ガーデニングたけなわ、毎日伸びる葉っぱは既にてんこもり状態に!! ガーデニングたけなわ、毎日伸びる葉っぱは既にてんこもり状態に!! すっかり春の今日このごろですが、わが家でも鉢植えたちが既にずこずこと葉を伸ばしています。この季節、園芸店でもミニバラをよく見かけますが、ウチにも色ちがいで3鉢のミニバラがいます。今回は彼らをご紹介しましょう。まず、今の状態はこんなふう...。
ひめ、まい、ゆいの3姉妹のミニバラたちは、今年けっこう健康に成長していて、あやぼーはひと安心。でも、これからの季節、ハダニとか、いろいろ虫や病気が心配な時期なので、気を許せません。 ひめちゃんは昨年の冬に入るころ、日当たりがあまりよくない所にいたせいか葉の色があせてしまって、かなりアブナイ状態でした。それでずっと日当たりのいい所に移して冬越しさせたのですが、そのおかげで今ではすっかり元気。冬の間から葉を伸ばし始め、今ではすでにてんこもり状態です。そろそろツボミかなあ...、と思っていたら、その前にさっさとベーサルシュート(新しく茎になる部分)を根元から何本も出していて、その健康ぶりが伺えます。やはり植物にはお日さまが欠かせないということなんだなあ、と改めて思いました。 まいちゃんはちょっと葉が少ないんですよね、まだ。実はこのコは昨年あやぼーが忙しくてあまり世話してやれず、かなりハダニにやられてしまい、気がついた時には瀕死のキトク状態。あわてて土を入れかえ、だめになっていたクキを切って再生につくしました。なんとか持ち直し、いちおう葉も順調に伸びていますが、その時の後遺症か、まだ少ししか葉が出ていないのです。でもとにかく葉はどんどん伸びてきているので、これで回復してくれるでしょう。このコは特に珍しい色のミニバラなので、死なれでもしたら本当に悲しかったところです。 ゆいちゃんはこの3つの鉢の中では比較的元気で、2月に剪定してからも順調に伸び続け、一番の有望株。ただ、問題は...。 気がつかれた方もいらっしゃるかも知れませんが、へへへ。鉢、割れてるでしょー。ヒモでくくってあるのよっ。なんでかってゆーと、あやぼーが不注意で足をひっかけてしまったからです(これだもんなー。よくある失敗なんだよ、もー)。もうすぐ土を入れかえる時期なので、その時一緒に鉢も変えるつもりでそのままにしてありますが、今までも「あ、やっちゃった」で、いくつのハチをだめにしたか...。あやぼーのおまぬけは、もう一生、完治しませんね。あきらめてます。 そういうわけで、このコたちには、それぞれ何色の花が咲くでしょう?.....それは次回7月のこのページでお伝えします。その頃には、すっかり花ざかりだと思いますけど、ま、予想してみて下さい。 やっちゃいましたねえ、鉢に続いて今度はミシン。もともとこのミシンはファビの衣装を作るために「まあ縫えればいいや」くらいの感じで買ったものなので、こんなこともあるかとは思っていました。なんといっても通販で定価 1 7,800円のところを更に 1 割引にしてもらったんですから、底値も底値、これ以上はないというくらいお安く買ったミシンです。まあふつーミシンというのはいいのになると、7〜8万とか、電子ミシンなんかは10万以上するんですから、その安さが伺えるというもの。それでもけっこう順調に縫えていて、ファビのページでご紹介しているようなステキなレースのドレスがいくつも出来ていたんです。でもなぜか突然...。原因はわかりません。「厚ものぬいもラクラク」というフレコミだったので、まさか5〜6枚のうすい布を重ねて縫ったのが原因だとは思えないんですが、ともかくも布をかみこんでしまったのでボビンケースの部分をはずして取り出したら、そのヨコについてたバネみたいのがいかれてしまったらしく布送りしなくなっちゃったんです。 普段の時なら修理に出せばいいので「まー、仕方ないか」で済むんですが時期が悪かった。更新直前の追い込みで、ファビの写真どりもギリギリ間に合うかどうかという時に、あと少しで衣装も全部完成するという、もうそんな文字通りのセトギワでぶちこわれたんでパニくるのなんの。できないーーー、どーしよー、とまっさおになり、しばらく「なおんないかなー」とごちゃごちゃさわってたんですが、それ以上やって再起不能に追い込んだらそれこそミシンがかわいそう。そこですっぱりあきらめてメーカーに電話しました。「すいません、修理をお願いしたいんですが...」 「あきらめるしかない時にじたばたするのは時間のムダだ」と、何かの本に書いてありましたが、さすがに私も最近では学習しました。あきらめるしかない時には、さっさとあきらめて別の方法がないか考えるしかありません。幸いに保証期間中だったのでメーカーさんは快く修理を引き受けて下さり、ミシンちゃんは「クロネコやまとの宅急便」で、お里帰りしてゆきました。しかし!!! 修理には1週間から10日はかかるのが世の常識。それじゃ間にあわねーんだよ、と地団駄ふんだってあとのまつりです。よっぽどもうひとつミシンを買いに走ろうかと思いましたが、買って半年で、おそらく直って帰ってくるのに2台あってもなあ...、、ですよね。仕方がないので、最後の手段はやはり手縫い。幸いにもドレスは全部出来ていたので、あとバックとか、くつとか、帽子とか、小物は全部手縫いすることにしました。おかげでなんとか仕上がりましたが、いやー、ミシンが動かないと悟った時には、本当にどうしようかと思いましたよ。実家にある古いミシンなんて10年来修理なんかしてもらったことすらないし、最近の電化製品はたいてい5年や10年は元気に動くもんだと思ってましたから...。まあ、めったにミシンなんか使わないあやぼーなんで、なんか知らずに無理な使い方をしてしまったんじゃないかとは思いますが、ミシンさんが元気に復活してくれることを祈っています。ちなみにその時に縫っていたファビの衣装はコレです。 ファービーようちえん、春の制服。見て見て見てっ、 くつもはいてるんだよ!! ま、こういう失敗もネタになるかと思えば、笑い話にも出来ます。ともあれ、間に合ってよかった...。ミシンちゃん、早く帰ってきてね。 さて、やって来ました、本格的春!! この時期、普段から財政難を背負いながらもコンバーティブルを所有しているオーナーにとって、その苦労が報われるすばらしい季節でもあります。あちこちにサクラが咲き、陽ざしの降り注ぐ中、ホロをとっぱらって走るっつーのは、すばらしく気分のいいものです。なんといっても頭の上はもうスグ空!! ぽかぽかしたお陽さまを浴びて、風が気持ちよく吹きすぎてゆきます。走っていてサクラの花びらがふわーっと向かい風に乗ってウインドシールドに吹き付けてきたりすると、おー、春だねー、と気分も盛り上がりるというものです。 ところで今年、オープン・ドライヴでよくかけているのが、なぜか山下達郎さんの"RIDE ON TIME"。春になると特に聴きたくなるアルバムのひとつですが、聴けば聴くほど吉田美奈子さんの歌詞がすばらしいなあ、と思います。たつろーさんのアルバムの中でも、これが特に際立っているのは、やはり歌詞によるところが大きいのではないでしょうか。特に思想性があるとか、むずかしいことを言っているわけではないのですが、根本的なところで共鳴させてくれる歌詞の数々は、春に相応しく何かしらの希望を感じさせてくれるのです。 「淋しげに夜の街、一人きり歩けば、本当の悲しみを知っている人に合う 二度と会えない素直な愛に、さよならをする人などいない、だからいつまでも顔を雲らせ、つらい日を送る事はない」 「ひとつでも信じてる事さえあれば、扉はきっとみつかるさ、 あきらめてしまうにはまだ早すぎる、扉のカギを見つけよう」 こういうのは単純なコトバなんですが、書いた人が本気で書いてるのとそうじゃないのと、聞き手には不思議とわかるものなんですよね。このアルバムの場合、歌詞を書いた人も歌っているたつろーさんも本気でそういう気持ちを伝えたいと思っておられたんだろうな、と聴くたびに思います。まあ、そういうものだけが、名曲であり名盤なんでしょうけど、20年も前のアルバムなのに、これを越える作品なんて今の邦楽にはまずないでしょうね。ニューミュージック黎明期の、最も幸福なアルバムのひとつと言えるかも知れません。 そういう「音楽」を聴きながら、今年もしゃーるとお花見に行ってきました。と言っても、しゃーるさんは駐車場でしかゆっくり止まらせてもらえないクルマさんなので、いっしょにサクラの下でお花見というわけにはいきません。(出来たら最高なんですけどね。)ですから毎年この時期には万博公園のヨコを走っている2号線沿いのサクラ並木を眺めながら走るのが恒例になっているのです。サクラ、ユキヤナギ、ナノハナなどが、かなりのキョリに渡って植えられていますので、40キロくらいでのんびり流しながら「咲いてるねー」と、ほのぼの春の幸せを満喫します。また一年いっしょにいれたね、また来ようね、というところでしょうか。そうして気がついてみると30年...、なんてなれたらステキですよね。 まあオープン・カーで春の陽ざしの下を走る、このすばらしさをコトバで伝えるのはむずかしいですが、3月の終わりから5月ごろまでがやはり最もオープン・ドライヴに適していて、あと7月くらいまでは暑すぎなければ走れます。長い冬が終わり、ものみな陽光に包まれるこの季節、オープン・カーで走るということは、陽ざしと「希望」を呼吸するという感じで、スポーツ・カーという非日常を楽しむには、もってこいの季節なのでしょう。 そういうわけで、「快晴の、空とサクラとわが愛車」などと、短い一句も自然に詠めたりしてしまうのです。 もしCDのコレクションの中に" RIDE ON TIME "が眠っていたら、久しぶりに聴いてみませんか。コンバーティブルで走っている気分になれますよ。 さて、日本語の小説をあまり読まなくなって久しいあやぼーですが、栗本薫さんだけは新作が出ているとついつい買っちゃいますね。ついこの前も本屋さんで「伊集院大介シリーズ」が出ているのを発見してしまい、文庫本になるまで待てずに買ってしまいました。 今回は大介さんが14才の頃のお話で、舞台は知るヒトぞ知る、あの「双頭の蛇」の背景となった地方都市「平野」です。前回ここが舞台になった作品は大介さんのとは違うんですが、この時の犯人があやぼーのめちゃ好きなタイプのキャラだったんで、特に印象に残っているのです。どういうタイプのキャラが好きかって? そりゃ、やっぱり「美形で(はずせません)」、「頭が良すぎて屈折してて」、それからついでに「お金持ち」。 つまり、あやぼーは「美形」と「富豪」と「天才」が出てくる豪華版の小説が好きなのです。栗本さんの作品も、いつも結構このへんわりと出してくれますが、やはり理想はシェルダンですね。翻訳はどうか知りませんが、原版で読んでると鬼気迫るもんがあって、非日常のてんこもりみたいなとこが大好きなんです。 ところで今回の大介さんシリーズでは残念ながら昭和30年代が舞台だったので、私の好きだった片桐真吾は出てきませんでした。そのかわり、14才の伊集院大介が、けっこう「眉目秀麗な少年」のセンで描写されているので、それはそれで気に入ってます。常々「さだまさし」に似ていると言われている(しかし、実は栗本さんの旦那さまが思い切りそっくりだったりする)大介さんなので、現在ではすっかり「おじさん」に甘んじている彼ですが、もとはけっこう長身の美少年タイプだったのね、と初めて知りました。 そして!! あれほど「天才」なのに、なんで大介さんてあんなにコシが低いのよ、と疑問に思いながら半ば「単なるいいヒト」なのか?と信じかけていたんですが、この作品で「やっばりなあ、あるんだよ、このタイプは絶対こういう時期が...。」と、やっと納得させてくれました。つまり自分が天才だってことはよーく知ってるし、回りの人間がどーしよーもないほど愚かだってこともイヤというほどわかってるのね、という側面を、おそらくシリーズ作品中初めてはっきり見せてくれたって感じなんです。おかげで、今までより伊集院大介が身近に感じられるようになりました。で、どうしてあんなにコシが低くなってしまったのか、そのルーツもこのあたりのエピソードとか生い立ちとかと関連しているみたい。 でもなんかなー、いいヒトだけじゃない大介さんも出して欲しいよなー、もっと。だって天才の上に「根性が悪い」というのが、私の最も好きなキャラなんだもん。しかも表面的にはそんなの一切出さなくて、「いいヒト」とか思われてるタイプね。まあ、そのへんは本を読んでもらうとして、今回のストーリーですが、先ほど書いたように昭和30年代の地方都市を舞台に、14才の伊集院大介が初めて殺人事件の謎に挑むというものです。大介さんはこの街に建築家であるお父さんの仕事の都合で引っ越して来るんですが、ある日、河原で悲惨な殺され方をしているネコの死骸をみつけます。実はこれがそれに続く一家惨殺事件の発端となるのですが、いつもの天才的な推理力で事件のアウトラインは解き明かしたものの、やっぱり14才だから、大失敗をやっちゃうんですねー。さて、その大失敗とは何でしょう?...って、それを言っちゃったら、これから読む人に悪いので言いません。 「魔界水滸伝」以来、バラバラ殺人が大好きになってしまった栗本さんですが、今回のはまだそのテの殺人としてはかわいい方でした。「天狼星」のシリーズなんて、バラバラと言うよりグチャグチャですからね。そういうのがダメ、という方にはあまりおすすめ出来ませんが、人間性の中に潜んでいる本質的な「悪さ」と、その恐ろしさ、この作品の最もこわいところは、実はそっちの方かも知れません。例え伊集院大介と言えども、その「悪さ」を留める術はない、それを知らなかったことが大介さんの生まれて初めての大失敗の原因だったような気がします。 では、今回はこのへんで。
>>あやぼーのぷーたろーなまいにち 2001. SUMMER
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