ウィリアムの居間を辞して自室に戻ったファーンは、しばらくロベールからの沢山のプレゼントを嬉しそうにためつすがめつしていたが、ふいにそうそうと思いついて祖父に礼の電話をかけることにした。母から、彼が既に自分の国に帰ってしまっていることは聞いていたので、そちらの方にかけると執事が取り次いでくれてすぐにロベールの声が聞こえてきた。
― ファーンかい?
孫からの電話と聞いて、彼の声はもうすっかりほころんでいる。
「ええ、おじいさま」
―
久しぶりだな、元気だったか?
「もちろんです。今、家に戻っているんですけど、母からおじいさまがこちらにいらっしゃっていたと聞いて、お会いできなかったのが残念で」
―
それは私も同じだよ。今回はちょっと急なことになってしまったからな。しかし、次は予定を合わせて是非会いたいものだ
「はい。今度いらっしゃる時は必ず知らせて下さい。学校にいても絶対戻ってきますから」
―
うん、では、予定が決まったら早めに知らせることにしよう
「ええ、それで、あの...。沢山のプレゼント、本当に有難うございました。ぼくもう、びっくりしてしまって」
言われてロベールは笑っている。
―
いやいや。私は今、きみたちのことでアタマがいっぱいでな。面白そうな店を見つけるたびに、ついつい買い物をしてしまうんだよ。ディにはあまやかしすぎちゃいかんと叱られているが、しかし自分でもちょっと止められんのだ
それへファーンも笑って答えた。
「でも、よくぼくの欲しいものがあんなにいろいろお分かりになりましたね」
― そうか?
気に入ってくれたんなら嬉しいが
「どれも気に入りまくりですよ。中でもあの自転車。欲しいなと思っていたそのものだったので。でも、1台あるのにその上にまた新しくというのは、なかなか母が許してくれなくて」
どうやら、アンナさんも良識を心得た厳しいお母さんのようだなと内心笑いながらロベールは言った。
―
そうすると、やっぱり当たりだったんだな。いやね、この前きみに話を聞いていたから、それを元にお店の人にいろいろ尋ねてあれを選んだのさ
「そうだったんですか。じゃ、大事に使わせてもらってウデを上げなくちゃ」
―
うんうん、頑張ってくれ
「それと、あの時計なんですけど」
―
ああ、あれはな、私がディと30年ほど前にお揃いで作ったのと同じものなんだ。今度は記念にそれを孫たちにもと思ってな
「そうなんですってね。ただ、あまりに凄いものなので、ちょっと気後れしてしまって」
―
ほお、きみでもそうなるか
「それはもう、どうしてもそうなりますよ。なんだかずっしり、跡取りの責任のようなものを感じてしまいました」
それへロベールは笑って、そうそう、と言って続けた。
―
跡取りなんだよ、きみは、私の
「ええ」
―
素晴らしいな。ついこの前まで、あの脳天気息子のおかげでそのことに頭を痛めていたというのに、今ではきみのような願ってもないほどの跡取りがいるとは。全く、長生きはするものだ。この年になってもまだ、こんなサプライズがあるんだからね
「ご期待をはずさないよう精進しろと、大じいさまにも喝を入れられたところで...」
―
きみが期待をはずすなどとは、私は露ほども考えておらんよ。この前、そちらにお邪魔した時にきみのお母さんやウィリアムからいろいろと聞いていてな。こんなに立派に育てて下さった皆さんから横取りするのは、申し訳ない気がしてならんくらいだ。ま、とにかく、話も本決まりになったことだし、宜しくたのむぞ
「こちらこそ。大じいさまからも、長期休暇の半分はそちらで過ごさせてもらうようにと言われましたし、ぼくもそちらの状況はおいおいに把握してゆきたいと思っていますので、宜しくご指導下さい」
―
まかせなさい、まかせなさい。話を聞いているときみはどうやら本当にビジネスに向いているようだし、私も楽しみにしているんだ。ま、うちには知っての通り、有能な若い衆がいっぱいいるからな。いずれ彼らが、きみの助けにもなってくれるだろう
「はい」
―
デュアンとも約束してあるんだが、じゃ、きみも夏休みにはこちらに来てくれるね?
「ええ、もちろん。今から楽しみです」
―
まだ、本決まりというわけではないんだが、その頃までにはデュアンがモルガーナ家を継いでくれるかどうかも決まっているだろうし、その時にお披露目のこともゆっくり相談しよう
「はい。あ、じゃあ、やっぱりお父さんの跡継ぎはデュアンということになりそうなんですね。メリル兄さんではなく」
―
ああ、今その線でディがデュアンのお母さんにお願いしているところだ。決まってくれると本当に助かるんだがね
「なんとなく、ぼくは大丈夫という気がしますよ。兄さんは根っからの芸術家気質みたいですし、そこへゆくとデュアンはいろんなことに目端がききそうでしょう?
だから、向いてるとも思えるので」
―
きみもそう思うか?
ディも言っていたが、私もそれについては同意見なんだ。それに、この前ちょっとメリルの絵を見せてもらえる機会があって、それはどれもなかなか素晴らしいものだったので、私もあの子には絵だけ描かせておいてやりたいという気がするしな。まあ、それを言えばデュアンも同じ立場なんだが、あの子はあの子でモルガーナ家の当主におさまったからと言って、それが重荷になるようなタイプでもなさそうだ
「ええ」
―
どちらにせよ、これは面白いことになりそうだね。私はこの先、きみたち三人のおかげで全く退屈せずに済むと思うよ
ロベールは、笑ってそう言ってから続けた。
―
ま、そういうことで、きみの大じいさまにも言っておいたんだが、話が決まったら今年中にはお披露目に漕ぎつけたいというのが私の希望だ
「はい、聞きました。あ、おじいさま、それで...」
― ん?
「あの、ぼくが成人するまでこのままここにいていいということにして下さったそうで、本当に感謝しています。ぼくも母も、おじいさまの意向次第では、すぐにもそちらへということは覚悟していたので。なにしろ話が話ですし、本当ならそうするのが一番正しいことだと思うんですけど、でも、そうなるときっと母が寂しがるだろうなと思っていたんです。それに、大じいさまたちも」
ファーンの言うのを聞いていて、この子はウィリアムの言っていた通り、本当に家族思いのいい子だなと改めて納得しながら言った。
―
私だって、きみをそこまでに育てて下さった方たちにあまり理不尽なワガママは言えんよ。とにかく今は、きみのような跡取りが出来たということだけでも、私には望外の幸運なんだからね
祖父の言うのを聞きながらファーンは、ぼくは話せば話すほどロベールおじいさまのことが好きになってしまうようだな、と微笑んでいる。
それからもしばらく学校のことや夏の休暇、お披露目の予定などについて話してからファーンは受話器を置いたが、ロベールに好意を持てば持つほど同時に責任重大という気もして、彼は気持ちの引き締まる思いがして来た。しかしそれは、この子のような少年にとって決して負担になるようなものではなく、むしろ、こうして早々と進路も決まったことだし、あとは頑張るだけだという気持ちにさせてくれる清々しいものだった。
original
text : 2009.5.12.+5.13.+5.25.
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