夕刻が訪れ、アトリエから席を移してのディナーがいよいよスタートした。子供たちを迎えた初の会合の時に使われたのと同じ部屋だが、カーテンやテーブルクロスは初夏らしく爽やかな色彩のものに変えられ、テーブルやコンソールの上などにたっぷりと生けられている花々も、夏を思わせて涼やかな白やグリーンを基調にアレンジされている。また、食器も今回は数あるボーンチャイナのセットの中から、白地に緑で植物のパターンが描き出されたモダンなものが選ばれて、優しいライトグリーンのクロスとの調和が図られていた。
四人がついたテーブルの中央には、今は周囲にいくつかの小皿を支える銀器が置かれていて、それぞれの皿に小魚や香草をさらっとフライにしたものが盛られている。前回の集まりで既にファーンやデュアンが相当飲めるということが判明しているので、シャンパンのアペリティフから始まっているのだ。小魚や香草にはめいめい好みでレモンをかけて食べることができるように、それぞれの側にはフィンガーボウルも置かれている。
「ええ。ですから、最初は従兄のウィルに教えてもらって、ルーク博士の論文を読んだことがきっかけだったんです。あの頃はぼくもまだずっと小さかったので、とても何もかもを理解するなんて無理な話でしたけど、いくつか面白いと思えるところがあって」
ファーンが言うのへ、アレクが尋ねている。
「へえ、そうなんだ。じゃ、きみはうちの無敵艦隊のこともよく知ってるってわけだな」
「はい、それなりには」
ファーンがにっこりして頷く横で、デュアンが可笑しそうに口を挟んだ。
「無敵艦隊って、なんかすごいネーミングですね。何なんですか?」
「ああ、えっとね。ルーク博士やアリシア・バークレイ博士を中心とするIGDのブレーン・チームの俗称だよ。お二人は別格としても、他のメンバーほぼ全員がIQ180に届くとも言われていて、言わばIGDの中枢とされるセクションなんだ」
「そ。うちのバケモノ集団」
ファーンの説明にアレクが茶々を入れるので、デュアンは笑っている。
「アレクさんたら、またそんな」
「だってホントだよ。ねえファーン、期待を裏切って悪いけど、IGDを実際に動かしてるのはまさにそのバケモノ集団なんでね。おれは、お飾りのスポークスマンみたいなもんさ。表向きの雑用を引き受けて右往左往、世界中を駆け回るのが仕事」
それを受けてファーンは、信じませんよ、そんなこと、と答えた。
「なんで」
「だって、ルーク博士ご自身が仰ってるじゃないですか。ロウエル卿なくしてIGDもなしって」
「ふうん、マーティア、そんなこと言ってるの?」
「はい、確か何かのインタヴューで。もともとIGDに類似した機関の設立はルーク博士やマリオ・バークレイ博士が模索してらしたことだったそうですけど、それを現実のものに出来たのはアレクさんあってのことだと」
言われてアレクは微笑を返しただけで、それには特に答えなかった。ディが横から言っている。
「それにしてもIGDは十年そこそこの短期間でよくあれだけ成長したよね。それこそバケモノのような勢いでみるみるうちに巨大化したもんだから、さすがのぼくもマーティアとアリシアの頭脳の本当の物凄さを目の当たりにした気がしたよ」
「おれだって驚いたのは同じさ。それは確かにおれがやりたいと思っていたことと、マーティアやバークレイ博士のそれまでの研究との方向性が一致したのは確かだけど、実現の速度があまりに速すぎて、当のおれでさえ認識がついてってない有様なんだから。はっきり言って、今やどこにどういう企業が連なってるか、末端へ行けば行くほどわけが分からなくなってるな。現在のIGDの全貌を把握してるのは、たぶんマーティアとアリシアくらいのもんだと思うよ」
ファーンは二人のやり取りを聞いていて、やっぱりルーク博士やアリシア博士ってそんなに凄いのか、と改めて舌を巻いていた。これはウィルに話してあげなくては、と密かに思う。
そうするうちにまずオードブルが運ばれて来た。仔ウサギの肉をパイ包みにしたものでボリュームは小さめだが、ほどよく効いたサリエットの香りが繊細に立ち昇ってくる。もちろん、それに合わせて今日1本目のワインの栓も開けられた。
「美味い。ジェームズ、絶好調だな」
一口食べたアレクが顔をほころばせて絶賛するのへ、ディが答えた。
「それはもう、今日は何と言ってもロウエル卿をお迎えしてのディナーだから。いつにも増して張り切ってるよ」
「それはそれは」
「それに、彼は子供たちのことも気に入っててね。今回のディナーが決まってから、何を食べさせようかと思案しまくってたんだ。あ、メインはきみの好きなブレスの鶏を持ってきてあるからお楽しみに」
「フォアグラソース?」
「もちろん。秋だったらジビエという手もあるんだけど、今の季節だからね」
「彼、覚えてくれてるんだな、おれの好きなもの」
「それはそうでしょう。長いつきあいなんだし」
それからディは子供たちに注意を移して、どう?
と尋ねた。もちろん二人は揃って、美味しいです!
と答えている。
オードブルが終わると次はオマール海老のサラダ仕立てが続く。サラダとは言ってもこちらはボリュームのある一皿だが、爽やかな印象があるのでジェームズは敢えてオードブルに仔ウサギを持ってくることにしたらしい。大人二人に加えて子供たちも一人前にきっちりワインのグラスを空けるから、既に1本めは空になって、続いて2本目の封が切られる。ブルゴーニュの逸品、コルトン・シャルルマーニュだ。
「ぼく、オマール海老って大好き。この前のスープも美味しかったけど、これってあっさりしてるのに、しっかり味が出てますよね」
デュアンは嬉しそうに言って、ワイングラスを口に運んだ。それを見て、アレクがちょっと意外そうに言っている。
「大丈夫かい?
そんなに飲んで」
「あ、ごめんなさい。またママに叱られちゃう」
それへ、横からディが口を挟んだ。
「これでけっこう酒豪なんだよ、二人とも。それを知ってうちの父が喜んじゃって。特にデュアンは見た目に騙されちゃダメだからね」
「いいですよね、もうバレちゃってるんだし。実はこの前、いろんなワインをいっぱい飲ませてもらったってママに話したら悲鳴上げちゃったんです。ぼくがよく飲むのは知ってるんだけど、そんな席でいつも通り飲んじゃったのって、だから今日は差止めで...」
「今さら、ぶりっ子しても遅いよ」
「って、ぼくも言ったんですけど。でも、お父さん、ママには内緒にしといて下さいね」
「いいよ、そうしよう」
「驚いたな。それは確かにロベール叔父さんが喜ぶね。あの人も好きだから」
「おじいさまはシャトーも持ってらっしゃるんでしょう?」
「そうそう。ああ、そう言えば、そのロベール叔父さんの跡はファーンが継ぐことに決まったって?」
アレクに話の矛先を向けられて、ファーンが答えた。
「ええ。責任重大です」
「う〜ん、なるほどなあ。さっきから聞いてると、きみはとてもビジネスの世界に興味があるようだし、シャンタン家を継ぐには確かに適任だとおれも思うね」
「そうですか?」
「うん。何はともあれ、これで両家安泰なわけだ。叔父さんもやっと肩の荷が降りたってとこだろうな」
「肩の荷が降りたのは、こっちも同じだよ。やれやれ、やっと結婚話からは解放してくれるって約束を取り付けたんだから」
ディの言うのにアレクが笑って言っている。
「まあ、ねえ。おれもきみには結婚ってちょっと無理だと思ってたけど、なるほど、こういう手があったとはね。土壇場で跡取り候補を三人も出してくるとこが、さすがディだよな。いや、恐れ入りました」
「別にそんなつもりじゃなかったんだよ。だから、成り行きで」
「しかし、良かったじゃない。どちらもこんなにいい子たちでさ。おれが見たって将来有望って感じだもの。社交界に出たら...、って、それがけっこう問題か。きみに隠し子がいたなんてネタ、どこをどうやってもスキャンダルにならずには済まないだろ?」
「だから、ヘンによそから暴露される前に、こっちから自己申告しようってことで、お披露目の話を進めてるんだよ。うちとシャンタン家の跡取りが決まったってことでオープンにして、まあ、どちらにしてもそれはしなきゃならないことだからね。それで無理矢理、格調高く社交欄ノリで押し切ろうと思って。その方が三面記事よりはずっとマシだと思うし」
「なるほど。ま、どっちにしても、この子たちなら社交界の話題をさらうには十分だと思うよ。みんな退屈してるし、レイあたり、喜んでちやほやしまくりそうだ」
「レイって、ロクスター侯爵夫人の?」
ファーンが尋ねるのへ、アレクが答えた。
「そうだよ。知ってる?」
「ええ、社交界では有名な方ですから。母とも面識があったと思いますよ」
「そう?
ま、彼女は昔からキレイな男の子が好きだからねえ。きみたちなんて、うるさいほどお呼びがかかってくると思うよ」
たっぷりの野菜とオマール海老にクルミのソースをかけた皿が終わると食事は一段落し、一休みのソルベが運ばれてきた。前回のディナーで子供たちに好評だったシャンパン風味のものだ。それを見て、デュアンが言っている。
「あ、これ好き」
「ぼくも」
二人が言ってそちらに取り掛かるのを、アレクもディも笑って見ている。しばらくして落ち着くと、ファーンがアレクを見て言った。
「それでね、アレクさん」
「ん?」
「実は、さっき言ったぼくの従兄なんですけど、ルーク博士とアリシア博士のすごいファンなんですよ」
「へえ、そうなの?」
「ええ。それで、アレクさんと会えたら、彼のことも伝えておくって約束したんです」
「そう。じゃ、おれからマーティアに言っておくよ」
「お願いします。ウィリアムっていうんですけど、ぼくと同じでアレクさんやお父さんの後輩ですしね」
「ああ、そうか。同じ学校なんだね」
「はい」
「それで、あの...」
「何?
遠慮しなくっていいよ。言ってごらん」
「じゃ、お言葉にあまえて。ウィルだけじゃなくぼくも知りたいことなんですけど、ルーク博士やアリシア博士は、いったいどんな勉強の仕方をしてあんなふうになられたんですか?」
この質問に大人二人は、おおっと、という表情で顔を見合わせた。それからアレクがファーンに向き直って言っている。
「そりゃ...、なかなかツウな質問だな」
「え、あの...。何か失礼だったんなら...」
「いや、あんまり聞かれることのない種類のことだったから驚いただけだよ。しかし、それに関してはおれも参考になることを教えてあげられるかどうか自信がない。なにしろ、あの子たちの脳はブラックボックスだからなぁ」
アレクの言うのに、ディも頷いている。
「ブラックボックス?」
「うん。何がどういう作用でああなってるのかは、本人たちにも分からないと思うよ。ただ...、ああ、ディ。きみ、昔言ってたよね?
マーティアのことで、バークレイ博士が凄いこと言ってたって」
「うちの父が聞いた話?」
「そうそう、それそれ」
ファーンもデュアンも興味深そうに二人を見ているので、ディは話してやることにしたようだ。
「マリオ・バークレイ博士がマーティアの育ての親だってことは知ってるよね」
「ええ、もちろん」
「まだマーティアが十歳の頃だったかな。ぼくの絵のモデルの話で、博士と一緒にうちに初めて来た時のことだったと思う。で、父が博士にマーティアの潜在能力がどれくらいのものか、軽い気持ちで尋ねてみたらしいんだ。そしたら、博士の話では、"興味を持ったことには何でも、書庫の本だけで足りなければネットワークを使ってどんな情報でも引き出してしまう。だから、既知の情報に基づいて既に体系立てられている分野なら、あの子にものを教えられる教師など存在していない。あの子自信がすぐにエキスパートになってしまうからだ"と答えられたそうだよ」
それを聞いてファーンは感心したように言った。
「と、いうことは、どんな分野でも教わる必要が全くない、ということですか?
しかも、十歳の時にもう?」
「そういうことみたいだね。しかも、それだけならまあ、ぼくたちだってある程度は真似られる種類のことかもしれない。でも、マーティアやアリシアが独特なのは、そこから既知の情報を超えた演算に基づく展開力の高さだね。殆ど、はずすことがないから。あの子たちの頭脳がそれくらいでなければ、今のIGDはないかもしれないけど」
「おれに遠慮しなくっていいよ、ディ。"今のIGDはない"と言い切ってくれて全く結構だ」
それを聞いてディは笑い、と、ロウエル卿は仰っています、と付け加えた。
「あーっ、なんか生きてるの虚しくなってきちゃ〜う!」
ファーンが感銘を受けた様子で頷いている横で、頓狂な声を挙げたのはデュアンだった。
「おいおい、やっぱり酔っ払ってきてないか?」
「かもしれませんけど!
ぼくなんて、毎日一生懸命勉強してもこの程度なのにぃ。なんでそんなに生まれつき頭のいい人っているんですかぁ?」
デュアンがあまりにキズついたふうに叫ぶので、アレクは可笑しそうに笑って答えている。
「さあ、なんでだろうね」
「凡人の悲哀を噛み締めてるのはきみだけじゃないよ。ぼくだって、今の話聞いて絶望的な気分になってるから」
「兄さんが"凡人"なんて、ぼく信じないからね。でも、ぼくは...」
「いやいや、悲観するには及ばないよ、お二方。あの二人に比べれば、全人類みんな凡人みたいなもんだから」
「アレクさん、慰めになってません!」
「ああ、聞くんじゃなかった。じゃ、そもそもルーク博士たちにとっては、ぼくたちの感覚で言う"勉強する"なんてことは、ハナから意味をなしてないってことなんでしょうか?」
「っていうか、一般的な言葉でいえば、あの子たちがやってるのも"勉強している"ってことなんだと思うけど、意識の次元というかね、彼らの脳は知識という栄養を常に必要としてるとは言えるかもしれないな。我々が食事するのと同じ次元で、得た知識を次の思考展開の原動力としている。それも連鎖的に。マーティアが言うには"ひとつを理解すれば次の疑問が生じるから際限がないんだ"ってさ。で、その疑問の連鎖は"簡単に「分野」という枠をクロスオーバーしてしまう"とも言っていた。平たく言えば、知識欲が旺盛で、何でも興味を持ったことはつっこんで勉強しないと気がすまないタチってことなんだろうけど、学習の筋道を通常のようにカリキュラムによって示されるわけじゃなく、次にどんな知識を必要とするかは自分で分かっている、もしくは切り開いていってしまうわけ。そして、それに基づいて独自に情報を収集し分析する。だから教科書もいらない。先生もいらない。分野も問わない。必要とあれば、物理学だろうが経済学だろうが歴史学だろうが心理学だろうが文化人類学だろうが、はたまた学習の対象が料理だろうがワインだろうが動物だろうが植物だろうが一切おかまいなし」
アレクの言うのへ、ファーンは深い溜め息をついてからつくづく言った。
「失礼な言い方になっちゃうかもしれませんけど、アレクさんがさっき"バケモノ集団"って仰った理由、なんか分かる気がしてきました」
「そう?」
「ルーク博士が1ダースを超える博士号をお持ちなのはよく知られてますよね。でも、そうすると、それも全部、殆どそんなふうに独学に等しいやり方で?」
「もともとバークレイ博士がついてたわけだから、うんと小さい頃に学習の方法論みたいなものは教わってたと思うけど、あとは博士ご自身が大して何も教えてないと仰ってた。博士は若い頃、いくつもの大学で教えてらしたし、教壇を降りられてからも人脈は生きていたから、その周辺ではマーティアは五つ六つの頃から秘蔵っ子扱いだったみたいだしね。それで、博士をはじめとする各界の権威と呼ばれる教授方にも可愛がられていて」
「環境が違いますね」
「うん」
「ルーク博士の論文は何冊も読ませて頂いてますけど、そういう多分野に渡る知識の背景がなければとても書けないようなものですもんね。ウィルもぼくも、その知識の広さにはいつも驚かされるねって話しているんです」
言われてアレクはちょっと鳩豆な顔をして言った。
「マーティアの論文?
そういえばさっきも言ってたけど、何冊もってきみたちはそんなもの本気で読んでるわけ?
ネットでアップしてるような単発のやつじゃなくて?」
「え?
はい、それはもう。勉強になるので」
当然のことのようにまっとうな答えが返ってきたのでアレクは頷き、次の言葉を探している。ファーンの年齢から考えて、よほど意外だったのだろう。しかし、ここは一応、茶化しておくことにしたらしい。
「あの子の論文なんて、おれだってちんぷんかんぷんだよ。読んだってよく分からない」
「またそんな冗談を。それはぼくらだって何もかも理解できるわけじゃありませんけど、多元的なものの見方というか、知識だけじゃなく他の本では得られないような方法論も学ばせてもらっているつもりです」
「あのね、ファーン」
「はい?」
「きみたちの年であんなものあんまり真面目に読んでると、末はあんなふうになっちゃうよ?」
アレクの冗談に、ファーンは笑って答えている。
「"バケモノ"にですか?
なれるものなら、なりたいですよ」
それにアレクも笑って、ま、ともかくさ、と言って続けた。
「そんなにマーティアたちのことに興味があるんなら、きみも、きみの従兄も一度会わせてあげるから、自分でいろいろ聞いてみたら?」
「えっ、本当ですか?」
「うん。じゃ、話しておくよ。そうだな、お披露目が済んで落ち着いたら、アークにでも招待しようか?」
「ええっ」
ファーンが彼らしくもなく大声で叫んだのも無理はない。マーティアとアリシアを乗せて世界中を巡っている超豪華クルーザー・アーク号は船でありながら単なる船ではなく、領土なき大帝国とも言われるIGDの"動く首都"とさえ称されるほどなのだ。アレクが自分でも言っていたようにオーナーとして"スポークスマン"を引き受け、表立って動いている一方で、二人がアークを基本的な住み家として一ヵ所に定住せず、常に居場所を変えているのにはいろいろと裏の事情がある。しかし、アレクでさえ、重要な決定は必ずそこを通すという、まさにIGDの中枢そのものがこの船に在ることは確かな事実だ。
「どうせなら、デュアンも一緒においでよ。言っておくから」
「いいんですか?」
「もちろん」
言ってからアレクはふと、目の前の子供たちがディの息子だという事実を思い出したようだ。マーティアも話を聞いたら会いたがるだろうなと思って言ったことだったが、彼のいるところには当然アリシアもいるわけで、これはちょっと迂闊な申し出だったかなという気もする。しかし、お披露目の後なら問題ないよなと思いつつ、ディを見て尋ねた。
「いいよな?」
アレクが聞いている意図を察してディは笑い、まあ、なんとかなるでしょう、と答えている。父の許可も出て子供たちが大喜びしていると、いよいよ今度はメインの料理が運ばれて来たようだ。ブレスの鶏をヴィシーに包んで焼いたもので、これはワゴンで丸ごと運ばれて食卓のすぐ側で切り分けられ、フォアグラのソースでいただく。ワインはメドックの一方の雄、シャトー・マルゴーが用意されていた。例によって、ひと口食べたデュアンが歓声を上げている。
「このお肉、まろやか〜♪鶏って聞きましたけど、味に普通の鶏以上のボリュームがありますよね」
「だろ?
おれも好きなんだよ。特に、ジェームズ特製のフォアグラソースで食うのがなんとも...」
二人の言うのに頷きながら、ファーンも賛意を示した。
「オブライエンさんの料理って、ここでは二度目ですけど凄く印象的ですね。一度食べたら忘れられない種類の、ボン・シャンスの料理にも共通するものがあって」
客たちが満足していることに、ディも、サービスしているアーネストも嬉しそうだ。
そして、メインが終わるといつものように状態の良いチーズを十数種類選んで乗せたワゴンが登場し、最後に本日のシメとしてクレープ・シュゼットが供された。もちろんこれもワゴンで運ばれ、目の前で調理されて食卓に上る。ワインは定番のソーテルヌが最後になった。
「なるほど確かに酒豪だよ、二人とも。デザートワインまでつきあってくれるとは」
「だって、こんなに美味しいワイン、めったに飲めませんよ。レストランでだって、なかなか。飲める時に飲んでおかなくちゃ」
デュアンが言うのへ、アレクが笑って言っている。
「おいおい。もうしばらくしたら、ここのカーヴの鍵はきみの自由になるんだろ?
ディが飲むなと止めるとは思えないし、極上ワインが好きなだけ飲み放題だって分かってる?」
「あ!」
「忘れてたらしいな」
「そうか、そんな特典があるなんて考えてなかった。これは、美味しいかも♪」
デュアンの答えに、他の三人は大笑いだ。そうしているところへ、アーネストが厨房から戻ってきて、ディに何やら耳打ちしている。それへ頷くと、彼は息子たち二人を見て言った。
「ジェームズがチェリー・ジュビリーはどうかって。今回、デザートがクレープシュゼットだったから、きみたちが物足りないかと思ってオマケに用意したらしいよ。食べる?」
もちろん、二人の少年は大喜びではい!
と答えたが、その横で、アレクまでがはい!
と言って手を挙げて見せるものだから、ディはそっちを向いて意外そうに、食べるの?
と聞いた。大人二人は、この後は当然、コーヒーか食後酒のつもりでいたからだ。
「おれのぶん、ない?」
「そりゃ、あると思うけど...」
言うとディは笑って、じゃ、ぼくももらおうかな、とアーネストに言った。
昨今では、いくら避けても公的な席でのディナーが多く、アーネストに言っていたように"のんびりメシ食うヒマもない"アレクにとって、うんと子供の頃から自分の家同然のモルガーナ家での晩餐は久々に心から楽しめるものだったのだろう。そのせいで彼がすっかりはしゃいでいることもあって、子供たちもそのペースに巻き込まれてリラックスしてしまったようだ。デュアンやファーン、それにアレクも今夜はここに泊まることになっているから、食事の後はサロンに移ってゆっくり食後酒を楽しみながら、話題はつきないままに夜が更けて行った。
original
text : 2009.8.31〜9.2.+ 9.5.
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