Politti-cal asylum

Sounds magazine - September 1982

Interview by Dave McCullough

 

グリーンをあちこち追いかけながら私はインタヴューで何を聞こうか決めることにした...

そこで話の口火を切る内容はこんなふうになった。相当まじめに考慮した結果、変貌したスクリッティに現在顕著な傾向として、パクパク歌謡曲(ポップ・ミュージック)への接近が上げられるが、それが最も適当な話題のように思えたのだ。

この退屈な、けれどもユーモラスなティーン・ポップの世界に属するジャンルに、驚くべきことだが今スクリッティ・ポリッティは参加している。(かつてはインタヴューごとに突っかかってきたものだが、その頃のインタヴューも多く私は手がけて来た。隔世の感がある。)

文字通り「参加」しているのだ。彼らの「ソングス・トゥー・リメンバー」というアルバムは、スクリッティの選んだ新しい場所で実際に物議をかもしている。過去を振り返ってみるとキャロル・ストリートのスクオットでは、支持を得られるように私が訪ねてくるのが見えてから、わざと室内を乱していたのは確かだと思うのだが。信頼性を高めるためなら過去において、そして今でもスクリッティは抜け目がなく、バカ正直で騙されやすい人は簡単にひっかかってしまう。

さて、今この晴天の気持ちのいい一日、私はすっかり様変わりしたグリーンと近場のホテルに歩きながら、「ハンサムですね」と言ってやりたいような気がしていた。ハイド氏からジギル博士にすり変わったグリーン― 血色のいい頬、ブロンドに染めた髪、そして6フィート6インチという長身 ―にインタヴューしていると、カセット・レコーダーよりも担架(ストレッチャー)の方が必要なようだ。

事実、彼を目にした女の子は気絶しそうに見えた。そして話をしている間は回りの女の子たちに注視を注がれることになったのである。それがグリーン、― かつてはグループの他のメンバーと一緒にゴミだめで写真に収まっていた― だと思い出したら、バカ正直なヤツは近くの精神病院に駆け込みかねないだろう。

これもまた尤もなことかも知れない。その日グリーンは気がかりなことがいろいろとあったようだ。クルマから貴重なデモ・テープが盗まれ、結成当初からメンバーだったマチューは責任を問われてクビを切られた。(「彼の抜けた穴は大きいかもしれない。写真にも出てもらってたしね...。」)それにグリーンはラフ・トレードによるLPのプロモーション展開に不満があるようだった。

視線を宙に遊ばせている彼はナーヴァスになっているのが伺えた。始めはどこかうわの空で話し、過激なほど自己主張が強かった以前とは対照的だ。自虐的な路上詩人といった風情だったのが、今ではこぎれいな青年で通る。ポップ界の不思議に思いを馳せるのには十分な変化だろう。グリーンは本当に(ジュリアン・)コープや他の連中のようなマヌケになり下がってしまったのだろうか。

彼は今、ラガー・ライムを飲んでいる。私にも担架を持って来てくれないか!!

「きみが今度のLPを気に入るとは思わないけど、ずいぶん古いんだよ。取り掛かったのが1980年だからね。一年前には出来上がってたし、前の曲ばかりで、しかも低予算でやったんだ。去年からリミックスもしてないしね。」

「よくあるやり方だよ。"スイーテスト・ガール"が評論家の絶賛を得るようになった一年前にリリースすることも出来たんだけと、それだと失敗するかも知れないと思ったんだ。ラフトレードの販売力にも疑問があったしね。」

「きみたちが期待してたように短期間でやった仕事じゃないんだ。スクリッティの変化を辿るようなアルバムになってると思うよ。」

2001.8.11.

"ソングス.."では主に貴方は、コドモ向けのこのオープンなスペースであるポップ界を大いに楽しんでいるという印象がありますね。

「うん。とても楽しかったよ。昔のスクリッティには楽しいところなんか全くなかったからね。話すことはいっぱいあったし、音楽をプレイするって点でも学んだけれども、神経をすり減らしてたってことも確かなんだ。」

「DIY(Do It Yourself ... この場合はレコードを自主制作していた頃のこと)というやり方に固執することや、ヘタにプレイすることが良いことみたいに思うのは、ひとつには誠実ではないと思うし、もうひとつには全く退屈なことだとも思うよ。」

そういった変化が起こる決定的瞬間のようなものは、あったんですか。

「確かにあったね。Gang Of Four のツアーに参加していた時のことだった。ものすごく具合いが悪くなって病院に運ばれたんだ。まさに健康を損ねたということそのものが変化の引き金になったな。自分の音楽を変えなければと思わせられたんだ。音楽に戻りたかったし、楽しめるようになりたいとも思った。」

おそらく良くない時期が続いたことで、グリーンはキレてしまったということかもしれない。

「今ではSmash HitsやPop Pixの取材に答えるのを楽しんでるよ。反対にNMEは、たまんないね。ここ2回の取材にはウンザリだったよ。以前の知的要素を、どうしても忘れようとしないんだ。」

「で、一旦そういう話が出ると、どうやっても話題を変えるということを受け付けない。さもなきゃ、根無し草のつまらないヤツってことになっちゃうんだから。」

「今でもいろんなことを考えはするけど、昔ほど確信的ではないんだ。音楽のパワーを信じてはいても、昔のように理解していると主張するつもりはないね。そういうのを残念だと思うこともあるし、良いことだと思うこともあるけど。」

「きみには信じられないことかもしれないけどね、デイヴ、でも、そういうのはインタヴューで明確さ(統一性)を損なう結果に陥るモトなんだよ、実際ね。」

あの雄弁で(インタヴューで"salient(顕著な)"なんて単語を使うのはグリーンくらいのものだ。)、パンク以降の科学者兼批評家だったグリーンは、今やお喋りで軽いヤツに変わってしまったのだろうか。ビールの飲みすぎとヘアドライヤーのせいに違いない。(ホントのグリーンはって? 耳ざわりのいいポップへの急変によって、すっかり様変わりしてしまったのか? それともスクリッティの変化の両辺を操っているのが彼なのか? Sounds誌あたりから入ってスターらしく目立ち、プロモーション用のインタヴューをこなして、パンクの頃の騒動 ― よくいるマヌケがステージでそれらしく見せるためにやるヤツだが ― については無罪放免。あれはうっとうしいほどやかましかったし、耳もとでガンガン鳴る感じだったが、グリーンはその騒ぎを分析者よろしく階段の上から見下ろして、「あれは何だ」と自問していたのだ。(「そこ(階段の下)に私の読者層がいる」というのは、私の自嘲的な皮肉だが。)それは少し不合理な、そして明らかに貴族的と言っていい状況に対するアプローチである。グリーンはそういう騒動を超越した所にいて、けれども「大騒音の本質について知り」たかったのだ。そこに状況を超越した(知的)貴族階級であり、科学的分析者であり、いくらかドライでもあるグリーンの実像が在る。ともあれ、あとは個々の結論に任せるとしよう。)

 


 

このおかしなインタヴューが佳境に入ったのは最近のスクリッティに対する世間の不満について言及しようとした時だった。それがきっかけになった。

DIYに対する裏切りとまで非難されてますよね...

「あるインタヴューでね、新しいグループに今出来るアドヴァイスはって聞かれたんだ。ぼくは、最近のインディー系シングルは250枚くらいしか売れないこともあるって指摘した。インディーズ業界自体が驚くほど不況に見舞われてるんだ。トップ20に入ってる連中でも75000枚くらいしか売ってない。これはものすごく低い数字だね。キャプテン・センシブルでのナンバー・ワンヒットは英国のチャート史上、最も売れなかったナンバー・ワンだよ。」

「このごろでは、よほど注意深くやらないと自分の自主制作時代をムダに過ごすことになる。ここ2〜3年で状況は、もの凄く変わってるからね。この国の全体的な政治的様相も変わっているし、ものごとというのは変化するものだから。」

「そういう事情があるから、ぼくはスクリッティがやったようなラジカルな変貌を、どうしてもっと他のグループが試みないかというコトにとても驚かされるんだけど。2年もあれば状況は変化するものだし、それに応じて考えを変更、修正するのは当然だと思うよ。ぼくは次にぼくらがどう変化してゆくのか楽しみにしてるくらいなんだから。」

インディー・シーンに戻るつもりはありますか?

「まさか! ここ2年というもの、メジャーからのオファーがコンスタントにあるのにラフ・トレードに残ってるんだよ。今のところぼくはRTのここ3枚のシングルに対する扱いに極めて不満だと言わざるを得ない。どうなるかは分からないけど、ブレイクしたいと思うならインディーズに固執すべきじゃないという気はするね。」

「数か月のうちに本物のヒットを飛ばせると確信してはいるしRTでそれをやりたいと思ってるよ。でも、今度のLPをRTがどう扱うかを見る必要はあると思う。」

グリーンは我々の多くがそう考えているように、ラフ・トレードのアーティストは高い価値を持っていながら、(セールスの点で)いまいましい状態にあると見ている。彼はマイティー・ダイアモンドの"Pastakouchie"というシングルを引き合い出して、こう語る。

「ディスコで大流行するような曲だった。どこでも凄く評価されていたし、本当にすばらしいシングルだったよ。なのに売れたのは250枚だ。許せる話じゃないね。RTのスタッフには、この曲を聞いたことのないヤツやリリースしたことさえ知らない連中がいるとぼくは思ってる。全くひどい話だよ。」

スクリッティのここ3枚の出来の良いシングルについても、同様のことが言えるとグリーンは指摘する。

「ベスト40には入りつつあったんだ。でもベスト30には辿りつかなかった。42位と35位じゃ天と地の差があるんだけど、想像がつくかい?」

貴族的評論家グリーン氏は更につっこんで来た。

「"Haysi Fantayzee"みたいなグループを見てごらんよ。ファーストシングルだけでギグもやらなかった。で、"Wham!"と来たらチャート入りだろ。ぼくらが得ているような支持や良い批評なんかがあったわけじゃない。だけどレーベルがベターリッジのだったのさ。ヤツは20年もこの業界にいるんだけど、言わば天才だね。」

「今のところ問題は金ってことかな。業界の不況は本当に煮詰まってるし、現在チャートに入っていても、それを気にしてない連中はないと思うよ。」

「つまり、ぼくらは40位に留まったけど、18位のアソシエーツと同じくらいは売ってるんだ。誰でも知ってるよ、セールスに関する業績はオープンだからね。そんな状況で「清貧(貧しくとも清く)」を謳ったって何にもならない。わかる? さもなきゃ飢え死にするしかないよ。」

かつてメジャーの手厳しい批判者だったグリーンとも思えないセリフである。けれどもスクリッティは確実に悪化の一途を辿り、対応の必要がある状況に対して反応して見せたのだ。グリーンは我々が皆変わってゆくという現実にスポットをあて、その(猛烈に)速まる一方のペースに順応したと言っていい。

読書や文を書くことは、不幸にも機能しなかった。そういうことが初めて私に起こった時のこと、出来は良くても未来のないバンド、そして日々厳しさを増すミュージック・シーン...


 

「グレゴリー・アイザックとシングルを作ってるんだよ。うん、うまく行きそうな感じだね。それに次のスクリッティのシングルはニューヨークでマイルス・ディヴィスのベース・プレイヤーであるマーカス・ミラーと作ったものなんだ。今は物凄く忙しくて、しかもマチューがいなくなったからぼくが自分でグループのマネージメントをやらなきゃならないし。」

「音楽を作るということそのものは、全くたやすい段階なんだけど、それが一旦外に出ると状況は厳しくなる。ミュージック・シーンと(その中で、かなり一生懸命やらなきゃならない)、それにこの国全体もひっくるめてね。」

「今ではそんなに理想家じゃないよ。もう答えなんか持っちゃいないし。前のスクリッティは学校を出てからずっとそれにしがみついてたけど、音楽業界というのは直接的に影響しようとしてなんとかなるほど生易しい世界じゃない。だから自分に何が出来るのか見極めてやらなきゃならないね。」

「ミュージック・シーンにおける問題点というのは、より広い世界のそれの雛型(縮小版)だということは分かるだろ。結局その中でやっていくしかないんだよ。」

「以前のグループが成功を得られないということについて、ぼくが気に病み続けていたことも言っておかなきゃならないな。でも、だからと言って"じゃあポップをやればいいじゃない"なんて答えを出したわけじゃないよ。ぼくがたまたまポップな曲を書いて、それが受けたってことなんだから。いわば、歴史的偶然というヤツかな。」

昔からのスクリッティ・ファンに取って、その変化は全くおかしな話だが、「Jeckylとその親友」みたいなものだ。音楽自体の水準が原因で拒絶されているのではないということを考えると、本当におかしな話である。

「バラ色の便箋で女の子から手紙が来たりするんだよ。」

彼は私が容易に信用できなくて吹き出すのを予期していたようだ。

「まあ、ファンって結構鋭いよ。スマッシュ・ヒットの読者はバカばかりだなんていうのは全くデタラメだな。目の前で起こってることが分かっているコはたくさんいるしね。ただ、今回のアルバムの中には彼らを戸惑わせるような要素が入っていることは認めざるをえないけど。」

「でも、音楽に注ぎこまれたのと同じものがアウトプットされて来るという形では帳尻は合わないんだしね。例えば実際ぼくは Haircut100のヒット曲から、もともと意図されたもの以上を得ているわけだし。」

「最も肝心なのは、メロディ、リズム、ヴォーカルが、どう使われているかだよね。それが一番の基本なんだよ。」

実際には、LPの中の"ジャック・デリダ"という曲は昔のスクリッティが好んだテーマである言語の愚かしさに言及した哲学者に献じられたものである。

そして、私が"Songs"に否定的な人たちを(変化に対して)身動きが取れない臆病者と評した時グリーンは慎重な対応を見せたが、彼がそうした理由は私にも分からない。

 


 

そして最後に、グリーン?

そして、最後に我々はスクリッティに続く批評的バンドが登場しないことに思いを馳せた。

「知性ある"ポップ・ミュージシャン"の発芽なんてことは、結局起こらなかったんだよ、デイヴ。」

アルコールが現実を霞ませるにつれて、私たちの間には笑いが生まれた(それともこれが「担架(救い)」なんだろうか)。私はグリーンにスクリッティの変転がロック・ポップ史上において最もラジカルで驚くべきものに違いないと話した。ノリス・マクライター(英国のTV番組"レコード・ブレイカーズ"に登場した、事実や人物について驚くべき記憶力をもつ人)的な仕事だとも。

穏やかで血色の良くなったグリーンの答えは、「うん、確かにそうかもね!」だった。

私はあの始めのセンテンスを使うべきだったかも知れない。それは82年のスクリッティと同じくらいもっともらしく、そして反対に全く違ったセンテンスを意味するのだろうから。

2002.2.11.-2.20.