「そういうわけでうちの父が、10月から11月ごろならみんながバカンスから戻って落ち着く時期でもあるし、お披露目には一番いいタイミングじゃないかって言うんだよ」

デュアンを跡取りにもらえることが本格的に決まって以来、ディとロベールは二人の子供たちのことを広く世間に知らせるための相談に忙しかった。もちろん、この件に関して主に盛り上がっていたのがロベールであることは言うまでもないが、ともあれアウトラインが決まったのでディはまずカトリーヌにそれを知らせることにしたのだ。電話でそれを告げるとカトリーヌは案外にあっさり、そうね、いいんじゃない? と答えた。

決心をつけてからしばらく経つことでもあり、彼女にしてもかなり気持ちの整理がついてきたということもあるのだろうが、それに先んじてロベールが、とりあえず電話でではあるが丁重に礼を述べたことも大きいようだ。カトリーヌにしてみるとディはともかく、長老格のシャンタン伯爵がデュアンを引き取るに当たってどのような考えを持っているかは、やはり気になるところだったのだろう。しかし、そのロベール自身が、近々クランドルに行ったら改めてとは思っているが、取り急ぎ感謝しているということについて伝えておきたかったと直接電話して来たのだから、自分が母親として今後もデュアンに会うことを歓迎されなかったら...、という彼女の一抹の不安が吹き飛んだのも無理はない。

「夏休みは一応、デュアンもうちの父のところに遊びに行く約束をしてくれてるけど、きみとの時間も十分に取ってくれていいからね。父に遠慮することはないから。これから先は長いんだし」

― ええ、有難う。そうするわ

「で、まあ、お披露目の正確な日程にもよるけど、できればそのひと月前くらいにはデュアンに取りあえずうちに入ってもらえるとベストなんだけどな。お披露目を境にかなり環境が変わることになるし、その前にいろいろ教えておきたいことがあるんだよ。それに、うちにも慣れておいてもらいたいので」

― 分かりました。じゃ、日にちが決まったら早めに教えて

「うん」

― 私の逃亡計画もあるし

「え? 何って?」

― だから、逃亡計画よ。決まってるじゃない。"デュアン・モルガーナに隠し子発覚!"なんて絶好のゴシップねたでしょうに。表沙汰になったら当然、"母親は誰?!"ってことになるのに決まってるわ。私は絶対イヤだからね、マスコミの大騒動の餌食にされるのは。だから、避難するのよ

「ちょっと待ってよ。それってもしかしてぼくひとりに押し付けようてこと? 」

― アタリマエじゃない、おあとはヨロシク

「ひどいなあ...」

― なんとでも仰い。私は、逃げるわよ

強く断定されては、ディも諦めるしかなかった。確かに、彼女がイヤがる気持ちはよく分かる。

「まあ、じゃあ、こちらも責任上、避難場所くらい提供しようか? それとも、もう決めてるの?」

― まだよ。それは助かるけど.... 

「うちの別荘か、いっそのこと父のところはどうかな。 彼の別邸ならヨーロッパだし、そこまでは追いかけて来ないだろうから」

― でも、それはあまりにご迷惑じゃ...

「そんなことないよ。きみも父から聞いたと思うけど、彼もこの件に関してはきみに本当に感謝してるんだ。それに確かにこっちの騒動が原因なんだから、それくらいなんでもない。きみさえ良ければ手配するよ。ただ、海外に出ちゃうことになるから、仕事のスケジュールとか、大丈夫なら」

― それは大丈夫よ。どちらにしてもひと月くらいは逃亡してなきゃどうにもならないと思うから、いっそ休暇のつもりで、それまでに一旦、仕事の整理はつけておこうと思ってるの

「じゃ、問題ないね。静かでいいところだし、出入りする人間は限られてるからホテルよりはるかにセキュリティもしっかりしてると思う。ま、のんびり休暇を楽しむんだね」

― 有難う。じゃ、あなたのお父さまさえ宜しければ、お願いするわ

「うん、じゃ、言っておくよ」

お披露目に先んじてデュアンを引き取りたいという申し出を、カトリーヌがすんなり了解してくれたのにほっとしながら受話器を置くと、ディは今度はアンナに電話をかけてみることにした。彼女にも、ここしばらくの跡取り問題の進展と、お披露目の予定について知らせておかなければならないからだ。子供たちのことで連絡を取るようになってからアンナの部屋に直接繋がる番号を聞いていたので、取次ぎは通さずに彼女と話すことができる。タイミングよく、アンナは部屋にいた。

「こんにちわ、ぼくだよ。今ちょっといいかな?」

― あら、ディ?

「うん」

― 構わないわよ。何かしら?

「例の跡取りの件、ファーンから聞いてると思うけどこっちの方も本決まりになってね」

― ええ、聞いててよ。三番目のデュアンくんに決まったんですってね

「そう」

― ファーンとデュアンくん、もうすっかり仲良くなっちゃってるみたい。前の週末、一緒にランチしに行ったりしていたし

「へえ、そうなんだ」

― とにかく、落ち着いて良かったわね。あなたも肩の荷が降りたでしょう

「おかげさまで、これでこの先はのんびりやれそう。ご協力、感謝してます」

それへアンナは笑って答えた。

― 今までだってのんびりしていたくせに。シャンタン伯爵の方が、よほどほっとしてらっしゃると思うわよ?

「まあね。それは父にも言われました。で、さ。そういうことでとうとう本決まりになったから、いよいよお披露目ってことで」

― そうね

「今から準備してゆくとして、10月から11月くらいが適当な線じゃないかと思うんだけど、どうかな? 何か不都合はある?」

― いいえ、うちの方は特にないと思うけど...。ファーンは今のままこちらにいさせてもらえることになっているし、だから、おじいさまたちも後のことはシャンタン伯やあなたのいいように進めてもらって構わないっておっしゃっていたから

「そう。じゃ、あなたからその辺り、大体のところを伝えておいてもらえるかな。正確な日付けはまた、ぼくか父から正式に連絡させて頂くからということで」

― ええ、伝えておきます。あ、そうそう。それで、この週末はファーン、そちらにディナーにお邪魔することになっているわよね

「うん、アレクが来るから。ファーンも会ってみたいって言ってたし」

― あの子、その話聞いてからもう大変なのよ。ファーンがあんなに舞い上がってるなんて、長いことなかったことなんだけれど

「そうなの?」

― そうよ。もともとあの子の従兄のウィル...、私の兄の長男でね、その子がIGDにとても興味を持っていたの。それで最初はその影響もあったんだけど、いろいろと知るうちにすっかりロウエル卿に心酔するようになって。クランドルではそういう子、とても多いわね

「あなたは、アレクに会ったことなかった?」

― ないの。なにしろ、彼の社交嫌いは有名だし、軍にいらした頃は殆どクランドル国内にすらいらっしゃらない状態で、いくらかでも社交界に顔を出されるようになったのはここ十年ほどのことでしょう? 逆に私はファーンが生まれてからこちら、それまでほどは外に出なくなっていたし

「ああ、なるほど」

― 私もそのうち、お会いしてみたいものね

「じゃ、いずれ折りを見て引き合わせるよ」

― お願いするわ。まあ、とにかくそんなわけなので、ファーンのことどうぞ宜しく

「もちろん。あの子なら、アレクはすぐに気に入ると思うよ」

― だといいけど

「じゃ週末、迎えをやるから。ファーンにそう言っておいて」

― ええ、よくてよ。言っておくわ

アンナの答えを聞いて、ディは通話を終えた。彼にはカトリーヌが言っていたように、しばらくマスコミの騒動につきあう面倒があるとはいえ、とにもかくにも話は本決まりになり、父もとうとう約束通り結婚云々には目をつぶってくれそうなので有難い。

こうして、お披露目の準備は着々と整ってゆきつつあったが、ロベールの盛り上がりぶりが相当なものなので、このイベントはディが爵位を継いだ時以来、モルガーナ家にとって約25年ぶりの大掛かりなものになりそうだった。

original text : 2009.8.16.+8.18.

  

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