「待っててくれないかと思ったよ」
既に発信準備を終えてローターを回し始めたヘリに乗り込みながらディが言うと、アリシアが、そういう意見もあったんですが、ぼくが止めましたと答えた。
「有難う、で?
そういう意見の出所は?」
「はいはい、どうせそれはおれですよ。とりあえずはアレクとアリシアに押し切られたけど、お願いだから、言うこと聞いてよね、危ないんだから」
「分かってるよ。ぼくがきみにウソついたことがあるかい?」
「それはもうイヤというほど」
「そうだっけ?」
「都合のいい時だけは、すっかり忘れるんだから」
うんざりがにな表情で言ったマーティアの横で、パイロットの声が聞こえた。
「いつでも飛び立てますよ。いいですか?」
「いいよ、上がってくれ」
アレクが答える横で、ルイがスライディング・ドアを素早く閉じると機体が上昇し始めた。
ミレニア連山はクランドルでも比較的北の方に位置するため避暑に最適で、周辺に国立公園が広がっていることからも環境がよく、国内外を問わずそれなりの金持ちが別荘を構えたがるところだ。モルガーナ家やロウエル家ほどまで行ってしまうと、特に国内には古くから一族の所有となっているエステートがいくらもあるので、ミレニア付近のような新興の別荘地には返って縁がない。
「ところでルイ、交渉の方はどうなってる?」
マーティアが尋ねるのへ、ルイが答えた。
「それもさっき連絡が入りました。向こうは3日以内の引渡しというこちらの申し出に乗ってきたようですよ」
「そう。
なら、こちらの動きが悟られた可能性は低いな。3日っていうのはこっちも博打だったから、それまでにデュアンを見つけられなかったらどうしようと思ったけど、なんとか間に合ったってことか」
それへアリシアがちょっと不満そうに言った。
「このくらいのことで指示を出してから丸一日以上かかるようじゃ、ぼくとしてはまだまだ甘いと言いたいな。帰ったら調査課の連中シメなおさないと。場所が近場だから良かったようなものの、国外に出られてたら時間的に相当ヤバかったんじゃない?」
「かと言って、向こうは即時引渡しとかキビシイことを言ってきてたからね。それ以上の猶予を要求して怪しまれるわけにもゆかなかったし。こっちとしてもそれがギリギリの線だったと思うよ。敢えて言えば、情報収集と分析をおれたち自身でやってればもう少し早く結果を出せたのは確かだけど、おれたちはおれたちでこっちにぶっ飛んでくるのが最優先だったし」
「だからシメるって言ってるんだよ。たいていの場合、ぼくたちにはやることが山積してるんだから、可能な限りサポートのレベルは上げておかないとね」
このきびしいご意見にマーティアも納得したようだ。頷きながら言っている。
「確かにそれは一理あるな。何もかもおれたちがいないとモタつくようじゃ面倒だし」
「でしょう?」
「しかし、それにしてもすごいもんだね、きみたちの情報網は。これだけの短時間でデュアンたちの居場所が分かるなんて魔法みたいだよ。警察に出来たのはせいぜい事故があった場所周辺を調べたり、犯人からの連絡を待ったりという程度だったのに」
ディが珍しく本気で感心している様子なのへ微笑してマーティアが答えた。
「今回の場合、相手がさっさと名乗りを上げてくれたからね。もともとうちにコナかけて来てた連中だし、他にもコトを起こしそうな組織やその主だった人間については日頃からチェック入れてるから。そのあたりに関連のある人脈とか、誰がどこにどんなエステートを持ってるとか、まあいろいろと向こうは知らないだろうと思っててもこっちは知ってるってわけ。それに、今、どこの国でもマトモな情報組織を持ってる国なら、うちの協力要請を蹴って、ご機嫌をそこねたいとは思わないだろうし。ただ、調査課の連中が戸惑ったのはたぶん、デュアンたちが捕まってる別荘の持ち主ね、そのブルックスってのがうちのリストからは外れてる程度の関連しかないか、無関係かのどっちかだったんだと思う。だから組織の主だった人間の動きを追っても、なかなかそこに繋がらなかったんだろうな。それに極力極秘でというハンディもあったし、そうなると調査課のレベルでは話を通せる所と通せない所とあってね」
「なるほど」
「まあとにかく、居場所さえ分かればあとは無事に連れ戻すだけだから、あんまり手荒なことをしないですめばいいんだけど」
それへまたアリシアのきびしいご意見が飛んで来た。
「ダメだよ、マーティ。そんな甘いコト言ってちゃ。穏便になんて済ませてやったら、また同じことやるに決まってるんだから、徹底的に思い知らせておかないと」
「それはそうなんだけどさ。子供たちがいるんだから、あんまり目の前で見せたくないものってあるじゃない」
「その子供たちのためだよ。二度と同じめには会いたくないでしょう?
デュアンだって」
アリシアが言うのを横で聞いていたディは、ちょっと複雑な顔をした。それに気がついてマーティアが尋ねている。
「どうしたの?
ディ」
「いや...。デュアンのことなんだけど、あの子に家を継いでくれないかと頼んだ時に、こういうことも起こりうるって言ってなかったのはフェアじゃなかったかなと思ってね。ぼくとしては隠してたつもりはなかったんだけど」
「ああ、確かにデュアンだってそこまでは考えないよね、普通の環境で育ったんなら」
「もう一度、話合わないといけないだろうな、帰って来たら」
「でも、もう今更遅いっていう気もおれはするよ。あの子がディの息子だってこれだけ知れ渡ってしまってからでは。逆に、今ではもうディの側にいる方が安全かもしれない。もちろん、おれたちも対策は考えるけどね」
ディはそれへ2、3度頷いて見せ、どうしたものかとちょっと考え込む風だった。そうこうするうちに冬の早い陽は既に落ちている。3人が話している間に、受信された見取り図のプリントアウトをルイから受け取ったアレクは、話を聞き流しながらそれを検分していたが、話の途切れた皆の注意がそれに向いているのに気づいて一番近くにいたマーティアに見取り図を手渡した。
「コンクリートの3階建て。両翼に階段があるな。部屋数は12、3てとこだろう。大きいわりにはそれほど珍しい造りの建物ではないようだけど、デュアンたちを閉じこめるならやはり3階だろうね。ほら、この部屋。ここなら窓からはまず逃げられないし、階段を使おうとしたら必ず誰かに気づかれるよ。相手が何人いるかにもよるけど、うちとこれだけのコトを構える限りは相当用心してるだろうし、おそらくそう少ない数じゃないと思う。そうなると心理的に子供たちを目につく所に置くのは邪魔と感じるんじゃないかな。閉じ込めて見張りをつけておくのがリーズナブルなんじゃない?
クリフたちが最新のスキャナを持ってってるはずだから、それで調べれば内部で人間がどう分散してるかは確認できるけどね」
マーティアたち3人はアレクの意見を聞きながら見取り図を覗き込んでいる。その間にもヘリは星のない空の下をただひたすら黙々と飛び続けていた。北に向かうに連れて眼下に都市の灯火はまばらになり、代わりに遠く連山のシルエットがうっそりとわだかまってくる。天と地と、何千年も前から変わらずそこにある山々の間にあっては、最速で飛ぶ機体の速度もまるではかが行かないようにゆるやかで、永遠に目的地に着けないかのように、その移動は緩慢だった。
original text : 2008.2.28.+3.4.
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