楽しいランチを終えても最愛の父と今夜はディナーでも再会できるというわけで、るんるん気分のデュアンが部屋に戻るとしばらくして電話が鳴った。ちょうどアトリエも兼ねている書斎でイラストの仕事に取り掛かろうとしていた彼は、あれ?
と思いながらデスクの上の受話器を上げた。
「はい?」
― やあ、いたね
「ファーン兄さん?」
― そう。今ちょっといいかな
「ええ、全然構いませんよ。何?」
― 例の旅行の件さ。いよいよだろ?
「ああ、そうですね」
もちろんデュアンも忘れていたわけではない。この春休みに予定されている大旅行はファーンのみならず、デュアンもとても楽しみにしている一大イベントだからだ。11月のお披露目の時にマーティアから彼らをアークに招待するという話は非公式に出ていたが、その後、関係者の殆どがなんだかんだでとりまぎれていたため、今になってやっと実現の運びとなったのである。
アレクが既に子供たちを気に入っており、それはマーティアがアークに気軽に招くほどらしいというウワサは間を置かず社交界中に広まっていたが、それも二人の存在が難なく、そして好意的に受け入れられる要因のひとつとなったようだ。おそらくマーティアはそれも含んで、あの席でその話を出したのだろう。
電話の向こうでファーンが言っている。
― もうウィルが大変。学校ではさすがに表立っては騒げないから、家に帰ると一日中その話さ。そりゃ、ぼくだって相当舞い上がってるけどね
ファーンの言うのへデュアンは笑って、気持ちは分かりますと言った。
― それで、盛り上がりついでに旅行の打ち合わせがてらちょっと遊びに来ないかと思って。実はうちの母と大じいさまもまたきみに会いたがっててさ
ファーンの母であるアンナがデュアンに会いたがっているという話は昨年の夏前にはもう出ていたが、なにしろ"息子を腹違いの兄のところに遊びに行かせる"というかなりデリケートな問題を含んでいたので、その話をした当初、カトリーヌは"いじめられるわよ"と言って渋っていた。しかし、夏に二人がロベールのところに遊びに行く時に、彼らが祖父の厚意に何かお返ししたいということで双方の母に相談したことがきっかけで、カトリーヌはアンナの人柄を知ることになったようだ。その話は最終的に皆で一緒にロベールに記念になるものを贈ろうということに落ち着いたわけだが、それに関してアンナは終始ファーンを表に立てながら、あたりさわりなくカトリーヌに接してきたからである。
そのことから彼女にはアンナが誠意のある女性であるということは十分に感じられたし、あのディが腹違いとはいえ息子の弟をいじめるようなつまらない女とつきあうわけないわねとも思え、しかもデュアンからアンナが自分のファンでショップの常連とも聞いていたので、市内にある店に問い合わせてみると果たして返ってきたのは"長年一番のおとくいさまの一人"という答えだった。結局それが決定的だったらしく、カトリーヌはとうとうデュアンに"行ってもいいわよ"と許可を出したというわけだ。
― なにしろこの前きみに初めて会ってからというもの大じいさま、もう一人曾孫が出来た気分になっちゃってるらしいんだよ。ことあるごとに呼べ呼べって...
「光栄です!
ぼくも大じいさまに会いたいです!
もちろん、アンナおばさまにも」
― そう?
じゃあ、おいでよ。明日、大丈夫?
「ええ。スチュアートにでもクルマ出してもらうよ」
― うん。じゃ、ランチどきってことでは?
「いいですね。1時頃?」
― そんなものかな
「楽しみにしてます。皆さんによろしく」
― 伝えておくよ。それでね...
それからも二人は旅行の話やそれぞれの近況をしばらく語り合っていたが、そんなわけでデュアンは再びクロフォード家を訪問することになったようだ。もう二度目だし、ファーンが言っていたようにアンナばかりではなく長老格のウィリアムにもすっかり気に入られていることが分かっているので、デュアンにとって兄の家は今では気安く訪れることの出来る場所になっている。しかし、それは同時に"まだ二度目"とも言え、先日ちょっと話す機会のあったウィルを除いて、兄の従兄弟たちについて何ひとつ知らないも同然の状態だったのは仕方のない話だ。おかげで今回、デュアンは着くなりびっくり仰天させられることになる。
ともあれ、デュアンは翌日、昼前にはスチュアートにベントレーを出してもらうことにしたが、それはクロフォード家の屋敷はモルガーナ邸とは市内を挟んでほぼ反対側にあるため、クルマでも一時間半ほどかかるからだ。ディからアンナとウィリアムに宜しくということで、チャールズが丹精した温室育ちの珍しい薔薇の花束をふたつ託されてのお出かけである。
モルガーナ家の車が門を入ってきたという知らせを受けてファーンがエントランスまで迎えに出ると、ちょうどアイボリーのベントレーが前庭に滑り込んでくるところだった。既に執事のデイヴィスが出迎えており、彼が停まった車の扉を開けるとデュアンが降りてくるのが見えた。それへファーンはにっこりしてやあ、と声をかけようとしたのだが、そこへ疾風のごとく乱入してきたのは彼の従姉たち、それも双子のユージェニーとロゼッタだ。彼女たちはデュアンに駆け寄るなり、けたたましく歓迎の辞を述べた。
「デュアン、デュアン、いらっしゃい!
私、ロゼッタ」
「私、ユージェニーよ。よろしくね!
ユージーって呼んで!」
あまりにも突然だったので、さすがのデュアンも事態が把握できずにいる。ましてや、目の前に飛び込んで来たのは、ふたつともまるっきり同じ顔なのだ。
「え? え?
あの、ぼく...」
「これ、二人で作ったの。可愛がってくれると嬉しいわ」
「絶対、可愛がってやってね」
ワケも分からずプレゼントボックスを押しつけられてデュアンは面食らっているが、側で見ているファーンの方は、ああ、ウンザリ、という体で頭を抱えている。しかし、そこへファーンと同時にデュアン到着の知らせを受けていたアンナが姿を現したので、これはマズいとばかりに双子は、また後でね!
と叫んで現れた時と同様、疾風のごとく遁走を決め込んだ。この間、僅か数十秒。デュアンは白昼夢を見たかのごとく呆然としているが、押し付けられた箱が手の中にあるので、どうやら夢だったのではないらしい。ファーンが近づいて来て言っている。
「ごめん、デュアン。迂闊だった、先に知らせとけば良かった。でも、ぼくもまさか、いきなり乱入してくるとは...」
「え?
な、何だったんですか? 今の?
あ、こんにちわ、アンナおばさま」
「ようこそ、デュアン」
にっこりして息子の弟を出迎えたアンナは、しかし少し苦笑して、驚いたでしょう?
ごめんなさいねと言った。
「あの、今のは?」
「私の下の兄の娘たちなのよ。つまり、ファーンの従姉なの」
「ああ!」
それでやっとデュアンは、あれが兄から聞いていた双子の従姉だったのかと納得できたようだ。それなら同じ顔がふたつでも、何も不思議はない。
「突然だったので、びっくりしました」
「本当に、仕方のない子たちね。後で紹介してあげると言っておいたのに」
「例によって、印象づけたかったんだと思うよ。昨日、帰ってくる気配が無かったからデュアンを呼んだのに、これなんだものなあ」
双子もファーン同様、ふだんは寄宿学校で学んでいるので週末でも帰って来ないことはよくある。ファーンは今週は戻って来ないようだと踏んで弟を呼んだのだが、思いっきりハズレたというわけだ。彼女たちがデュアンに良からぬ興味を抱いていることを察知していて、できればまだハチ合わせさせたくなかったからである。
「今朝になって帰って来たのよ。デュアンが来るってイヴに聞いたみたい」
「ほんと?
イヴにも口止めしとくべきだったかも」
「まあ、そう言わないで。あの子たちだって、一生懸命なだけなんだから。さ、デュアン、待ってたのよ。どうぞお入りなさい」
「ええ。あ、でもちょっと待って下さい。お父さんから預かっているものがあって...」
そう言ってデュアンが振り返ると、ベントレーの側に立って見守っていたスチュアートは頷き、後席から二つの大きな花束を取り出した。デュアンはその一つを受け取って、これはアンナおばさまに、と言った。
「ディが?」
「そうです。それと、こっちはウィリアム大じいさまにって」
「まあ、ありがとう。じゃあ、そちらはファーンがお預かりして」
「はい」
それから兄とアンナに伴われて屋敷に入ってゆきながら、デュアンがふと思い出したらしく尋ねている。
「これ、もらっちゃっていいんでしょうか」
デュアンが持っている比較的大きめのプレゼント・ボックスを見てアンナは微笑して言った。
「いいのよ。と言うか、あの子たちの気持ちだから、受け取ってやってちょうだい」
「ええ、じゃ...。でも、なんでぼくに?」
「デュアン」
言ったのはファーンだ。デュアンは今度はそちらを向いて、はい?
と答えた。
「あのね、言っとく方がきみも心の準備ができていいと思うから言うけど、きみは、狙われてるんだよ」
「えっ、狙われてるってどうして?
まさか、いじめられるとか?」
「いや、そうじゃなくて...」
どう言ったものかと思案しているファーンの横で、アンナが口を出した。
「あの子たちはね、理想のお婿さん候補を探索中なの」
「お婿さん?!」
あまりに意外なコトバを聞いて、デュアンはまたまた面食らっている。
「ええ。もう古い話なんだけれど、私が結婚したのが十六になってすぐだったのね。それで、その話を知ってからというもの、あの子たちも十六になる前には理想のダーリンを見つけて十六歳のバースディに結婚式を挙げるんだって盛り上がってて」
「そんなに慌てなくてもいいと思うんだけどねぇ...」
ファーンが呆れたように言うと、あら、私は慌ててたわけじゃないわよ、とアンナが冗談を言った。
「誰も、お母さんのことなんて言ってないじゃないですか」
それに笑ってアンナはデュアンに注意を戻した。
「とにかく、そんなわけでね。これ!
と思う男の子には、ああやってアプローチすることにしてるみたい。悪気はないの。あの子たちもあなたのこと、とても歓迎しているということなのよ」
「それは、光栄です」
ちょっと落ち着きを取り戻してきたらしく、デュアンはにっこりして言った。
「でも、それなら年上の人を探さなくちゃ。兄さんの話では彼女たち、ぼくよりふたつは上になるんでしょ?
十六歳で結婚できませんよ」
「あら、ほんと。どうするつもりなのかしら、あの子たち」
「いや、もうこの際、デュアンに限っては年下でもいいってことなんじゃない?
なにしろ、間違いなくいずれ年を取ったらお父さんみたいになるのは保証付きなんだし、これは絶対ハズレっこない投資なんだから」
ファーンの冗談にデュアンもアンナも笑っている。そうするうちに三人は、ウィリアムが待っているランチのテーブルが用意されたダイニングのある一画まで歩いて来ていた。
original text :
2010.12.12.-12.26.
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