さんは器が違う、と思っている。

モルガーナ家で最初に兄弟三人が集まった時にもこれに近い出迎えを受けているデュアンだが、その時には既にアーネストやマーサとも仲良くなっていたし、迎えてくれた者の中には見知った顔も少なくなかった。それで、デュアンとしてもセレモニカルな雰囲気を楽しむ余裕すらあったのだ。しかし、今度は初めて訪れる場所で、しかも背景は起源を中世にまで遡る重厚な、錚々たる美を誇る城ときている。モルガーナ家の屋敷もでかいが、あれは十八世紀に別邸として建てられたもので比較的新しいと言えるだろう。もちろん、イレーネの本拠にある城は古さで言ってもここと大差ないわけだが、デュアンはまだそこを訪れたことはない。

誰でも出入りできるようにされている観光城ならまだしも、それだけの長きに渡って歴史の攻防を目の当たりにしてきた建物が、今も昔と変わらず貴族の居城としての役割を果たしている。そうともなれば城そのもののプライドすら伝わって来るようにデュアンには思えて、さしもの爆弾っ子もちょっといつもの調子が出そうにないようだ。兄が落ち着いているのを見てよけい不安になったらしく、デュアンが、でもぼく、どう挨拶したらいいんだか...、と言った。

それで弟が何を言いたいのか理解したようで、ファーンは微笑を浮かべて答えた。

「大丈夫。この場はぼくが引き受けるから」

ファーンにとってこういう光景は幼い頃から自宅で折に触れて見ることのあるものだったから、比較的、日常と言ってもいいだろう。

「アレクさんと会った時は助けてもらったしね。あの時に比べたら、ぼくはこの方が何倍も気が楽」

「よろしくお願いします」

それに笑ってファーンは、お願いされましょう、と冗談を言ってから続けた。

「きみはぼくの横でにっこり笑って立ってればいいよ。それだけで、誰でもきみのことを好きになるから」

兄のアドバイスに珍しく深刻な顔で頷き、デュアンは、めいっぱい頑張って笑ってみます、と答えた。

そうこうするうちにリモはエントランスに横付けされ、ショーファーが下りてきてドアを開いてくれた。最初にファーン、次にデュアンが降りる。デュアンは今回、紺に白い線が入った夏らしいセーラーカラーのマリンスタイルで、もちろん水兵帽つき、ファーンは白のサマースーツと淡いブルー系のストライプを織り込んだシルクのシャツを、相変わらずカッコよく着こなしている。そして、二人の腕には以前約束していた通り、祖父から贈られたお揃いの時計があった。

実際に子供たちを目の前に見て内心は微笑ましく感じながら、老執事は初めてその領地に降り立った世継ぎの王子とその弟ぎみに、生真面目な表情で進み出て出迎えの挨拶を述べた。

「ようこそ、おいで下さいました、ファーンさま、デュアンさま。執事を務めます、クロード・ルーシュめにございます。今日ここにお二人をお迎え出来ますこと、皆、この上ない歓びと感じておりますゆえ、今よりここは坊ちゃまがたの家と思し召して、何なりと遠慮なくお申し付け下さいませ」

言われてファーンはクロード、そしてその後ろに恭しい様子で並んでいる家人の一隊を見渡し、それからまた執事に視線を戻して落ち着いた声で答えた。いつもの彼には違いないが、場に合わせてか弱冠フォーマルなもの言いになっている。

「...ぼくたちのような若輩のために、こんな丁重な出迎え痛みいります、クロード。滞在中は何かと世話をかけると思いますが、弟ともどもどうぞよろしく」

その様子に、ふとクロードはその父と似たものを感じてはっとしている。瞳の色を除いて容貌には少しも似たところはないのに、この穏やかでありながらも周囲を圧するような話し方は、本気で根性が入っている時のディにそっくりだ。ファーンは父のもとで育ったわけではないから、もちろんそんなこととは思ってもみない。真似ているわけではない以上、これは生来のものだろう。それに、これだけの威圧的ですらある出迎えにまるで動じた様子のないファーンの態度に、これはさすがにクロフォード公爵家のご令息だけのことはあると感心して、密かに居住まいを正しながら執事は改めて丁寧に頭を下げた。遠からずこの城は、この少年の治めるところとなるのだ。

それからクロードはファーンの横のデュアンに目をやったが、こちらはこちらで彼を仰天させずにはおかなかった。ロベールから聞いていたとはいえ、兄に言われた通り、おとなしそうににっこり笑って立っているデュアンは、全くディの子供の頃に生き写しだったからだ。当時、見るからに繊細で気難しそうだったディよりはかなり"可愛いらしい"という印象こそあるが、しかし、まるでそれは突然四十年近く前に戻ったようにすら思えるほどだった。

それでこの子たちが本当にディの子息であるという事実にこれ以上はないほど納得したクロードは、デュアンに微笑を返すともう一度小腰を屈めるようにして一礼し、二人を城の中へと促した。

「いや、お見事お見事。さすがだな、ファーン」

家人たちが見守る中、二人がエントランスに歩き出そうとした時、開いた扉からロベールがメリルを伴って出てきてにこやかに声をかけた。

「おじいさま...」

「クロードも感心しとるぞ。それに、デュアンもよく来たな」

「こんにちわ、おじいさま。お招き、有難うございます!」

ロベールの顔を見て、デュアンは相当ほっとしたらしい。いつもの彼に戻って嬉しそうに言っている。しかし、ファーンの方はちょっと不満そうだ。

「おじいさま、おひとの悪い。見てらしたんですか?」

「きみのことだ、大事あるまいと思っていたさ」

祖父の言うのにファーンは笑い、今度はメリルに視線を移して挨拶した。

「こんにちわ、兄さん、お久しぶりです」

「こんにちわ。ひと足先に楽しませてもらってるよ」

「さあさあ、早く入りなさい。疲れたろう。ちょうどお茶の時間だし、美味しいお菓子もいっぱい用意してあるから、ひと休みするといい」

ロベールに促されて二人はエントランスへの階段を上り、城の中に入って行った。こうして、シャンタン家の歴史にまた新しい伝説が加わり、長い間待たされてやっと次世代の幕が上がったことに、数百年の齢を重ねてきた城すら満足げな表情を見せているようだった。

original text : 2009.11.3.

  

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